デヴィッド・ヒューソン「キリング 4 解決」

怒濤のごとく一回目は読み終えた。
二回目を落ち着いて読み出す。登場人物の名前で混乱して人物表を調べたり前へもどったりしてようやく全体がつかめた。

サラ・ルンド警部補は後任としてきたイエン・マイヤとともに駆け回る。マイヤは今日はもう帰ろうとか、自分には家庭があるとか、いやがりつつもいっしょに行動する。サラには事件解決しか頭になく、引っかかることがあると最後まで追いかけるのが毎度である。
サラは夫となるはずのベングトを失い、息子は別れた夫のもとへ行ってしまった。
殺されたナナの家に何度も行き、父親のタイスと母親のペニレから話を引き出そうとする。仕事でも私生活でも仲間のヴァウンもサラの厳しい尋問を受ける。

市長候補のハートマンは過去のナナとの遊びがもたらした疑惑によって政治生命が断たれることを防がねばならない。政敵で現市長のブレーマーとの選挙が間近である。
候補者を立てつつ選挙参謀やアドバイザー、ネタをつかんだ新聞記者が動いている。

なにがあってもサラを引き止めることはできない。
サラとマイヤが出かけたところでマイヤが撃たれる。サラが撃ったと疑われて検事局から厳しく調べられ拘留される。そこから出るのにベングトの書いた偽診断書が役にたった。すぐにばれてしまうのは承知だが、とにかく出た。

ベングト・ロースリングとサラ・ルンドの最後の会話
「・・・結果を考えもせず一人で突っ走って——」
「もうたくさんよ、ベングト! わたしはなんだったの? あなたの恋人? それとも患者?」
返事なし。
「いいのよ」ルンドはシートベルトをつけた。
「スウェーデンに着いたら電話する」ロースリングは言った。
「気が向いたらどうぞ」
ルンドはエンジンをかけた。ロースリングは車をおりた。ルンドは淡い陽ざしのなかへ一人で走り去った。

相棒のマイヤは病院で生死のあいだをさまよっている。自分は停職中の身である。しかし鑑識のヤンセンがくれた資料が手元にある。真実までもう少し。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 800円+税)

アン・ペリー『見知らぬ顔』

アン・ペリーのウィリアム・モンク警部シリーズの翻訳本は3作(「見知らぬ顔」「災いの黒衣」「護りと裏切り 上下」)しか出ていない。アン・ペリーが好きと言いながら、全部読んでいなかったのに気がつき中古本を購入して、翻訳されているのは全部読んで一安心した。

本書はシリーズの第1作である。
モンク警部が目が覚めたとき、彼は病院のベッドで横たわっており、すべての記憶を失っていた。自分の顔も名前もわからない。病院の看護人は一昨日おまわりが来てあんたのことをモンクといってたぜ。なにかしでかしたのかと聞いた。
そのあと上司のランコーンがやってきて三週間も経ったと告げ、仕事ができそうになったら署にもどるようにいう。仕事中に乗っていた馬車が事故を起こしたそうだ。
晴れた午後モンクは退院する。病院から返してもらった衣類は上等で持ち物の封筒には住所が書いてあった。下宿に入ると女主人が出てきて、帰ってきたことを喜んでくれ、温かい食べ物を出してくれた。見覚えが全然ない部屋の中を探して自分がなにものか考える。机の引き出しに妹からの手紙があったが、彼の手紙への返信でない。きっと高慢な自分は妹を無視していたのに違いない。住所を地図帳で調べて翌日モンクは妹の家に旅立った。妹夫妻のところで温かく迎えられて体力を回復する。

ロンドンに戻って警察に復職するとランコーンに未解決の難事件を担当するようにいわれ、部下のエヴァン刑事とともにグレイ少佐殺人事件を追うことになる。少佐は自室でひどい暴行を受けて死んでいた。
グレイ少佐は悪くいう者がいない明るい人柄だった。モンクは彼の生家を訪ねて母親や兄夫妻から話を聞く。「護りと裏切り」で活躍するヘスター・ラターリィが関係者として登場し、モンクの捜査を助ける。
ヘスターは上流階級出身だが、父がグレイ少佐と関わる投資で財産を無くしたので、自分で働かねばならない。その事情も聞きモンクの捜査は進んで行く。
(吉澤康子訳 創元推理文庫 806円+税)

ジェシカ・ベック『雪のドーナツと時計台の謎』

ノースキャロライナ州の小さな町の〈ドーナツ・ハート〉のオーナー、スザンヌ・ハートが主人公のシリーズ「ドーナツ事件簿」の3册目。
1册目は〈ドーナツ・ハート〉の店の前で殺人事件があったのだが、ミステリというよりもドーナツを食べたくなる本だとわたし以外のひとも言ってた。
2册目は、客たちを前にしゃれたキッチンへ出張してスザンヌがドーナツ作りを実演しているときに、悲鳴が聞こえる。〈ドーナツ・ハート〉のレモンクリームドーナツをひと口かじった女性が倒れていた。甘いながらも1冊目よりもかなりミステリに力が入っていた。

3冊目の今回も近いところで女性が殺されているのが発見されてはじまる。町はウィンター・カーニバルで賑わい〈ドーナツ・ハート〉も店の外にブースを出していて、スザンヌは客の相手をしていたとき悲鳴が聞こえた。
被害者はスザンヌの元夫マックスの愛人ダーリーン。その浮気のせいでスザンヌはマックスと離婚したのだが、マックスはダーリーンと別れたからと復縁をせまっていた。
心臓をキャンディ・ケイン(※いままで知らなかったのでウキペディアから引用(Candy Cane)は、硬い杖(ステッキ)の形のキャンディのことである。赤白の縞になったペパーミント味もしくはシナモン味のものが伝統的だが、味や色、厚みを変えたものも作られている。)でひと突きされて。但し、ここで殺人に使われたのはキャンディではなくて、同じ形で花壇のまわりに突き刺してあるやつ。先端に20センチのスパイクがついて凍った地面でも刺せる。

1冊目で恋人になった州警察捜査官のジェイクが亡くなった妻が忘れられないと謝りにきて、スザンヌはジェイクを諦める。
2回の事件関与で警察署長に睨まれたし、もう知らないと言っていたスザンヌだが、親友グレースが休暇中だからいっしょにやろうと急き立て調べる気になる。
グレースの家のドアが壊され中に誰かがいた気配があり、グレースはスザンヌの家にしばらく同居する。
雪が降る真冬の真夜中2時に店に行ってドーナツを作る毎日。助手のエマとふたりで頑張っている。朝早くから客がきて熱いコーヒーとドーナツで和む。
(山本やよい訳 原書房コージーブックス 857円+税)

C・J・サンソム『チューダー王朝弁護士 シャードレイク』(2)

このころには印刷技術が一般化され神の言葉が万人に読めるようになっていた。だが教会の聖歌隊長は、写本がある種の芸術だった100年ほど前は写本に精を出す修道士でいっぱいだったと郷愁を語る。
修道院では施療係のガイ修道士が医療を行っていて唯一の女性アリスが助手をしている。彼女は親に死なれたあと一家の土地が牧羊のために囲い込まれたため、住むところを失い修道院で職を得た。ガイ修道士はムーア人で肌の色が黒いために差別されている。
シャードレイクが考えごとをしながら馬をさまよわせているといつのまにか川岸へ出た。数隻の船が停泊しておりガイのような肌をした男も交じって荷下ろしをしている。そこで見たのはマデイラ諸島から積んできた黒人たちである。ポルトガルの商人がアフリカから奴隷として仕入れてきたのだ。

複式簿記や印刷技術、土地の囲い込みや黒人奴隷の売買など、資本主義があちこちで動き出した時代。新しい支配者が現れる。
治安判事のコピンジャーはアリスの土地を奪って合法的にやったと平気でいう男である。最初はシャードレイクがクロムウェルのお気に入りということで歓待する。しかしシャードレイクの清廉な思考や行動が気に食わなくなる。それに加えて事件の解決が遅れたなどとクロムウェルに愛想をつかされたことを知ってよけいに冷たくなる。

人間が作り出した謎を解決したシャードレイクはガイ修道士と話し合う。障碍者とムーア人に知性と情がある。ふたりはそれぞれロンドンの片隅で生きていくことになる。
(越前敏弥訳 集英社文庫 1050円+税)

C・J・サンソム『チューダー王朝弁護士 シャードレイク』(1)

友人がおもしろかったから読むようにと送ってくれた。たしかに自分で買わないタイプの本なのでありがたく読ませてもらった。
最近はイギリスの古い時代を舞台にした作品をよく読んでいるが、今回は時代をずっとさかのぼって16世紀のイングランドの物語である。ローマ・カトリック教会から離脱して、みずから英国国教会の長となったヘンリー八世だが、そこまでやって結婚したアン・ブーリンを3年後に斬首刑に処してしまう。アンが生んだ子は待ち望んだ男子ではなく、のちにエリザベス一世となる女子だった。ようやくここで映画「エリザベス」を思い出して話がつながった。
教王と対立するようになったヘンリー八世は外国との戦争や国内の反乱があった場合に備えて資金の蓄積をしようと修道院の富に目を付ける。当時の修道院は社会のなかで学問や教育、慈善や宿泊施設など大きな力を持ち、王の資産よりも多くの富を蓄えていた。

そんな時代、ヘンリー八世の摂政クロムウェルに仕える弁護士シャードレイクは、鋭い頭脳と観察力で仕事をこなしていた。幼いときからの脊椎後弯症(作中では「亀背」「背曲り」といわれている)で、無理をすると背中に痛みが走る。若い助手マークのすべすべした背中を見て嫉妬がわくときもある。好きになった女性に打ち明けられないうちに他の男に取られたこともある。
新しく購入したロンドンの住まいは忠実な家政婦のジョーンが快適な生活を送れるように気をつけている。田舎の父の農場の管理人の息子が助手のマークである。いろいろあったが、いまは息子のように思っている。

クロムウェルに喚ばれた用件は直ちにスカーンシアの修道院へ行って、調査に出向いた修道僧シングルトンが殺されて頭部を切り落とされた事件を調査し、また男色の問題の現状を探ることだった。
翌朝シャードレイクはマークとともに南海岸方面へ向かって出発する。

殺されたシングルトンは修道院へきてからは、なにひとつ見残さないように帳簿や記録に目を通していた。複式簿記にも通じていて、(ここには〈イタリア式帳簿—なにもかもふたつに分けて記録する方法〉とあるが、こんな時代から複式簿記ってあったんだ。)焦って仕事をしていたという。
シャードレイクはきっぱりいう。「少なくとも、人間が作り出した謎には解決策があります」
(越前敏弥訳 集英社文庫 1050円+税)

アン・ペリー『護りと裏切り 上下』(2)

サディアス・カーライアン将軍を妻のアレクサンドラが殺したことは間違いない。
弁護士ラスボーンの父ヘンリーに食事に招かれたヘクターは父子と話し合う。ラスボーンは、モンクがおこなった将軍の家族と使用人からの聞き取りでは、将軍は冷淡で退屈な男だったかもしれないが、浮気はしないし、金離れはよかったし、名声も高かった。理想の男と言っていい。しかも息子のことは心底かわいがっていたようだし・・・と話す。
ヘクターはやるせなく、ヘンリーの穏やかな話し振りに平素は考えないようにしている自分の孤独感や家族についての気持ちが胸に蘇る。ヘンリーは話の最後に、アレクサンドラの気持ちを推し量って語り、ヘクターに質問する。
「女性はどんなときにそれほどの衝撃を受けるものでしょう? 言い換えれば、それを守るためなら他人を殺してもいいと思うほど、女性にとって大事なものとはなんですか?」それから3人は考えながら会話を続ける。

モンクは聞き込み中に過去の記憶が呼び覚まされることがあり、警察にいたときの元部下に事件の書類を見てもらう。地方の事件の捜査にロンドンから派遣されていたのだ。この事件だと確信したところへ行ってみると、彼が愛した女性は別の人生を歩んでいるのがわかる。

ティップレディ少佐は捜査の経過がはかばかしくないのを知って、もう一度関係者に会いに行くようにいう。どういう口実でいくかまで知恵を出し、ひるむヘクターに「勇気だよ」とだめ押しする。ヘクターは苦手な上流階級のお屋敷をもう一度訪ねて話を聞く。そこで気付いた衝撃の事実。ついに突破口が開けた。

裁判の日が迫ってきた。
ふたりが探り当てた事実をもって裁判に臨む弁護士ラスボーン。
(吉澤康子訳 創元推理文庫 上下とも960円+税)

アン・ペリー『護りと裏切り 上下』(1)

前半はちょっと細かい描写を読むのが面倒だったが、下巻にいくと劇的な法廷シーンが長く続き読むのをやめられなくなる。緊迫したやりとりにこころ奪われて、繰り返し下巻を5回読んだ。そして上巻をもう一度読むと最初に読んだときより、登場人物への理解が深まって納得しながら読めた。

アン・ペリーは多作な作家なのに翻訳が少ない。まだ1冊読んでないのがあった。このモンク&ヘスターのシリーズですでに読んでいるのは「災いの黒衣」。その前作「見知らぬ顔」をいまアマゾンの中古本で注文したところ。

時代は1850年代、クリミヤ戦争が終わってナイチンゲールとともに看護婦として戦地にいたヘスター・ラターリィはロンドンにもどった。いまは怪我をしたティップレディ少佐に付き添って住み込み看護をしている。少佐は退屈していて外の空気を知りたがっており、ヘスターの外出を快く許可する。
友人のイーディスは裕福な未亡人で実家で暮らしているが、なにかして働きたいとヘスターを頼りにしている。イーディスからの誘いで水仙が咲く公園で会ったのだが、イーディスは家で大変なことが起こったという。兄のサディアス・カーライアン将軍が階段の手すりごしに落ち、甲冑の鉾槍で胸を貫かれ即死した。あわてて帰る友は翌週の土曜日にお茶にくるように誘う。
将軍の死は他殺とされ、妻のアレクサンドラが自分が殺したと自白して逮捕された。もしかして父とうまくいかない娘をかばっているのかとイーディスは思い、ヘスターに相談する。ヘスターは知り合いにしっかりした弁護士がいるけど、あなたの義兄さんが弁護士のはずというと、アースキンは事務弁護士なので法廷に立てないからそのひとに頼みたいという。ヘスターはオリヴァ・ラスボーン弁護士に頼みに行く。ラスボーンは調査員としてモンクを雇う。

元警官のモンクは聞き込みをはじめる。彼は警察官だったときに怪我をして記憶を失った。同僚に気付かれないように働いてきたが、いまも思い出せないことがたくさんある。きちんとした身だしなみで言葉遣いも標準語の彼だが、見るひとが見れば〈子どものときに家庭教師がつかなかった〉のは一目瞭然なのである。

ラスボーンは拘置所のアレクサンドラに会いにいくが彼女の答えは同じだった。だれかを助けるために自白したのではない、彼女が夫の浮気を怒って殺したという。
協力しない罪人のためになぜ彼女が夫を殺したのかを探らねばならない。ヘスターとモンクは後援者のキャランドラと討論したり、屋敷の使用人にも聞き込みをしていく。
(吉澤康子訳 創元推理文庫 上下とも960円+税)

デヴィッド・ヒューソン『キリング 3 逆転』

デンマーク警察の女性警部補サラ・ルンドは、婚約者のベングトと前夫との息子マークと3人で暮らすためにスウェーデンへ引っ越すことにしていた。退職の日に19歳のナナの惨殺死体が見つかり、退職を延期して捜査にあたるように上司から要請される。
捜査は二転三転して容疑者が浮かび上がるが確証にはいたらない。サラはしっかりと捜査にはまり込んでしまい、後任として赴任してきたマイヤと次々と起こる事柄を追って行く。やがて上司からもういいからスウェーデンに行けといわれるようになるが、手を抜かない。サラとマイヤはだんだん息が合っていく。
あまりの遅延にスウェーデンからはサラとマークの荷物が送り返されてきて、母親のアパートの地下室に置かれている。
「2」ではデンマークへ来たベングトが交通事故にあい入院していて、今回「3」では腕を包帯で吊った姿で出てくる。ベングトは犯罪心理学の専門家でその立場からサラに助言する。それだけでなくプロファイリングして自分勝手に動いてサラが激怒する。
次期市長を狙うハートマンは妻の死後ネットに偽名登録して遊んだことがあり容疑者と見なされる。サラたちの捜査によってハートマンを攻撃している市長の周辺もきな臭くなる。
ナナの両親の哀しみと怒りの姿がせつない。ナナは親が思いもよらない大人の世界を知っていた。

いやー、おもしろい。送ってもらってすぐに読み出して、おとといと昨日で読んでしまった。すっ飛ばして読んだので、もう一度読んでいる。早く来い「キリング 4」の出る4月。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 940円+税)

英国ちいさな村の謎(2)M・C・ビートン『アガサ・レーズンと猫泥棒』

コージー・ミステリの評判作、M・C・ビートンのアガサ・レーズンが活躍するシリーズの2冊目をUさんが送ってくださった。最近いろんなかたから本をもらったり貸してもらったり。ありがたいことだ。人徳ですなぁ(笑)。
Uさんは1冊目は図書館で借りて読み、あまりのおもしろさに(2)を買いに走ったという。(1)「アガサ・レーズンと困った料理」で主人公の性格やなぜコッツウォルズにいるかの説明があったはずだ。ちょっと検索して書いておこう。
アガサはロンドンのPR業界でがむしゃらに働いてきたが、引退してあこがれの田園生活を送るべくコッツウォルズの村でコテージを買って暮らすことにした。村人にとけ込もうとキッシュ作りコンテストに応募するが、料理ができないのでロンドンのデリカテッセンで買ってくる。そして審査員がアガサのキッシュを食べて死んでしまい、毒殺魔の疑いをかけられる。

そういうことがあっての(2)である。
アガサはこんがりと日焼けしてヒースロー空港に降り立った。ハンサムな隣人ジェームズを追いかけてバハマまで行ったのだ。ところがアガサがバハマへ行くという情報を知ったジェームズは行き先を変更していた。
傷心のアガサは今度は新しく村で開業したハンサムな獣医さんを目がけて、健康猫のホッジスを連れて診療所へ行く。ちょっとヘンな医師だと思うが、デートに誘われてうきうき。夕方おしゃれして出かけたものの雪で車が動かず町へ出られない。彼に電話すると女性が出たのであなた誰と聞くと「妻です」。
村から私道が延びているさきにある大邸宅の厩舎で、馬の治療をしていたハンサムな医師が亡くなった。他殺だとアガサは思う。ジェームズも同意見でなぜかふたりはいっしょに素人探偵をはじめる。

大邸宅の主人の目つきでアガサは屈辱を味わう。アガサは高価なドレスを着ていたが、労働者階級出身だとその目は見抜いていた。別の聞き込みでも領主館へ行くと女主人とジェームズは祖先の話で知り合いだとわかる。アガサはジェームズはこういうひとと結婚する階級かとさびしい。自分は不潔なバーミンガムの労働者階級出身だから。

ひがんだり傷ついたりしながら、なぜか毎日聞き込みに歩くふたり。獣医の受付の女性を捜して町のディスコに行くと、入り口で「楽しんでください、おばあちゃん」と用心棒がいい、アガサは彼をにらみつけて「このボケナス」と返す。
(羽田詩津子訳 原書房コージーブックス 781円+税)

「ミステリーズ!」2月号に木村二郎さんの女性私立探偵小説『偶然の殺人者』

新刊書や雑誌は本屋で手に取って買うのが好き。去年の末から「ミステリーズ!」2月号を買わなくっちゃと思っていたのに買いそびれていた。堂島ジュンク堂に行けばバックナンバーも置いてある棚があってさっさと買えるので、他で探す気にならない。ようやく先週の土曜日に手に入れた。

最近は北欧ものを読むことが多いが、たいていが警察ものである。いちばん最近に読んだ「キリング」もデンマークの女性警部補が頑張っている。そこへニューヨークの女性私立探偵フィリス・マーリー登場したのにはおどろいた。木村さんの作品ならジョー・ヴェニスではないの? 読んでわかったが、フィリスは15年前に亡くなった父がいた探偵社で働いていたが2年前に独立した。フィリスの父とヴェニスは同じ探偵社で働いていたことがあり、ヴェニスはフィリスのことを実のおじのように気にかけている。今回、出版社の仕事にフィリスを推薦したのはヴェニスだった。フィリスは30歳代前半の鋭い目をした飾らない女性である。

エンパイア・ステート・ビルが見渡せるビルの一室でミステリ雑誌《ダーク・シャドウ》編集長のタラが待っていた。応募してきた新人の原稿に不審なところがあるという。盗作かもしれないので調査したい。私立探偵小説に詳しいヘイウッドにも会って話を聞くように。とのことで、フィリスは原稿を読んでからヴェニスと同じビルに住むヘイウッドを訪ねる。

作者の住まいに出かけると男が倒れていた。
フィリスは警察に連絡する前にiPhoneで写真を撮る。死体の他にも本棚の本のタイトルや著者名もわかるように撮り、自分のiPadに送信してiPhoneのほうは削除する。
「フィリス、死体を見つけるのが上手なのね」と言いながら登場したのはマンハッタン・サウス署殺人課のアンジェラ・パランボ警部補。フィリスは待たされている間に「退屈になったら、腕立て伏せでもやってますわ」だって。

いらいらせずに楽しんで読める。そして、50年代、60年代の私立探偵小説作家の名前がぞろぞろ出てくるのも好きな者にはたまらん。わたしはそれらをすこし読んでいて、かなり名前を知っている。
(「ミステリーズ!」2013年2月号 東京創元社 1200円+税)