水村美苗「母の遺産 新聞小説」(2)

花畑のようなテッシュ入れを見つけたのは、美津紀が普通の切手を探すのに夫の哲夫の机の引き出しを開けたときだった。夫に親しい若い女性がいると感じる。そのとき電話がかかって母が骨折したことを告げられる。母の死に至る長い療養生活のはじまりである。

美津紀と哲夫は若いときパリで知り合って結婚した。哲夫は当時の留学生の中で垢抜けたしぐさで目立っており、東京での生活よりもお嬢様ふうな留学生活を送っていた美津紀に近寄ってきた。そして、階段をたくさん昇って蝋燭がたくさん灯された部屋に通され求婚される。いま考えてみると幸福だったのはそのときだけではないか。

哲夫はいまは大学教授であり、美津紀は大学講師をしつつ翻訳仕事をしている。哲夫はテレビにも出るようになっている。いままで二度の浮気をしたことはわかっているが、そのときは年上の女性が相手だったが今度は違う。若い女が相手である。

母の住んでいた家と土地を売って母を有料老人ホームに入れるが、また入院して亡くなるまでの美津紀と奈津紀の看病生活が綴られる。疲れ果てた娘二人は母の死を待っている。
そして母の死。葬式をしないと病院出入りの葬儀屋にいうと、立派な葬式をする人と葬式をしない人といまは二極化していると葬儀屋がさらっという。料金明細があるので参考になる。

本書の特徴はお金の話である。昔知っていた夫のパスワードを入れてみたら夫のメールが読めてしまった。夫と女の往復書簡を美津紀は読んで嘆く。メールには、哲夫と美津紀が別れたあとの周到なお金の計算がしてある。
美津紀は自分から離婚しようと決意する。哲夫からのお金の上に母の遺産を姉と二人で分けて足す計算をする。母の遺産は哲夫には渡せないとさっそくマンションを買う。

住まいがあって一生食べていけるお金があるって大変なのだ。お金の計算の苦労をしないですむのは大金持ちと貧乏人だなと思わせてくれる(笑)。
この本、ヘンにおもしろい。
(中央公論新社 1800円+税)

水村美苗「母の遺産 新聞小説」(1)

何週間か前の「週刊現代」の文芸欄に紹介されていたのを読んで買った。水村美苗の本はもうええわと思っていたのだが、「母の遺産」という言葉に惹かれた。水村さんのお母さんは80歳近くなって「高台にある家」でデビューされたが〈文学少女〉そのものなのだ。そのお母さんの遺産てなんだろう。

わたしが水村美苗を知ったのは「續明暗」を読んで感激してからだから長い。漱石はどう思うか知らないが、当時は「明暗」の結末はこれしかないと思ったものだ。ついで「私小説」を読んでアメリカの有名大学を出て有名大学で教えている大インテリに「ははーっ」となっちゃって(笑)。そしたら朝日新聞に辻邦生との往復書簡が連載され、わたしはガーリッシュな読書案内にしびれた。毎週切り抜いていたもんね。すぐに本になったのもすぐに買った。ついで「本格小説」が「群像」に連載されたときは毎月待っていて買って何度も読み、単行本も買って何度も読んだ。
ここまでは大ファンと大きな声でいえる。そのときに感想を書いていたらよかったのだが。

2006年に「新潮」に載ったエッセイ「もう遅すぎますか? —初めての韓国旅行」を読んで違和感を覚えてから、水村熱が醒めてしまった。その後に日本語のことでネットで騒がれていたことがあったが読みもしなかった。
それから1年後に水村節子の「高台にある家」を読んだのだった。

「母の遺産 新聞小説」は芸者上がりの祖母が新聞小説を愛読していて、尾崎紅葉の「金色夜叉」に影響され、24歳年下の男といっしょになり、そのふたりの間に生まれた母の生涯が語られる。「高台にある家」は母の自伝的小説なのだが、本書はその母の死にぎわの姿が描かれている。主人公の美津紀と姉の奈津紀が看取るのだが、ふたりとも更年期だから疲れきっている。
美津紀は夫の机の引き出しから小さな華やいだティッシュカバーを見つける。
続きはまた。
(中央公論新社 1800円+税)

久しぶりに雑誌を買った『現代思想』5月号(大阪特集)

姉に頼まれた買い物を持って電車に乗ったら雨が降ってきた。今日は夕方から降るとかいうてなかったかなと思いつつ二駅前で降りてタクシーに乗った。この駅だとホームからエレベーターで降りてすぐにタクシーが待っている。昨日の疲れが残っているのでちょうどよかった。
用事は買い物だけで、あとは食べてしゃべってテレビを見て夕方まで過ごした。大画面で見た番組は、素人のど自慢、新婚さんいらっしゃい、クイズ、野球(阪神-巨人)の途中まで。朝日新聞も読んだ。異文化に接した感じだった。
姉が古雑誌の整理をしたので、「文芸春秋」3月号(芥川賞発表号)をもらった。田中慎弥氏と円城塔氏の作品が出ている。その他に瀬戸内寂聴さんと村山由佳さんの対談があって儲けものだ。
野球の途中で帰ってきたが、やっぱり阪神は負けたみたいだ。めったに見ないんだから見たときくらい勝ってよね。

帰りは梅田で降りて紀伊国屋で「現代思想」5月号(大阪特集)を買った。モブ・ノリオの「《エンタメ系の北朝鮮》みたいな国の絶望都市(ディストピア)・大阪では、夜中に音楽をかけて踊っているだけで警察が取り締まりに来る」をまず読んだ。次に中沢新一「アースダイバー的大阪の原理」を読む。「週刊現代」に連載されていた「大阪アースダイバー」がよかったので。

紀伊国屋のつぎに地下へ降りて成城石井でお菓子など買った。カレーペーストが高い棚の上にあったので、そばにいた背の高い客に頼んでとってもらった。デモの写真でわれながらチビだとわかったので無理しない(笑)。

翻訳ミステリ読書会とヴィク・ファン・クラブ例会

2日続けて西梅田へ。翻訳ミステリ読書会は某ビルの11階セミナールームで、ヴィク・ファン・クラブは毎度おなじみの大阪駅前第一ビルのシャーロック・ホームズである。

読書会のほうは2時間ジャストをジェイムズ・エルロイ「ブラック・ダリア」について語り合った。人前で話すのは苦手なので少し緊張したが、笑いをとりながらしゃべれたのでまあまあか。
若い人、団塊世代の人、翻訳を勉強している人や翻訳家など多彩なメンバー。女性が多かった。同じ本を読んでいるのに、立場や考えや受け取り方が違っているのもおもしろい。エルロイに入れこんでいる人もおり、かなわんかったという人もおり。

翻訳本の編集者による「ブラック・ダリア」のおしゃれなレジュメが配られた。エルロイと彼の作品について書かれている。エルロイ以外のブラック・ダリア(エリザベス・ショート)殺人事件を扱った作品の紹介が勉強になった。ノンフィクションと分類されたところに「ハリウッド・バビロン」(ケネス・アンガー)があるのがうれしい。長年のわたしの愛読書(最近あまり出してなかったが)だから。「エルロイの脳内にはこの本のようなあれこれが詰まっているのです。」という解説になるほどとうなづいた。
9時に終了して二次会は遠慮して帰宅。

ヴィク・ファン・クラブのほうは例のごとく雑談の3時間だった。会報の内容についてあれこれ。読書のこと、原発関連のこと、会員の活動のことなどいろいろ。ギネスとおいしい料理の楽しい時間。
例会に来てほしい人、原稿を書いてほしい人が仕事と家事・育児で忙しくて時間がとれないのが残念だ。

ジェイムズ・エルロイ『ブラック・ダリア』(2)

元ボクサーのリーとバッキーが警察官になったことで、政治的・社会的な裏がたっぷりある白人警察官どうしの試合が企画される。試合をすることに決めた日にバッキーはリーとケイに出会う。3人のゆるぎない友情の第一歩になった日。ケイはどうしようもない子供たちと言いたげな顔で二人を見ていたが、別れるときにバッキーに一言「その歯をなおしてもらえば、あなた、すごいハンサムなのに」。彼は口を開かないといい男だがすごい出っ歯が邪魔している。

リーとケイは同居しているけど結婚ではなく、リーはなぜかケイとバッキーを結婚させたがっている。リーもケイも暗い過去を背負っている。
ふたりはボクシングで名を挙げてからは警察内での位置もあがり荒っぽさで名を馳せている。あるとき3人の運命を変える事件が起こる。ブラック・ダリアことエリザベス・ショートが惨殺された事件である(1947年に実際に起こった事件で未解決)。ブラック・ダリアは殺された上に肉体を上下に切断されていた。
バッキーは事件にのめりこむ。リーが行方不明になり、月日が経ち、バッキーとケイは結婚する。だがバッキーはブラック・ダリア事件とエリザベスを忘れることができず、事件の聞き込み捜査中に知り合った金持ちの娘と関係し、夫婦関係は破綻する。
やがてバッキーは個人的にエリザベスの出身地へ出かけて、働いていたときの様子などを聞き出す。彼女は優しい女性だったと当時を知る人たちは語る。

時代と金持ち娘の父親が映画「チャイナ・タウン」を思い出させた。

最後にはケイからの手紙に希望が見えてほっと読み終えることができた。
(吉野美恵子訳 文芸春秋 690円)

ジェイムズ・エルロイ『ブラック・ダリア』(1)

翻訳ミステリ読書会が明日になった。ジェイムズ・エルロイ「ブラック・ダリア」がテキストに決まっていたのにもかかわらずまだ読めてない。咳のせいで深刻そうなのは受付なかったと言っておこう。1時過ぎにようやく読み終えた。なんとしても感想をまとめあげねばならぬ。
この「kumiko日記」と以前の「kumikoのほとんど毎日ページ」を調べて、エルロイの感想がひとつもないのがわかった。なんとカンニングはできひん(笑)。
正面突破はあきらめることにして、感じが似ていると思い出した映画のことをと考えたのね。ところがその映画のタイトルが出てこない。相方に「鼻に傷をつけられるやつ」「水道局が出てくる」「ロマン・ポランスキー」と出てきた言葉をぶつけて、映画名「チャイナ・タウン」をようやく思い出して、ブログ内検索したら、なんとまあ〈ブライアン・デ・パルマ監督「ブラック・ダリア」〉(2007年10月)というのが出てきた。えっ、この本は映画になってて、しかもあたしは見てたんや。「チャイナ・タウン」どうこうという前に「ブラック・ダリア」の映画があったんや。しかも、日記には「チャイナ・タウン」を思い出すと書いてあった(笑)。

この本を読んだのは1994年、それから「L.A.コンフィデンシャル」「ホワイト・ジャズ」「ハリウッド・ノクターン」「アメリカン・タブロイド」と出版されるとすぐに読んできた。最近は全然読んでなかった。明日の読書会で盛り上がって新作を読む気になるかもしれない。中島由美さんがヴィク・ファン・クラブ会報4月号に「アンダーワールドUSA」を紹介してくださっている。

第二次大戦が終わったあとのロサンゼルス、主人公バッキーは警察学校を出たころに相棒のリーと出会う。リーはヘビィ級でバッキーはライトヘヴィ級のボクサーだった。
※続きは明日ということで。
(吉野美恵子訳 文芸春秋 690円)

レジナルド・ヒル『甦った女』読んだのは三回目

前回読んだのは4年前で、その数年前に読んだときも図書館のお世話になった。今回は中古本といえ自分の本で読んだ。また数年もしないうちに読みたくなるだろう。すごい引力を持つ作家だ。
内容は前回「レジナルド・ヒル「甦った女」再読」として自分でいうのもなんですが丁寧に書いているので、今日は雑感でいく。

27年前に外交官のジェイムズ・ウェストロップとパメラ夫妻はミックルドア卿の屋敷に招待されていた。パメラが殺されミックルドア卿と愛人とされたシシーが逮捕された。男は処刑され、終身刑だったシシーはいまになって釈放された。
27年前の殺人事件について再調査のため、ロンドンから副警察長に出世したヒラーをリーダーにした調査チームがやってくる。当時の責任者タランティア警視は若手刑事のダルジールに目をかけてくれた。ヒラーが大嫌いなダルジール警視は自分なりの調査をはじめる。

ダルジール警視は休暇をとって個人的にアメリカへ行く。ニューヨークでの賑やかな滞在の後に、列車でヴァージニア州の州都ウイリアムズバーグまで行く。ニューヨークのタクシーと大違いの静かな動きに感激しダルジールは降りたときに過分のチップを渡す。

ジェイムズ・ウェストロップはウイリアムズバーグで古い屋敷の相続人であるマリールーと穏やかに暮らしている。人生を捨てていた彼はマリールーに会って生き直すことができた。しかしいまは癌で余命幾ばくもない。そこへダルジールが訪れて物語は最終章へつき進んで行く。

そこで、わたしは映画「アナザー・カントリー」(1983)を思い出した。コリン・ファースが共産主義者を演じていた映画だ。あれや。

レジナルド・ヒル「ベウラの頂」(3)

10日以上ずっと本書を読んでいる。本を読む時間が少ないせいもあるけど、それにしてもこれだけ長く1冊の本を読んでいるのはめずらしい。二度は最初から読んで、つぎはお気に入りのところを繰り返し読んでいる。

読んでいるうちに映画「ピクニックatハンギング・ロック」(1975)を思い出した。オーストラリアで実際に起こった事件を書いた小説をピーター・ウィアー監督が映画化した。1900年のバレンタインデーに寄宿学校の女子生徒たちが岩山へピクニックに行き、3人の少女が魅せられたようにずんずん登っていき姿が消える。白いドレスの少女たちの美しさと儚さがいつまでも残る映画だった。

15年前にデンデイルの村から3人の少女が消えてまだ見つかっていない。そのとき捜査に関わったダルジール警視とウィールド部長刑事はその事件を忘れることはない。近い場所でいままたひとりの少女が犬を連れて散歩中に消えた。

15年前、貯水池にするためにデンデイルの村は全村が移住させられた。絵本「みずうみにきえた村」(ジェーン・ヨーレン文/バーバラ・クーニー絵 ほるぷ出版)を見ると、ニューイングランドの村がボストンに水を供給するために消えて湖になった様子がくわしくわかる。そのように「ベウラの頂」を仰ぎ見る村も水没させられた。いまは水位がさがって壊された昔の村が峯から見える。

今回の事件はダンビーで起こったが、前回の事件と似ている。「きっと少女を襲った野郎はそこでやめられないだろう」とダルジールはいう。二度目の犯罪を起こさせないこと、いまの事件の解決と15年前の事件をいまこそ解決しなければ。それぞれの警官たちが動く。

ピーター・パスコーは娘ロージーが重病にかかり生還した体験から事件に深い関与の気持ちを持つ。
【「・・・ぼくはデーカー夫妻に対してそういう気持ちなんだ。彼らに残されているのは、知るということだけだ。ぼくがこの段階で言っているのは正義でも報復でもない。ただ単に知るということだけだ。この点で、ぼくは間違っているかもしれないが、彼らに対して、また、ロージーをぼくらに返してくれた神だか盲目の運命だかに対して、ぼくにはこの件を確かめる責任がある。】

15年前に行方不明になったひとりの少女の家を訪ねると、窓台に野の花が生けてある。キツネノテブクロとオニタビラコ、わたしも知っている野の花なのがなんとなくうれしい。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)

レジナルド・ヒル『ベウラの頂』(2)

ベッツイの母は薬の過剰服用で亡くなり、父親は石を上着のポケットに詰めて入水自殺した。ひとりになったベッツイは金持ちの親戚ウォルターとクローイ・ウルフスタンに引き取られやがて養子縁組する。そして一流の精神科医によって治療を受ける。
いまはほっそりとしたからだで金髪のかつらの美女で未来あるクラシック歌手である。クローイにとっては行方不明になったままの娘メアリーの代わりになるはずもないが、受け入れている。
そういうことをダルジールに話したのは上流階級出身のキャップだった。二人の仲は修復されていく。
村の人たちが15年前と同じように迷宮入りするだろうといっているのを感じてダルジールはあせる。

ノヴェロ刑事は当日外にいた人たちが見かけた車について調べる。ゴミ箱のゴミをビニール袋に入れて持って帰ったのが決定的なところで役に立つ。
先の見えない捜査中にパスコーとエリーの娘ロージーが重病にかかり入院する。ノヴェロはパスコーに替わって調査仕事をやりとげる。ノヴェロはカトリック教徒でロージーのために蝋燭をあげて祈り、そのことをパスコーに告げる。

ウィールドの恋人エドウィンが社主のイーンデイル出版社が出した絵本「ニーナとニックス」をウィールドがロージーにプレゼントした。この地方に伝わる少女と怪物のお話をロージーはいまいちばん気に入っている。この本がエリザベスが歌う「亡き子を偲ぶ歌」とともに物語の背景になっている。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)

レジナルド・ヒル『ベウラの頂』(1)

図書館の本でヒルを読みはじめた最初のころに読んでおもしろかったのだが、おもしろみが半分くらいしかわかっていなかったのだといまわかった。一度読み終わって再読しているところだが、本書はみんないいダルジール警視シリーズの中でも特に素晴らしいと思った。

登場する警察官たちの過去がわかっているのとないのでは大違いで、だからこういう現在があるのだとわかって読むとよけいにおもしろい。特に「幻の森」でダルジール警視が出会ったキャップ・マーベルとの再会があるし、ウィールド部長刑事が伴侶を得る「完璧な絵画」の登場人物たちのその後がいろいろある。「幻の森」でウィールドに救われた猿も出てくる。パスコーは同じ名前の曾祖父ピーター・パスコーが第一次大戦中に英国軍によって処刑されたことのショックがあとをひいている。今回は娘ロージーが重病にかかって回復するまでの苦悩をこえて事件に取り組む。若き女性刑事ノヴェロの苦渋や活躍も胸に響く。

デンデイルの村がダムの底に沈むと決まったとき、ベッツイは7歳で両親と暮らしていた。ベッツイは小太りで色が黒かったせいもあり男の子がほしかった母親の気持ちから髪は短くスボンをはかされていた。父親は農業のほかにベウラの山に羊を放牧する権利を持っていた。
知り合いのおじいさんは「鼻」と呼ばれていたベウラの山の斜面にはいっぱい洞穴があって、日向で眠り込むと水の精なんかに連れ込まれ二度と帰ってこなかった子供たちの話をしてくれた。
その話をするのをぴたっとやめたのは、ほんとにそれが起こりはじめたからだ。夏休みに入ったとき、ジェニーがいなくなった。次にマッジがいなくなり、その次にベッツイのいとこのメアリーがいなくなった。3人とも金髪の美しい少女だった。
ダルジール警視やウィールド部長刑事たちの必死の捜査にもかかわらず迷宮入りしたのが15年前のことだ。パスコー主任警部はそのあとに赴任してきた。

15年後の日曜日の朝、ピーターとエリーとロージーのパスコー家の食事中にダルジールがやってきた。ラジオのマーラーを聞いて普通はドイツ語だろうという。「エリザベス・ウルフスタンが歌うマーラーの〈キンダートーテンリーダー、亡き子を偲ぶ歌〉第一番」とアナウンサーがいい、続けて解説が、これは彼女自身の翻訳であること、22歳でこういう難曲に取り組むひとは珍しいという。
エリザベス・ウルフスタンはいなくなったいとこのメアリーの両親の養子になってベッツイからエリザベスに名前を変えた。髪を金髪にしようとして失敗しカツラをかぶっているが、ほっそりした体にするのに成功しいまは将来ある歌手として注目されている。

ダルジールはアロハシャツ姿でくつろいでいるところに少女が行方不明と呼び出しがかかり、パスコーを引きずり出しにきた。
ローレインは今朝早く両親がまだ寝ているあいだに子犬のティッグを連れて散歩に出たまま帰ってきていない。
ダルジールは15年前の未解決事件との関連を思う。たまたま15年前に容疑者だったが取り逃がしたペニーが帰ってきたという落書きを見かける。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)