シャンナ・スウェンドソン『ニューヨークの魔法使い 』

「(株)魔法製作所」のシリーズ第1作で2006年に発行され版を重ねているのだが、翻訳家の山本やよいさんに教えてもらうまで全然知らなかった。教えてもらわなければわたしの読書範囲には入らなかっただろう。全部で5冊出ていて、そのうち5作目は日本のみ発行だそうだ。おもしろいから是非と言われて2册買って、本書は1冊目である。

テキサスで生まれて育ち、ニューヨークに出てきて友だち2人とルームシェアしながら働く、ごく平凡な女性のケイティ。勤務先でいやな上司にこき使われる毎日のある日、通勤途上の地下鉄で2人の男性と知り合う。その後は会社に転職を誘うメールがきだしていつも削除しているが、あまりにひどい上司の言いがかりに気が変わって面接に行く。
転職した勤務先が魔法製作所で、アーサー王伝説にも出てくる魔法使いマリーンが長い眠りから覚めて最高責任者となっている。わたしは子ども向けの本でしかファンタジーを読んでないので、本書がどういうところに位置するかわからないのだが、克明な描写に引っ張られて読んだ。会社内や製品についての説明がうまい。きっとニューヨークのオフィスで働いたことがあるのだろう。

ボーイフレンドもいない普通の26歳の働く女性とされているけど、この話法がかつてわたしが愛読した少女マンガの作りと同じだ。自分では美人でなくセンスもなくて引っ込み思案の女子が、イケメンから愛される。日本の女子の読者に愛されるのも無理はない。わたしも好き。だけど、そういう物語に裏には魔法と会社経営と都会の生活などがしっかりと骨組みがあるのがすごいところ。
とにかくおもしろくてたちまち読み通した。表紙カバーのイラストもいい。
(今泉敦子訳 創元推理文庫 980円+税)

イアン・ランキンの短編『最後の一滴』

イアン・ランキンのジョン・リーバス警部もの最後の作品「最後の音楽」を読み終わったが、まだ未読の「死者の名前を読み上げよ」がある。買い遅れていただけだが、なんとなくまだあるって理由なき余裕(笑)。とはいえ目の前に読む本がいっぱいあってなかなか読み始められない。厚いし字が細かいし。
そこで思い出したのだが、停年退職したリーバズ警部が出てくる短編が「ミステリマガジン」2010年12月号にあった。「特集 警察小説ファイル13」(警察小説相関図などがあって便利)の中にある「最後の一滴」だ。ランキンがエディンバラを拠点とする慈善団体ロイヤル・ブラインドのために書き下ろした短編小説である。

シボーン・クラーク部長刑事が醸造所めぐりツアーを退職祝いとしてリーバスに贈ってくれたので、ふたりは工場のタンクの前に他の客たちとともに立っている。案内人はここには幽霊が出ると言う。幽霊は60年前にここで事故で亡くなったジョニーであること、当時はタンクが石でできていて金属の裏打ちがあったと説明する。
ツアーが終わって試飲室でビールを飲みながら詳しい話を聞くと、幽霊はまるで生きているようだったという。ジョニーは女性に絶大な人気があり、当時の社長の娘も夢中だったとか。
翌日、リーバスは醸造所の会議室で歴代の経営者などの写真を見ていた。

退職祝いをもらったときだから仕事を辞めてすぐのことだろうが、今後のリーバスがどうするのか気になる。
(加賀山卓朗訳 ミステリマガジン2010年12月号)

アン・ズルーディ『テッサリアの医師』

ミステリというと、ハヤカワ文庫と創元推理文庫は毎月チェックしているのだが、他の文庫まで目がいかない。小学館文庫ははじめてだ。翻訳ミステリを出してくださっているのも知らなかった。すみません。しかもギリシャの現代ミステリなんてはじめてだ。すごく熱中して読み終え、幸福感でいっぱい。現代ギリシャの物語なのに中世の物語のようでもある。

ギリシャの小さい町で結婚式が行われようとしているのに花婿が現れない。ウエディングドレスのまま浜辺で泣き崩れるクリサはもう若くない。医師との夢の結婚式を迎えたのにこんな結末になってしまった。クリサは図書館司書の姉と二人で暮らしている。しっかり者の姉に主導権をもたれて従って生きてきた。姉はさっさと部屋を元通りに戻す。

その日の夕方、教会で灯明を灯していた少年が苦しんでいる医師のシャブロルを見つける。花婿のはずのシャブロルは顔に薬品をかけられてひどい火傷をしている。少年は町へ医師を運び救急車を呼ぶ。そこに居合わせた太った男(名前はヘルメス・ディアクトロだが、本の中では太った男と形容している。自己紹介のときに名乗るので名前がわかる)は、医師の態度に不審を抱き調査をはじめる。警察ではありませんが調査員ですと自己紹介する太った男は、その町に留まって人々と話して事件の核心へ食い込んでいく。

ある朝、カフェニオンを経営しているエヴァンゲリアは太った男が外のテーブルにいるのに気づく。コーヒーを飲みながら太った男は昨日病院へ送った医師のことや町のことを聞き出す。医師はフランス人でクリサの亡くなった母親を診ていた縁で結婚することになった。この町でなにかが起こっていると感じた太った男は当分はこの町に留まろうとカフェニオンの2階に宿をとる。

自動車修理屋で仕事を頼んでいる間に、コーヒーでもと言われて家のほうに行くと、その家の主婦が母親の世話をしながらケーキを出してくれる。母の主治医はシャブロルだった。年老いた病人をゆっくりと診てくれる医師が、フランスからやってきてこの町に住み着こうとしていたときに、むごい仕打ちを受けてしまった。

太った男はいろいろな住人に話をして核心に迫っていく。そのかたわら悩める男を恋する男に変身させたり、町長にこの町に遺跡があるのを教えたりする。
普通の食べ物、パンやケーキやスープがほんとにおいしそう。甘いものを食べるシーンがたくさんあって、だから太った男なんだと納得。
そして、すべてが片付けたのちに黙って町を去っていく。シェーンのように。
(ハーディング祥子訳 小学館文庫 752円+税)

レジナルド・ヒル『午前零時のフーガ』

本を読み終わって感想を書くのが習慣になっているが、前作の「死は万病を癒す薬」は読み出したこと、読んでいての連想で〈貧しい親戚〉のことを書いただけで本の感想を書いていない。いっぱい書くことがありすぎて書けないといおうか。おもしろく引っ張られて最後までいってしまう。読み終わったのに実はストーリーを把握できていないみたいな。いやストーリーはわかっているけど、あれよあれよという感じでいってしまうので、書こうと思うとまた読み返さなくてはいけない。名人芸に翻弄されている快感というようなものかな。また読み直したら書くことにしよう。

「午前零時のフーガ」は「死は万病を癒す薬」のあとを受けて、重体で入院した病院から退院し復職したダルジールが、まだけだるさを残しつつ出勤しようとする。この日は遅刻しないようにと慌てて出かけるが、電話がかかり留守電に話すのは昔の友人だった。そのまま車を出すとあとをつけている車がある。そのうちダルジールは今日は日曜日だと気がつく。ダルジールは教会に入って大聖堂で頭を垂れる。あとをつけてきたジーナはその姿を眺めている。ジーナは留守電にかけてきたダルジールの旧友で首都警察の警視長のバーディーと結婚の約束をしている。彼女は7年前に警官の夫が失踪したままになっているのを今回きちんとしようと思っている。

ダルジールとジーナはホテルのテラスで話し合うが、ダルジールはその前にノヴェロ刑事を呼び出して、自分たちを見張るように伝える。ノヴェロ以外にも二人を見張っていた者がおり、ノヴェロはそれを追って重傷を負う。ダルジールはジーナの部屋で疲れて横になってすぐに爆睡してしまう大失態。
パスコー主任警部は知り合いの娘の洗礼式に立ち会っていたが、ノヴェロの事件で呼び出される。ダルジールには連絡がとれずいらつく。

ジーナを追いかけている悪党たちの生まれから現在の姿、元は大悪党だがいまは実業家のキッドマンと政治家になったその息子、そして満点の秘書。警官たちと悪党たちの過去と現在が入り交じる。

過去と現在が入り交じり、未来へとつながっていく物語。ダルジール警視とパスコー主任警部とウィールド部長刑事の三位一体の3大スターが相変わらずの軽口と信頼で活躍。読み終わったら次の作品はいつ読めるかしらともう待ち望む。
(松下祥子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)

レジナルド・ヒル『午前零時のフーガ』がおもしろくて

いまざっと読み終わったところなので全体の感想はまだ。おもしろくて付箋を貼ったところを書いて楽しむことにする。

ダルジール警視が日曜日に警察署に行くとウィールド部長刑事とシャーリー・ノヴェロ刑事が仕事をしていた。ダルジールが「アイヴァー(ノヴェロの愛称)コーヒー」とどなると、若い女は「いえ、けっこうです、警視。さっき飲んだばかりなので」と答える。ウィールドの顔に“にやり”としたようなもの(ウィールドの醜男ぶりの描写)が浮かぶ。「今!すぐ」そして「女を警察に入れてやる理由がほかにあると思うのか?」とすごい差別発言。でもそれからの展開でダルジールがどんなに部下を気遣っているかわかる。(76ページ)

退職した警官の話をしていて「退職なんてするもんじゃないぜ。仕事をしているときは、死ぬ暇がない・・・」そのとおり。(108ページ)

ホテルのテラスで。「濃いヨークシャー・ティーをポットで頼む。あと、パーキンもいいな」。パーキンは〈ヨークシャー名物の生姜と蜂蜜のケーキ〉と註がある。パーキン食べてみたい。(230ページ)

ウィールドはゲイであることを長年かくしてきたと思っていたが、ダルジールは騙されていなかった。
【振り返ってっみると、巨漢がどれだけ自分を保護してくれていたか、だんだんわかってきた。人権だの、リベラルな宣言など、あからさまなことはいっさいない。ただ彼の周囲に、目に見えない円が描かれ、“この男はわたしの仲間だ。手を出すならそれなりの覚悟をしろ”というしるしになっていた。】(268ページ)
ダルジール、パスコー、ウィールドの世界に入り込むと浮き世のしんどさを忘れてしまう。

ナンシー・アサートン「優しい幽霊シリーズ」から映画『哀愁』を連想

「優しい幽霊シリーズ」はいまどきあり得ないような甘い作品で、しっかりした人からは「こんなんが好きなん?」と冷たく言われそう。表紙はうさぎのぬいぐるみレジナルドが可愛くて電車の中で広げるのをためらう(笑)。主人公ロリはおっちょこちょいで惚れっぽい。

早く父を亡くして母に育てられたロリはシカゴで育ち、ボストンの大学を卒業し結婚するが離婚。そして母を亡くし貧しく暮らしているときに弁護士から連絡があり、イギリスのディミティおばさまから莫大な遺産を相続する。
4作品ともに幽霊であるディミティおばさまの恋人だった第二次大戦中の飛行士の生と死にまつわる物語になっている。ディミティおばさまは彼の死後せいいっぱい生き一生独身で自分の才覚でつくった財産をロリに遺した。

最初から思い出していたのが映画「哀愁」だった。物語は第二次大戦だとばかり思っていたが、いま映画サイトを調べたら物語のはじめの回想するところが「1940年燈火等制下のロンドン」とあった。回想の中身が第一次大戦中と戦後の話である。
クローニン大佐(ロバート・テイラー)はスコットランドの旧家の出身である。バレーダンサーのマイラ(ヴィヴィアン・リー)と、ロンドン空襲のときにウォルター橋上で知り合った。二人は愛し合い結婚の約束をするが、彼に出発命令が出る。
やがて彼女は新聞で大佐が戦死したという記事を見る。バレー団をクビになったマイラはお金に困って夜の女になる。戦争が終わって死んだと思った大佐が帰ってくる。マイラは彼や家族が真相を知ったときのことを考え、思い出の橋の上で軍用トラックに身を投げる。
美男美女の悲恋にわたしの姉たちは無我夢中だったのを思い出す。わたしが見たのはずっと後だったからそんなに熱狂はしなかったが。

「優しい幽霊シリーズ」では、恋人は死んでしまい、ディミティおばさまは幽霊(魂)になってまで、彼に縁のある人たちのために動くようにロリに青いノートで語る。
第二次大戦が終わってから60年以上経っているが、作者には語ることがたくさんあって、こういうかたちで読者に語りかけているのね。

イアン・ランキン『最後の音楽』

ジョン・リーバス警部の最後の事件をようやく読み終わった。
リーバスは停年退職が目の前にせまっている。退職の日の9日前、2006年11月15日の深夜、エディンバラ城脇の道路でロシア人が殺されているのが見つかる。見つけた少女と通りかかった中年夫婦が通報し警官が駆けつける。若いグッドイアは気が利いていて制服警官から刑事になりたがっており、シボーン・クラーク主任刑事はこの事件の捜査で使ってみることにする。彼の祖父は犯罪者で兄もぐれているが、彼だけは生真面目な警官になっていた。

被害者はロシアから亡命してきた著名な詩人だった。エディンバラにはロシア人がたくさん訪れており、事件の裏には政治にからむなにかありそうだ。続いてなんでも記録している録音技師が殺される。事件につながりがあるとみたリーバスとシボーンは調査し検討していくと、リーバスの宿敵でギャングから市の上層部にまでつながりを持つまでにのし上がったカファティが関係しているのがわかる。
物語は一日毎の記録になっている。リーバスは深く調べ過ぎて市の上層部から睨まれ、上司から退職の日まで休職処分を受ける。それでもなおシボーンと連絡をとりながら調査を続け推理する。そして退職日までに真犯人を探し出す。だが、罠にはめられてリーバス自身が警察に調べられる身になる。

他の部署の者から「齢を重ねても丸くはならなかった」と言われているとおり、その激しさ、一徹さは変わらない。巧妙な質問ではぐらかそうとする相手をびびらせ、あるときは威嚇して真実に迫っていく。
最後についてすごく語りたいけどやめておく。
(延原泰子訳 ハヤカワミステリ 2100円+税)

こんなことにも共感 イアン・ランキン『最後の音楽』

イアン・ランキンの本を読んでいると付箋だらけになる。共感するところが多いのだ。読み終わるのは明日になりそうだが、共感したところ。
【彼女のこれまでの様子を見るだけで、その全人生が読み取れるように思った。裕福な家庭に生まれ、両親から金と愛情を注がれて育ち、自分への自信という技を磨き、甘えた声でごまかしきれないような困難には一度も直面したことがない。これまでは。】
リーバス警部が事件について聞き出そうとすると、苦労知らずで育ってきた金持ちの娘がこれまでに出合ったことのない困難に直面することになる。大金を払ってクスリを手に入れているが、そこから殺人事件につながっていく。
読みながらこんな女性いるいると共感。この女性はまだ若いからわかるけど、40歳くらいになってもこんなタイプはいる。できる限りお近づきにならないようにするしかない。

ジョー・ゴアズ追悼

ジョー・ゴアズが亡くなったと昨日のツイッターに書き込みがあった。最後まで現役と書いてあった。「スペード&アーチャー探偵事務所」を読んだのはほぼ一年前の2009年12月だ。すごい力のこもった作品だった。

いま著作目録を見ているが、わたしが読んだのはほとんど「ダン・カーニー探偵事務所」ものだ。当時は孤立したミステリファンでただ好きでひたすら読んでいたが、ヴィク・ファン・クラブを発足させてからミステリ評論家の広辻万紀さんと知り合って孤独ではなくなった。広辻さんは早く亡くなってしまわれたが、彼女と女性探偵ものやその他のハードボイルドミステリについて語り合ったのが忘れられない。
広辻さんはヴィク・ファン・クラブのサイト中にある「パレツキーズ・アイ」でジョー・ゴアズ作品に登場する女性たちについて熱く語っている。

ジョー・ゴアズはハメットに対する熱い思いで知られている。わたしは「ハメット」を1985年に出たのを読んだと思うのだが、いま思い出せない。それよか映画「ハメット」のほうをよく覚えている。あんまり評判はよくなかったと思うのだが、わたしは好きだった。
ここにある「ダン・カーニー探偵事務所」と「スペード&アーチャー探偵事務所」を追悼読書してジョー・ゴアズと広辻さんを偲ぼう。

ナンシー・アサートン『ディミティおばさま古代遺跡の謎』

「優しい幽霊シリーズ」の3作目。これで貸していただいた本は読み終わった。
ロリとビルはイギリスのディミティおばさまが遺してくれた家で生活をはじめる。前作の終わりにロリの妊娠がわかり、本書は予定日より1カ月早く産まれ保育器のお世話になったが、無事に家に帰って育児中のところからはじまる。ビルは自転車で通勤し贅肉も落ちてきたし家庭を大切にするようになった。

ロリは育児に疲れてへとへとになって身なりをかまうヒマもない。そこへ知り合いの老姉妹が助っ人としてフランチェスカを連れてきた。フランチェスカは病気の両親の世話と兄の子どもたちの世話をしてきた苦労人。環境を変える意味でもここに住んで働かせてほしいと老姉妹は言う。
フランチェスカはイタリア人で父親は第二次大戦の戦争捕虜だった。北アフリカで捕虜になり、この村の農場で労役につき、連合国がヨーロッパで勝利した後に地元の女性と結婚した。6人の子どもはイギリス人として育った。しかしスキャパレッリという姓のせいで心の狭い人たちからは疎まれている。

古い意識の人たちがいる村ではロリとビルも新参者である。いかに村人たちとつき合っていくかがテーマになっていて、そこにユーモアが色を添える。
もう一つのテーマは前の2作にも言えるけど、第二次大戦の影や悲劇がイギリスに暮らす人たちにどう影響を与えたかということ。イギリス人だけでなく、フランチェスカのように親が捕虜であった人についても語りたかったのだと思う。
ロマンチックで笑える物語なのに、こういうところで筋が通っている。

亡くなったディミティおばさまがロリに語る。
【1914年から1918年にかけての戦争で多くの死傷者が出たことで、霊能者が多く求められるようになったのです。わたしの子供時代、世の中では精神世界が大流行してましたよ。最近になってまた、精神世界が流行ったでしょう?】
(鎌田三平・朝月千晶訳 ランダムハウス講談社文庫 860円+税)