「福島の子ども達を救え小児科医ネットワーク」の放送をユーチューブで

7月7日の日記は〈「福島の子ども達を救え小児科医ネットワーク」と山田真さん〉というタイトルで書いた。
7月5日の夜、ケーブルテレビ「朝日ニュースター」8時からの「ニュースの深層」で医師の山田真さんと上杉隆さんの対談があった。わたしはケーブルテレビに加入してないので見られなかった。それでミクシィ日記で見た人は報告してほしいと告知したら、Hさんがわたしへのコメントとご自分の日記に丹念な報告を書いてくださった。それをヴィク・ファン・クラブの会報に転載させていただいたのを読んだ会員のTさんがユーチューブを見つけた。そのツイートをさっき読んで、見たところである。
「福島の子どもたち 放射線の影響と健康状態は?」 1〜3まである。

ドキュメンタリー映画『ダーク・サークル』はユーチューブで見られる

ビデオの整理をしていたら30年前のドキュメンタリー映画が出てきた。「DARK CIRCLE 1982/アメリカ AUG.1987(10ch録画)完全版 字幕」と几帳面にシールが貼ってある。キャノンのワープロを使っていたころだ。テレビで録画しつつ見てそのまま押し入れにしまい込んで以来見てなかった。たしか原発の映画だってことしかわからないで再見。

30年前のアメリカにおけるプルトニウム汚染と放射能反対闘争を描いた映画だが、まるでいまの福島を見ているようだ。プルトニウムは安全というダマし文句だって同じだ。説明会で政府・会社側の美貌のできるタイプの女性が集めた人たちを強弁で説きふせる。日本にもこんな評論家がいたっけと思い出した。

ある男性の話は、娘さんのちょっとした怪我が治らないので病院で診てもらうとガンとわかり、足を切断するが、その後死亡。子どもに早く影響が出るのだ。
また違う話で、その地にある家を売って子どものいる家庭が去って行く。小さな子どものいない人に売りたいと言っていたが、結局、買い手は幼い子どものいる夫婦だった。その地についてなんの説明もせずに売り手は去って行った。

ひとりの女性が近所の家々を回って話し合いましょうと呼びかけ、座り込みデモまで発展するが警察に排除される。
最後には完成した原発工場に欠陥がいろいろ見つかり操業ストップになる。さすがアメリカというべきか、日本だったら早急に対処して操業開始になりそうだ。

中尊寺もスーパーホットスポットに

うちの猫の花子は19年生きたけど、晩年は夏を過ぎると年ごとに弱っていくのがわかった。わたしはまだそのときは自覚はなかったけど、ここ数年は実感している。夏を過ぎるたび、冬を過ぎるたびとしょっちゅうだが、せっかく生まれてきたのだから毎日を楽しく感じて生きていたい。311以来そういうささやかな願いもかなわないと思うこのごろ。

若いときにひとりで仙台へ行って七夕祭りを見て泊まり(どんなところに泊まったか覚えていない)、翌日に中尊寺へ行った。最寄りの駅から歩いて、両側に大きな木がある道を行くと中尊寺だった。あの道から寺を見たときの荘厳さは何十年も経ったいまも忘れていない。その帰りは普通列車で一晩かかって東京に着いて、それから大阪まで急行で帰った。お金のない旅で時間だけはあった。
「週刊現代」7月16・23日号によると、その中尊寺がスーパーホットスポットにあげられている。金色堂前の植え込みが0.88、住宅地なら避難を考えたほうがよいレベルの線量だという。

福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が「私はお墓にひなんします ごめんなさい」と遺書を書いて自殺した。
無農薬キャベツを作っていた農業のかたが自殺し、酪農家のかたが自殺した。ほかにもいらっしゃるだろう。なんともむごい。

「福島の子ども達を救え小児科医ネットワーク」と山田真さん

昨日(7月5日)の夜、ケーブルテレビ「朝日ニュースター」8時からの「ニュースの深層」で医師の山田真さんが話された。
【テーマは『福島の子どもたち 放射線の影響と健康状態は?』 福島県で子ども健康相談会をおこなっている小児科医の山田真氏に、現地の状況や親たちの思いなどを伺います。キャスターは上杉隆氏です。】というもの。

残念ながらうちのテレビはアナログである。ミクシィとツイッターで告知して、見た人に報告をお願いしたら、しっかりと見た人がミクシィに報告を書いてくださった。

山田さんと少し関わりのある者として活躍されていることがうれしいです。

「被曝した福島の子供たちが東京で健康診断」のニュース

さっきツイッターからリンクされていた記事を読んだ。「被曝した福島の子供たちが東京で健康診断」アースデー東京タワーボランティアセンターというボランティア団体が、母親と子どもたちを福島から招いて東京で健康診断を行った。バスでやってきた母親に手を引かれた子供18人(ゼロ才〜8才)が医師の問診を受けた。問診は短くて15分、40分におよんだ母子もいたそうだ。

そのサイトのトップに写真がある。問診する医師の顔を見て「山田先生やん〜」と叫んでしまった。3年ほど会ってないからもしかして間違っているかもと、記事をずっと読んでいったら、医師たちの記者会見があって、やっぱり山田さんだった。
ちょっと体調を崩していると聞いていたので心配していたが、お元気に仕事されているのがわかってよかった。いまの日本の中にこういう医師が存在していることがうれしい。小さな希望が見える。

山田真さんはヴィク・ファン・クラブの会員でミステリの紹介などの原稿を書いてくださるし、著書をいつも送ってくださる。ユーモアのある素敵な人である。

第2市民

さっきツイッター読んでいて笑ってしまった。
「6.11大阪、デモに出発する際の隊列の順番、申請書類には 「市民・労働組合・第2市民」 と書いてあったらしいw」というツイート。
ツイートしているのはもちろん第2市民で、相呼応して第2市民たちがそのあとに楽しく書き込んでいた。まあ書類の書き方として「市民」「第2市民」と分けただけなんだが。第2市民としては、うん、おもしろい。

ミクシィの日記にデモに行ったと書いて、写真を載せたり動画にリンクしたりした。楽しそうねとコメントを書いてくれた人がいたが、自分も行くとは書かない。デモに行く人と行かない人の間には乗り越えられない溝があるのかな。原発に対する危機感(恐怖心)は行かない人のほうに強いようにも思えるのだ。

デモに行くのは、自己満足と言われるかもしれないが、自己解放でもあると思う。解放された気分って大事だと思う。その気分で日々の暮らしにもどるから平静に生きていられる。

611脱原発デモ全国展開 大阪

日本では全国59か所、海外での参加はアメリカ、オーストラリア、カナダ、韓国、台湾、中国、ドイツ、フィリピン、フランス、ベルギーの10ヶ国19箇所(日本全国デモ情報サイトによる)とすごい展開の脱原発デモの大阪サウンドデモに参加した。

心配していた雨があがり、曇りがちながらちょうどよいデモ日和となった。
午後2時半に地下鉄の北浜からすぐの中之島剣先公園に到着。たくさんの人が集まっているのにおどろき友人を捜すがどこにいるのやら。もう先頭は出発していてどれだけの人が集まっていたやらわからないが、えらい人であるのはわかった。ほんまに老若男女という感じで、いろんな人がいた。子ども連れといっしょに歩きましょうと誘われたりしたが、今回はサウンドデモにひっついているつもり。

サウンドデモは最後に出発と聞いていたので、花壇のほとりに座っていた。相方が歩き回ってサウンドカーとみんなが橋の上にいるというので、隣に座っているジャンベを持った男子に「わたしらはサウンドデモに入るけど」というと「ぼくも」といっしょに。ちょっと顔見知りの女子もいっしょに行く。ナマの大輪のひまわりを持って初デモを楽しみにしているそう。
橋を上がると車が化粧をほどこされている最中だった。ひまわりを挿して飾り物をつけてできあがり。橋の下を見るとまだまだ人が連なっている。

また少し待ってから出発。音に合わせて体をゆすりながら歩く。今回のプラカードは「放射能 NO 汚染列島」裏側は前回の「STOP ザ もんじゅ」。道を行く人から見えるようにささげ持って歩いた。土佐堀通りが長くてなかなかだったが淀屋橋に着き、御堂筋を行く。
ちっちゃい子どもの手を引いてベビーカーを押しているお父さんは、「本当はデモとかしたくないんだよ 原発のバカ」と背中にプラカードをぶらさげていた。

当初の予定どおりわたしは本町で離脱して5時過ぎに帰宅。岩上さんのユーストで東京のデモの実況放送をかけながらお風呂に入って家事いろいろ。デモ参加者は新宿で2万人、大阪は1万人とのことだった。わぁ、すごいなぁ、1万人かぁ。ある人によると1万5千人ということなので、1万人強はたしかだろう。
相方が帰って来たのでビールと食事。相方がまた出かけたのでそれからツイッター読んだりやることいろいろ。

6/5原発卒業式+サウンドデモ

午後3時からの南堀江公園集合での「原発卒業式」のセレモニーを30分遅れて、デモは千日前で離脱したが、とても充実した時間を過ごせた。

公園に近づくと音響が響いていた。三々五々という感じで人が集まっている。警官がたくさんいたなぁ。ヒッポホップ調での呼びかけとか楽しい演出で4時に出発。
トップに軽トラック(トラックサウンドシステム)が行き、そのあと踊りたい人たちということで、わたしも相方につられてここに入った。最初は演歌で次からはのりのよい曲が続くのを踊りながらついていく。次のグループはリヤカー(リヤカーサウンドシステム)でライブやったんかな。
浪速筋をわたってオシャレな立花通り商店街を練り歩く。道幅が狭いので見ている人との距離がない。2階から眺められたりお店のガラス戸をとおして眺められたり。日常的に歩いている道が新鮮に感じられる。四ツ橋筋へ出てアメリカ村へ入る。ここは車なし。相方がつくった旗(不用布団カバーを切って「だだ漏れ放射能で オレ達に明日はない! 原発止めろ!」と書いてある)を二人で持って歩いた。
ますます日常的な長堀通りへぶつかって御堂筋へ。車が待っていてまたサウンドつき。なんといっても心斎橋やん。気持ちよいことこの上なし。知り合いが入ってきていっそう盛り上がる。
御堂筋に出てからアルトサックスの音に気がついた。ケースを背負って吹き続けながら歩いている。「すごくいいです」と声をかけたら「吹いて気持ちを現さんとね」と返事があった。これこそフリージャズ。
千日前通りに入ったところで離脱。

立花通りからアメリカ村とちょっと考えられないデモコースを思いついた人に感謝。

千日前から難波ジュンク堂へいって本を買い、3階の喫茶コーナーでコーヒーとワッフルで足を休めて高島屋に寄って帰宅。お風呂が気持ちよかった。
買った本は、マイミクでフォロワーの館山 緑さん「しあわせな恋のはなし」とミシェル・ティ「ヴァレンシア・ストリート」。

『フォン・シーラッハのベルリン讃歌』

おととい書いたフェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説2編とともに「ミステリーズ!」にあった「フォン・シーラッハのベルリン讃歌」に惹きつけられた。2011年1月11日の「ベルリン新聞」に掲載されたものである。

シーラッハの「犯罪」は評判になりいろいろな賞を受賞したが、「ベルリン新聞」が主催するその年に活躍した文化人が選ばれる〈ベルリンの熊賞〉の文学部門でも受賞した(この賞は過去にバレンボイム、ニーナ・ハーゲン、ヘルムート・ニュートンも受賞している)。
そのときに彼が「ベルリン新聞」に寄稿したのがこの「フォン・シーラッハのベルリン讃歌」である。

実は木村二郎さんの他におもしろい読みものはないかとページをめくっていて見つけた「ベルリン讃歌」の文字。わたしはなぜかベルリンが好き。行ったことはないけど・・・。というわけで作品よりもさきに読んだ。しかも最後をさきに読んでしまった。そして、すげえ! ええこというてる、と感服して最初から読んだ。

「私は黒い森のイエズス会寄宿学校で育ちました。」から文章がはじまるのだが、その学校の先生である神父についての話があり、変な宿題を出したと回想する。ある日、彼は使い古しの皮のカバンを持ってきて「この中に自由の本質が入っている・・・」次の週までなにが入っているか考えるようにいう。
カバンを見せた日と開いた日の記述のあいだにシーラッハはベルリンについて書いている。〈五百を超す教会とヨーロッパ最大の刑務所〉〈人々は雪に文句をいい、夏にケチをつける〉の見出しで簡潔にベルリンのこと、住民のことを説明している。

次の週に神父はカバンから棚から出してゆっくりと開ける。中には派手な色合いの大衆紙が入っていた。神父は大真面目にいった。「決して忘れてはいけない。これこそ、自由の本質である」。
(「ミステリーズ!」2011年4月号 東京創元社 1200円+税)

デモには遅刻、あとのピクニックは参加

3時集合とわかっていたけど、このまえ中之島でずいぶん待ったので30分ほど遅れて行ったら、今日は時間通りに出発していて公園はからっぽ。あわてて立花通りからアメリカ村へ向かって追いかけた。わたしは足が遅いから相方が先に追いかけて合流。わたしは心斎橋から難波まで地下鉄というずるをして難波で合流した。だからサウンドデモを体験せずだった(泣)。次回は遅刻しないように行かねば。
それから浪速公園まで歩いて解散。今回は距離も短かったし歩くのも早かったらしい。わたしのツイッターを読んで来たという昔の知り合いが声をかけてくれて帰って行った。

主催者が参加者は1000人弱と言うてはったが、やると決めてから実行日まで短かったのによく集まったものだ。
ツイッターの書き込みに「ツイッターだけで、よくまあこれだけ集まったもんだ。しかも年齢若い。私など肩身が狭いくらい。」とあったが、ほんまによく集まったものだ。年齢若くて肩身狭いって、大きな顔してわたし入ってましたよ(笑)。

まだ日は高くて暑い。よかったら公園でピクニックという声があって飲み物を買いに行く人がいて、気持ちよく石畳の上に円をつくった。こんなことでもないといつも家にいるからうれしい休日。

この前のときは暗くなっていたので気がつかなかったが、浪速公園はとても大きな公園で緑が多く、大きなポプラの木があり、クローバーの草っ原もある。ただトイレが閉じてあって使えない。外へ出てコンビニのトイレを借りて「週刊現代」とお茶とお菓子を買った。細い三日月が出ていて薄い雲もあって、とてもすてきな夕暮れから夜だった。

帰りにアップルストアに寄ってそのうち買うべきiPad2を見て「黒」に赤いカバーを買うことに決めた。それからまた歩いて四ツ橋へ出て、辛いもんやギロチンで晩ご飯を食べて帰った。ツイッター読んでお風呂に入ってお茶しながら「週刊現代」読んで・・・これ書いたから寝よう。