P・D・ジェイムズ『わが職業は死』

「わが職業は死」は1977年の作品。
明け方電話のベルで目を覚ました法医学者ケリソンは死体発見の現場へ呼び出される。彼の娘と息子の話が長い。そして勤務先のホガッツ司法科学研究所の所員夫婦の話も長い。ハワース所長と所長の座を争ったロリマーのいやらしいところが語られる。なんか暗くてじめっとしていらっとなる出だしだ。

そして第二部、受付係のブレンダがロリマーの死体を見つける。
ロンドンではダルグリッシュ警視長が司法科学局局長フリーボンの病室で、これから現地へヘリで10分と話している。殺されたロリマーのこと、ハワースがなぜ所長になれたかということを聞く。
【ダルグリッシュはフリーボンに会うために費やした十分間を無駄とは思わなかった。老博士は自分の職業人生のすべてを捧げた司法科学局は世界最高であると、単純な忠誠心から信じている。フリーボンはその土台作りに力を尽くしてきた。おそらく彼は正しいのだろう。ダルグリッシュは知りたいと思ったことをつかんだ。】

マシンガム警部とともに研究所に到着すると、地元の警察ではそろそろ停年とその息子のような年齢の若者との二人の部長刑事をつけてくれた。
狭い社会ではあるがさまざまな人間がおりそれぞれの人生があり、事情聴取や聞き込みは困難を極める。
ダルグリッシュは運転中にマシンガムに言う。
【初めて組んだジョージ・グリーノル部長刑事が教えてくれたことを思い出していたところだ。捜査部勤務二十五年という古兵で、こと人間に関するかぎり驚いたりショックを受けることは何ひとつなかった。その彼がこう言っていた——
“憎しみこそこの世でもっとも破壊的な力だと人は言うだろう、だが、そんなことを信じてはいかん。一番破壊的なのは愛さ。いい刑事になりたかったら、愛を見分けるすべを会得することだ”】

長い物語でダルグリッシュは困難を越えて真犯人を見つけるのだけれど、それができたのは先輩たちからの言葉をあたまに叩き込んでいたからだと最後にわかった。
(青木久恵訳 ハヤカワ文庫 980円+税)

デレク・ジャーマンの庭『Derek Jarman’s Garden』

P・D・ジェイムズの「策謀と欲望」(1989)を読んでいる。
ダルグリッシュ警視長は休暇でノーフォーク海岸の村を訪れている。2カ月前に亡くなった叔母のジェインが多額の遺産とノーフォーク北東海岸にある風車小屋を改造した家屋をダルグリッシュに遺した。「不自然な死体」のときはサフォークのモンクスミア岬に住んでいた叔母はこの村に引っ越して死ぬまで住んでいた。
この村には海辺に原子力発電所がある。もちろんジェイムズは作品の前の「著者メモ」で、ノーフォーク北東海岸の架空の岬であると断っている。

それで思い出したのがデレク・ジャーマン(1942−1994)の「Derek Jarman’s Garden」だ。デレク・ジャーマンの庭の向こうのほうに原子力発電所が聳えている写真があったのを覚えていた。久しぶりに本棚から出した。荒れ地に作った庭の写真にまたショックを受けて、ぼんやりとページをめくっている。

イギリスの原子力発電所分布図を調べてみたら、ダンジェネスはイングランドの南東の角に近い場所にあった。
デレク・ジャーマンがここダンジェネスに移り住んできたのはチェルノブイリ事故のあった1986年だそうだ。

P・D・ジェイムズ『黒い塔』

「黒い塔」(1975)は「女には向かない職業」(1972 コーデリア・グレイシリーズの1作目)の次の作品。
アダム・ダルグリッシュ警視は重病と診断されて入院していたが、病理テストの結果がよくて退院できることになった。退院したらしばらく休むつもりだが、その間に老師からの依頼に応えようと思う。バドリイ神父は30年前にダルグリッシュの父親がいる教会へ副牧師としてやってきた人だ。手紙には、あなたのご職業がら力になっていただきたいことがあるとあった。古風な地図が添えてあり男根崇拝のような黒い塔のマークがある。ダルグリッシュは数日静養してから行くつもりだ。
もう一つはコーデリア・グレイに会うか手紙を書くかしてお礼を言わねばならない。彼女からの見舞いの花束がとても気に入ったから。コーデリア自身が選んだ小さな花が念入りに組み合わされたもの。彼女は食べていけるだけ稼いでいるのかふと考えた。その花束の花を彼ははっきりと覚えている。お礼は後ほどしよう。

ダルグリッシュは11日後にアパートから自分の車でロンドンの南西に向かって道中をゆっくりと楽しみながら進んだ。
バドリイ神父の住まいに到着したが人の気配がない。誰も彼のノックに応じない。部屋に入るとドアの後ろに僧服が吊るしてあった。大机の上に印刷物があるのに気がつく。牧師が11日前に死亡し、5日前に埋葬されたと記してある。
台所にはダルグリッシュのために買ってきた食料品が置いてあった。

部屋を見終わったころに女性がやってきたので話をすると、神父は〈トイントン・グレンジ〉に遺産を残したという。
そこは障害者施設でいまの経営者ウィルフレッドの祖父が遺したもの。ウィルフレッッド自身が多発性硬化症を発病し3カ月で車椅子の厄介になることになった。それがルールドに巡礼したら治った。彼は神にこの療養所と全財産を障碍者たちに捧げると誓った。ということで〈トイントン・グレンジ〉にはいま5人の患者がいる。元外交官のジュリアスは別にコテッジを持って贅沢に暮らしている。
ダルグリッシュは療養所内で患者の事故死や自殺が続けて起こっていることに疑問を持つ。
(小泉喜美子訳 ハヤカワ文庫 680円+税)

P・D・ジェイムズ『不自然な死体』

P・D・ジェイムズのダルグリッシュ シリーズの未読本はあと3冊(「黒い塔」「わが職業は死」「策謀と欲望 上下」)になった。3冊ともアマゾン中古本のおかげで安く買え、いまここにある、ふっふっふ。
最初は「秘密」を貸していただいて、その後は図書館の棚にあるのを読んだので後半は全部読んでいる。気になりつつもそのままだったのを、もうひとつのコーデリア・グレイ シリーズを久しぶりに読んだら、2冊ともにダルグリッシュの名前が出てきた。再び燃え上がったダルグリッシュ熱(笑)。

「不自然な死体」(1967)
10月半ばの昼下がり、両手のない死体を乗せたボードがサフォークの海岸をさまよっている。横たわっているのはぱりっとした服装の中年男性である。ボートは不気味な積み荷を陸へ陸へとゆっくり運んでいく。
同じ日の午後、ダルグリッシュ警視は10日間の休暇を過ごすためにサフォークのモンクスミア岬へ行くところだった。直前にこどもが殺された事件があり、その両親に対して、慰め役、懺悔聴聞僧、復讐者、裁判官の一人四役を務めねばならなかった。つきあっているデボラ(「女の顔を覆え」で出会った)はこんな時期のプロポーズを期待していないだろうと思う。ダルグリッシュは犯人逮捕の数日前に2冊目の詩集を出したが、それを完成する時間とエネルギーがあったのだが。

岬にはたったひとりの肉親であるジェイン叔母がいる。ジェインは母を早く失い牧師だった父を手伝っていたが、その息抜きに鳥の研究をして論文を発表し注目を集めるようになった。いまや指折りのアマチュア鳥類学者である。5年前に住んでいた家を売って岬の突端の石造りの家を買った。ダルグリッシュは年に2回はここを訪れる。
叔母は人の助けがいらない女性だ。デボラとうまがあうだろうか。デボラは都会の生活にぴったりの女性だ。とにかくこの休みの間に態度を決めねばならない。
ゆったりと叔母と向き合っているところへ近所に住む作家たちがやってきた。
彼らは推理作家のシートンが行方不明だという。一同がなんやかやとしゃべっているところへ、この地域の犯罪捜査部の警部と部長刑事が来てシートンの死体が乗ったボートが着いたという。あの人はボートに乗るのが嫌いだという意見が出ると、彼はボートを操っているわけでなくボートの中で死体になって転がっていると警部。

今回の事件はダルグリッシュ警視の担当ではなく、レックレス警部が担当する事件だが、複雑な犯罪の中にやむなくダルグリッシュも引き込まれていく。
(青木久恵訳 ハヤカワ文庫 520円+税)

ミステリーとロマンス「アダムはコーデリアと結婚すべきか?」

友だちがP・D・ジェイムズが書いた「アダムはコーデリアと結婚すべきか?」という文章のコピーを送ってくれた。単行本の大きさで107ページから4ページ分、次のページには他の作家が他のことを書いている。女性ミステリ作家によるエッセイ集なのかな。まあそういうことは後ほど聞いたらわかるからおいといて。

「アダムはコーデリアと結婚すべきか?」というタイトルが気になる。それも作家本人の言葉だから。
いま読んでいる「黒い塔」の冒頭では、アダム・ダルグリッシュは病気で入院していて、最初の予想よりは早く退院できた。入院中に届いた見舞いの花束にとても気に入ったのがあって、メモを見たらコーデリア・グレイ(「女には向かない職業」の女性私立探偵)からのものだった。そのあと個人的な依頼に応えて出かけた海辺で事件があり、本の最後でダルグリッシュはまた入院するはめになる。そのときに他人が聞くと「リア王」のことをうわごとを言っていたそうで、それは「コーデリア」がリア王の娘だから。
まあ、そんなところを読んだものでよけいに気になりだした。

イギリスにもアダムとコーデリアのことを気にするファンがたくさんいるんだとうれしくなった。まだ未読本の中に、二人がロンドンのレストランで食事したりとか、アダムのアパートからテムズ川を眺めたのちベッドに入るとか、そんなシーンがないか待ち望んでいる。きちんとダルグリッシュのシリーズを読んでいればこんなことは20年も前にわかっていることなのに。
ミステリーを読んでいるのやら、ロマンスを読んでいるのやら。

P・D・ジェイムズ『ある殺意』

ダルグリッシュ警視もの長編第2作「ある殺意」(1963)を読んだ。もう50年も前の作品だけど、古びているはずはないという思いは裏切られなかった。することがいっぱいあるのに手放せなくて、なんかもう必死で読んでいた。
第1作の「女の顔を覆え」(1962)はロンドンに近い田舎のカントリーハウスでの事件だった。今回はロンドンの精神科診療所での事件である。

ダルグリッシュは出版社のパーティに招かれていた。ダルグリッシュは警察官であると同時に詩を書き詩集を出版している。1時間ほど経ったとき、「女の顔を覆え」の事件の現場であるカントリーハウスの住人だったデボラがいるのに気がつく。デボラは母の死のあとロンドンの出版社で働いていた。話していて食事に誘いたいと思っているうちに警視庁から事件だと電話がある。すでにマーティン部長刑事は現場のスティーン診療所に行っているという。

ボーラム事務長が地下の医療記録保管室で殺されているのが発見された。ダルグリッシュが到着すると、胸をノミで刺されたボーラム事務長の死体があった。ノミは用務員ネーグルのものだった。ダルグリッシュは事務長の部屋で全員の聴取をはじめる。
診療所で働いているいろんな立場の人たち、院長、医師たち、心理学者、ソーシャルワーカー、アートセラピスト、看護師、タイピスト、用務員、との会話がいい。特に雑用係のエイミー・ショートハウスさんにはすごく親しみを感じた(笑)。

聴取が地味で長いから飽きるかなと思ったが全然そんなことはなくおもしろく読んだ。殺された事務長の頑なところがだんだん明らかにされていき、枝葉末節みたいな話が重要になって絡んでいく。すごい創作力に圧倒された。
シリーズを読み終ったら再読しよう。
(青木久恵訳 ハヤカワ文庫 640円+税)

P・D・ジェイムズ『女の顔を覆え』

P・D・ジェイムズのアダム・ダルグリッシュ警視長ものが大好きだ。なのに読み残しがずいぶんある。最初に読んだのが2010年に友だちが貸してくれた「秘密」だった。それから図書館で見つけると読んできたが、先日調べたら初期の本で6冊も読み残しがあった。アマゾンで最初の2作を買い、次の2作を注文中。それが着いたら最後になる2冊を買うつもり。そしたら全部読了である。アマゾン中古本様々だ。

途中からダルグリッシュ警視長になるが、本書「女の顔を覆え」(1962)では警部で登場する。すでによくできる警察官と認められているようで、落ち着いて事件に向き合う。

ロンドンにほど近い田舎のカントリーハウスで暮らす一家は経済的に行き詰まって、いままでの生活を維持するのに苦労している。
寝たきりの当主を夫人のエリノアが看病している。息子のロンドンで医学の勉強をしているスティーヴン、結婚したが夫に死なれて家にもどっている妹のデボラの4人家族に、看護婦と料理人とメイドのサリー。
サリーは未婚の母で子ども連れで働いている。施設からの紹介で最初はおとなしかったが、最近は本性が出てきて、デボラや雇い人たちとも波風が立っている。

毎年行う園遊会が今年も催され、近隣の人たちがたくさん集まって盛況だ。そこへサリーがデボラと同じドレスを着て現れ、会場に波紋が起きる。
終わり近くにスティーヴンがメイドのサリーと婚約したと発表した。

その翌朝サリーがベッドで殺されているのが発見される。
ダルグリッシュ警部が担当者として出向き、家族に質問をはじめる。
(山室まりや訳 ハヤカワ文庫 640円+税)

P・D・ジェイムズ『皮膚の下の頭蓋骨』

女性私立探偵コーデリア・グレイが主人公の作品は「女には向かない職業」と、この「皮膚の下の頭蓋骨」(1982)の2冊だ。20年以上前に2冊とも読んでいたが内容はすっかり忘れていた。先日ジュンク堂へ行ったとき本棚の間を散歩していたら目に飛び込んできたので買った。それがね、読み出したらおもしろいのなんのって、目が疲れるのもかまわずに読みふけった。昨日読了。
「女には向かない職業」の最後でニュー・スコットランド・ヤードのダルグリッシュ警部に呼び出されたコーデリアは秘密を抱えたまましっかりと耐え、もう帰っていいと言われるまで頑張った。

本書を読んだら、3回もダルグリッシュ警視の名前が出てきた! コーデリアはテームズ川に面した部屋の狭いベッドに独り寝だが、そこに姿を描く相手はただ一人、ダルグリッシュなのである。かりそめの狂おしい情熱はすでに終ったのだが。ひとりうなづくコーデリア・・・。
いまダルグリッシュ警視長はずっと上のほうにいる。「青い目の好男子で本庁のアイドルだ」と当事件を担当するグローガン警部が嫌みをこめて言うくらいの。

コーデリアは探偵事務所を続けていて依頼された仕事には誠意を持って取り組む。2人の助手がいて、仕事の中心は迷い猫の捜索である。
迷い猫を連れて依頼主の家に届けに行ったとき、居合わせた客(舞台女優のクラリッサ)がコーデリアの態度が気に入った。それでクラリッサの夫が仕事を依頼にコーデリアの事務所を訪れる。女優の妻に脅迫状が何通も届いていること、妻はこれからコーシー城の舞台に立つので、秘書・付き人として同行してほしいという依頼である。

ロンドンからスパイマスへ列車で、それからタクシーで波止場へ行ってランチに乗りコーシー島へ。コーシー城は濃い薔薇色煉瓦作りの重厚でしかも軽やかな城でコーデリアは一目で魅せられてしまった。
島を遺産相続したゴリンジは作家で1作目でベストセラー作家となり、その金で城を改修し劇場を作った。クラリッサはここの舞台に立つ予定である。クラリッサは勝手な女でコーデリアにも好き勝手を言う。
翌朝コーデリアはベッドの上で死んでいるクラリッサを見つけた。

大阪翻訳ミステリー読書会 ベリンダ・バウアー『ラバーネッカー』

夕方から西梅田で開かれた読書会に参加してきた。翻訳者の満園真木さん、翻訳家のニキ リンコさんが加わった豪華な読書会であった。
「ラバーネッカー」の主人公の少年パトリックがアスペルガー症候群であることで、アスペルガー症候群の専門家のニキさんから、すごく勉強になる話をいろいろ聞けた。
ニキさんのことは心理学を勉強していた友だちがよく話題にしていたから、お名前は知っていたが本を読んだこともなかった。すぐ近くに座ってお話を聞けてよかった。本を読まなくっちゃ。
翻訳者の満園真木さんは若くてきれいで真面目な方だった。細かいミステリファンの質問にも快く答えておられた。
わたしはミステリ部分が苦手なので、もっぱら聞いていたが、いろんな質問があった。わたしが好きなのは、ミステリの中のロマンスである(笑)。この本でもパトリックと同級で好意を向けてきたメグという女の子がいてよかったと思ったので、そう言った(笑)。
(満園真木訳 小学館文庫 830円+税)

ベリンダ・バウアー『ラバーネッカー』

明日開かれる〈大阪翻訳ミステリ読書会〉の課題本をようやく読み終った。
ウェールズに住む青年パトリックの物語。読み終ってからベリンダ・バウアーはウェールズの人と知った。はじめて読む作家で名前も初めて知った。

パトリック・フォートはウェールズで生まれ育った18歳。アスペルガー症候群で幼いときから周囲の子どもらとうまくつきあえない。母はそんなわが子の存在に悩みアルコールに依存するようになる。父は息子に穏やかに接して母が酒で荒れているとパトリックをブレコン・ビーコンズ国立公園散歩に連れ出してくれた。
ところが、パトリックが8歳のときに父が車に轢かれて死んでしまう。父は道路で車をよけるために手をつなごうとあせるが、パトリックは手を振り払って後ずさった。車は父を轢いて走り去った。パトリックは死について異常な関心を持つようになる。

人から理解されない苦しい子ども時代ののち、パトリックは障碍者受け入れ枠のおかげでカーディフの大学に入れることになった。他の学生は医師になるために解剖学を勉強するが、パトリックは解剖学だけである。自分がしたいのはここでの作業だけだ。本物の生きている患者のそばに行くなんてぞっとする。

物語は横に広がり病院の脳神経科病棟のベッドに寝たきりの患者たちと看護師の個別の物語になる。
こだわるパトリックは亡くなった患者の死因を追求して、ついに殺人犯人を見つける。
情緒が通じず論理で攻めるパトリック。
(満園真木訳 小学館文庫 830円+税)