「震災がれき、毎日燃やして大丈夫?? 2/3 講演会」へ行った

大阪市の瓦礫焼却がはじまって不安な日々もはじまった。どうしたら自分の被害を最小限におさえるられるかがいまの関心事である。ネットでの情報収集はもちろんのこと、こうして講演会があれば行って、得た知識をまわりに広めようと思っている。

お昼ご飯をすませてから天神橋6丁目(天六)の大阪市立住まい情報センターのホールで開かれた〈ちょっと待って! 放射能ガレキ 関西ネット〉主催の「震災がれき、毎日燃やして大丈夫?? 2/3 講演会」へ行った。
主催者の女性2人の司会と挨拶に続いて、講師の医師で医療問題研究会の柳 元和さんと北九州市こどもを守るネットワークのYさんが熱く語られた。1時半からはじまり4時半まで、質問もたくさんあって、その後はいろんなところで活動されている人からの報告があって、とても励まされて帰ってきた。

柳先生の講演タイトルは「低線量・内部被曝の危険性 その医学的根拠」で、レジュメが配られパワーポイントを使ってわかりやすく話された。
一応メモはしてきたんだけど、間違っていたりしたら大変なので、本の紹介をしておく。受付に置いてあったのをちらりと見ると山田 真氏推薦の文字が見えたので手に取った。「放射能から子どもたちやあなたを守るためにきっと役に立つ本なので推薦します。」とある。それですぐに買ったのだが、最初に山田さんの推薦文が3ページある。(編:医療問題研究会 発行:耕文社 1000円+税)
内容は〈 I 放射線被曝の基本的知識 II だから、放射線被曝は怖い III 低線量でも障害は発生する IV 原発事故処理労働者の健康被害 V いま、考えるべきこと—被曝をめぐる論争点— 〉
この本はすごくわかりやすく書いてあって日常生活で注意すべきことなどよくわかる。今日の柳先生の話も大阪弁でわかりやすかった。

北九州市の山口さんが次に話された。今日は体調が悪いのでとおっしゃりながらも、いろいろと話された上にたくさんの質問にも答えられた。レジュメのタイトルは「すでに始まっている北九州市がれき焼却 〜その影響、健康被害と対策〜」。
焼却がはじまってからの体の異状がいろいろ出た話を聞いて、これから大阪の人にも現れると思うとおそろしい。ざっとメモしただけでも、口内炎ぽく喉になにかはりつく感じ、頭痛、鼻血、目が赤くなった、目のかゆみ、白内障、腰痛、背中が張る、こむら返り、脚のすね・甲の痛み、骨折の増加、発疹、ジンマシン、眠気、など。眠気で交通事故が増える感じなので歩道を歩くときは気をつけること。そして、記憶力の低下、血が頭に上らない状況になる。
ほとんど影響のない人と、強く影響が出る人とに二極化する。その個人の弱いところに出るそうだ。対策もいろいろ教えていただいたので心強くなった。

どちらかがおっしゃったのだが、瓦礫を焼却しているのは日本だけとのことである。

寒かったけど楽しかったクリスマステント

近所の公園でバザーやライブやアート展示があると聞いて行ってみた。行き慣れた公園に数張りのテントが張ってある。
知り合いの九条クジラウオさんの雑貨、近郊野菜、古本やCDを売るコーナーや飲み物コーナー、白いテントでは写真や絵の展示があり、メインテント前では「おかんとおとんの原発いらない宣言2011」のメンバーがトークを繰り広げていた。

クジラウオさんの手作りケーキと別のコーナーのチャイで腹ごしらえし、トークを聞いたり、横に座った人としゃべったり。
非常に寒かったが気持ちがほかほかする会話でぬくもっている感じ。最近は家にいることが多いのでひとと話せてよかった。ツイッターを読んでいて知っていたつもりのひとの顔を見て納得したり。リクツっぽいひとかと思っていたら、リクツっぽくはあるが爽やかなひとであった(笑)。

野菜を買って1時間くらいいて帰るつもりが居心地よくて5時間くらいいた。途中でコンビニでトイレを借りたときに、手袋とカイロを買って、背中とお腹に貼って頑張った(笑)。
ライブも楽しかった。
こういう日があってとてもよかった〜

買ってきた野菜で晩ご飯。寒い寒いと根菜も葉っぱもいっぱい入れたうどんすき。七味唐辛子たっぷりふりかけて汗をかいた。

長谷川健一『原発に「ふるさと」を奪われて 福島県飯館村・酪農家の叫び』

12月1日に行った長谷川健一さんの講演会の帰りに買った本で、内容はほとんど講演会の報告と同じだけど、報告は〈あらすじ〉に過ぎないから、きちんと買って読んでほしい。理不尽に「ふるさと」を奪われた農民の叫びが伝わってくる。

わたしには故郷と思えるものはなく「故郷は遠くにありて思うもの」(室生犀星)という気持ちだって深くはわかっていないと思う。大阪に長年住んでいるが、ここをふるさとと思えない都会の流浪者である。それでもいま大阪に放射能がばらまかれて、ここから逃げ出さないといけない状況になったらどうしたらいいのだろう。身軽な都会ものですらこうだから、何代もその地に住む家族持ちの人たちはどれだけ大変か想像もできない。それがいまの日本で実際に起こったことだ。

飯館村の人たちは地震のおどろきが落ち着いたころ、津波から逃れてきた人たちにミルクを沸かして振る舞った。まだそのときは被害者ではなかった。目に見えない放射能が風にのってやってきたのを知ったのはその後のことである。

そして放射能をどう受け止めるかで、長年のあいだ共に酪農をやってきた村長と意見を異にすることになる。故郷を失うと同時に人間関係も崩れた。
長谷川さん夫婦はたくさんの問題を抱えたまま、いま伊達市の仮設住宅で両親と暮らしている。
(宝島社 1400円+税)

下地真樹さんの声明文に涙がでた

12月9日に阪南大学経済学部の下地真樹准教授が大阪府警に逮捕された。
2カ月ほど前の10月17日午後3時、大阪市の震災がれき試験焼却に反対する市民たちが、大阪駅・東北角の歩道から大阪駅構内の東コンコースを北から南へ通り抜けた。そのことが「鉄道営業法違反」「威力業務妨害」「不退去」という逮捕容疑なのだ。

わたしが下地さん(モジモジさん)をはじめて知ったのは1年前の西区民センターでの「放射能燃やしていいのか 住民説明会」だった。たくさんの子連れの女性たちが集まってモジモジさんと語り合った。というより、たくさんの女性たちからの言葉をモジモジさんが受け止めていたという印象を受けた。
それから勉強会や抗議集会で顔を見たが、いつも変わらぬ真面目で激しいモジモジさんであった。個人的にお話ししたことはなくて、一方的なファンとしていつも気にかけていた。

さきほど救援会のサイトに「不当勾留中の下地さんから声明文が届きました」がアップされ、ツイッターでたくさんの人たちによって広まっている。
わたしは用事をしている相方に声を出して読んでやったのだが、途中で涙声になって呆れられた。ツイッターで他の女子が「涙が出た」とツイートしていた。あっ、いっしょの人がおる。明日は涙する女子がもっといっぱいいるはずだ。

福島県飯館村の酪農家 長谷川健一さん講演会〈原発に「ふるさと」を奪われて〉

主催:阪南中央病院労働組合「六ヶ所村ラプソディー」を上映する会in阪南病院 講演場所:河内松原 ゆめニティまつばら 多目的ホール。
久しぶりの遠出なので早めに出かけてよかった。近鉄南大阪線で河内松原駅下車を乗り過ごし藤井寺まで行って戻った(笑)。
会場にはたくさんの人が来ておられ熱心に聞きいっていた。わたしはいつものように前のほうに席をとった。

長谷川さんは友人の写真家や自分で撮影した写真と動画を見せながら話しはじめた。
「わたしは東北の人間でずーずー弁です」とずーずー弁で言って笑わせてからシビアな話題に入った。
福島は現在進行形であること。オモテではマスメディアが発信して終ったかのようだが、ウラではさまざまな現実が進行している。

飯館村は日本一の美しい村だった。峠の上から下の方に村が見える。春にはわらびが芽を出したくさんの人たちが訪れる、までぃー(“美しい”のほかにもいろんな意味のある東北弁)な村だった。いまの村長とは酪農家どうしで16年になるつきあいだが、311以後は分断してしまった。

3月11日は畑仕事をしていたら地震。畑が地割れしたのであわててトラクターを安全な場所に移し家に帰った。停電した村を部落長として巡回しているといやな予感がしたが原発とはそのときは思わなかった。
3月14日、3号機爆発。15日夕方から緊急集会を開いたが、雨と雪によって放射能が体についたのをまだ知らなかった。この日は原発からまっすぐに飯館村の風が吹いた。それを国と県が隠蔽していたので知らなかった。

長谷川さんの家に写真家森住卓さんやフリージャーナリストがたくさんやってきて泊まって取材するようになった。
21日には水道水から放射性ヨウ素が見つかった。国と県と村の要請で御用学者がやってきて安全説法がはじまった。
27日に京大の今中助教が測定して異常な高さであると教えてくれたが、外で大人は仕事、こどもたちは遊んでいる。原子力保安院とかえらい人が安全だと言ったから。

「原発さえなければ」と遺書を遺して隣村の酪農家の友人が自殺した。隣の部落の102歳の女性が家族の邪魔になるからお墓に避難すると書き残して自殺した。その他多数の自殺者が出た。

村はいま雑草だらけで野生の王国と化している。被曝を覚悟で田んぼだけは世話をしているが、あとは放ってある。
ここでスクリーンにずらっとミイラ化した牛の死体が映し出された。その向こうの通路になっているところには豚の足跡がいっぱいだ。倒れた牛を野生化した豚が食べたという。牧場ではイノシシも飼っていたが山に帰って野生化している。

飯館村では村長が国と一体になって除染にまっしぐらに進んだ。放射能は日本の学者によると土着化するから除染がよい、外国の学者によると全部は土着せずに浮遊する。それに山や森の除染をしないと流れ落ちてくる。長谷川さんはいま2本のレールがあると言う。1.除染、2.村を離れること。

こどもに差別が起きている。こどもらは飯館村生まれを背負って生きていかねばならない。自分にはこどもらをすぐに避難させなかった負い目がある。

事故は終っていない。風化させない。収束宣言とはなにを言うているか! 去年まで講演会をするとテレビカメラや記者が来たが、今年はなにも報道されない。

いまは伊達市の仮設住宅にご両親とご夫婦で暮らしておられるそうです。飯館村の24戸が同じ仮設住宅で暮らし、近くの土地を借りて家庭菜園をしているとのこと。

お話が1時半から3時までで質疑応答が30分でした。
以上、わたしのメモから書き写しました。
帰りに本を買ったので読んでから感想を書きます。(長谷川健一『原発に「ふるさと」を奪われて』宝島社発行 1400円+税)

大阪震災瓦礫の試験焼却日 当日

29・30日はどこにも行かずに家にいるつもりで買い物その他の用事も片付けてある。たいていは家にいるのだけど、家から出ないでおこうと決めると落ち着かない(笑)。
ツイッターでフォロワーさんの動向を見ると、舞州焼却場方面に行った人がおり、家でごろごろしている人もいる。職場の窓から西の方を眺めてツイートされている人もいる。さっそく測っている人もいる。

「そらまめ君」という〈環境省大気汚染物質広域監視システム〉を教えてもらったので見る。〈表示項目〉〈表示日時〉〈表示地域〉などを選択すると〈測定時報値地図〉が出てきて、9つの表示項目を見ることができる。今日はまだふーんと言いながら見ているだけだが、そのうちしっかり理解し把握できるようになるでしょう。

洗濯物を部屋干しして戸締まりをきちんとして換気扇を動かさないでいたが、1日2日だからできるが、2年も続けるのは無理だということがわかった。試験焼却は受ける側の試験日でもあった。
来年、本焼却が始まったらどないしょう。あたしら年寄りやさかいに静かに暮らすしかないな。映画「プリピャチ」に出てきた老夫婦のように。

大阪震災瓦礫の試験焼却日 前夜

大阪の震災瓦礫の試験焼却日がついに11月29・30日(明日とあさって)となった。
去年の12月に〈〈大阪に放射能がくるぞ (+_+) 燃やしていいのか放射能(ー_ー)!! それでいいのか大阪人! 【大 阪】住 民 説 明 会 〉〉という会合に参加して、瓦礫問題が大変なことだとはじめて知った。それ以来、足弱なのでデモや集会はたまにしか行けないから学習会を中心に参加してきた。「311以後 アーカイブ」の後半に木下黄太さん、熊本一規さん、下地真樹さん、守田敏也さんの講演の報告を書いてます。)
それとありがたいことに抗議集会の実況がユーストで中継されるので、大阪市のガレキ説明会の様子も把握できているし、天満署前の抗議活動もしっかり見ている。
だが、ついに大阪市は舞州の瓦礫処理場で岩手県の瓦礫を燃やすことになった。明日とあさって。

さっき、ツイッターを読んでいたら〈大阪おかんの会のブログ〉の紹介があった。
〈【重要】試験焼却開始前の準備をしましょう!〉というタイトル。〈流れ弾に当たらないように「最悪を想定して準備をする!」ということで、大阪ならびに周辺地域の皆様に注意喚起を行います。試験焼却開始前の準備をしましょう!〉というもの。自宅での準備や移動時の注意などが細かく書いてある。

わが家も今日はいろいろ忙しかった。まずベランダに干してある洗濯物を中に入れて部屋干しに。ベランダの掃除をしてエアコンの室外機にカバーをかけ、ベランダに置いてあるものはまとめてカバーをかけた。明日あさっては買い物に行かないように食べ物を買い置き。マスクは風邪用、 N95、N100を買ってある。

今夜は満月。なじかはしらねど半影月食だったそうだ。見ようと思ったときには終っていたが。さっき見たら月は真上にあって、木星を従えていた。昨日の寝る前に見たのは月と木星の他にオリオンとシリウスがくっきり見えた。オリオンの三ツ星も見えていた。今シーズン最初のオリオンとシリウス。

震災がれき試験焼却の住民説明会があった

今日は大阪震災がれき試験焼却の住民説明会が此花区民ホールであった。体調に自信がなくてわたしは行かなかったが、用事のかたわらIWJその他のユーストを見ていた。
見始めたときにはもう男性3人と女性1人が逮捕されたというツイートが入っていた。区民ホールという公共の建物にいただけで建造物侵入罪だという。この活動家4人を逮捕するのは最初から決めてあって、指定されていた4人が捕まったということらしい。
今月24日には試験焼却をするとニュースが流れたというツイートがあり、試験焼却日が決まったことを知った。
去年の12月にはじめて瓦礫問題の学習会に参加したときは、絶望の中にももしかして中止にできるかもという小さな期待のようなものがあった。
だけど橋下市政は住民の言うことを聞く耳は持っていなかった。

これから結婚する友だちカップルは子づくり子育ては大阪ではしないと先日沖縄へ移転した。大阪にいるわたしたちはなんとか個人的に体内被曝を避けるような暮らしを工夫するしかない。

広瀬隆さんの講演会「第二のフクシマ 日本滅亡」に参加

広瀬隆さんの講演会〈「第二のフクシマ 日本滅亡」主催:福島のこどもたちを応援する会 〉が西淀川区民会館であった。
阪神電車の福という駅からすぐというので、桜川まで歩いて尼崎行きの阪神電車に乗ったらロマンスシートだったので旅気分(笑)になったがすぐに着いた。淀川の鉄橋を渡ってすぐの駅だ。

会場についていつものように最前列に座ったら、広瀬さんにいちばん近い席だった。
広瀬さんの講演は二度目である。「東京に原発を!」(JICC出版局)が出たばかりだったから1981年のはず。アメリカ村のボウリング場だったところにぎっしりと若者が詰めかけて3時間の熱い話を聞いた。それから30年以上経った今日、広瀬さんは同じようにほっそりとして情熱的に語った。
あのときわたしには福島原発事故が起こるなど想像もできなかった。東京に原発を建てるべきだと思ったが、福島に建てても東京に被害が及ぶなんて想像できなかった。

パワーポイントで画像を出しながら語られた。まず「福島原発事故の真相と放射能汚染の恐怖」の文字が大写しで出た。
大阪の放射能は東京の1/10くらいで、そのせいか名古屋から西の人間は放射能汚染への関心がぬるいと話がはじまった。
福島第一原発の現状について写真とともに詳しい話。米国の著名な原子力技術者アーニー・ガンダーセンの著書「福島第一原発——真相と展望」(集英社新書 700円+税)からも引用されていた。この本は家にあるけどわたしはまだ読んでなかった。広瀬さんの話が整理しきれなかったので、詳しくはお互いにこの本で。

広瀬さんの原点。60年代から70年代は高度成長時代といわれていたが、光化学スモッグ発見の年で、実は大公害時代のはじまりだった。
そこからさかのぼって被曝の歴史について。キューリー夫人など研究者や医師の被曝、時計の夜光塗料を塗っていた女工たちの被曝、妊婦のレントゲン写真でこどもの癌、コロラド州ロッキー・フラッツの核施設、低線量被曝した皮膚がんの医師、などの被曝の歴史。

人間は二足歩行をはじめてから自然界の放射能を体内から出すようになっている。1945年(広島・長崎への原子爆弾投下によって地球上に放出されたのが最初)以前にセシウム137はなかった。いまは体内に放射線をあび続けている。

東京は福島との間に山がなく、風が放射能を運んできた。いま広瀬さんの自宅や公園を測ると高いベクレル数がでる。カウンターは空間線量を測るものなので、エアフィルターをレントゲンで感光させた写真で見ると、シアトルはほとんど空白、東京はかなり汚染、福島はすごく汚染されている。
東京湾の汚染がひどい。霞ヶ浦でセシウムが増えている。水源大汚染で太平洋側にも日本海側にも流れる川の水が汚染されている。汚染は海水に溶け、海底に溜まるので今年から来年にかけて深刻な事態になる。

体内被曝について。
いままで「内部被曝」という言葉を使っていた。3日に話を聞いた守田敏也さんの著書も〈矢ヶ崎克馬・守田敏也「内部被曝」(岩波ブックレット)560円+税〉「内部被曝」なのだが、広瀬さんは「体内被曝」とおっしゃった。これからは「体内」のほうがわかりやすいので、「体内被曝」ということにする。
X線、原爆による閃光、大気中の実験などは体外被曝である、アトミック・ソルジャーやこどもの癌はこれにあたる。
体内被曝は皮膚がんと同じものが体内に濃縮していく。レントゲンは一瞬だが体内に取り込むと体内にある限り放射線を出し続ける。
(体内被曝については矢ヶ崎克馬・守田敏也「内部被曝」を読んでから書きます。)

それから津波と地震の話。津波の画像がいろいろが映し出された。
いまは大地震の時代である。大飯原発は大丈夫か。
大飯原発で直下地震が起これば制御棒を差し込む時間はなく即爆発する。大阪の人は道路渋滞で逃げられない。窓に目張りして部屋に閉じこもること。琵琶湖もやられるから、水と食糧を備蓄し、防護マスクを用意しておく。現金も持っているべき。

最後におっしゃったこと。
ここに来ている人はわかっているからいい、来ていない人を変えていくのが大事だ。となりにいる人に話そう。

広瀬さんの新しく出る本、「原発ゼロ社会へ! 新エネルギー論」(集英社新書)

我が身にも家族や友の身にもせまる危機、瓦礫焼却

先日姉の家に行ったんだけど、その翌々日にしんどくなって医者に行き心電図をとったと電話があった。「もし入院するようなことがあったら猫を頼むわな、猫の世話を頼めるのはあんたしかおらへん」だと。泊まりに行って家に通勤するしかないなと覚悟を決めていたら、今回はなんともなかったようでほっとした。季節の変わり目だからなにかある。

このような病気持ちの人に舞州(まいしま)から焼却灰の風が吹いてきたら影響あるだろうと心配だ。
11月にUSJに近い此花区舞州焼却場で100トンの瓦礫の試験焼却が行われ、来年2月から約2年間で3万6千トンの本格焼却が行われる。
瓦礫焼却がはじまったらフィルタでは取れない放射性物質その他の有害物質を含んだ風が、舞州工場から大阪全区と大阪湾に向かって吹く。
うちなんかいちばんの通り道になるだろう。淀川の北だからといって安心できない。
高齢者やこどもや体の弱い人が特に被害を受けそうだ。そして元気なひとの体も徐々に蝕まれていくのだと思う。いくら食べ物に気をつけても空気がこれではあかんわ。