SUBでシクラメン

2日から5日までベースの宮上啓仁と井上幸祐が入れ替わるだけであとは同じメンバーというシクラメンの今日は3日目。
地下鉄から出て階段を昇りかけるとドラムの音が聞こえてきた。練習してるのかしらと思ったら、8時半前にもうはじまっていた。
メンバーは横尾昌二郎(trumpet) 長谷川朗(sax) 蓼沼ゆき(piano) 宮上啓仁(bass) 中道みさき(drums)。
トランペットとテナーサックスがふたり並んで目の前で吹くのだから景気がよい。ふたりの気が合っていて、好きでやっているという幸福感がもろ伝わってきて楽しかった。長谷川さんのサックスからはニューヨークからの風が吹いてきた。宮上さんのうまいベースがそれを受ける。蓼沼さんのピアノもよく響いた。そしてはじめてきくドラムの中道さんは大学1年生。10歳からドラムをやりはじめたそうで、うまくて力強くてしなやか。しっかりファンになった。
10時過ぎまでいい演奏を聞かせてもらってしあわせな気分になって帰った。
これからもこのメンバーでやるそうで、グループ名はシクラメンだと長谷川さんがいい、みんなで笑った。

先日はTさんにターキーサンドを半分いただいて食べたのがおいしかった。今日はわたしが隣に座った女子に半分わけてあげた。近所で働いているひとで地下鉄の階段を降りるときにいつも気になっていたけど今日はじめて入ったとのこと。話がはずんで楽しかった。

レジナルド・ヒル『死にぎわの台詞』

「社交好きの女」「殺人のすすめ」「秘められた感情」「四月の屍衣」(※この間に未訳が2冊ある。読みたい!)「薔薇は死を夢見る」に続いて「死にぎわの台詞」ということになる。
ジュンク堂で見つけてまだ未読本があったと喜んで買ったら図書館で借りて読んでいた。3人の老人の事件だから地味だけど、いろいろと考えさせられる。

ある寒い11月の夜に3人の老人が死んだ。パリンダー(71歳)は4時間近く氷雨に打たれていたが最後に暖かい濡れたものの感触で目を覚まし「ポリー」とひとこと言って病院へ運ばれたが到着時死亡した。同じころディークス(73歳)は自分の家の浴室で亡くなった。彼の最後の言葉は孫の名前「チャーリー」だった。ウェスタマン(70歳)は自転車に乗ってパラダイスロードを走っていて車にはねられた。病院での最後の言葉は「パラダイス! 運転してたやつ・・・あのふとっちょ・・・酔っぱらいめ!」だった。問題の車にはダルジール警視が乗っていた。しかもいかがわしい馬券屋といっしょだったし、車に乗るときも見られていた。

その夜、ピーター・パスコー主任警部とエリーは娘ローズが初めて迎えた誕生日をワインで祝っていた。そこへウィールド部長刑事から電話がかかる。「えい、クソッ!」パスコーは言った。「クソッ!クソッ!クソッ!」パスコーは出かけてウィールドと捜査をはじめる。
捜査中に、エリーの父の様子がおかしいことを母からの電話で知り、エリーはローズを連れて両親の家にいくことにする。認知症がだんだん進んできた父と疲れた母、エリーとパスコーも老人問題に否応なく直面する。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1500円+税)

レジナルド・ヒル『死にぎわの台詞』続き

パスコーとウィールドはいっしょに聞き込みにまわる。母親を介護している女性との会話では、
【「ときどき喜んで母を殺したくなるときがあるのよ。実の母親に対して感じるべきではことじゃないわね?」パスコーはこの率直な告白にいささか度肝を抜かれて、言葉に窮した。だが、ウィールド部長刑事は、報告書から目も上げずに、言った。「お母さんだって、あなたがまだ赤ん坊で、真夜中にギャーギャー泣いたときには、喜んであなたを殺したいと思ったことがあると思いますよ。・・・」】その言葉で彼女は一瞬いきいきとかわいい少女のような顔になる。

パスコーは早退するので〈黒牡牛亭〉でウィールドにビールをおごり、捜査の打ち合わせをする。レズビアンの女性の件になるとウィールドは、
【「彼女はレズビアンだから、悪いことをやっていそうだ、という意味ではないでしょうね」彼は穏やかに言った。】パスコーは否定したが自分が偏見をもっているとみられたことに苛立つ。【ウィールドはうなずいて納得した。彼が職業人としての場で自分がホモであることを言明するのは、せいぜいこの程度の穏やかな抗議によってだった。彼が警察に入ったころは、ホモであることを隠さなければならないのは自明のことだった。だが、時代は変わり・・・】

ウィールドがパスコーについて思うこと。パスコーが現代的なリベラルな物の見方をするにもかかわらず、
【男女平等であるという彼の信念は、女性がその業績だけでなく、下劣さにおいても男性に匹敵することを発見して、いまなお失望せずにはいられないのだ。】

車に衝突して死んだウェスタマン(70歳)の「パラダイス! 運転してたやつ・・・あのふとっちょ・・・酔っぱらいめ!」の最後の言葉でダルジール警視は窮地に立つが、最後にヘクター巡査の身勝手というかご愛嬌というか、の行動のおかげで一件落着。地味な聞き込みではじまった物語だがクライマックスがど派手。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1500円+税)

「老人ホームで孤独死」というニュース

レジナルド・ヒルの「死にぎわの台詞」は3人の老人の死と死にぎわの言葉をテーマにした物語だった。この本をお書きになったヒルさんは去年亡くなられた。そんなことでわたしにも「死」はうんと近づいている。まあ考えてもどうもならん、そのときがきたらきたとこのこっちゃ、なんだけど・・・。

今日、茨城県の有料老人ホームで入居者の女性が死後約1週間経って発見されたというニュースを読んだ。有料老人ホームに入居したら孤独死なんてあり得ないはずだし、入居者もそう思ったからこそ高いお金を払って入ったのだろうに。約1週間ほったらかしとはあんまりだ。

姉の友人は夫さんが亡くなってから有料老人ホームに入居した。ひとりの部屋にいるが、トイレの入り口近くにセンサーがあって、長時間反応がないと様子を見にきたり電話があったりする。食事は食堂で食べるので一日に3回は安否確認してもらっているという話を聞いた。

姉は一戸建ちの家に猫2匹と暮らしているが、隣近所のひとと親しい交流があるのでありがたい。寒くて家を出ないでいると、前の家のひとが見かけないけどどうしているのと訪ねてきてくれるし、民生委員も近くにいる。緊急連絡電話も設置してある。

まあ、人間、生まれるときと死ぬときはひとりだ。元気なうちに読んで食べてしゃべって好きなことをして後悔のないようにしよう。すでに遊び過ぎという声あり(笑)。

モリッシー

今年来日公演があってツイッターなどで名前を見たものだから、気になって紹介されていた最近の動画を見たりしていた。
今日は本を探していたら本棚の奥に「The Smiths」(「もう誰にも語らせない。」ザ・スミス写真集)があった。1994年にロッキング・オンから出た本でモノクロの大胆なレイアウトの本だ。どこで手に入れたのか大判のカラー写真も数枚挟まっていた。
だいぶ前のことだが在庫の本を整理したとき処分するほうに入れたのを読み直していたら、モリッシーのインタビューにいい言葉があったので残しておいたものだ。(この言葉はヴィク・ファン・クラブサイトにある「わたしのサラ・パレツキー論(1)」にも引用している。)

【「…僕はほんとうにたまたまフェミニストの作家にとても影響を受けてしまったんだ。モリー・ハスケル、マージョリー・ローズにスーザン・ブラウン=ミラー。名前を挙げ始めたらきりがないよ!
フェミニズムの話ばかりし続けたくはないけど、フェミニズムというのは理想的な状態なんだ。でも理想を超えて現実のものとなることは決してないだろう。この社会は強い女性を忌み嫌っているからね。気絶し、へつらい、結婚しか望んでいない。そういう女性だけを好む社会なんだ。神経過敏になっているわけじゃないけど、この問題は僕の曲作りになくてはならない要素になっている。」】
※モリー・ハスケルの本を1冊持っている。「崇拝からレイプへ 映画の女性史」(平凡社)

パンク・ニューウェーブを聞いていたのは70年代後半から80年代前半の数年だから、ザ・スミス(1982〜1987ギターのジョニー・マー脱退・解散)をきいたのは最後のほうになる。レコードとレーザーディスクを持っていてモリッシーの異質の美に惹かれた。上記の本はそのあとに買ったものだ。いま読んだらモリッシーとジョニー・マーの危うい甘さがただよってきてせつなくなる。この本が出たときは彼らの仲はすでに終わっていて、そのことを書いているひとの気持ちにもせまってくるものがある。

長いあいだ聞いてなかったので、なにかないかなとユーチューブを探したら素晴らしいライブがあった。Morrissey – Festival de Viña del Mar 2012 HD – Show Completo
今年のライブで1時間20分ある。そして55分ごろに衝撃的な画面があるのでぜひ見てほしい。ゲイでベジタリアンでマンチェスター出身のイギリス労働者階級の代弁者モリッシー、50代になったが健在です。今夜はすごくうれしかった。

「ミステリマガジン」5月号はレジナルド・ヒル特集

いちばん楽しかった記事は翻訳者の松下祥子さんの連載記事の「ダルジール警視の好物」(ミステリヴォイスUK 第53回)だ。松下さんはヒルが亡くなったあとで日本の愛読者情報を知ろうとネットを見た。数は多くないがとても熱心で、感想をブログに綴っているひとも何人かいるのがわかった。わたしもブログを書いているので読んでくださったと知ってうれしい。というのはわたしが書いた「パーキンというお菓子を食べてみたい」に応じた「ダルジール警視の好物」なので。

【ホテルのテラスで。「濃いヨークシャー・ティーをポットで頼む。あと、パーキンもいいな」。パーキンは〈ヨークシャー名物の生姜と蜂蜜のケーキ〉と註がある。パーキン食べてみたい。(230ページ)】とわたしは書いている。
以上をふまえてパーキン(parkin)の作り方を教えてくださっている。パーキンにはいろいろなバージョンがあるが、黒糖蜜、オートミール、生姜を入れるのが特徴だそうだ。レシピが書いてあって、もっちりした黒いケーキができるそうである。わーっ、食べたい!
材料はなんとかなりそうだけど、うちにはオーヴンがないのでできない。そのうち誰かが作ってご馳走してくれるのを期待しよう。
ヨークシャー・ティーは製茶会社テイラーズの紅茶の銘柄だそうだが、日本で手に入るのかな。

その他、ダルジールの好物や作中で食べたものいろいろ。おいしそうなロースト・ビーフとヨークシャー・ブディング、ミート・パイ。そして、マトン・パスティー、イヴのブディング、スポッティド・ディッグなど名前も知らなかった食べ物の話や作り方があって楽しい。
(早川書房 876円+税)

デモは不参加、夜はヴィク・ファン・クラブ例会

今朝は風の音で目が覚めた。うとうとするがまた風の音で目が覚めての繰り返しをしてから起きた。外は冷たい雨と強い風だ。今日はツイッターデモがある。ずっと参加しようと思っていたが、昨日になって1日に2回のイベントはやめようと決めた。先日から体調がもひとつなのでデモで冷やしたらあかん。今日行けば参加10回目なのでちょっと惜しかったが。

昼食後は読書とネットですぐに夕方になった。この日は早めに行ってジュンク堂に寄る習慣だけど、レジナルド・ヒルを中古本で買っているのでやめておこう。ところがツイッターを見ていたら早川書房のツイートに今日が「ミステリマガジン」の発売日とあった。ありゃいかん、今月号はヒルの追悼特集ではないか。大慌てで出てヒルトンプラザのジュンク堂へ。手に入れた「ミステリマガジン」を持ってシャーロック・ホームズへ滑り込み。
新しい会員のKさんと時間を忘れる楽しい会話だった。ミステリとの関わりのはじめ、少女小説、少女マンガ、やおい、BL、そして翻訳ミステリ、コージーミステリと話題が尽きない。その間に人生の話もあった。
彼女曰く、サラ・パレツキーとヴィクだからどんなに堅い会報かと思ったら、すごく楽しい会報だった。インテリジェンスに溢れた下世話な会報(笑)。

レジナルド・ヒル『幻の森』再読

旧日記から最初の感想〈レジナルド・ヒル「幻の森」〉をこちらのブログに移したので内容などはそちらへ。

今回本書を再読して第一次大戦に巻き込まれた人たちのことを解き明かそうとするレジナルド・ヒルの意気込みを感じた。パスコー主任警部は曾祖父の生まれと育ちとそして戦争での死の真相を徹底的に調べる。小説であるから曾祖父の死といまヨークシャーで起きている事件は結びつけられるが、ヒルは第一次大戦の反省がまだ終わっていないというか、まだ引きずっていることを書こうとしたのかと思う。

第一次大戦というと1914年と思い出す。中学のときに読んだロジェ・マルタン・デュ・ガールの「チボー家の人々」1914年夏。エーリッヒ・マリア・レマルクの「西部戦線異状なし」は姉たちがさわいでいたのでよくわからなかったが読んだ。ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」は小説と映画で。そして、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿は戦争体験の記憶に悩まされている。フランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」。
(松下祥子訳 ハヤカワポケットミステリ 1700円+税)

レジナルド・ヒル『子供の悪戯』を再読 

先日、中古本で買ったうちの一冊。
「社交好きの女」(1970)、「殺人のすすめ」(1971)、「秘められた感情」(1973)、「四月の屍衣」(1975) 、「薔薇は死を夢見る」(1983)、「死にぎわの台詞」(1984) に続く7冊目の作品「子供の悪戯」(1987) を再読した。
当ブログの前に書いていた「kumiko pages」に2003年1月に感想があるのをいま見つけた(こちらに至急移す)。レジナルド・ヒルが大好きになってもう病気だと書いている。そのわりには全部を読むのが遅かった。いま新たに全作品を読むと決意したところ。実は最近読み出して年内に全巻読むと宣言している知り合いがいるので負けていられない(笑)。

このシリーズでは登場人物は年代よりもゆっくり年をとっていく。パスコー夫妻が結婚して娘のローズが生まれて成長していくが、まだ大人になっていない。現代の社会が引き起こす事件があって、ダルジール警視、パスコー主任警部、ウィールド部長刑事が動き、やがて若手の刑事たちが登場するが、中心になって事件にあたるのはこの3人である。
ダルジールとパスコーが出会う最初の作品「社交好きの女」からはじまって、パスコーとエリーが再会して結婚にいたり、エリーは子どもを育てながら作家として世に出る。ウィールドがゲイの警官であることで悩み、過ちもあったが立ち直り、そしてインテリでユーモアがわかる伴侶を見いだす。ダルジールもほんまにぴったりの伴侶を得る。爆弾で生死の間をさまようが彼女の尽力で生のほうへ戻ってきた。

本書ではウィールドが自分が泊めた若者が殺されて窮地に立つ。ゲイであることをダルジールに告白するとすでに知っていたとダルジールは答える。ダルジールはウィールドを守りきる。
芝居の演出家としてアイリーン・ジュンが出てくるが、彼女は「骨と沈黙」の重要人物アイリーン・チャンですね。

レキシーがパスコーにいった言葉。
【「詩とオペラ、ええそれはわたしも認めます。その二つがなければ、わたしは生きていけないわ。でも、もうずっと以前から、詩や音楽の背後に、隠蔽することのできない、避けることのできない、恐ろしい、醜悪なものが満ちあふれた世界があることを、わたしは知ってたわ」
「わたしにお金が必要ないのは、父と同じよ。自分にはお金が必要だと考えたことが、すんでに父を破滅させそうになった。お金が手に入りそうもないと悟ったことが、父を正道に戻したのよ」】
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1300円+税)

西山満さんの追悼コンサート「これからもJAZZでいこう!」

馬鹿は死んでも馬鹿のまま by 西山 満

去年の8月31日に亡くなられたジャズベーシスト西山満さんの追悼コンサートが本町のヴィアーレ大阪で行われた。
開演30分前に着いたらすでにたくさんのひとが集まっていて、西山さんの影響力を感じた。知っているひともちらほら、SUBで知り合った若手ミュージシャンたちが受付や案内をしていた。

演奏は日野皓正クインテットからはじまった。日野さんの新しく激しい音が響いた。次に竹田一彦さんのギターで鈴木道子さんと札幌から来られた玉川健一郎さんのボーカル。次々と11のバンドが演奏し、演奏の前にはそれぞれのミュージシャンから西山さんにまつわる思い出が語られた。
若いときに西山さんといっしょに活動していたひとや、弟子や孫のように可愛がられたひともいて、最高年齢は80歳のベーシスト鈴木勳さん(女装のような髪型と衣装がステキだった)、最低年齢は16歳のドラマー鬼束大我さん。

これからのSUBについての報告もあった。
西山さんが亡くなったとき、半年後のことは未定だったわけだが、テナーサックスの長谷川朗さんが店を引き継ぐことになった。すでに4月の演奏日程が決まり昼間の営業もあり、メニューも増えている。
わたしはジャズが好きといってもSUB以外のところにまで聞きに行く元気もないので、お店の存続はありがたい。20分で行ける近場で好きな音が聞けてラッキー。