アサリのパスタ

年末に「年の暮れに誓う」と称して健康への不安や食生活改善について書いた。いま糖質制限ダイエット実施中。
2005年6月に1日2食をはじめて、2010年8月には菜食をはじめている。次いで2015年10月には糖質制限ダイエットに切り替えた。期せずして5年おきになっているのが不思議。これから5年はどうなっていくだろう。
以上の経験からいくと、菜食中がいちばん大変だったように思う。1日2回の食事を1回はパンでスープ、サラダ、炒め野菜など。1回はご飯で味噌汁と野菜いろいろおかず、豆腐、揚げ、麩、おから、こんにゃくなど。途中から卵はオーケーとした。

今度の糖質制限はラクといえばラクである。ご飯は茶碗に半分、パンはバケットの薄切り2枚くらい。肉と魚を少々食べるようになった。相方の料理は皿数が多いので食制限していると思えない。それと作り置きが増えた。ピクルスやら酢漬けやらがいろんな瓶やタッパーにいっぱい入っていて、日にちの管理もしているから勝手に出すとおこられる。

タンパク質オーケーとなって、最近はアサリのパスタをよく食べる。少し高価な近所の野菜販売店にある生トマトを使うとすごくおいしくできる。

今日の献立
ボンゴレビアンコ、トリムネ肉炒めトマトソース+ザワークラウト、ジャガイモ炒め+カリフラワーのピクルス、白菜ともやしのスープ、バケット薄切り2枚、紅茶、コーヒー。

1日2食でおやつなし

午後から美容室シュリットに行って白髪が目立ってきた髪を染めてカットしてもらった。
暮れに美容室へ行きそびれて正月は根元が白い不細工なアタマを毛糸の帽子で隠していた。姪夫婦になんで家の中でまで帽子をかぶってるのと聞かれて「ほーれ」と見せて納得してもらった(笑)。

お店に入るとすぐに一声「痩せはったんと違う?」「ほんまに痩せて見える?」「ほんま、ほっぺたがすっきりしてますよ」という会話ではじまり、「暮れから糖質制限ダイエットしはじめてん」というと「あたしもしてる」と雑誌『ターザン』の糖質制限ダイエット特集を出してくれた。
いつもカットと染めがすんで待ち時間にコーヒーとお菓子が出るのだが、「今日はコーヒーだけでいいね」と普通のコーヒー、そしてなんやらいうダイエット本で読んだなんたらオイルと無塩バターを少々たらしたコーヒーが出た。コーヒーが体によいそうでよかった。

「1日2食にしたときは目に見えて痩せはったなあ」「ふん、あれからちょうど10年やねん、ずるずるとおやつを食べるようになってたから、これからまたひとがんばりして体重減らすわ」「あたしも頑張りますわ」
今日は最初から最後までダイエットが話題だった。

走り去っていく日々

正月三が日がもう終わりだ。早すぎる。
毎年正月3日は姉の家で姪の一家と新年会をする。わたしの役は行きしにデパ地下へ寄ってご馳走を買っていくこと。高くてもいいから美味しいものをとの姉の申し付けで、高級品を心置きなく買った。かまぼこを切るくらいしか包丁を持たない出来合い食事ってたまにはいい。

暖かい半コートとセーターをプレゼントにもらい、わたしからは可愛い布バッグをそれぞれに。

猫がいないのでどこかぽっかりと穴が開いたような家で飲んで食べてしゃべって笑った。もう何年も続いている宴会だが、全員年を重ねてそれぞれ老けた。姪は去年ずっと続けてきた仕事を早期退職して日々ジムに通い、いままでできなかった長期海外旅行を楽しんでいる。

姪の夫が4日から仕事のため今日中に赴任先へ帰るからと伊丹飛行場へ夕方向かうので早めにお開き。今年は土日が正月休みに入ってるから休みが短い。

元旦

あけましておめでとうございます。
今年も日記をまじめに書いていきます。

昨夜は姉の家から帰ってお風呂に入っているうちに晩ご飯の食卓ができていた。
もらってきたおせち料理を中心に今年最後の食卓は賑やかだった。ちょうど重箱ひとつに入っていたおせちと生ハムとサラダと鳥肝の炒め煮でワイン。おせちを正月前夜に食べてしまったわ(笑)。
それから相方は夜中を目指してお出かけ。わたしも数年前にはいっしょに行ってたんだけど、もう真夜中の遊びは無理なのでおうちで読書とパソコン。なんといってもこの二つがいちばん楽しい。
明日の朝は遅くなるのを見越して洗濯して干した。これで心置きなく朝寝できる。
夜中にもう一度お風呂に入って足元を温めて横になった。ふだんの行動は午後からだけど、姉のところに行くときは早い時間からはじまるので早く眠くなる。

新年の今朝、10時半起床。
簡単にお餅を入れた味噌汁で朝食。自分一人だとほんまに手抜き。コーヒーは丁寧に淹れた。お菓子はない。前のブログからの移転アップをし続ける。まずは200件くらい入れたいと頑張っている。
相変わらずなにもないお正月やけど、静かに夜は更けていく。

大晦日

例によって我が家はなにもしない年の暮れで大晦日である。去年と同じく朝から姉のところに手伝いに行った。姉は昔気質の一人暮らしである。姉が大晦日に一人でばたばたするのは辛かろうと思って手伝いに行くのだが、そうわたしが思っていると姉が思ったらいけないので、お店から届いたおせち料理を半分もらいに行くという名目である。まあそういうことはわかっているけどお互いに言わないわけで。

3時過ぎに当分雨が降りそうもないから植木に水をやっておくと姉が動きかけたので、わたしがやるがなとホースを引っ張って植木鉢や水仙を植えたところに水をやった。ところがですね、すんだーと片付けてから10分ほどで雨が降り出した。びっくりがっかり(笑)。

早めに4時頃には帰ろうと思っていたが、そのころはけっこうな雨になった。それじゃあとお茶を淹れて、甘いものを一口だけ食べて待っていたらやがてやんだ。

年の暮れに誓う

今年の春分の日に御堂筋で転倒してからなんとなく生き方が消極的になったように思う。その前(09年11月)にアップルストアの階段でド派手にこけたときは笑ってすませた。もひとつ前(06年9月)に家庭内転倒のときは膝を打って長いこと整骨院のお世話になったが、精神的にはダメージがなかった。
今回の転倒は尾を引いている。悪い右足をかばって歩いているうちに左足に無理がかかっていた。昨日は外を歩いている姿勢が悪いと相方に指摘された。
今日は整体院で丁寧に膝に触っていただいた。歩くときに足先が外側に向いているから転倒するんだって。意識してまっすぐ足を出して歩きなさいって言われた。
毎日ストレッチを忘れずに。そして体重を減らす。

昨夜は晩ご飯後になんだかだとしゃべっていて、1日2食にしてから減った体重がいまのところで落ち着いてしまったのはおやつの食べ過ぎだと反省。特に最近は姉のところに集まったお菓子をもらって食べることが多い。もったいないと残さず食べるから。
これからはおやつをやめようということになって、在庫のお菓子を捨てた。
2015年暮れの誓い「おやつは食べない」

食年表
2005年6月 1日2食をはじめる
2010年8月 菜食をはじめる(2015年9月まで)
2015年10月 糖質制限ダイエットに切り替える

疲れているので早寝する

昨日の夜は遅くまでこのブログの設定をやって疲れてしまった。今日は書くテーマがあるのだが考えるのをやめて早寝する。

お正月前だけど我が家はなにもなし。いつもどおりに過ごす。お店とか休みがあるからちょっと気にするけどあとは普通。
大晦日は朝から姉の手伝いに行って夕方まで過ごしてくる。帰ってお風呂に入り晩ご飯を食べる。夜中に約一名はおでかけするから、のんびりと好きな本を読みつつSNSに興じる予定。
その前に明日は整体に行ってくる。決まっているのはそれだけかな。
そうそう、お正月3日は姉の家に姪一家と大集合がある。

ドン・コルレオーネの退院を祝う、シチリア風鶏のカチャトーラ

タイトルの料理の作り方が2年ほど前の「エル・ア・ターブル」に出ていたのを見て相方が作って、今夜食べた。フランシス・フオード・コッポラ監督の「ゴッドファーザー」で、マーロン・ブランド演じるドン・コルレオーネが襲撃されて入院し、退院の祝いの食卓に出された料理だそうだ。ドン・コルレオーネも年だし退院したところだから柔らかい肉が出たんだと勝手に解釈、「これなら歯にもいいはず、わしらもトシやから」と続けて解釈(笑)。

レシピを適当にアレンジしてます。
1 鶏肉をぶつ切りにして赤ワインに半日以上漬けておくとあったので、昨夜から漬けて冷蔵庫に入れておいた。
2 フライパンにオリーブオイルを入れて中火で鶏肉を表面に火が入るまで焼く。
3 鍋に、ニンニク、オレガノ、塩、こしょうを入れて鶏肉とワインを少々入れて、水をひたひたになるまで入れて1時間半くらい煮込む。

今夜のご飯はうまかった。
他に食べたものは、ピクルス盛り合わせ(キャベツ、カリフラワー、パブリカ、ひよこ豆)、マカロニ入り野菜スープ、パン、コーヒー。

快眠で快便

最近とみに思うのだが、快眠できて快便で、すごくありがたい。
若い友だちからのメールに、彼女たちのまわりでは「毎年健診を受けてたのに乳がんになってしまった」という話題で持ちきりだとあった。その言葉に刺激を受けて病気や健康や自分について思いをめぐらした。

晩ご飯を食べながら、相方が厄年に胃潰瘍になったことから、それまでの不摂生な生活、ヘビースモーカーだったこと、仕事が忙しく夜も眠らずに働き、その上で遊んだことを思い出してしゃべった。
悪いことばっかりやっていた。よく稼ぎはしたが、その分みんな使ってしもたというアホなわたしら。
そして大吐血のあとはタバコをやめて外食を減らした。仕事も減らしたので必然的に内食になった(笑)。
わたし自身もいまになって思うと神経性胃腸炎やった。長いこと毎週日曜日の夜になると下痢してた。翌日にはけろっとしてたから病気という実感はなかったけど、気持ちのよいものではない。

かなり長いこと元気だと実感。だってヴィク・ファン・クラブ作ってから毎月会報(9月号で通巻285号)を作って送り、VFCサイトを作ってから毎日(最初の2年は1日おきくらい)17年ブログを書いている。
よく眠りよく食べて快便。最近は寝つきが悪い日があるので運動不足に注意するべし。

歯科治療終了

昨年末に犬歯の歯茎が腫れたのからはじまって、40年前に治療した奥歯4本が虫歯になっているのを治療して、転んで亀裂が入ったために抜いた前歯の治療までがすべて完了。今日は口の中全体を検査して清潔にしてもらった。

歯の治療をしてもらうとき、口の中に器具が入れられるとゲーとなる癖があった。小さなときにジフテリアに罹って1カ月入院した。医者が口中に金属の板状のものを入れて咽喉の状態を診る。それがいやでいやで咽喉と歯の検査はいつも逃げたかった。
ここ20年くらいは歯医者の椅子のせいか、トシのせいかあまりゲーとならなくなってはいたがたまになる。今回は歯医者さんにまかせている安心感があったせいか、全然ならなかった。口中のレントゲンも大丈夫だった。

姉の夫が亡くなって6年経った。この6年の姉の暮らしを見ていると年齢を重ねるのは新しい体験をしていくことだとつくづく感じる。徐々に体が弱っていく。血圧をはじめとして体の状態がにぶくなる。足をはじめとして節々が弱る。記憶力が落ちているしすぐに物忘れする。それでも一人暮らしなので日常生活をきちんとやっている。
人生の先輩を眺めているわけだ。わたしはああはならへんようにしよと思っていることがあり、そうもいかんやろなとも思う。まあ乙女心は失わずに(笑)。

今年の春のお彼岸の日に、周囲の人たちと同じようにうきうきと御堂筋を歩いていて歩道の石の隙間に靴の先がつまづいてこけた。ばたんと手を伸ばしてべたっとこけたので、周りの人たちがびっくり。目の前の男子2人が助け起こしてくれた。以前のわたしならこけただけですんだが、今回は歯をぶつけて唇から血が出た。前歯がぐらついているいやな感じ。

ちょうど翌々の月曜日に歯科の予約がしてあった。歯医者さんにこの歯は諦めるしかないよと言われてショック。応急処置をしてもらって、歯肉が落ち着くまで他の歯の治療をして、それからどうするか考えましょうとのこと。
長いことかかったが他の歯が片付き、気がかりだった前歯の治療も終わった。見た目には全然義歯だとはわからない。

「80歳で20本を目標に歯を磨きましょう」とかいうけれど、いうは易しだよね。わたしはクリアできるわと思っていたけど、こうして1本減ったんだし。まあ、気持ちだけは若く持って、歩くのはゆっくりと落ち着いて。