変えなかったものを変えるとき

長い間食品の宅配を頼んでいた。30年近くになるんとちゃうかな。知り合いがはじめたもので、最初は彼が指定した場所に買いに行っていた。それから配達になって注文ハガキを出すと持ってきてくれた。牧歌的やったなぁ。その人が辞めてから数年離れていたが、その間に組織が大きくなったようで、知り合いがポランの新聞折り込みがあったと教えてくれた。週に一回、野菜だけでなく米や調味料なども配達してくれる。それに加入して毎週一度の配達を楽しんでいた。

先日、配達時間の変更があって、そのときはこちらが都合をつけたらいいかと思ったが、一度や二度ならいいがこれからずっとである。やめるということを考えたことがなかったが、ここでやめようという考えが浮上した。そう決めたら早くてさっさとやめてしまった。

宅配してもらって便利だったが面倒なところもあった。このあたりで野菜その他を買うところが増えたこともある。昔は仕事が忙しかったこともあり、相方が家事に関係していなかったが、最近は五分五分にやっている。大きな買い物はみんなやってくれるから大丈夫だ。

月に一度だけ野菜を売るところがあって、若者がさっき引っこ抜いてきたという大根や蕪や菜っ葉類が手に入る。今夜のおかずの大根炊きや蕪酢のうまかったこと!
いつも買いに行く道の駅のような野菜屋さん、有機食品の店に加えて、おしゃれなスーパーがあって調味料なども万全である。おいしいパン屋も近い。
瓦礫焼却さえしなければええとこでっせ大阪。

こういうときに友だちの甘酒

昼食後どことなくしんどくて横になったが、眠れないので起きたらアタマがふらつく。えらいこっちゃと横になるとなんともない。以前めまいがしたときは寝ていて上を見ると天井がまわっていたけどな。目をつぶっていたら眠ってしまって3時間。起きたときはふらついたが、あとはなんともなく晩ご飯を食べてパソコンをつけて、本を読んでいる。どうやら睡眠不足だったみたいだ。

さっき11時ごろ、もう一個送っていただいた柿を食べようと思ったが、待てよ、いま柿を食べたら体を冷やすやんと甘酒に変更。その前にYさんが母上に甘酒をつくってもらった話を読んだところので(笑)。
去年の日記を読み返して甘酒の作り方を探すと、あったあった!「お湯と豆乳を半々にして沸かし酒粕を溶かして生姜と蜂蜜を入れる」eriちゃん甘酒。豆乳がなかったのでお湯だけでやったけど、うまい、うまい。

食い道楽 新時代

1日2食にしたのは2005年6月だから7年4カ月経ち、菜食に切り替えたのは2010年の8月だから2年2カ月経った。体重は4キロ落ちたが運動不足のせいかここから減らないのがナンギ。あと2キロ減らしたい。
1日2食の菜食生活にすっかり慣れた。冷蔵庫の中は野菜だらけで卵も牛乳もない。もちろん肉も魚もない。このブログの「食べ物」ページをさかのぼって見るとうまそうな魚の写真がたまにある。なんか懐かしい(笑)。

放射能による内部被曝がこわいので食べ物には気をつけている。関西だと関西の野菜を売っていると思うがいまはそうではない。スーパーでは気をつけないと関東・東北の野菜を売っている。わが家は宅配や近所の店で有機野菜や近郊野菜が手に入るのがありがたい。それでも大事をとってキノコやコンニャクは食べないようにしている。なんだかだんだん食べる物が少なくなっていくが、これは食べないようにしようと思うと食べたくなくなるのが不思議。
水は相方がどこやらの水をせっせと買ってくるので、飲むだけでなく料理用にも使っているが、味噌汁もだし汁もほんまにうまい。ヒジキや割干し大根や高野豆腐なんか上品な味に仕上がってうまい。

玄米チャーハンがうまい

またもや藤城寿美子「玄米食養クッキング」からの料理だが、先日からご飯を多い目に炊いて作っている〈玄米チャーハン〉がうまい。残りご飯の焼き飯はしょっちゅう作っていたが、ニンニク醤油味とトマト味の2種類だった。肉を食べていたころはハムとかベーコンとかミンチを野菜と炒めておいて、卵を一個さっと広げてからご飯を炒めてみんな混ぜたもの。焼き飯とはこういうものと思い込んでいた。何十年もそう思っていたが、野菜だけにしてからのほうがはっきりとうまい。

そこへまた新しく〈玄米チャーハン〉の登場で、焼き飯の考え方が変わった。ヒジキ(水でもどす)、ニンジン、タマネギ、レンコン、ショウガ(テキストには生シイタケが入っているが、うちはキノコを食べないので)で、調味料がごま油、醤油。ふりかけるのが青のりとゴマ。
このチャーハンには味噌汁と漬け物がよく似合う。今夜はそれにワカメとキュウリの酢の物と刻み紅ショウガだった。

皮はむかない、あく抜きもしない

家にいるクセがついてしまったみたいで、この3連休もどこへも行かずだった。寝ているか本を読んでいるかの怠け者生活。外食をめったにしなくなったから2食の支度には時間と手間をかけている。基本的に昼ご飯は相方の係で晩ご飯はわたしの係になっている。以前はその日食べる魚を買いに毎日スーパーへ行っていたが、菜食だと買い込んだ野菜を眺めて献立を決める。

いま気に入っている料理の本は、先日も書いた藤城寿美子「玄米食養クッキング」だ。
「皮はむかない、あく抜きもしない——生きた素材を丸ごといただく」という章がある。そうか〜と目からウロコ。栄養的にもだけど、わたしの場合は皮をむく手間が省けてラッキー(笑)。

昨日はレンコン、ニンジン、サツマイモ、カボチャ、満願寺唐辛子の素揚げをした。みんな皮つきでうまかった。今日はレンコン、ニンジン、ゴボウ、サトイモを炊き合わせた。ゴボウとサトイモはタワシでこすった。

「皮はむかない、あく抜きもしない」って人間でいうと、まるで「わたしじゃん」と思うのであった。顔を洗うだけで化粧したこと生まれてから一度もなし。お陽さん向いて笑ってばかりいたから、素顔でそんなことしたらトシ取ってシミになるよと言われた。まさにトシ取ったいまはシミだらけだが、人間そのものはあか抜けていると勝手に思っているのである。

歯の治療がすんですっきり

7月の20日ごろのことだが、ご飯を食べていたら小臼歯にかぶせてあった金属と中の歯がぽろりと折れた。歯医者さんに前回も笑われたけど、今回も40年前の治療のあとが残っているのを見て感心しておられた。その歯の根を調べてもらったら差し歯ができるということでやれやれ。反対側の1本を前回治療してもらったのがいま全然違和感なしなのでゆうゆうとしたもの。
7/24、7/31、8/8、8/21、9/3、9/11の6日間。わりと日にちが空いているのは、歯医者さんの予約が詰まっていたから。
最後に歯が元々丈夫なのとふだんの手入れがいいから気持ちよく治療できたと褒めてくださった。

歯が悪いと肩が凝るし腰にもくるような気がする。左右のバランスが崩れていると思うので、腕振り体操をすることにした。昔は単純なことはしたくないみたいな気持ちで続かなかったが、今回は朝500回と夜200回を続けている。

毎年夏バテしてるか調べた

なんだか気持ちとからだが上向かなくてやっぱり夏バテかと思う。ミクシィ日記やコメントで今年は特にしんどいと書いてる人が多い。姉に電話すると「今年は特別ひどいわ〜」という。
それで、当日記で前3年の9月を振り返ってみた。

去年は8月31日にSUBの西山さんが亡くなられた。
暑さに負けてると書いているのは15日。
それでもよく出歩いている。SUBの西山さん追悼ライブ、YOSHITAKE EXPE + 沼澤 尚 公開セッション、クジラウオでバースディディナー、リバープレイスでの光合祭、タムタムカフェご飯、911サウンドデモ、堀江の雑貨店で買い物、など。

おととし2010年は1日目から「夏バテ」だと書いてある。といいながらも多忙な日々を乗り切った。サラ・パレツキーさんが来日され30日には奈良でいっしょに食事して語り合った。その打ち合わせやお知らせや報告や、東京の行事の連絡や、ヴィク・ファン・クラブ関連が忙しかった。
菜食をはじめた年である。

一昨々年の2009年は義兄の入院につきそいはじめた時期で、9月から12月に亡くなるまで阪急京都線淡路の病院へ3カ月通った。ストレスで暴食して太ったみたい。それでもよく本を読んでいるのに感心。

3年間の9月の日記を読んで感じたのは、やっぱり〈311〉の前と後はどことなく違うなってこと。前は楽観的な気分が底辺にあったような気がする。体も元気だったし、仕事も順調だったこともあるが。
さて、今月あと2/3はどんなことを書くかな。
毎週火曜日の「瓦礫の焼却ダメ!大抗議in大阪市役所」には、一回置きくらいに行くつもり。

肉なしハンバーガーとシボーン部長刑事

肉無し食べ物シリーズは〈肉無し肉じゃが〉〈肉無し麻婆豆腐〉〈肉無しチリコンカン〉ときて、次は〈肉無し茄子のカレー〉。
ひき肉を入れないで、ニンニクとタマネギをゆっくりと炒め、大切りの茄子とトマトをたっぷり炒めて水を少々。カレーペーストといろんなスパイスで味付けした。なんや〜肉を入れないほうがうまいやん。大きな茄子とトマトを4個ずつ使って2回分あった。

そしたらおもしろいものにぶつかった。イアン・ランキンの「死者の名を読み上げよ」を読んでいたら70ページにこんなことが書いてあった。
2005年、スコットランドはエジンバラでG8が催されて世界各国から首脳が集まっている。そこへG8反対のデモ隊がイギリス各地から集まってきた。警備する者もイギリス各地から集められて大変な人数がいる。シボーン部長刑事の両親はデモ隊のバスに乗ってやってきた。草原のテント村にデモ隊の人たちはそれぞれテントを張っている。リーバス警部が見ていると年配者が多くて楽しそう。みんなスローガンのついたTシャツを着て手作りの横断幕を持っている人もいる。大テントが張られて食べ物を提供している。フライドポテトや肉なしハンバーガーが用意されている。どちらかというとヒッピー風な人の多いデモ隊である。
この本はすぐ読むのがもったいなくて2年半も寝かせてあったがいま読んでよかった。
〈肉なしハンバーガー〉やってみよう。
(延原泰子訳 ハヤカワミステリ 2000円+税)

ブルームーンの月にむらくも

ひと月のうちに満月が2回あれば、1回目の満月を「ファーストムーン」、2回目の満月を「ブルームーン」と呼ぶそうだ。月のはじめに満月になったら月末にブルームーンになるはず。
昨日はSUBからの帰り道の長堀通りで空を仰いだ。最近はときどき曇っているときがあるが、昨夜はとてもよく見えて、2日の満月も見たしブルームーン鑑賞達成(笑)。帰ってからも気になって窓から見上げてた。ときどき雲に隠れて「月にむらくも」になるのも風情があってよかった。

今日はお昼過ぎに雷雨があったが、ちょっと足りなめだった。その埋め合わせのように夕方と夜に少しずつ降った。昼は蒸し暑かったが夜は涼しい。こうして秋になっていくのね。目下、夏ばて中。今日は少し昼寝をした。

わたしの大阪地図 千鳥橋

昨日「木下黄太講演会 7月17日 此花」があって、千鳥橋の此花区民ホールへ行った。千鳥橋へ行ったのは何十年ぶりになるかしら。西区に越してきた当時、散歩で足が伸び、気がついたら千鳥橋の駅のそばだったことがある。方向オンチの散歩は思っていなかったところへ着地する(笑)。それだって30年も前のことだ。そこから尼崎まで電車に乗って梅田行きに乗り換えて、千船で降りてみた記憶がある。長い散歩だった。
そのころの駅はまだ古いままだったからすぐにわかった。いまは高架になって駅前は知らない町にきたようだ。

ずっと昔、西淀川区で働いていたとき仕事でよく千鳥橋まで行った。通勤は梅田から阪神電車に乗り千船で降りた。会社から用事で千鳥橋に行くときは出来島駅から車両数の少ない線に乗った。あれは何線と言ってたかしら。伝法線? 検索したらアタリ! 千鳥橋には労働基準監督署と職業安定所があったように記憶している。阪神本線と同じ神崎川と淀川を越えるのだが、ずっと川下のほうになる。いまは千鳥橋から難波まで線路ができて、奈良や松阪まで行く電車を昨日見てびっくりした。いま路線図を見たら伝法(でんぽう)、福(ふく)、出来島(できじま)、大物(だいもつ)と懐かしい駅名が並ぶ。

職業安定所では友人が求人係をしていたので用事をつくって行ったものだ。世話好きな彼女のいうなりに横にちょこんと座って職の世話もしてもらった。結局は転職しなかったが。彼女は学者の卵と結婚したが若くして亡くなった。

今度は時間をたっぷりとってセンチメンタルジャーニーしようと思うが、いつも思うばかり。