モンス・カッレントフト『冬の生贄 上下』(1)

ヴィク・ファン・クラブ会報5月号に紹介された本書を読まなければと思いつつ、いまごろになってしまった。
【『ワシントン・タイムズ』の「カッレントフトは荒々しいスウェーデン社会を鮮やかに描き出した」と腰巻きにありますが、“荒々しいスウェーデン社会”なんて、ミステリーでしか知り得ないのではないでしょうか。】と会員の山田さんが書いておられるのを読んで共感した。わたしもミステリーを読んでいるおかげで、スウェーデン社会だけでなく僻地に住んでいる人たち、大都市の片隅に住んでいる人たちの息づかいを感じることができている。

スウェーデン、リンショーピン市警の犯罪捜査課刑事モーリン・フォシュは朝起きてシャワーから出てバスロープ姿でキッチンへ。片手にパンもう一方の手にコーヒーを持って窓の外を見ると街灯の光の中で空気が凍りついているようだ。マイナス20度。娘のトーヴェはもう少し寝かせておこう。ジェーン・オースティンを愛読しているませた娘だ。
モーリンは33歳、170センチのスリムな体、ジーンズにキャタピラーブーツを履いて黒のフェイクダウンのジャケットを着る。別れた夫のヤンネとは17歳と20歳で出会い、2年後にトーヴェが生まれた。離婚したが穏やかなつきあいは続いている。

部屋の中は温かいが共用の階段までくると温度はマイナスになる。扉を押し開けて車に飛び込む。車のエンジンがかからないとあせっていると、同僚のゼケから電話があり事件だという。最悪の事件だと。
マイナス30度の雪原に木から吊り下げられた死体があった。枝は地上から5メートル、着衣なし。「これをやった犯人は悪魔のような強い目的意識を持っていたんでしょうね。その死体を木の上に引き上げるのは簡単なことじゃないわ」
死体を見ながらゼケ「今はもう肉の塊だ」モーリン「でも、わたしたちに語ることがまだあるはずよ」。

新聞記者のダニエルがやってきた。ゼケはダニエルを好いていない。優秀なら地方新聞でなにやってんだと思っている。ダニエルが優秀なのはモーリンが知っている。二人は恋人ではないが肉体関係がある。
監察医のカーリン・ヨハニソンが来て捜査を始めた。高価なダウンを着たエレガントな彼女は中年のフランソワーズ・サガンのようだ。

署へもどると署長のカリムを中心にミーティングがはじまった。カリムは移民だが勤勉と精勤でここまできた。生きた実例としてのカリム。努力すれば疎外感は連帯感に変えられるはず。

最初からぶっとばしていくので読み出したら目が離せない。
死体の身元がわかり、学者から「冬の生贄」についての解説があり、手抜きのない捜査でいろいろとわかっていく。
モーリンは娘のトーヴェが女友だちと言っていたのにボーイフレンドに会っていたことに苛立つ。
(久山葉子訳 創元推理文庫 1000円+税)

モンス・カッレントフト『冬の生贄 上下』(2)

スウェーデンのミステリーを最初に読んだのはヘニング・マンケルのクルト・ヴァランダーシリーズで、これも山田さんに教えていただいた。翻訳が2001年から出ていたのを2005年に続けて3冊読んで魅了され続けてずっと読んでいる。
マンケルの特徴はスウェーデンの最南端スコーネ地方で起きた事件でありながら、諸外国と関わりがある犯罪であることだ。ヴァランダー警部は温厚な人だがしつこく事件を追い、遠国のとんでもないことに巻き込まれる。血圧は高いし糖尿病でしんどいにも関わらず頑張り抜く。

それまではスウェーデンといえば、映画「野いちご」などの監督イングマール・ ベルイマンくらいしか思い浮かばなかったが、ヘニング・マンケルのパートナーがベルイマンの娘さんと知って両方ともますます好きになった。
本書の中でモーリンの娘トーヴェが別れた夫のヤンネの家で5本映画を見たと報告するシーンがある。「全部イングマール・ ベルイマンよ」というが、ウソは簡単にバレる。それだけ偉大な監督として名前がとどろいているのね。熱烈「野いちご」ファンとしてはうれしいかぎり。

猟奇殺人というか異常な死体の晒されかたで度肝を抜く発端だが、警察の捜査は一歩一歩確実に進んで行く。なにごとも疎かにせず調べに調べ抜く。関わりがあるかもしれない過去の事件も掘り起こして調べる。落ち着いて読めるのは警官たちの間が和やかなことかな。モーリンと組んでいるゼケは40代で合唱団に所属しており、息子はアイスホッケーのスター選手である。ゼケが悪い警官モーリンが良い警官に役割を決めて行う尋問も納得いく。

トーヴェに恋人ができ、ちょっとばたついたことがあったが、モーリンにちゃんと挨拶したし、相手の親の医師夫妻から食事に招待される。こんなことも落ち着いて読めた要素かもしれない。別れた夫とも静かな関係だし、肉体的につきあうダニエルもまともな新聞記者だし。

署長のカリムはクリーニング店へ服を受け取りに行く。店主はイラク出身でありフセイン政権から家族を伴って逃げてきたこと、もともとはエンジニアであり本来送るはずの生活について話したがったが、カリムは忙しいからと聞こうとしない。スウェーデンでは外国人は下級な人間と見なされていて、サービス業で生活を支えている。移民がクリーニング店やピザ屋をやるのを禁止したらいいとカリムは思う。カリムの父を死に追いやったのは内に向けた暴力だった。
訳者あとがきが親切丁寧でスウェーデン社会のことがよくわかる。
(久山葉子訳 創元推理文庫 1000円+税)

フィリップ・J・デイヴィス『ケンブリッジの哲学する猫』

先月のヴィク・ファン・クラブ例会は一人例会になったので、2時間本を読んだあとにジュンク堂へ行った。そのとき買った本の1冊がフィリップ・J・デイヴィス「ケンブリッジの哲学する猫」(ハヤカワNF文庫)。ずいぶん昔に評判になったのを覚えていたが、最後のページに社会思想社から1992年に単行本で出版されたとある。読みたいと思ったのに買うのを忘れていた本だ。
これはギネスを飲みながら読むのにふさわしいと置いておき、今日は本書を持ってシャーロック・ホームズへ。思った通りの一人例会になり、ギネスとサーモンサラダとサンドイッチを食しながら読みふけった。コーヒーを飲んでちょうど2時間、最後はフルスピードで読み終え、帰ってからもう一度開いて楽しんでいる。

トマス・グレイと名付けられた雌猫の物語。
イングランド東部の沼沢地で生まれた彼女は、独り立ちできるようになったので地元の職業カウンセラー猫に会いに行く。老雌猫のメフラウはオランダからあるじ一家とやってきた出稼ぎ労働者である。メフラウは彼女の優秀な知能とはきはきした話し方から判断して、ケンブリッジへ行くことを勧める。
彼女はケム川を遡る船に乗り何度か乗り換え、ケンブリッジに到着するとひらりと船から飛び降りてコレッジの中庭に入っていった。
コレッジでいろいろな学者といろいろな出会いがあって、トマス・グレイという名前をもらい、ケンブリッジ大学の中枢で暮らすことになる。
トマス・グレイはルーカス・ファイスト博士の部屋に入りごろにゃんと呼びかけ、この学者をたちまち魅了した。ひとりの学者と一匹の猫の恋愛ともいえる関係。
このあとの物語がすごくおもしろくてためになる。そしてほんわかする。
たくさん入っているイラストがオシャレ。猫がめちゃくちゃ可愛く描かれている。
(深町真理子訳 ハヤカワNF文庫 700円+税)

大和和紀『あさきゆめみし』全13巻

麗しい姫君が美しい衣装に黒髪を散らして苦悩する。源氏の君に抱かれるやんごとなき姫、罪を悔いつつも恋の歓びにもだえる人妻。大和和紀さんの絵が素晴らしい。

Cさんからどばっと宅急便で届いたときはびっくりしたが、あっと言う間に読み終えた。最初はストーリーがおもしろいのでどんどん読み、二度目は味わいつつゆっくりと読んだ。勝手な感想だけど、マンガは文字を読んでいくのよりずっと早いので忘れてしまうのも早い(笑)。最後までいき二度目を読んでいるうちに、味わいかたを自分で調整したらいいんだと気がついた。当分は現代訳を読まなくてもいけそう。原文を読むのは岩波文庫を捨てたときに諦めている。

紫式部はすごい人だと改めて感じ入った。
物語の骨組みがすごくしっかりしてる。女人たちのタイプがそれぞれのタイプの典型である。女性たちそれぞれの生き方がいきいきと描かれている。その上でどうしようもない運命に翻弄される。
論理的な頭脳の人だ。式部本人は論理的な人で、書かれているのは情緒的な人な感じ。20世紀の吉屋信子が似ていると思った。

好きな女人はだれかしらと考えたが、どなたも好きで、どのかたがいちばん好きと言いにくい。

物語の中では「野分」が好き。
今回、源氏物語よりも宇治十帖のほうが好きになった。
(1〜13 講談社)

ルネ・ギヨ『一角獣の秘密』

「貴婦人と一角獣展」を見に行く前日にこの本があるのを思い出した。
1970年に出た本で買ったときに熱中して読んでそのまま置いてあった。本の整理をするときは〈もう一度読みたい本〉に分類してたから愛着はあったのだが、一度も読んでなかった。
美術館に行った翌日に読んだのだが、分厚いが紙が厚くて字が大きいので一晩で読めた。良かったという以外に忘れていたので〈一角獣〉が美術館で見たタピスリーとは関係ない話というのがわかってちょっとがっかりした(笑)。

ルネ・ギヨは1900年生まれのフランス人で、大学を卒業した25歳のときに仏領(当時)西アフリカのダカールで高校の教師になった。それから25年間アフリカで暮らし、休みの日は奥地のジャングルまでニジェール川をカヌーで遡った。50歳になったときフランスにもどり作家として約20年間、たくさんの作品を書いた。たいていはアフリカのジャングルと動物を描いたものだが、本書は他の作品と比べると異色だそうだ。

リュウ伯爵家は300年の間に人手にわたって分割されてしまったが、残った建物から書類箱が発見された。最後のリュウ伯爵が羊皮紙に書き残したものをギヨが再現した、という前書きから物語がはじまる。

リュカはフランスの大西洋に面した西海岸の港町ブルアージュに近い森のある小さな家で生まれた。父はリュウ伯爵家の狩猟長として仕えていた。リュカに勉強をするように城の執事が命じたのでリュカは読み書きができる。
城には老伯爵とリュカと年が同じの男女の双子の孫が住んでいて、リュカは最初は伯爵の側つきの召使いとして雇われ、後にリュックのお相手に取り立てられる。リュカはたまに姿を見せるマリ=アンジュに憧れる。

伯爵家は盛んなときは大砲で武装した大フリゲート艦が率いる艦隊を持っていたが、いまは二隻のフリゲート艦が任務についている。世界の隅々まで航海して獲物が多そうな船を見つけると大砲の火薬に火をつけて攻撃する。こうして得た富が伯爵家のものとなった。
森で鍛えたリュックの海への出陣のときが来た。リュカは同行を命じられる。
リュックとマリ=アンジュの謎がここで明らかにされ、リュカはマリ=アンジェへの想いを胸に冒険の旅に出発する。
(塚原亮一訳 学習研究社 少年少女・新しい世界の文学—5)

レーナ・レヘトライネン『氷の娘』

前作「雪の女」を今年の3月に読んで感想を書いている。
「雪の女」の最後で、フィンランド、エスポー署のマリア・カッリオ巡査部長は妊娠しているのがわかり産む決心をした。いま7カ月の大きなお腹をかかえて働いている。

マリアは上司のタスキネン夫妻とフィギュアスケートを見に行く。彼女はフィギュアスケートが大好きで、しかもタスキネン夫妻の娘シルキは女子シングルの選手でホープである。
アリーナ上では「白雪姫」が演じられ、白雪姫のノーラと継母役のシルキが喝采を浴びている。王子役のヤンネは美貌の青年でマリアは大ファンである。

カティはショッピングセンターの駐車場に停めてあった車のところへきた。仕事は忙しいし、息子たちを病院へ連れていかねばならない。息子たちを座席に固定し、ベビーバギーを折り畳んで鍵をかけてないトランクを開けると、目の前に血を流した少女の死体が横たわっていた。

翌朝出勤したマリアは白雪姫を演じたノーラが殺されたことを知らされる。タスキネンは娘の関連で微妙な立場にあるのでマリアが捜査を担当することになる。前作「雪の女」でもいやなやつだったペルツァが横取りするかもしれない。警察署では人事異動がありタスキネンが部長に選ばれると空いた課長のポストをマリアとペルツァが争うことになる。彼の下で働くのはいやだ。
部下のピヒコとともに聞き込みにいくと、妊婦の刑事に対してみんな困った顔になる。産休に入るまでに解決してしまいたいとマリアは必死で事件にくらいつく。

フィギュアスケートの選手が殺されたということで、選手やコーチや関係者への聴取が続く。テレビ中継で見ている華やかなスケート選手たちの素顔も見えて、この世界も大変だ。

そして、子どものこと。子どものいる妹にずばり言われる。仕事が人生で一番大事な要素と思っているなら、どうして子どもをつくろうなんて思ったのよ。
マリアの最大のアイドルは「なが靴下のピッピ」なんだって。
夫のアンティはマリアと暮らしはじめたころ、25年間弾いてきたクラシックピアノからもっと自由なブルースを弾くようになった。マリアがベースを持って合わせる。足元には猫がいる。お腹ではベビーが蹴っている。
(古市真由美訳 創元推理文庫 1200円+税)

大和和紀『あさきゆめみし』5巻まで読んだ

「源氏物語」とは全然関係なくミクシィの日記コメントに、ある男性の顔が〈末摘花〉に似ているとあって、納得の二人の笑い方がえげつない(笑)。そのあとにわたしが無粋にも「源氏物語」のなんて言ってしまった。Cさん、「こりゃkumikoさんはこれを知らんな」と思ったらしく、すぐに大和和紀さんのマンガ「あさきゆめみし」全13冊を送ってくれた。出ているのは昔から知っていたが面倒くさくて読まなかっただけ(負け惜しみ)。
発行日を見たら1980年である。
山岸凉子の『日出処の天子』(ひいづるところのてんし)も同じころだったと思う。こちらのほうはしっかりはまって出るたびに買っていた。わたしらは「ところてん」といい、本屋のおっちゃんは「ひでしょ」と言っていた。しょうもないこと覚えているね。
わたしの聖徳太子についての知識はこの本で得たものである。そのころはよく奈良や法隆寺へ行ってたから。

「源氏物語」のほうは、若いころから10年置きくらいに与謝野晶子と谷崎潤一郎と円地文子の現代語訳を読んでいたし、橋本治の「窯変 源氏物語」だって全部読んでいる。それでマンガを読むまでもないと思っていたのだろう。
最近また源氏物語を読もうかなと思ったのは、本の整理をしていて岩波文庫の古いやつを捨てたから。

ちょうどいいタイミングで貸してもらったので、次に読みたくなるまでこれでいこう。
絵がとても美しくて話がわかりやすい。知っていた知識で補うこともできるし、このクソ忙しさの中で読むにはちょうどよい。美しい日本語が読みたくなったら青空文庫に与謝野晶子訳がある。

マイケル・ウィンターボトム監督『キラー・インサイド・ミー』原作ジム・トンプスン

原作がジム・トンプスンだからこの映画は手強いでと、見たいと思うときがくるまで置いてあった。ようやくマイケル・ウィンターボトム監督がどういう映画にしているか気になりだして今日見ることにした。2010年の製作。※本のタイトルは「内なる殺人者」、映画のタイトルは「THE KILLER INSIDE ME」

10年くらい前だったかジム・トンプスンにはまったときがあった。そのときに買った本を押し入れから引っ張り出した。6冊あったのでタイトルを書いておく。せっかく出したのだから当分身近に置いておこう。
「内なる殺人者」(1952)村田勝彦訳 河出書房新社
「失われた男」(1954)三川基好訳 扶桑社文庫
「グリフターズ」(1963)黒丸尚訳 扶桑社文庫
「ポップ1280」(1964)三川基好訳 扶桑社
「鬼警部アイアンサイド」(1967)尾之上浩司訳 ハヤカワポケミス
「ジム・トンプスン最強読本」(2005)小鷹信光ほか著 扶桑社

舞台はテキサス州セントラルシティ、だれもが顔見知りの田舎町、石油会社の経営者コンウェイが町のボスである。ルー・フォード(ケイシー・アフレック)は真面目で平凡な保安官助手。ある日、コンウェイに命令されて町外れの一軒家を訪ねる。ここに住む娼婦にコンウェイの息子が入れあげていて困っている。その女を町から出て行かせよとのことである。出てきた女ジョイス(ジェシカ・アルバ)は怒ってルーの顔を平手で叩く。そのときルーの中のなにかが目覚めた。彼はジョイスを殴り倒しベッドで獣のように交わる。それから何度もジョイスを訪れるうちにルーの内面がだんだん変わっていく。

見られたり関わりができた人間を無情に殺してもいつもの外見を保ち、前からつきあっている教師の恋人と結婚の約束をしているが、周りの人間にもだんだんおかしく思われるようになる。
ルーは自分の部屋の中ではオペラのレコードをかけ、ピアノを軽快に弾いているが、最初はいい感じと思っていたのがだんだん鬼気迫ってきて、どうなるやらと画面から目が離せない。
最後まで休む暇なく話がすすんでいく。
軽快な音楽が流れる画面ではほっとした。
新しい感覚のきっぱりした映画だった。

フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』(1)

おととし5月のこと、読みたい作品があるので買った「ミステリーズ!」4月号にフェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説が2つ掲載されていた。それと2011年1月の「ベルリン新聞」に掲載されたエッセイ「ベルリン讃歌」もあって、いっぺんにシーラッハのファンになった。
それから間もなく短編集「犯罪」と「罪悪」が出たのを買って、友人たちにまわしたあとは本棚のいちばんいいところに並べてある。
今年の4月に長編小説「コリーニ事件」が出た。難解そうだなとすぐに手を出せずにいて夏のはじめに買ったのだが、やっぱりきつい内容で、暑さもあってすぐに感想が書けなかった。
昨日シャーロック・ホームズでギネスを片手に読み出して2時間。ちょうど半分まできて、帰宅してから残りを読んだ。二度目だから理解が早かった。

著者シーラッハの祖父はナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハである。彼はニュールンベルグ裁判で禁錮20年の判決を受け1966年に刑期満了で釈放された。著者が2歳のときだった。著者は12歳のときはじめて祖父がだれかを知った。歴史の教科書に写真が載っていたのだ。隣のページには抵抗運動の闘士の写真があったが、その闘士の孫とは教室で隣同士に座っていて、いまも交際している。
シーラッハは1994年から刑事事件の弁護士として活躍してきた。

コリーニは高級ホテルのエレベーターに乗り5階で降りた。スイートルーム400号室のドアを叩くとハンス・マイヤー本人が開けてくれた。記者と偽りインタビューを申し込んであったのだ。客室に入るとコリーニはマイヤーの後頭部を拳銃で4発撃ち、死者をひっくり返すと死者の顔を靴で踏みつけた。部屋を出てロビーに降りると静かにフロント係に警察を呼ぶように言った。

日曜日、事務所の片付けをしているカスパー・ライネン弁護士のところに登録してある刑事裁判所から電話がかかった。弁護士のいない被疑者がいるとリストの順に電話がかかることになっている。ライネンは国家試験に合格してからアフリカやヨーロッパを1年間かけて放浪した。弁護士になって42日経ったところで、2日前に玄関に表札を出した。
捜査判事のところにすぐ顔を出すと、大事件なので上席検察官がくるという。被疑者コリーニは弁護士はいらないと言う。家族も友人もいない。イタリア人だが35年ドイツで暮らしている。自動車組立工としてダイムラー社で34年働き定年退職した。

ライネンは日曜日の残りを湖の畔で過ごした。夕方事務所へ寄ると留守電が入っていた。昔の親友でいまは亡きフィリップの姉のヨハナが電話をくれと言っている。ライネンはしばし回想に耽る。二人はいつもいっしょに遊び学んでいた。
ヨハナによってコリーニに殺されたハンス・マイヤーはヨハナと亡くなったその弟の祖父だとわかる。フィリップは両親と自動車事故で亡くなり、ヨハナひとりがマイナーの身内である。
(酒寄進一訳 東京創元社 1600円+税)

フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』(2)

博士号を持ち大学教授でもあるマッティンガーは妻を早く亡くし、愛人を家に入れている。2000件に及ぶ殺人事件の裁判で負け知らずであり、依頼主が銀行家や由緒ある旧家になって久しい。依頼の電話を受けてマイヤー機械工業の大きな面談室で法律顧問たちと話し合った。ヨハネとも会い最善を尽くすと約束する。
裁判所でライネンはマッティンガーを見かけて挨拶する。ライネンはこの仕事から降りるつもりだ「わたしはマイヤー家で育ったようなものなのですよ」。それへの返事は「弁護士の仕事は依頼人のために働きしっかり弁護することだ」。
一階の小さなパン屋の主人は、自分は離婚してパン屋の店を失った。いつかまともなパン屋にもどれるかもしれないといい、「あんたは弁護士なんでしょう。弁護士のするべきことをしなくちゃ」。

ライネンは父に誕生日の電話をする。父は猟銃の掃除をしていたと言った。そこでライネンはコリーニ事件の調書にあった「凶器:ワルサーP38」を思い出した。
彼はルートヴィヒスブルクの書庫へ出かけ5日間ホテルに逗留して、膨大な情報を探し出す。これでするべきことがわかった。
マッティンガーの65歳の誕生日に招かれて出かけると800人の招待客が詰めかけて華やかなものだった。マイヤー機械工業の法律顧問が声をかけ、コリーニの弁護をやめるならマイヤーの会社にいい位置を用意するという。彼はライネンの仕事や生活を調べあげていて断るはずはないと思っていたが、ライネンはきっぱりと断る。

陳述書を朗読するライネンに迷いはなかった。【・・・だが今日、自ら発言しながらはじめて、問題ははっきり別のことだと思い至った。問うべきなのは、虐げられた人のことなのだ。】
コリーニはマイヤーを過去に訴えたことがあったが、時効で訴訟手続きを中止された。保守派の弁護士から官僚になった男が時効期間を短くしていたのだ。
陳述の後でコリーニはライネンに言う。
【うまくいえないんだけどね、ライネンさん。おれたちが勝つことはない。それだけはいっておきたい。おれの国に、死者は復讐を望まない。望むのは生者だけ、という言葉がある。このところ毎日、収監房のなかでそのことを考えているんだ。】
(酒寄進一訳 東京創元社 1600円+税)