リドリー・スコット監督『オデッセイ』

リドリー・スコット監督が大好きな上に好感を持っているマッド・デイモンの主演だから映画館で見たかったんだけど、混んでいそうで見送り。(久しぶりの映画館は『キャロル』になった。)
絶対におもしろいはずと思って見たのだが、やっぱりおもしろくてよかった。大作のおもしろさだからNASAのシーンとかいつものパターンと思ったけど、物語としてはなくてはならないシーンだからしょうがない。重要課題を決定していく立場の上司や管理職の人間をうまく描いていた。

火星で一人ぼっちで暮らすはめになったワトニー(マッド・デイモン)が、食べ物を確保するのを中心にユーモアをもって頑張るところがうまく描かれていた。ジャガイモを作るのに同僚の排泄物も使うところの独り言に笑ったけど、こういうところでユーモアを忘れない人間だから活路を開けるのよね。
とにかく丁寧に作ってあって、船長の好きな音楽とか細かいところに手が届き、お定まりのセリフだってちゃんと言うべきところで言っている。

火星のシーンなんか、ほんとの火星だと思って見ていた(笑)。
原作のアンディ・ウィアー『火星の人』(ハヤカワ文庫)を読みたい本リストに入れておこう。

連休は家にいます

近所の人とちょこっとしゃべっていたら、このマンションの人は連休でもどこにも行かない人が多いという。もちろんその人もそうだって。うちもですわと言って笑いあった。

昨日とおとといは家で映画を見て、見終えてから感想を書いてから寝ていた。夜はどんどん更けていき3時〜4時になる。私の場合は体調維持するのには遅くても2時台に寝るのが基本なので、ちょっとまずいと思うのだが、つい遅くなってしまう。朝はそのぶん遅起きになる。
ところが睡眠時間をたっぷりとっていると思っていても、身体的には夜更かし分は睡眠不足なのである。今日は整体院に行って1時間半の治療のうち最初は話をしていたのだが、いつの間にかぐっすり眠っていた。ときどき終わるころに軽く眠ることがあるが、今日はぐっすりでカッコ悪かった。

帰ってからもう1時間寝たかったが夕方が近いので諦めて晩ご飯ができるまで本を読んでいた。
四方田犬彦さんの『赤犬本』(扶桑社)は男性の書いた本だと感心し、中山可穂さんの『サイゴン・タンゴ・カフェ』(角川文庫)は女性が書いた本だと感心した。代り番こに読んでいるとおもしろい。

窓を開けるようになって向こうに見えるマンションのベランダの植え込みが今年も伸びているのに気がついた。この夏もまた借景で楽しむ。

『エデンより彼方に』をいま見てよかった

昨夜『エデンより彼方に』を見てすぐに感想を書いた。いつものことだが、あとで読んだらストーリーを書くことばかりに気を使い、自分の感想が不足しているのに気がついた。今夜は同じトッド・ヘインズ監督のボブ・ディランを描いた映画『アイム・ノット・ゼア』(ケイト・ブランシェットがディラン役!)を見たのだが、こちらはもう一度見てから感想を書くことにして、今日は昨日の続き。

Sさんがこの映画のことを教えてくれたときに見ていたらどうだったろう。いまのような気持ちでは見ていなかったような気がする。
Sさんはその後自分が夢中だった秋月こおの作品『富士見2丁目シリーズ』を教えてくれた。愛し合う二人の若い音楽家(指揮者とバイオリニスト)の音楽への精進と愛の生活が描かれたシリーズ。これがわたしのBLへの目覚めだった。10巻くらいは買っていたと思う。毎度同じようなものだが、音楽への愛と知識も勉強になったし、ベッドシーンもなかなか素敵で、ロマンチック大好きなわたしは連載されていた『小説ジュネ』も毎号買うことになった。
最近はたまにハーレクインぽいのを訳者さんにいただいて読んでいる。どっちかというと、西洋ものが好きだ。だから『エデンより彼方に』も『キャロル』も大好き。

もともとプルースト、ジャン・ジュネ、ジャン・コクトーに心酔していたから素質はあったんだけど、『富士見2丁目シリーズ』で目が覚めたのはほんとで、『キャロル』に続き『エデンより彼方に』をいま見てほんとによかった。

トッド・ヘインズ監督『エデンより彼方に』

この映画が上映されたときから見たいと思っていた。ずっと忘れていたが最近は『キャロル』の監督ということもあって話題になっている。今夜はようやく見ることができすっきりした。
2002年製作だから14年前になるのか。そのころ仲良くしていたS嬢がすごくよかったと電話で言ってた上にオススメのメールや手紙をくれた。うんうんと空返事をしていたわたしはそのときなにを考えていたんだろう。ヨーロッパ映画をレーザーディスクで見ていた時代が過ぎて、映画はもうお腹いっぱいになっていたような気がする。
今夜『エデンより彼方に』を見て、あのときの彼女の心境を思いやった。激しい恋をしていた。

繁榮する50年代のアメリカ、コネティカット州ハートフォードの上流階級の主婦キャシー(ジュリアン・ムーア)は仕事人間の夫フランク(デニス・クエイド)と2人の子供がいて、できぱきと黒人のメイドを使って家事をこなし、広い庭には黒人の庭師が働いている。
ある夜、警察から「酒に酔ってトラブルを起こしたから保護している」と電話があり、キャシーは身柄を引き受けに行く。これが家庭崩壊の始まりだった。
フランクは仕事人間で昼食はランチミーティング、夜も会議中になにか食べるという忙しさだが、ある日帰る途中で映画館に立ち寄る。そのあとバーに入るがその店はひとりで来ている男性ばかりである。

キャシーは残業が続くフランクに夜の弁当を届けに会社に行く。夫のオフィスのドアを開けたら、夫が男と抱き合っているのを見てしまう。
キャシーの考えで病気のせいだろうと、フランクとともに医者に行くことにした。
フランクにはいらつく日々。ついに会社から休暇命令がきて、1カ月休みになりキャシーの考えでバカンスに出かける。

キャシーは黒人の庭師レイモンド(デニス・ヘイスバート)と心を通わせる。レイモンドと話すときは夫と話すときより楽しい。美術館で会って絵の話をして知的好奇心を満たすが、それが黒人と付き合っているとスキャンダルになる。

夫と別れることになり、レイモンドはキャシーとの件が引き金となってこの街で暮らせなくなり去っていく。一人で生きる決意をするキャシー。レイモンドが乗った汽車が去っていく。ホームで見送るキャシーの顔には希望がある。

ジュリアン・ムーアの髪型と衣装が素敵だった。

晴れた5月の青空に〜

若いときのことだが、メーデー行進をしたくて友だちの会社の労働組合のメーデーに一緒に参加させてもらったことがある。わたしが働いていた小さな会社は労働組合もなく作ろうと言い出すものもいなかったから一人でやきもきしていただけである。
早くから『うたごえ歌集』でメーデーの歌を練習したので、行進しながら大きな声で歌った。いまでもたまにお風呂で歌っている。
「晴れた5月の青空に、うたごえ高く響かせて、歩く我らの先頭に、掲げられたる組合旗」
ほらほら歌えるやん。その日は雨やったけど(笑)。「おれらは金をもらって(組合から手当が出たみたい)来てるのに、あんたはえらい」と言われたけど、そのときはお金を払ってでもメーデーやりたかったのだからしゃあない。達成感はあったようななかったような。

いまは〜 あの元気はどこへ行ったやら〜
朝里の浜のニシンのようにどこかへ行ってしもうたな〜
季節の変わり目の5月はしんどくて憂鬱なり。

四方田犬彦『歳月の鉛』からちょっとだけ

読む前から覚悟していたが、この本は暗い。この本だけを長時間読んでいるのはしんどいので、他の本を混ぜながら少しずつ読んでいる。今日は気に入った一箇所についてだけ書いておく。

本書が書かれている時代は先日読んだ『ハイスクール 1968』のあとになる。高校生だった筆者は東大へ進学しようとして受験に失敗し予備校へ通い、一年後には合格して東大生になった。1970年代の学生生活の暗さが言葉から立ちのぼってくる。

本書の出版は2009年で「あとがき」には【1970年代とは文字通り、停滞のなかで両手両足を縮めながら、いかにして生き延びるかを模索していた時間であった。】とある。そして本書を書くにあたってこの時代に書き続けたノートを読み直して当時の感情を回復した。わたしはいま73章のノートからの引用が挟んであるのを読んでいるところだ。

途中で気がついてにやっとした箇所がある。
引用の(23)はポール・ニザンについて。20歳のニザンは融通の利かない社会にうんざりしてアデンに向かった。そこで少しニザンと旅について説明をしたあと、【生きるとは旅行をすることではなく、慎重にひとつの場所に辛抱強く定着するということなのだ。真実を得るにはじっと待ち伏せしていなければならないのだ。】とある。
そうや、そうやとわたしはつぶやき、そして大声で言った。「四方田さん、若いときにもうわかってはったんやなあ」
とても有益なというか我が意を得たりの読書をしていると思うと楽しい。
(工作社 2009年5月発行 2400円+税)

今日も姉の家で

姉の家に毎週行くことになってかなり経つ。すっかり習慣になった。週に一度勤務先へ出勤している感じ。介護職をやってるというか、週一の家政婦というか(笑)。
姉が夫を亡くして一人暮らしになってから、姪とわたしが月に二度ずつ行っていたが、最近は二人が毎週日を違えて行っている。その上に、わたしは毎晩欠かさず夜になると電話して話を聞いている。これは愛か?お節介か?毎番電話をかけて姉が出たらほっとするんやけど。出なかったら大変や。

姉はデイサービスに週に一度行き、内科と整形外科に二週間に一度ずつ行き、耳鼻科、歯科にときどき行く。理髪店で顔剃り、美容院でパーマと洗髪、ローソンには毎日行っている。
若い時からの知り合いはほとんどお亡くなりになったようだ。先日も息子さんから知らせのハガキがきてがっかりしていた。

父親が108歳まで生きたので、本人も長生きすると信じている。わたしにとってはほとんど老老介護だが、まあ元気な間は頑張るつもり。

バルバラ『ナントに雨が降る』

今日は一日中雨だった。やんだかと思うと降って一日中、さっきまで。春の雨が街路樹の新緑の葉っぱを濡らしていていい感じ。いまのところ、大阪は穏やかだ。

「雨が降る」ってシャンソンがあるなあと思い出して検索したら「ナントに雨が降る」が出てきた。昔LPレコードを持っていたのを思い出した。バルバラ好きだったなあ。歌が自然に口に出てきた。うんとセンチメンタルに歌ってみる。

2年くらい前に反原発の人たちのお話会が心斎橋のカフェであった。たまたま日本に戻ってきたフランス在住の女性がナントに住んでいると自己紹介されたので、「ナントに雨が降るですね」と言ったらご存知なかった。1時間くらい後で「思い出した、銅像が建っている人ね」と言われた。ほんまかなと思ったが「そうでしょうね」と答えておいた。この歌でナントという地名が世界中に(?)広まったのだから銅像が建っても不思議でないかも。
せっかく思い出したのだから久しぶりにYouTubeで聞くとしよう。

本を読みすぎ

午後からつるかめ整体院に行った。今日も「この凝りは本の読みすぎからきている」と言われて笑ってごまかしたが、ほんまに目からくる肩こりでしんどい。
「ああええ気持ち。気持ちようなったから帰ったら昼寝するわ」といい、ほんとにそう思って帰ったのだが、コーヒーをいれて『クロワッサン』を拾い読みをしていたら目が覚めてきた。もう昼寝はあかんなと諦めてパソコンの前に座った。わたしの居場所はベッドかテーブル前の椅子かパソコン前である。

四方田さんの本『人、中年に到る』に「本と娼婦」という章がある。
「ベンヤミンによれば、どちらもベッドに引き摺りこむことができる。どちらも並んでいるときは大人しく背中を見せているだけだが、ひとたび夢中になってしまえば、昼と夜の区別がつかなくなることがある。」とある。
娼婦は知らんが本はそのとおりで、読み出したらきりがない。昨日もおとといも遅くまで四方田さんの本を読んでいた。

いままでわたしの読書は翻訳ミステリを中心にしてきた。その他に漱石や川端康成や谷崎潤一郎を繰り返し読んでいる。半七捕物帳も。最近は吉田喜重監督の本とか映画関連も。そこに雑誌がおもしろく、そして四方田犬彦がおもしろい。ああどないしょう、と言いながら喜んでいる。

四方田犬彦『ハイスクール 1968』

楽しい読書だった。さきに『母の母、その彼方に』を読み終わっているのだが、高校生時代を描いた本書のことを先に書くことにした。手に入れたのも先だったし。
ちょっと前に書いたけど、こんなにたくさん本を読んだり買ったりしているのに四方田さんのことを長いこと知らなかった。2年ほど前に『ユリイカ』の吉田喜重監督特集に書いておられるを読んでええこと書いてると思ったのが最初である。彼の映画の本を買おうと思いながら買ってなくて、新潮社の『波』4月号に出ている紹介記事とインタビューを読んで、こりゃ買わねばと思った。
買う前に著書を調べたら100冊もあって、その中で気に入ったタイトル『ハイスクール 1968』(2004)を中古本で買った。読み出したら相方にとられ、わたしは『母の母、その彼方に』を読んでいたのだがこれがすごく気に入った。それからもどってきた本書を昨日今日で読んだ。これもまたおもしろくて、なんでいままで知らなかったんだろうと不思議でしかたない。

四方田少年は1968年4月に東京教育大学農学部附属駒場高等学校に入学した。その前の年に大阪の箕面から東京杉並区に引っ越してきたのだ。西洋風の家の庭には芝生が植えられ、薔薇のアーチがあり庭の隅の井戸からはこんこんと水が湧き出ていた。少年は2階の一室を自分だけの部屋として与えられた。窓からは隣家との境界に欅の木と池がよく見えた。
時代はベトナム戦争のさなかで、ボリビアではチェ・ゲバラが処刑され、シナイ半島はイスラエルの奇襲作戦で占拠されていた。
日本はアメリカ、西ドイツについで世界第3位の国民総生産を誇り、米はあまるほど収穫されピアノの生産台数は世界一に達していた。

少年が振り分けられたクラスの半分ほどは附属中学組、その他は厳しい受験勉強をして合格した生徒たちでなりたっていた。
それからの学生生活と学友たちのことを興味ふかく読んだ。
特に高校紛争について詳しく語られているのが興味深い。
そして、高校生で!! 文学とジャズと映画への傾倒が羨ましい。ビートルズのことも。
(新潮社 2004年2月発行 1600円+税)