地震!

ピーター・トレメイン「死をもちて赦されん」の(2)を書くつもりだったが地震で動揺して書く気になれない。
12時前に片付けがすんでツイッターを読みだしたら新しい書き込みが地震。そのあとはどんどん地震のツイートが続く。テレビをつけていっしょに見ていた。新しい書き込みが積み重なっていく。大阪は揺れなかったけど、揺れたすごく揺れたという書き込みに動揺してしまった。

「女川原発、外部電源三系統のうち二系統を喪失」「六カ所再処理工場も外部電源アウト。非常用ディーゼル発電で冷却」(NHKニュース)。

津波警報は1時前に解除されたが。
えーっ、こんなツイートが・・・「同時刻にメキシコにて マグニチュード 6.5が発生」(Herald Sun)。地球が怒っているのか。

ユースト生中継「東日本大震災について」孫さんと後藤さんと田中さん

この2・3日は朝方(おそい朝だが)になるとヘンな夢を見る。寝言を言うし(その声で目が覚める)、手を振り回していたりして目が覚める。だいぶ神経が疲れているようだ。こういう不安なときでも年の功で乗り越えられると思ったら大間違いだな。どこかでぱぁっと豪遊して気晴らししたいと思っても先立つものがなし(笑)。それよりもきっぱりと現実に向かい合ったほうがいい。

そこでネットというのはなんやけど(笑)、今夜9時から12時までのユースト生中継「田原総一郎×孫 正義 対談 〜東日本大震災について〜」はよかった。本番がはじまる前にソフトバンク社員からの被災地の報告などがあったが、その席でソフトバンクからの寄付が10億円、孫さん個人の寄付が100億円と発表があった。ツイッターで孫さんは寄付をしないのかと質問があったが、その答えを今日出されたわけだ。
「田原総一郎×孫 正義 対談」となぜか2人の名前になっているが、元原発設計者の後藤政志氏と田中三彦氏と4人の出演、途中で田原さん退席で孫さんと後藤さんと田中さんの鼎談となり話が深まった。
後藤さんと田中さんのお話は何度かユーストや雑誌で伺っているが、今回も真摯な態度での事故の危険を話されていた。ところが田原さんが話を遮ってアサッテの方向へもっていこうとする。知ったかぶりがまるわかりの発言をする。孫さんの受け方がまともだからよけいにいやらしい。途中で退場されたあとは孫さんが席を移され3人でぐっと親密な感じで話が進んだ。ほんとに真面目な話が続き3時間を長く感じなかった。

ヴィク・ファン・クラブ例会日、その前に細野ビルヂング

マイケル・コックス「夜の信義を」をおおかた読んだのだが、今夜はまだ感想が書けそうもない。ツイッターの読み過ぎだが、いまいちばん興味のあるところだからしゃあない。原発事故について勉強中。勝間和代って最初から好かんかったがほんまに好かんわ。上野千鶴子とどっこいどっこいに好かん。

今日はヴィク・ファン・クラブの例会日なので、ジュンク堂へ寄ろうと思って早めに出たら、細野ビルの近くで細野さんとばったり出会った。ちょうどいいところで会った、話があるからお茶を一杯と言われてビル内へ。話というのは、今日細野ビルでやるはずだった大阪市西区の催し「魅力伝道師による音楽のある写真展覧会」が地震のために中止になったことだった。ここんとこ細野ビルにはご無沙汰していたので知らなかった。
午前11時から午後5時までの写真展示と音楽演奏(リコーダーと鍵盤ハーモニカ)という静かなものなのだが、自粛することになったのだという。急なことで展示者と出演者には知らせたが、肝心のお客さんには知らせることができなかったため、来た人に謝って帰ってもらうしかない。一人一人にビルを案内するにも、入場者が重なってしまうとできない。区役所からはだれも来ないので、細野さんは昼ご飯を食べずに朝から夕方まで一人で対処していたという。
そのパンフと中止と書いてある紙を「細野ビルヂング情報サイト」に載せてもらいたいというのがわたしへの依頼だった。オーケーしてあわてて梅田へ。

ジュンク堂滞在時間は30分になったが、目的のサラ・パレツキー「レイクサイド・ストーリー」「センチメンタル・シカゴ」をまず買った。サラ・パレツキーとVFC普及のために、貸本屋「アンポポ」に置いてもらう。本にはVFCの名前とわたしのメールアドレスを貼っておく。
もう1冊、ピーター・トレメイン「死をもちて赦されん」を買った。修道女フィデルマのシリーズの最初の作品がようやく訳された。7世紀アイルランドの物語なので、読みやすいのが最初に訳されていた。ちょっとお店で読み出したら、若きエイダルフが出てきた。おっ、フィデルマと初対面のシーンがこれからあるのね。興味しんしん。

例会のほうはいっぱい食べておしゃべりふっとう。フィッシュ&チップス、ソーセージ炒め、サンドイッチ、すじ肉のワイン煮、そしてギネスとアイリッシュコーヒー、今宵は肉食可で胃袋がびっくり満足、おしゃべりで気分も満足。

『東京に原発を』の広瀬隆さんを思い出して

昨日は大地震と大津波のニュースから目を離せなかったが、今日は福島第一原発の爆発事故のニュースに釘づけだった。
避難勧告が出たから避難しようとした人たちが1号機の爆発で被爆した。こんな理不尽なことがあっていいのか。あんまりだ。
避難勧告の出た地区の地図を見たら半分が海にかかっている。広瀬隆さんの著書「東京に原発を」を思い出した。安全でないとわかっているから人口の少ない海に近いところを選んでいる。安全やったら東京に原発をつくったらええやんか。

80年代だったと思うが、アメリカ村のサンホールで広瀬隆さんの講演を聴いたことがある。若い人が企画したものでホール全体が興奮した若者であふれたいた。広瀬さんは時間いっぱい原発の危険を訴えておられた。
だけど原発はなくならなかった。いまも中部電力による上関原発計画がある。

東北地方太平洋沖地震

午後のひととき、そろそろお茶にしようかと思いつつパソコンに向かっていたら、揺れた。いつもの地震のときのようにストーブを消しガスレンジの元栓を切ってドアを開けた。またゆらゆら揺れた。テレビをつけたらもう地震速報が出ている。見ているとまた天井から吊った電灯の笠が揺れている。東北の地震なのに大阪も揺れている。
一応、緊急用リュックとパーカを出して暖かいセーターに着替えた。

それからはテレビを見てはツイッターを読み続けていた。関東地方もとわかって横浜の妹に連絡したいが電話がつながらない。ツイッターをやっててくれたらいいのだが。

数年前のお正月に、ニューギニア島の西パプア州の津波情報を日本のテレビは放送しなかったのでBBCやABCのニュースを見続けていた。そのときは日本でも起こる可能性があると思ったのだが・・・いま、大津波の映像を見ている。

おてんとさんが見てる

懐かしい言葉だ。母親かその母親であるおばあちゃんが言ってたのか。長いこと忘れてたわ。悪いことをしたら誰もいなくても「おてんとさんが見てる」からやったらあかん。神様や仏さまが見ているのではなく「おてんとさんが見てる」というのがええなぁ。

日曜日早朝の小沢一郎さんのテレビ出演はよう見なかったが、さっきユーチューブで録画を少しだけ見た。理路整然と話されていたが「おてんとさんが見てる」という言葉がわたしを捉まえた。そうやそうや、おてんとさんが見てはんのや。いまのことろ、おてんとさんに見られて恥ずかしくないよな、と我が身を振り返った。

ヴィク・ファン・クラブの会報を昨日今日で仕上げたので明日送れる。22日が例会日なので早めに到着するように頑張った。今月の目玉記事はモンゴルからの会員のおたより「モンゴル語学習奮戦記」です。

市民が訴える「大阪宣言」御堂筋デモ(集合場所だけ参加)

今日のお昼前から「大阪宣言」御堂筋デモを行うと先日ツイッターに告知があった。なんと集合場所がうちの近くのうつぼ公園なのだ。どんな人たちがどれだけ集まるのか気になって行ってみた。わたしは膝が悪いからデモは無理なんで、野次馬で集合場所にのみ参加。
ぶらぶら歩いて11時前に公園に到着すると東側の広場にたくさんの人が集まっていた。世話役の人にチラシをもらった。天気はいいしのんびりした感じである。

チラシには「我が国のマスコミの偏向報道、政治の閉塞、司法の腐敗を打ち破るために、我々は以下の宣言を行う」とあって、〈市民が訴える「大阪宣言」〉が記してある。「小沢を支援し、小沢に我々の気持ちを託すために決意しました。」ともある。わたしが今回のデモになぜ興味を持ったかというと、民主党の代表選挙のときのヨドバシカメラ前の広場での小沢さんに対する拍手とうねるような歓声をテレビニュースで見たからだ。大阪市民は小沢さんを支持して集まっていたのか、行って自分でその様子を見たらよかったと思った。
チラシには「六甲おろし」の歌詞もあったのが大阪らしい。

動員とかなしでこうして集まってくるのだからすごい。30分ほどしてこれから出発と呼びかけがあった。四ツ橋筋から御堂筋へ出て南下し難波へ出る。わたしは見送ってからすぐに帰ったけれど、ざっと勘定して1000人を越えてると思った。ツイッターでは1300人と書いている人がいた。年配の人が多い静かなデモだった。

サラ・パレツキーさん来日情報

今月の後半にサラ・パレツキーさんが来日されます。
早川書房主催のミニトーク&サイン会と日本ペンクラブの講演会のお知らせ、来日にあわせて出版された本を紹介します。
2010年9月22日(水)18:30〜20:00
場所:MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(東急百貨店本店7階)特設会場
定員:先着50名(整理券を持参の方)。入場:無料
整理券:9/8(水)よりサラ・パレツキーの8月、9月刊の新刊3作品(『サマータイム・ブルース』『ミッドナイト・ララバイ』『沈黙の時代に書くということ』)いずれかをお買い上げの方、先着50名様。メインカウンターにてご予約承ります。また、電話でもご予約いただけます(TEL:03-5456-2111)
2010年9月23日(木・祝)16:00〜17:30 早稲田大学大隈講堂○サラ・パレツキーさんのヴィク・シリーズ新作「ミッドナイト・ララバイ」(原題HARDBALL)9日発売されました。あいだに「ブラッディ・カンザス」があるので、ヴィクのシリーズは「ウィンディ・ストリート」から4年目になります。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 1100円+税)

○サラ・パレツキーさんのエッセイ「沈黙の時代に書くということ—ポスト9・11を生きる作家の選択—」も併せて発行されました。ミステリマガジンに連載されたものに、日本向けに新章「拷問とスピーチと沈黙」が入っています。
(山本やよい訳 四六判上製本 1800円+税)

大阪大空襲から65年—講演会は満員で入れず写真展を見てきた

昨日、姉の家で明日は空襲記念日やねと、65年前の3月13日夜から14日未明の大阪大空襲が話題になった。両親と長兄と次姉は命からがら逃げて、豊中市の父が働いている会社の寮へ歩いて行った。たまたまよそにいた長女は翌日戻ってきて家を探したら焼け野原で、遺体の山が築かれ死臭が漂っている中をもしかして家族がと探し回った。

姉が前日(3月11日)の朝日新聞夕刊を出してきたのを見たら、「遊郭のむ炎 娼妓の無念」という記事があった。新町遊郭経営者の息子だった徳田さんは、空襲のとき母と西成区の叔母の家に逃れたが、途中にはたくさんの人たちが火だるまになったり道頓堀川でおぼれ死んでいた。娼妓たちは4・5日後にがれきの下になっていた防空壕の中で黒こげになっているのが発見された。
徳田さんはそのことを封印して話したことがなかったが、年に数回、娼妓たちが蒸し焼きにされる夢を見る。「お女郎さんの無念を伝えるためにも、語らなあかん」と語り出したという記事だった。
新町遊郭の存在は中学生だった兄は知っていたが、通ってはいけないと親にも学校にも言われていたそうだ。「裏新町」と言われていたそうだが、わたしははじめて存在を知った。

今日13日に徳田さんの「ピースおおさか講演会」が森ノ宮のピース大阪であるというので、電話したらもう席がないが、写真展をやっているというので行ってきた。
特別展「焦土大阪〜写真でみる大空襲〜」は、毎日新聞社の焼け跡を撮った写真と、一昨年の12月に中央図書館でやった「なつかしの昭和堀江展」に出ていた写真があった。その他寄贈された戦争中の物品や書類などの展示をするコーナーがあった。
常設展示のシチュエーション・ガイダンス「15年戦争」では、日本のアジア諸国侵略のありさまが写真で展示されている。15分ほどの映像が15分おきに上映されている。

せっかくの機会に入れず残念だった。
※徳田さんの証言の様子は、朝日放送「NEWSゆう+」で15日午後6時台に放映される予定とあるので、忘れずに見よう。

追記(15日)
朝日放送「NEWSゆう+」で6時半ごろから10分くらい放映された。徳田さんが65年ぶりに故郷の新町へ足を踏み入れて、当時の住処の後を訪ね、すっかり変わったとおっしゃっていた。映っていた道はたいていわかる。父上が出征するときの映像も写し出された。娼妓たちが歩いていた。そして焼け跡の写真もあった。徳田さんはそのシーンを見ながら、焼け焦げて誰ともわからない遺体からの臭気のすさまじさについて語られた。
講演会では壇上ではなく一般席に座っておられて、発言のときは立ってマイクをもたれていた。大空襲のことはいままで話したことがなくて、去年はじめて語り出したそうだ。

初めて知ったのだが、うちの近所の日本交通の会社の敷地に空襲で亡くなった人たちの慰霊碑が建てられていた。当時の会社の社長が供養として建てられたそうだ。そこへお参りされて、これから毎年来ると言っておられた。