修道女フィデルマの物語を読んでいて思い出したこと

「サクソンの司教冠」はピーター・トレメインの修道女フィデルマシリーズの7冊目、短編集が2册と長編で上下になったのが3冊あるから冊数からいくと10冊目。
7世紀のアイルランドを舞台に修道女フィデルマが活躍するシリーズだが、今回は教会会議に出席する代表たちに法律上の助言をするためにローマにきている。
フィデルマはローマの司教にアイルランドの王たちは法廷に女性が立つことを認めているのかと問われて「修道女であるだけでなく、アイルランドのブレホン法の法廷に立つドーリィー(弁護士、時には裁判官としても活躍)でもありますので・・・」と答えている。
7世紀のアイルランドの物語を読んで羨ましがってます(笑)。

さっき、お風呂でわたしが若いときから比べると世の中は変わったといえる出来事を思い出した。もう30数年前のことだ。仲良しの女性が結婚した。もちろんずっと働くつもりでいる。結婚披露宴は会費制でたくさんの友だちが集まっていたが、挨拶でだれもが彼女に内助の功を求めるのである。しかも挨拶をするのは男性ばかり。わたしはだんだん怒りが溜まって、ついに手を挙げて「彼女ばかりが内助の功を求めらてますが、彼も彼女のために内助の功をやってください」といったら、しらけ鳥が飛んだ(笑)。

まだまだ女性の賃金は低く家事労働の負担も大きい。でも反原発のデモに行くと元気な女子がいっぱいいて、子どもを連れたお母さんたちが元気だ。すこしは世の中進んでいるよね。そう思いたい。そうやなかったらやっとられん(笑)。

モリッシー

今年来日公演があってツイッターなどで名前を見たものだから、気になって紹介されていた最近の動画を見たりしていた。
今日は本を探していたら本棚の奥に「The Smiths」(「もう誰にも語らせない。」ザ・スミス写真集)があった。1994年にロッキング・オンから出た本でモノクロの大胆なレイアウトの本だ。どこで手に入れたのか大判のカラー写真も数枚挟まっていた。
だいぶ前のことだが在庫の本を整理したとき処分するほうに入れたのを読み直していたら、モリッシーのインタビューにいい言葉があったので残しておいたものだ。(この言葉はヴィク・ファン・クラブサイトにある「わたしのサラ・パレツキー論(1)」にも引用している。)

【「…僕はほんとうにたまたまフェミニストの作家にとても影響を受けてしまったんだ。モリー・ハスケル、マージョリー・ローズにスーザン・ブラウン=ミラー。名前を挙げ始めたらきりがないよ!
フェミニズムの話ばかりし続けたくはないけど、フェミニズムというのは理想的な状態なんだ。でも理想を超えて現実のものとなることは決してないだろう。この社会は強い女性を忌み嫌っているからね。気絶し、へつらい、結婚しか望んでいない。そういう女性だけを好む社会なんだ。神経過敏になっているわけじゃないけど、この問題は僕の曲作りになくてはならない要素になっている。」】
※モリー・ハスケルの本を1冊持っている。「崇拝からレイプへ 映画の女性史」(平凡社)

パンク・ニューウェーブを聞いていたのは70年代後半から80年代前半の数年だから、ザ・スミス(1982〜1987ギターのジョニー・マー脱退・解散)をきいたのは最後のほうになる。レコードとレーザーディスクを持っていてモリッシーの異質の美に惹かれた。上記の本はそのあとに買ったものだ。いま読んだらモリッシーとジョニー・マーの危うい甘さがただよってきてせつなくなる。この本が出たときは彼らの仲はすでに終わっていて、そのことを書いているひとの気持ちにもせまってくるものがある。

長いあいだ聞いてなかったので、なにかないかなとユーチューブを探したら素晴らしいライブがあった。Morrissey – Festival de Viña del Mar 2012 HD – Show Completo
今年のライブで1時間20分ある。そして55分ごろに衝撃的な画面があるのでぜひ見てほしい。ゲイでベジタリアンでマンチェスター出身のイギリス労働者階級の代弁者モリッシー、50代になったが健在です。今夜はすごくうれしかった。

井上理津子『さいごの色街 飛田』

会社勤めのころ男性ばかりの職場だったから男性どうしの話を漏れ聞いていたし、わざわざ女子のわたしの耳に入るようにしゃべるやつもいた。飛田や松島やキャバレーやアルサロや、いやでも耳年増になっていた。売春防止法もなんのその遊ぶところはいっぱいあったようだ。「店先で見た女と恋愛してから2階へ上がるんや」と教えてくれたおっちゃんがいた。ほんまに杓子定規には世の中はいかないものだということを若いわたしは思い知っていた。だって会社の連中は働き者ばかりやったから。

本書を開くとすぐに、著者が知り合い等に声をかけて飛田経験を聞いている。普通の男性たちがものすごく具体的に語っているのにおどろいた。「不倫するより健全」「150回行った」という人たちがいる。老人ホームのバスから降りて杖をついて店に入っていく老人たちがいる。

本の入り口でおどろくが興味が深まって次へいくと「飛田を歩く」章になり、飛田への道の説明となる。地下鉄御堂筋線の動物園前駅で降りて道路へ出ると北側はじゃんじゃん横町を経て新世界へ出る。南側へ行くと飛田商店街(いまは動物園前一番街となっている)である。この道を行くとトビタシネマがあったと思い出して検索したらいまもある。70年代はここでけっこう映画を見た。
地下鉄御堂筋線は大阪の中心を走っている。千里中央から新大阪、梅田、そして御堂筋に面して淀屋橋、本町、心斎橋、難波と大阪の中心地があり、そこから2駅で飛田に通じる動物園前駅があるのだ。わたしは新世界が好きで東京から友だちが遊びにくると連れて行くが、みんな動物園前駅から路上に上がると荒涼とした風景にたじろぐ。わたしは向こう側の道へ入っていくともっとすごいところやでと言いつつじゃんじゃん横町へ案内している。

「飛田のはじまり」では、詳しい場所の説明があって飛田の歴史が語られる。〈日本で最初の女子デモは大阪 井上理津子「さいごの色街 飛田」から〉に書いた反対運動もこの章である。
ヤクザの取材やここで働く女性たちへの取材、店主たちや店のさまざまな仕事に携わる人たちへの取材も生々しく読み応えがある。

最後の飛田からこつ然と姿を消した原田さんを探し出して雪の北陸へ訪ねていく章がよかった。
(筑摩書房 2000円+税)

宮本百合子「伸子」「道標」

最近ツイッターで「百合子、ダスヴィダーニヤ」という言葉をよく見かける。ダスヴィダーニヤというロシア語っぽい響きで、きっと百合子は宮本百合子だろうなと思った。よく読めば湯浅芳子の名前も出てきてどうやら同性愛のふたりを描いた映画らしい。
検索したら「百合子、ダスヴィダーニヤ―湯浅芳子の青春」 (沢部ひとみ著 女性文庫) という本があり、「往復書簡宮本百合子と湯浅芳子」(黒澤亜里子編さん  翰林書房) という本がある。すこし興味はあるが買ってまで読む気はない。

「伸子」なつかしいな。なんせ50年も前に読んだ本であるから当時は同性愛もなにもわからなかった。吉屋信子の「S」はわかってたけど、あれは麗しの世界のことで(笑)。
若くしてかなり年上の男性と恋愛結婚した伸子がついに離婚することになり、鳥かごから鳥を離した元夫が「鳥でももどってくるのに、君は・・・」というところを覚えている。先日、青空文庫で読み出したけど途中から飛ばして湯浅芳子が出てくるところを探して読んだ。なるほど愛の雰囲気が読み取れる。
次に「道標」を読んだ。物語の最初が列車でモスクワへ着いたところ。ふたりのモスクワ生活がはじまる。小説の中では伸子と素子で、素子は伸子のことを「ぶこちゃん」と呼んでいる。実際には「りこちゃん」と呼んでいたのかな。
【白い不二絹のブラウスの上に、紫の日本羽織をはおっている伸子が、太い縞ラシャの男仕立のガウンを着ている素子について、厨房のわきの「浴室」と瀬戸ものの札のうってある一つのドアをあけた。】なんか百合って感じがする。
こちらも途中まで読んでやめた。

宮本百合子はすごく読まれた作家だった。我が家は姉2人が買った本を受け継いでわたしと妹が読んでいる。いつごろからか翻訳小説ばかり読むようになった。ボーヴォワールとかサガンとかオースティンとかのほうがおもしろくなったのだ。

ミシェル・ティー『ヴァレンシア・ストリート』

デモ帰りに難波のジュンク堂をぶらぶらしていたとき目についた新刊書。表紙がこっちを向いていて、服部あさ美さん描く肩を抱いた女性二人の顔に惹きつけられた。この本買おうって即思った。
サンフランシスコに生きるレズビアン女性の愛と生活を描いた自伝的小説で、原作は2000年に発表され、ついさきほど5月に翻訳が出た。
読み出したらアンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を思い出した。あちらはゲイでこちらはダイク(レズビアン)の物語だが、どちらも愛の物語である。読み終わったら「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を読みたくなったが、貸し出し中なのでしかたなく自分の書いたブログを読んだ。自分の熱さに笑った。

「ヴァレンシア・ストリート」は「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」のような物語ではない。主人公のミシェルの昼と夜の愛と快楽と金を稼ぐための労働が淡々と綴られているだけである。淡々とではあるが、かなりえげつないセックスや第1市民なら眉をひそめるであろう行為(公道でおしっこしたり)が描かれている。その書き方に〈いま〉を感じた。もともと本書はミシェル・ティーがクラブやライブハウスなどでジン(ファンジン)に書いた詩を朗読していたものが主になっている。
書くことがネット主体になる前にはアメリカではさまざまなジンが発行され、ひとりで発行するのや共同作業でつくるジンがあった。いま、わたしがそういうことを理解しているかのように書いているのは、少しだけ大阪のクラブシーンを覗き見ているからだ。ミシェルのジンをクラブイベントのフライヤーから想像できる。

たくさんのレズビアンの女の子が描かれていて、それぞれ個性的で楽しい。死んでしまった子もいるしカナダへ帰った子もいる。セックスのやり方、タトゥーの絵柄、酒の飲み方、会話・・・いろんな女子たちの交流があり、物語が終わっても終わらない愛の生活が続いていくのが見える。
(西山敦子訳 太田出版 2850円+税)

おばちゃん、おばあちゃん、とか、わしは言われとうない

さっきツイッターをやりながら相方が怒っているので、どないしたん?と聞いたらこういうことだった。ロイターの記事に『「おばあちゃんDJ」、フランスのナイトシーンを席巻』というタイトルがあって、このタイトルはないやろということ。
パリで69歳の英国人女性ルース・フラワーズさんのDJとしての才能に注目が集まっているという。サングラスでおしゃれなかっこしたルースさんの写真がある。すごーくカッコいい。相方の言い分は「おばあちゃん」とはなんやねんということ。そんならおれは「おじいちゃん」か、言われとうないわということだ。

わたしも経験がある。神戸の震災ボランティア「週末ボランティア」に参加していたときのこと。若いだろう女性に「おばちゃん」と呼ばれた。一度目は「あんたのおばちゃんとちゃうで」と言ったが、二度目は無視した。だって「おばちゃん」とちゃうもん。周りの人たちが息をのんでいる。言った本人もじっとしていたが立ち去った。仲間とべちゃべちゃしゃべりながら。その後のレクチャーのとき、代表が「おばちゃん」は使わないようにと言った。「おかあさん」と言いなさい(笑)。

女どうしの会話はつきることなく

以前は男の子としゃべるのが好きだったのに、最近は女の子とのおしゃべりのほうが好きだ。なんでやろといま考えたが、昔は男の子とよくつき合っていたからで、いまは女子とつき合うことが多いから(笑)。まあ、女子でもつまらん子がたくさんいるし、男子にも気のあう子(?)がいる。以上すべてわたし基準なので客観性はない。

今夜は大人の女性二人と魔女会議。お二人は魔女タイプではないけど、わたしが入っているからそう言わせてもらう。食事をしながらとどまることなく3時間。ミステリとサラ・パレツキーさんとヴィク・ファン・クラブの会員のこと。そして乙女読書家たちは「ジェーン・エア」で盛り上がるのであった。おもしろかった〜

女性ライフサイクル研究所 20周年記念イベント

クレオ大阪中央のセミナーホールで催された「女性ライフサイクル研究所 20年の歩みとこれから〜人生の楽しみ、事業の歓び〜」に参加してきた。去年の11月はじめに「NPO法人 FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワーク 第7回年次大会」が催された場所だ。今日も連れ合いといっしょに参加した。

第一部は司会を津村さんが担当されてはじまった。
20年前に小さな子どもを連れた母親たちが集まってはじめた女性ライフサイクル研究所(FLC)が、着実に歩んできた道のりを西さんがパワーポイントを使って紹介された。この20年、FLCが子育て、虐待、性暴力、DVなどのさまざまな問題の支援活動に取り組んできたことがよくわかる紹介だった。
次に14人のスタッフがずらりと並んで自己紹介。みんなそれぞれ賢そうで活発でおしゃれでイキイキしている。

次はゲストを招いての鼎談。
多田千尋(芸術教育研究所所長 / 東京おもちゃ美術館館長)さんと上田理恵子(株式会社マザーネット代表)さんと村本邦子(女性ライフサイクル研究所所長)さんが「人生の楽しみ、事業の歓び」というテーマでそれぞれの人生と仕事について話された。わたしは「人生の楽しみ」は人一倍味わっていると思うけど、「事業の歓び」というところはさっぱり関わりのない人生を歩いてきた。でもおっしゃることはよくわかって笑いながらうなづいていた。

鼎談が終わって参加者からの発言。
発足当時に子ども連れで参加されていた人が、ずっと活動を続けてきていまに至っている報告などのあとに、発言者が途切れたとき、司会の津村さんに指名されてしまった。わたしはこの場で話すような活動はしてないので困ったが、FLCとのつき合いはじめのこと、上田さんの話されたことへの共感(いろんな事業展開のうちの独居女性に話し相手を派遣する仕事)、サラ・パレツキーさんと19年間続けてきたヴィク・ファン・クラブのことなどを話した。

第二部はパールノート(長川歩美+村本邦子)によるピアノ・コンサート。
リスト、ショパン、ラフマニノフ、シューベルト、ガーシュインを独奏と連弾で。二人ともステキなドレスで楽しんで弾いているのが楽しい。ユーモアあふれる津村さんの解説つき。

いろいろと元気をもらって雨の中を帰ってきた。たくさんの参加者で熱気と善意にあふれたいい会合だった。

PANORAMA手芸部で息抜き

家にいるとパソコン前と読書の他になにもすることがないという不趣味者である。ちくちくと針仕事ができれば言うことはないのだが、出来上がりのカタチが見えるのに手が追いつかぬ。今日はPANORAMA手芸部の日。息抜きが必要と10時過ぎに片付けて出かけた。人のお裁縫を見てのんびりしよう。

最近は知った顔が増えて、その上にツイッターでみんなの動きが見えているので場に居やすくなった。女たちそれぞれがいきいきしている。音楽がある場でいままで味わったことのない雰囲気がある。何十年か音楽の現場から離れていた間に変わったのね。
昔のジャズ喫茶は男の世界だった。わたしはどこでも出入りしていたし、男性たちも受け入れていたけど、それは〈名誉男性〉だったからだ。いつから変わっていったのだろう。
わたしが言うとリクツっぽくなるが、女性がそのまんまの姿でいられる場所があるいまはすごく気持ちがいい。

今夜はHさんの誕生日で、突然DJサキちゃんがハッピーバースディツーユーをかけ、みんな拍手をして祝った。まわってきたアベチカさん作のケーキは秋の味で最高だった。
マッサージもしてもらった。すごい肩こりが解消されたので今夜は安眠できそう。

サラ・パレツキー『沈黙の時代に書くということ ポスト9・11を生きる作家の選択』

「ミステリマガジン」2010年3月号から8月号まで6回にわたって連載された「沈黙の時代の作家」が本になった。タイトルが変わって「沈黙の時代に書くということ ポスト9・11を生きる作家の選択」となっている。
連載中に確認するように書いたものが「サラ・パレツキー アーカイブ」の下のほうにあるので読んでください。

単行本にするにあたって、日本の読者のために新しく1章「日本版に寄せて 拷問とスピーチと沈黙」が書き加えられいるので、その紹介と感想。

「拷問とスピーチと沈黙」というハードな言葉どおりに、短いがハードな内容だ。最初に拷問されたアンソニー・ホームズの証言が紹介されている(《シカゴ・リーダー誌》掲載)。この拷問が行われたのはシカゴのサウス・サイドにある警察署だった。ホームズの他に100人を超える人々に対しても拷問が何度も繰り返された。

【わたしがこうした記事を読むときに思い浮かべるのは、拘留中の容疑者の拷問を指揮した(とされている)刑事、ジョン・バージのことではない。ホームズやダレン・キャロルや、その他の被害者のことでもない。/むしろ、ドリス・バードのことが頭から離れない。部長刑事の地位で退職したバードはこういっている——バージのチームが尋問に当ったときは、取調室からよく悲鳴が聞こえてきたし、容疑者たちからは、ビニール袋を頭にかぶせられて窒息しそうになった話を聞かされた。電話帳で殴られ、高熱のラジエーターに鎖でつながれたという。】

バード部長刑事は出世の道を閉ざされるのが怖くて拷問のことを報告しなかったと《シカゴ・リーダー誌》に語った。バージ刑事と部下はすべて白人男性だった。黒人で女性のバード刑事が報告したらどんな目にあわされるか。
ここを読むことで「ミッドナイト・ララバイ」でヴィクが受けた衝撃のことが理解できた。ヴィクの父トニーの苦しみが。そしていま、沈黙の時代に恐怖を超えて言葉を発しようとするサラ・パレツキーの勇気にうたれた。
【・・・しかし、わたしがそこに到達するまでは、V・Iにピッチャーズマウンドに立ってもらい、わたしの意見を代弁してもらうしかないだろう。】
(山本やよい訳 早川書房 1800円+税)