個人年表作成中

おととい佐藤薫さんと話をしたときは(80年代)と指を折り、昨日は「マリクレール」を買っていたのはいつだったかな(90年代)と首を傾げて考えた。毎度こんなことをしててはいけない、ってずっとこうしてたんだけど(笑)。で突然、年表つくろうと思った。
今日はエクセルで西暦、年号、年齢、自分のできごと、まわりのできごと、社会のできごとの行をつくった。いやに縦に長いんでいやになるが、ちょこちょことすぐ書けるところを入れていくと、人生だな〜悪くないって気になった。

この表を眺めながらブログのテーマを決める日もありそうだ。とりあえず数日は入れる楽しみを味わえる。さっそく去年暮れの義兄、今年夏の義姉の命日を入れたが、父親と母親のを覚えてないという親不孝者である。父のほうはブログをはじめてから亡くなったのでわかるけど。母のほうは姉に聞こう。
登山のところは登った山まで入れようとしたらたいへんやな。このころ登山に夢中と書いておくか。コーラスも団長したこともあったなぁ。仕事を辞めてぶらぶらしてたとき大阪府知事選のアルバイトをしたとか、年表っていくらでも埋めることが出てくるのね。

雨の日曜日って秋らしい 夕方から光合祭へ

夏の間は雨が降らなくてたまに降ると大雨だったが、ようやく秋らしい雨が降るようになった。そしたら晴れてほしい日に降る。朝はまだ天気がよかったように思うが、お昼過ぎに起きたら降り出していた。

なにかうまいものが食いたくて、今年最後の茄子やと言いながら秋なすのパスタをつくった。トマトはずっと生のトマトを使っていたが水煮缶を使用。サラダのトマトも高くなったのでプチトマトに切換え。夏の名残りっぽい昼食がうまかった。

メールの返信やミクシィのコメント返しを書いておやつを食べて、夕方から光合祭の湊町リバープレイスへ。すっかり遅くなって帰りかけている人もいる8時までの2時間。最後の1時間はageishiさんのDJで盛り上がった。
秋分の日に毎年行われる光合祭が雨のために今日に延期されていた。今日雨ならば気持ちよい外でのお楽しみは屋内に変更されると聞いていたが、ほんまに雨になり屋内になった。あそこらへんへ行くとよく目立つピラミッドみたいなガラス屋根の下の階段と広場である。

子ども連れが楽しめるようにK嬢が小さな子どもたちを集めて遊ばせている。薄い衣装と大きな羽根を背中に広げたフェアリー姿で、フラフープやシャボン玉や昔遊びのいろいろ。先日のタムタムカフェオープニングパーティでも子連れが多かったが、これからはDJルームの横に託児室がいるね。子どもができてサヨナラするんでない人たちが増えたらええな。

タムタムカフェオープニングパーティから心斎橋ベースで一服

パノラマで木曜日を担当していたアベチカさんがDJの浅井さんと日本橋に新しい店タムタムカフェを開いた。昨日と今日はオープニングパーティの日で、わたしらは今日行ったのだが、たくさんの人たちが集まり大盛況だった。
お店は奥行きがあって広い。DJブースがありカウンターがあり店内も広々している。友だちが手伝ってできるところは手づくりということで、すごく個性的な店になっている。DJブースのところではすでにユーストリームもやっていた。

わたしはパノラマへたまに行くくらいだが、相方のおかげでたくさんの若者たちに紹介してもらい、話をして楽しい時間を過ごすことができた。子ども連れ赤ちゃん連れもいて楽しい。みんなおしゃれなカッコをして絵本から抜け出てきたよう。
ずっと音楽が流れてほんまにええ感じ。DJが30分くらいで入れ変わったので、たくさんのDJのそれぞれが違っている音がおもしろい。

4時間のお楽しみのあと、さっき同席していたKさんの心斎橋のお店に寄った。ちょこっと座ったつもりが流れるジャズを聴きながらのおしゃべりで2時間経過。また歩いて帰った。

バースディ・ディナーはたこ焼き屋

大阪人のくせにたこ焼きを食べることがめっそない。年に一度あるなしである。アメリカ村の南のはずれにある〈味穂〉でたこ焼きを食いたいと思いつつ何十年(笑)。いや、ほんま、憧れの店だったんだってば。
あそこのバー、あそこのカフェと行きたいところをあげていったら、ほんまに行きたいのは〈味穂〉で落ち着いた。
結局12時過ぎて出かけたので30分近く歩いて1時ごろだったか。それでも夕方の飲みタイムのような混みかたで、時間の観念を失うくらい。
生ビールをたのんで、たこ焼き、どて焼き、餃子を食べた。陽気な客たちのざわめきが心地よい。どんどん注文して食べる様子が気持ちよい。

帰り道はさすがに足がつって三角公園で一休みした。無事に家まで歩けてほっ。シャワーと着替えで第一段階、相方がまたもや出かけたあとで半身浴と熱い紅茶で第二段階。そして、いま。あいだにちょっと絵本を見てた。
お湯がもったいないし、また汗かいたし、もう一度お風呂に入って寝よう。

おばあちゃんの念仏

先日行ったお葬式は真言宗だった。お坊さんの「南無大師遍照金剛」と唱えるお経でわかった。その後に姉の家に行ったとき、謡本(うたいぼん)が数冊机の上に置いてあった。姉は謡を30年もやっている。謡で「南無大師遍照金剛」と出てくるのは「葵の上」「道成寺」で、「南無阿弥陀仏」というのは「隅田川」「当麻」だとページを開いてくれた。鎌倉仏教が興るまでは密教で、それ以後に鎌倉仏教が広がった。というような話をして「鎌倉仏教」という本を貸してくれた。まだ読んでないが。

わたしは不信心者であるが、仏像やお経は好き。
山梨のおばあちゃんの念仏はこうだった。「ふーどう、しゃかー、もんじゅー、ふーげん、じーぞう、みーろく、やーくし、かんのん、せーいし、あーしゅく、あみだ、だいにち、こーくーぞう」この後に「なむあみだぶつ」を何度か言う。母親もこれをうたって(?)いることがあった。
いまふと思い出して検索したら、「不動明王、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩、薬師如来、観音菩薩、勢至菩薩、阿弥陀如来、阿しゅく如来、大日如来、虚空蔵菩薩」のことだったのね。

大阪あそぼ&大阪まちあるき

図書館の展示スペースでやっている「大阪あそぼ」がおもしろいと聞いたのは最終日の前日だった。その翌日3日(最終日)は姉の家に行く約束をしていたので、早めに家を出て開いたばかりの図書館へ寄って見てきた。

ギャラリーには、サイトからプリントしたものがたくさん貼ってあった。こんなサイトがあるのを全然知らなかった。「大阪あそぼ」は大阪市内各地の紹介をしており、すでに何十カ所分もある。
プリントしたものが貼られた下のガラスケースには、関連した本や地図や浮世絵が展示してある。昔の大阪がかいま見られて楽しかった。

展示は終わってしまったが、サイトでプリントできる。
堀江は「日本一の海運王へ・・・岩崎彌太郎、起つ〜三菱発祥の地をたずねて〜」
新町は「天下一の花街・大坂新町を歩く〜夕霧太夫の面影を求めて〜」.
プリントしてみた。A4だったら2枚にプリントしたほうがいい。

先日、なんとなくNHK大河ドラマ「龍馬がゆく」を見ていたら、岩崎彌太郎がずいぶん出てくる。たしか三菱財閥を築いた人だわと見ていたのだが、これで解決。近所の土佐稲荷神社は江戸時代の土佐藩蔵屋敷があったところだった。めちゃくちゃ貧しい暮らしの彌太郎がどうしてのし上がっていったのか興味がわいてきた。

各ページがサイトからプリントできるので、持って散歩できる。

もうひとつ「大阪まちあるき」というのがあって、「文明開花 幕末維新人物伝コース」なんていうのもある。

バイロン卿の娘エイダ

図書館でマーク・フローエンフェルダーの著作「THE COMPUTER」という大型本を借りてきた。コンピュータの歴史や人物に関する本だけど、最初は計算ということからはじまっている。世界最古の集計システムはチェコで発見された骨で、人為的に刻まれた数に関する痕跡の一番古いものだとか。
それからいろいろな人の肖像画と実績が記されているが、知っている名前はパスカルくらいだ。
めくっていくと美しい女性の肖像画に出くわす。詩人バイロンの娘、エイダ・バイロン・ラブレイス(1815〜1852)である。バイロンは有名な与謝野鉄幹の歌「ああ、われ、ダンテの奇才なく、バイロン、ハイネの熱なくも・・・」のバイロンである。その娘さんがなんでコンピュータの本にあるのか。

エイダは一歳のとき母に連れられて家を出た。エイダがバイロン卿に影響を受けて詩人になるのを恐れたためだ。母は自分の妹に頼んでエイダに数学と科学を教え込ませる。成長したエイダはイタリアの数学者の論文を英訳し、それに彼女自身が長い注釈を書いて発表した。この注釈のために彼女は「世界最初のプログラマ」という栄誉を受けているそうな。彼女はバベッジ(数学者で発明家)の装置が完成した暁には、コンピュータが家電品と同様に一般家庭の必須品となることが当然であると予見していた。プログラム用語の一つ、Ade(エイダ)は彼女にちなんだものなんだって。ひぇーっ。(ハント・ヴェルク訳 トランスワールドジャパン 6500円+税)