カール・ドライヤー監督『裁かるゝジャンヌ』

20年以上前だけど外遊びをやめて家でレーザーディスクで映画を見ることに集中していたときがあった。それまでは映画館に通っていたのが、見たくとも見られなかった映画、往年の名作を家で見られるようになってうれしくてしかたなかった。
買ってその日に見ることが多かったし、何度も見た映画も多い。レーザーディスクの時代が終わって、かなりの作品を整理してしまったが、2台目の機械がまだ動くのでたまーに見ることがある。

カール・ドライヤー監督「怒りの日」はビデオだったが、これを見たときにまだ一度も見ていないのがあることに気づいた。これは絶対見なければと買った「裁かるゝジャンヌ」である。内容がきつそうで敬遠しているうちに20年過ぎたって、なんてええかげんな。
今夜、晩ご飯のあとすぐに見たのだが、胃の中がこなれてないときにこんな深刻な映画を見たので、あとがしんどかった。

1928年製作のフランス映画、カール・ドライヤー監督「裁かるゝジャンヌ」。ジャンヌを演じるのはルネ・ファルコネッティ、舞台女優で映画はこれのみで若くして逝った。ほとんど顔のアップだけなのだが、素晴らしい演技。アントナン・アルトーが出ていた。処刑の場面でジャンヌに十字架を渡して気持ちを通わす若き司祭のマッシュウ、すごく存在感があった。サイレントで音楽が美しく画面に集中できる。

オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクはフランス国内に侵入してきたイギリス軍を追い返すが、ジャンヌ自身はルーアンでイギリス軍の捕虜になってしまう。ルーアン城を手に入れたイギリス軍はジャンヌを恨んでいて、ジャンヌによって地位を追われた司教と組んでジャンヌを罪に落とそうとする。男装で髪を短く切ったジャンヌをあらゆる手を使って脅すが、彼女は神に敬虔で誠実に答える。拷問にかけられた彼女は重い病気になるが、自然に死なすわけにはいかない。
ついにジャンヌは火あぶりの刑から免れるために誓絶の署名をする。今後は牢に入れられパンと水だけで生きていくことになる。短かかった髪が根元から切り取られた。そのときジャンヌは偽りで生きることをやめ、誓いを取り消す。火あぶりの台のそばにいるマッシュウの表情がジャンヌと映画を見るわたしらの救いにもなる。火あぶりになるジャンヌを見ていた群衆が叫び出す。

おばはんたよりにしてまっせ 映画「夫婦善哉」

姉の家のテレビで「夫婦善哉」を見た。原作が織田作之助、1955年の豊田四郎監督作品。主演が森繁久彌(柳吉)と淡島千景(蝶子)、雇い主が浪花千栄子で、柳吉の妹が司葉子という豪華な配役。わたしはいままで見たことがなくて「おばはんたよりにしてまっせ」というセリフのみ知っていた。

1932年(昭和7年)ごろの大阪、船場の化粧品問屋の息子柳吉はたよりないぼんぼんである。柳吉の妻は病気で娘のみつ子を残して実家に帰っている。柳吉が曽根崎新地の売れっ子芸者蝶子と惚れ合って駆け落ちすると父親は柳吉を勘当する。
熱海の旅館で地震にあうシーンがあって、やがて大阪の蝶子の実家にもどってくる。いそいそと世話をする蝶子だが、焼きもちも激しい。
蝶子はヤトナ芸者となって稼ぎ貯金をするが、柳吉はそれを持って松島遊郭へ遊びに行ってしまう。
二人で飛田に食べ物屋の店をもつが、賢臓結核にかかった柳吉の入院費のために店を売るはめになる。それでも有馬温泉に養生に行った柳吉は勝手に出かけてしまう。
結局、船場の店は妹が婿養子をとることになり、父親も死んで柳吉は戻れなくなる。

法善寺で祈る蝶子のシーンが多くてやるせない。柳吉はいつのまにか蝶子を「おばはん」と呼ぶようになっている。
蝶子は自由軒のカレーが好きで、一人でも相手がいても食べに行く。柳吉とテーブルの下で足をからますシーンの
最後は法善寺横町の夫婦善哉で二人でぜんざいを食べる。「たよりにしてまっせ」という柳吉。店を出ると雨が降っていて二人はショールをかぶって歩いていく。この二人これからどないなるのやろ。切ないラストシーン。

森繁久彌の白いシャツとステテコと腹巻き姿がよかった。昔の父親の夏の姿はあんなんやったなと郷愁を誘われた。森繁久彌というと晩年の姿しか思い出さないが、色気のある中年男やったんや。淡島千景はちょと上品過ぎたが、二人のやりとりの間合いが良くて気持ちよい映画だった。