義兄の三回忌、帰ったらMac miniが・・・

義兄の三回忌で姉の家に行った。家でお弁当を頼むとのことで、世話役がたいへんだったが気兼ねのない集まりだった。お坊さんが11時に来てお経と蓮如上人についての話と近所のお寺なので世間話的な話もされた。
それからお酒と豪華な弁当が出た。庭の大きな侘助椿にいっぱい白い花が咲いている。おととしの葬式のときも咲いていたっけ。12月の終わり頃にこの花が終わって、その後は横の薮椿が赤い花を咲かす。
義兄のほうの親戚が帰った後は、兄を中心に戦争中の話や両親きょうだいの話や尽きることなく話していた。早く両親を亡くしたふたりの姪ははじめて聞く母親の青春時代の話を楽しんだ。

たくさんお土産をもらって夕方帰宅したが、お腹はいっぱいだし疲れてしまってすぐに爆睡2時間。起きてパソコン起動したらネットにつながらない。相方が調べ確かめること1時間。いろいろやってようやくつながった。ネットがないと生きていない(笑)。
ほっとして蕎麦を食べて、お茶とお菓子でくつろいだ。

皆川博子『開かせていただき光栄です』のことをもうちょっと

わたしが18世紀のロンドンの事情を知ってもなんにもならないけれど、好奇心を満たすってのも読書の喜びのひとつだ。皆川さんは最後に主要参考資料を16冊もあげておられる。それらを駆使して書かれた作品を読んでこちらは楽しんだ上に知識を得る楽しみを味わっている。

エドのお父さんは盗難を疑われ、投獄され、裁判で有罪になり、絞首刑になった。後で真犯人が見つかったが、偉い人につながりがあったためうやむやにされた。エドはいう「裁判官の皮膚を剥ぐと死刑執行人が現れる」。その後にイギリスの官僚制度についての説明がある。

いかがわしい店が繁盛している。男色専門店の薔薇亭がよく出てくる。トム・クイーン亭はあらゆる階層の遊び人たちが集まるパブである。酒、女、賭博、闘鶏、牛いじめ、熊いじめ、鼠殺し、そして娼婦としけこむ部屋がある。

炭坑の労働者の過酷な労働、家畜のように扱われた労働者たちのことも書いてある。
ロンドンの暖房は石炭を燃やしていた。おおかたの家では石炭屋が家の中に入り込まないように、道路の端から石炭貯蔵室に通じる穴を掘ってある。金属製の上げ蓋を開けて石炭を放り込めば斜面をなだれ落ちて行く。
※わたしは細野ビルヂングでこの装置を見たことがあるので、興味深く読んだ。細野さんにビルを案内してもらったときに、細野ビルの裏側に鉄の蓋がしてあるところがあった。ここに暖房用の石炭を落とし込んだという。地下室に降りてみたら、ビルの隅に石炭を受ける場所があった。その石炭をボイラー室で燃やしてビル中の暖房がされていた。

明け方の夢は地震の夢

今朝の地震の夢はリアルだった。がたがたっと揺れて目を覚まし「地震やっ」と叫んだ。目が覚めたときも揺れていたみたいで、いまになってもほんまに地震があったような気がする。さきに起きていた相方が地震なんかなかったでと言ったのが信じられない。それでネットで「履歴」を見たのだが、もちろん今日は関西に地震はなかった。
前の道路をトラックが通って荷物ががたんと音を立てたのか、強い風が吹いてベランダのドアががたがたいったのかもしれない。とにかくがたがたっと大きな揺れだった。
明け方に見る夢は正夢だとこどものころにだれかに教えてもらった。それからたまーに合ってたと思うことがあったが、最近は夢を見ていたことは覚えていても、夢の内容は覚えていないことが多い。
今朝は地震の揺れで目を覚ましたのだからどうもこうもない。正夢でないことを祈るのみ。

月の光

さっき空を見たら、真上にある満月が雲の中に入ったり出たり。まわりはビルだらけだけど月だけを見れば神秘な光を放っている。

昨日は松尾大社で素晴らしい体験をした。ライトがいろんな色や形を楼門や舞台にあてている他は月の光だけ。月の光を遮るのは大きな木の葉叢だけ。そばにいる人の顔も判然としない。複数の知り合いが来ていたのに確かめられず、帰ってからツイッターやミクシィでそこに居たのを知った。
それでふと思ったんだけど、昔は恋する人の存在を香りで判断したのだろう。だから香というものが大切だったんだろう。匂宮、薫宮と名前からしてそうだなんだもんと、ふんふんとうなづいている。「源氏物語」とか何十年ぶりに読みたくなった。

大阪にもどってきて地下鉄から上がると、いつもは「帰ってきた〜やっぱり新町はええなー」と思うのだけれど、昨日だけは「あれっ、ヘンな匂いがしてるなー、松尾とえらい違うなー」と思ったのだった。はは、いい空気を吸った後だから異臭に敏感になっておった。

どんぐりころころ

近所のビオトープのある公園は実のなる木が多い。掲示板には樹木の写真と遊び方が書いてある。マテバシイ、アラカシ、あとは忘れてしまったがドングリのような実がなる木である。今日はいっぱい転がっているドングリをほいほいと拾ってきた。

ウキペディアを見たら【シイ(椎)は、ブナ科シイ属(Castanopsis)の樹木の総称である。ほかに、マテバシイ属のマテバシイ(Pasania edulis)もこの名で呼ばれている。果実のドングリは椎の実と呼ばれ食べられるので、古くから親しまれている。照葉樹林の代表的構成種でもある。】と書いてあった。

食べられるとあったので「椎の実の食べ方」で検索したら「大学生のための社会的責任投資概論 花咲爺の教え」にヒットした。「椎の実の食べ方」だけでなく他のページも勉強になりそう。
わたしはインテリア用に拾ってきたのだが、写真を見てたらほんまにおいしそう。生で食べると気分は縄文時代だそうだ。ちょっとようせんなぁ。

たしか夏目漱石の「三四郎」で、三四郎が池のそばにいるとふたりの女性が近くにおり、まだ知り合いになっていない美穪子があれはなんの木?と尋ね、相手は「あれは椎」と答えていた。

親戚の葬式 台風6号は明日か・・・

お昼前に家を出て葬式の会場へ行った。台風がきたらどうしようと心配していたが、いい案配に雨がときたま降るだけだった。これならいけるとタクシーはやめて駅から歩きはじめたら、途中の家の庭でクマゼミが激しく鳴いていて、なんとなく安心した。

故人はサッカーを高校、大学、社会人と続けて、Jリーグができる前のことだけど、一度は社会人で天皇杯まで勝ち続けたことがある。最後に負けて杯は手にできなかったけど。その試合のビデオが会場に映し出されていた。サッカー関連の方がびっくりするほどたくさん来てくださったのは、故人がよく後輩の世話をしたからだろう。
火葬場がけっこう遠くてバスでの2往復は時間をくったが、道中の田んぼや池や公園の景色を見ていたら飽きなかった。

そうそう、昨日に懲りて、今日はタイツと膝のサポーターをしていったらオーケーだった。雑談中に冬物の下着を着てきたとか、レインコートを膝掛けにできてよかったとかの声が。すこし年を取るとだれでも冷えるんだから。

帰りくらいに台風がくるかと心配したが、どうやら大阪は明日になるらしい。街路樹がときたま激しく揺れている程度だ。四国からの参列者がおられたが帰りの交通はどうされただろう。

扇風機から団扇へ?

毎日暑くてたまらない。6月で観測史上最高の暑さなどと言われているが、ほんまに暑い。去年の夏の終わりに扇風機の掃除をしていたらぽきんと折れてしまった。阪神大震災より前から使っていたものだからモンクは言えない。来年のシーズンがきたら買おうと思っていたら、もうその時期になった。ニュースでも友だちのブログでも品不足が伝えられているが、お店に行って今度の入荷品を予約できないかなと呑気にヨドバシ梅田店へ行った。
さて、売り場へ行ったら売り場は空っぽだった。見本さえない。気の抜けた笑いでごまかして、マウスパットを買って帰った。

ヨドバシから大阪駅へ出ようと思うと工事のせいだと思うが、目の前の場所に道路を横切れない。階段を上がって途中で休憩してからエスカレーターで降りたら大阪駅中央へ出られた。まっすぐに外へ出てシャーロック・ホームズへ。今日は水曜日でダーツの会をやっている。古くからの顔見知りと会ってにっこりしたり挨拶したり。ギネスとおいしい料理をたらふく食って地下鉄で四ツ橋へ。
ハシゴ体質の相方の誘いでCOMPUFUNKのバーへ行くことになった。もてなし上手な女子と店主と雑談。おしゃべりは健康のもと。元気に帰ってきた。扇風機代金は飲み代になったので今年はうちわで頑張るか(笑)。

義姉の一周忌に箕面へ そのあとVFC例会

義姉の一周忌法要が箕面観光ホテルであり、昼食が別館の桂公爵別邸あとの座敷ということで、早起きしてなんやかや用事して9時半に家を出た。電車に待たされることもなかったが、11時からの法要にかろうじて間に合った。もうちょっと余裕を持っていけばもっと緑を味わえたのだが。

去年の四十九日法要のときと同じ場所で法要があり、そのあと食事会になった。独りになった兄と長男夫婦が主催の食事会で、去年参加していた同じ人たちが一年分老けている。容赦ない歳月の力を感じた。わたしだって去年と比べると足の調子は悪いし同じように顔も老けているだろう。亡くなった人は写真になってにこやかにみんなを見渡している。

懐石料理は今年も凝った料理が次々に出ておいしかった。若いメンバーがみんなのところを回ってビールをつぎ、わたしらのところではコンピュータの話をうれしそうにしてくれる。マック派が増えてうれしい限り。帰ったらツイッターのフォローがしてあった(笑)。

相方が美容院&貸本店アンポポの情報として箕面ビールがうまいと聞いてきた。帰り道のお店の看板に「箕面ビール」とあったので入ったら、狩人料理(鹿、猪)の店だった。ここらへんは鹿、猪は害を及ぼすので獲ってもいいことになっているそうだ。この店はその肉を利用をしている。ハム、ベーコン、つくね、その他フライなどに仕立てた料理を1皿頼んで箕面ビール。お腹いっぱいのところへまた食べて眠くなった。冷たいお茶をもらって帰り道はものすごい日射しで倒れそうだったが、なんとか梅田へ。

紀伊国屋で本(フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」とジョー・ゴアズ「硝子の暗殺者」と「ミステリマガジン」8月号)を買って、三番街をうろつき、バーゲンでTシャツを2枚買って、ヴィク・ファン・クラブの例会にシャーロック・ホームズへ。

1日に2イベントは疲れるが行かなきゃいけないものは行く。帰ったらどっと疲れが出て甘いお菓子を食べて慰労(笑)。

笑顔でいこう

今日ちょっと会った若い人に「kumikoさんの笑顔を見るとほっとする」とほめてもらった。「顔を見たらほっとする」とか「安心する」と最近よく言われる。明日は先日そう言ってくれた女子がいるところに顔を見せに行くつもり。

震災後に妹から電話があったが「長電話するよ」とさきに言ってから延々と長電話。わたしと話をするとホッとするんだって。姉はそんなことは言わないが、姉の家に行っている6時間しゃべりづめである。わたしが間の手を打つのがうまいからだが、にっこり笑顔も効いていると思う。妹にはげらげら笑いが効いているみたいだ。

わたしだって不安がいっぱい。特に姉と妹と比べたら経済的にとんでもない生活である。自分でもこの楽観性はどこからくるのかと思うくらいだけど、「なんとかなるさ」と開き直っている。若い人に、ああいう生き方もあるんだなと思っていただければ、こういう生き方をしている者としてはうれしいことだ。
困難な時代だけど笑顔でいきましょう。

春の和菓子

昨日Sさんから快気祝いの品がとどいた。わたしはお見舞いメールと入院中に読む本を送ったくらいで、お見舞いってしてなかったように思うが・・・。包みを開けたら、とらやの羊羹「夜の梅」と棹ものの「春の野」で、和菓子好き羊羹好きのわたしは遠慮なく頂いたのであった。
いまの季節のお菓子やなあと言いつつ煎茶を淹れてゆっくり味わった。「春の野」の色合いは春の喜びと退院して元気になったSさんの喜びが表されているようで格別の味わいだった。

仏事でお菓子を持って行くときはとらやの羊羹にするのだが、きょうだいで分けることを考えて小型のセットばっかり買っている。それもおいしいんだが、やっぱり普通の羊羹を切って食べるのがいい。自分では買わないので頂きもので味わっている。ま、しょっちゅうあるよりも、たまーにこうして頂いたものを味わって食べるのがいいかも。