義兄が亡くなって1年

昨日おとといは自分の風邪ひきの話ばかり書いていて肝心の一周忌の話を書いてなかった。と言っても穏やかな集まりで書くほどのことはなし。
一年という日々は故人を忘れさせるもののようだ。義兄の場合は7年半という闘病期間の長さのせいかもしれない。姉は頑張っていたぶんまだ疲れが残っているみたいで、姉を労る集まりだったような。一周忌ってこれでいいのね。

義兄の妹夫妻は定年になった元公務員で郊外に住み、毎日貸農場で野菜を作る日々だという。毎朝6時に起きるんですわと言うので笑ってしまった。横に座ったこの日記を読んでいる甥が笑った。甥「生活時間が正反対ですやん」わたし「6時になったらベッドにいないとお日ぃさんが当ったら融けてしまうわ」。他の人にはわからん会話。元公務員夫妻はわけわからん顔だったが、説明するのもしんどくてパス。
建物を出ると午後の日射しが燦々と輝いていた。「うわっ、まぶしぃ、融けそう」やけくそのわたし(笑)。
ほんまに体をまっすぐにして座っているだけでも疲れた、と話は一昨日の日記につながる。

近所で遊ぶ

昨日も今日もパノラマで遊んだ。昨日はヴィク・ファン・クラブの古い会員Yさんから心斎橋にいるとの電話があり、堀江で待ち合わせ。雑貨店オソブランコへ行って細々したものを買い込み、はなさんが月に一度3時からやっているパノラマのカフェに行った。久しぶりに会ったので話がどっさり。毎月の会報があるから話もよくつながる。発足当時は若い人の言動が理解できなくてよく相談にのってもらった。彼女の解説でなるほどとわかったことが多かった。いまはたいていのことに対処できているが、90年代の助言はありがたかった。そういう過去があって、いまも変わらぬ間柄なので、いい雰囲気の中でしゃべりまくりの2時間だった。

水曜日はパノラマ手芸部の日で、いまはモケモケ展の最中である。部員の製作した手芸品がたくさん展示してあり、気に入ったら即売してくれる。今日は毛糸のハリネズミキーホルダー、フエルトのイモムシストラップを買った。展示品はまだまだ増えて12月19日までやっているのでまた見に行こう。
マッサージもしてもらった。音楽が流れ人々の会話がさえずりのように聴こえて、めちゃくちゃ気持ち良い。これで帰ってお風呂に入ったら完璧だわいと思った。でもその前にツイッター読んで日記を書いてとラクあれば苦あり、それが苦のはずはないけど(笑)。

うまいどて焼きと地下のバー

どて焼きが好きになったのはわりと最近(10年くらい前か)なので、大阪人として恥ずかしい次第だが、いまや大好きである。飲みに行くとどて焼きをたのむようになった。数日前の〈辛いもんやギロチン〉のどて煮はちょいと上品だった。今日はもっと上方風のどて焼きを食べに行こうと、9月に一度行ったアメリカ村の〈味穂〉へ行った。ちょっと大きめの仕事が終わったので打ち上げの一杯。ビールとどて焼きとたこ焼きと地鶏の唐揚げと餃子。いずれもおいしかった。外食は菜食無視でいいとなると、食べるわー。

それから同じビルの地下にあるバー〈カリフラワー〉へ行った。壁のグリーンがしっくりして落ち着けるおっしゃれな店。コーヒー(相方はウイスキー)を頼んでカウンターのDJ TERAさとおしゃべり。ビールで血行がよくなっているので、口がよくまわっておしゃべりいっぱい。たくさん笑わせてあげて(笑ってもらって)、気分よく歩いて帰ってきた。寒かったが月がきれい。

SUB、荘司幸恵QUARTETの演奏で、亡くなった旧友脇田さんを偲ぶ

荘司幸恵QUARTET+2(荘司幸恵(P) 鈴木一郎(G) 財 盛紘(B) 中野 圭人(D) +西山満(cell) +城下麻弥(Vo))の演奏を聴くのは8カ月ぶり。真面目な演奏ぶりは変わらないし、荘司さんのピアノはスイングして楽しい。ヴォーカルの城下麻弥さんはMAYAさん時代より大人になったような気がする。

この数年のあいだ何人か女性ヴォーカルを聴いて、そのときはよかったと思い、よかったと感想も書いているのだが、どうも好感が長続きしていない。だから女性ヴォーカルをできるだけ聴かないようにしていたのだが、今日の城下さんの歌はよかった。これからが楽しみ。
西山さんのチェロがまた素晴らしい響きだった。そして若きベースとドラムが踏ん張り、ギターの鈴木さんはいつも真面目。

最後の「ブルーモンク」で突然、先日亡くなられたとツイッターで読んだ脇田憲一さんを思い出した。1960年ごろのこと、「真夏のジャズ」を見に行った映画館を出たとき、同じく一人で来ていた脇田さんと鉢合わせした。コーヒーをおごってもらって映画の話をしたが、わたしが「ブルーモンク」に魂を奪われてしゃべりまくるのを笑って聞いてくれた。同人雑誌の仲間でいい兄貴だった脇田さん。素晴らしい演奏に涙が出そうになった。関西の労働運動界に独特の光芒をはなっていたとツイッターには書かれていたが、生前に一度昔話をしたかった。

電子書籍よりも図書館

今日のNHK「クローズアップ現代」で電子書籍を取り上げていた。わたしはまだiPadも買っていなくて、アップル大好きなのにと不思議がられる。iPadはファッションとしては欲しい。サラ・パレツキーさんが奈良のカフェでiPadを出して写真をいろいろ見せてくれたときは、わたしも欲しい!と思った(笑)。

でも読書としては、このパソコンで「青空文庫」を読ませてもらっているし、新刊書が欲しい場合をのぞいて図書館がいい。子どものときから古本屋へ通ってたし、何十年も本を買う主義だったが、ここへきて所有欲がなくなってきた。それどころか在庫の本も整理しておこうという気持ちがおきてきた。こんなに駄本(わたしには重要本だが)を残されたら困るやろ。

そしてテレビを見ていると、電子書籍が金儲けになるとみた人たちが群がっている。電子書籍で本を読みやすくなる人や、作品を書く人に有利になったりといいことがたくさんあると思うが、いまのところ、わたしは図書館がええわ。
でも、だれかがiPadをプレゼントしてくれたらありがたく使わせてもらう。

バイロン卿の娘エイダ

図書館でマーク・フローエンフェルダーの著作「THE COMPUTER」という大型本を借りてきた。コンピュータの歴史や人物に関する本だけど、最初は計算ということからはじまっている。世界最古の集計システムはチェコで発見された骨で、人為的に刻まれた数に関する痕跡の一番古いものだとか。
それからいろいろな人の肖像画と実績が記されているが、知っている名前はパスカルくらいだ。
めくっていくと美しい女性の肖像画に出くわす。詩人バイロンの娘、エイダ・バイロン・ラブレイス(1815〜1852)である。バイロンは有名な与謝野鉄幹の歌「ああ、われ、ダンテの奇才なく、バイロン、ハイネの熱なくも・・・」のバイロンである。その娘さんがなんでコンピュータの本にあるのか。

エイダは一歳のとき母に連れられて家を出た。エイダがバイロン卿に影響を受けて詩人になるのを恐れたためだ。母は自分の妹に頼んでエイダに数学と科学を教え込ませる。成長したエイダはイタリアの数学者の論文を英訳し、それに彼女自身が長い注釈を書いて発表した。この注釈のために彼女は「世界最初のプログラマ」という栄誉を受けているそうな。彼女はバベッジ(数学者で発明家)の装置が完成した暁には、コンピュータが家電品と同様に一般家庭の必須品となることが当然であると予見していた。プログラム用語の一つ、Ade(エイダ)は彼女にちなんだものなんだって。ひぇーっ。(ハント・ヴェルク訳 トランスワールドジャパン 6500円+税)