京都で「無音ストリート」を楽しんできた

無音ストリート 20日(金)
●14:00〜16:59地下鉄、京都市役所前駅、改札横
●5:30pm-9pm三条大橋東詰南

ピアニスト 歳森 彰(アラトーリ)さんの無音ストリートを楽しむために京都へ行ってきた。
いまアラトーリさんのミクシィ日記を遡ったら去年の5月18日の日記にはじめて「無音ストリート」の文字がある。もう1年経ったんだ。6月に足を怪我をされて休まれていたが、10月半ばからは京都市地下鉄市役所前駅改札脇の横という場所を拠点にほとんど毎日続けておられる。最近はこの場所でやりながら街にも出て、三條大橋東詰南 、四条河原町高島屋前 、百万遍交差点西北角、など人通りの多い場所でもはじめられたた。(リンクしたブログに写真や動画がたくさんあります)

話を聞いたときから行きたいと言っていたのだが、いつでも行けると思うとなかなか行けないものだ。今回はミクシィ日記のコメント欄でお誘いをいただいて重い腰があがった。JRの普通に乗ればのんびり本を読みながら45分で着くと言っていただいたのでそうした。京都の地下鉄に乗るのははじめてなのでネットで調べて慎重に行った。方向音痴としてはうまくいきました。

「無音ストリート」とはなにかというと、車輪をつけた台にのせたローランドの電子ピアノをアラトーリさんが弾いて、その音をワイヤレスヘッドホンをつけた人だけが聴くという演奏のやりかた。弾いているのはジャズだが、ほんまにもう終わりのない果てしのない演奏で、ファンとしては幸せいっぱいだった。

地下鉄横で2時間、三条大橋は日暮れの5時半からということで合間に三条から寺町あたりを散歩した。昔懐かしい喫茶店六曜社地下でコーヒーと今日のおすすめドーナツで和み、いつものコース鳩居堂で紙ものを買い、うろうろしてから鰊そばを食べた。

さあ、三条大橋だ! あらっ、アラトーリさんもう弾いてると慌てる。金曜日の夕方だからどんどん京阪駅から人があがってくる。ワイヤレスヘッドホンをつけて鴨川を眺めながら聴く。向こうのほうの河川敷で反原発デモが出発前の集合中だ。たしか1週間連続毎日やるんだっけ。
植え込みの囲いの石に座って聴く。だんだん暗くなってきた。三条大橋の上で聴く。歩きながら聴く。橋の上を歩いていたら男性が後ろから追い越して覗き込んでいった。夜になったらすこし涼しくなってきた。
若い人がヘッドホンにさわってみて結局聴かなかったり、ピアノの前でおどけてみたり、若い女性が興味ありげだったり、いろんな反応がある。
8時近く、デモ隊が帰ってきた。9時まで弾くというアラトーリさんと別れて京阪電車で帰宅。ああ、けったいだが楽しい一日だった。アラトーリさんのピアノを4時間もほとんど独占して聴いて余は満足じゃ(笑)。また行こう。

大橋鎮子『暮らしの手帖とわたし』

Sさんが貸してくださった本。このタイトル見てなんか懐かしい言い回しだと思った。「○○○とわたし」というアメリカの小説か映画のタイトルだと思うけど出てこない。「タマゴとわたし」? ちがうかな。

我が家には早くから「暮しの手帖」があった。わたしはその他の雑誌と同じく読むだけだったが、上の姉が結婚してからは生活の指針みたいな感じになっていたみたい。「暮しの手帖」のテストに合格した電気製品を買う暮らし(笑)。布巾まで「暮しの手帖」ご推薦だった。ステンレスの流し台もだ。
月に一度は姉の家に行って「暮しの手帖」と「ミセス」を読んでいた。「簡単にできるおかずの本」というような料理本をもらって、麻婆豆腐の作り方を覚えた。楽しかったのは石井好子さんの「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」で、この本は自分で買った。

本書は花森安治さんとともに暮しの手帖社を最初からやってきて、いまは社主の大橋鎮子さんの自伝である。1920年生まれだから本書を出版した去年は90歳。バイタリティに圧倒される。
父親が結核で早く亡くなり、母親が長女の鎮子さんをたてて戸主としたせいか、子どものときから母親と二人の妹の面倒をみなければという意識が強かった。えらいのは気持ちだけでなくちゃんと実践したことである。
どこへでも堂々と行くし、だれとでも堂々と話すし、若いときだってお金を出してやろうという人が出てくる。そして勤めていた銀行と新聞社の人脈を活かす。
原稿をもらいに何度も行ったとか、台所の写真を撮りたいために見知らぬ家を訪ねて雑談からはじめて依頼したとか、やすやすとしたという印象を受ける文章だけど、どんなに大変なことか。

過去の記事や写真もたくさんあって、懐かしく楽しく読ませていただきました。
(暮らしの手帖社 1714円+税)

『フォン・シーラッハのベルリン讃歌』

おととい書いたフェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説2編とともに「ミステリーズ!」にあった「フォン・シーラッハのベルリン讃歌」に惹きつけられた。2011年1月11日の「ベルリン新聞」に掲載されたものである。

シーラッハの「犯罪」は評判になりいろいろな賞を受賞したが、「ベルリン新聞」が主催するその年に活躍した文化人が選ばれる〈ベルリンの熊賞〉の文学部門でも受賞した(この賞は過去にバレンボイム、ニーナ・ハーゲン、ヘルムート・ニュートンも受賞している)。
そのときに彼が「ベルリン新聞」に寄稿したのがこの「フォン・シーラッハのベルリン讃歌」である。

実は木村二郎さんの他におもしろい読みものはないかとページをめくっていて見つけた「ベルリン讃歌」の文字。わたしはなぜかベルリンが好き。行ったことはないけど・・・。というわけで作品よりもさきに読んだ。しかも最後をさきに読んでしまった。そして、すげえ! ええこというてる、と感服して最初から読んだ。

「私は黒い森のイエズス会寄宿学校で育ちました。」から文章がはじまるのだが、その学校の先生である神父についての話があり、変な宿題を出したと回想する。ある日、彼は使い古しの皮のカバンを持ってきて「この中に自由の本質が入っている・・・」次の週までなにが入っているか考えるようにいう。
カバンを見せた日と開いた日の記述のあいだにシーラッハはベルリンについて書いている。〈五百を超す教会とヨーロッパ最大の刑務所〉〈人々は雪に文句をいい、夏にケチをつける〉の見出しで簡潔にベルリンのこと、住民のことを説明している。

次の週に神父はカバンから棚から出してゆっくりと開ける。中には派手な色合いの大衆紙が入っていた。神父は大真面目にいった。「決して忘れてはいけない。これこそ、自由の本質である」。
(「ミステリーズ!」2011年4月号 東京創元社 1200円+税)

フェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説2編

木村二郎さんの私立探偵小説を読むつもりで買った「ミステリーズ!」4月号に掘り出し物があった。フェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説「棘」と「タナタ氏の茶碗」(「わん」の字が難しいので「ミステリーズ!」のサイトを見たらやっぱり「茶碗」になっていた)の2編。
ドイツのミステリということで、以前読んで感想を書いた「ベルリン・ノワール」を開いてみたが、この本には入っていない人だった。
それで訳者の解説を読むと、6月に東京創元社から刊行予定の「犯罪」(邦題)は、F・V・シーラッハの最初の本でありドイツで大ベストセラーになり、32カ国以上の国で翻訳が決定しているそうだ。全編に「私」という弁護士が出てくるが、本書を書くまでシーラッハ自身が刑事事件の弁護士であった。

「棘」は美術館で長らく働いてきた男性の話で「棘を抜く少年」という彫刻に魅せられていく過程がおそろしい。心理的に追いつめられた男はその彫刻を壊す。彼の弁護士になった「私」は裁判官と検察官と話し合う。
「タナタ氏の茶碗」は日本人の実業家タナタ氏が所有する骨董の茶碗盗難の話。犯罪者の性格、そして犯罪のやりかた、殺しかたなどリアルな描写がおそろしいほど。茶碗を返すために弁護士の「私」はタナタ邸を訪れる。
タナタ氏は、この茶碗は長次郎によって1581年にタナタ一族のために作られたと説明。「かつてこの茶碗がもとで争いが起こったことがある。今回は早々に解決してよかった」と言う。半年後にタナタ氏は他界し遺体は日本へ送られた。茶碗はいま東京にあるタナタ財団美術館の目玉になっている。

シーラッハは〈ベルリンの熊賞〉を受賞したときに「ベルリン新聞」にエッセイ「フェルディナント・フォン・シーラッハのベルリン讃歌」を書いた。このうしろのページにあるのだが、とても感じがいいのだ。次はそのことについて書く。
(「ミステリーズ!」2011年4月号 東京創元社 1200円+税)

電子書籍第1号はデザイン雑誌『de』

昨日iPad 2を買ってからまだなにもできてないのに、「ツイッターにiPad 2を買った〜」と書いたらすぐに反響があった。「早く中身の自慢話がききたぁ〜い!」というOちゃんのと「永原さんが「de」というデザイン雑誌iPad版を出しました。0号は無料なので、見てみてぜひご感想を。」というくみちゃんのと。反響早すぎ。
わたしが「de」を読むためにはどうするのかな?というのが最初の反応で、しかたなく「慣れてからね笑」と返事。ばたばたしているのを見た相方が「de」をiPadに入れてくれたので見ることができた。いまのところ入っているというだけで本の内容は読んでないけど、工夫のある美しい雑誌だと思う。

永原さんとは30年ぶりにくみちゃんを介してツイッターでのつきあいとなった。昔々、彼がうんと若いころに知り合ったが、東京へ行ってからは大阪に用事があって来たときに数回会っただけで、それも最初のころだから30年は会ってない。「de」を見ればわかるとおり素晴らしい仕事をされている。

あと数日はヴィク・ファン・クラブの会報作りにいそしむので、iPadには手がまわらないが、すんだらに次いで津田大介さんの「Twitter社会論」を読む予定。文字を任意の大きさにできるから老眼者に親切だと思う。いろいろ読んで試そう。

iPad 2がわが家にやってきた

最初のマックプラスを買ってからこの秋でアップル社とのつきあいが25年になる。いままで何台のマックを買ったか覚えてないが(調べたらわかるけど)、周辺機器をふくめいろいろ買っている。買っていないのがiPodで、これはみごとに全種類を買っていない。ふだんの外界の音を聞いているほうが好きで、音楽を聴きたいときはスピーカーから外へ出てくる音を聴く。

そこへiPhone 3が登場したので一昨々年の7月にすぐに買った。最初はうれしそうにイヤホンつけて家事をしたりしていたが、なじまなくていまイヤホンは引き出しの中。
今年の7月で3年になるので、秋に出ると聞いている「5」を買おうかと思っているところ。相方は今年になって「4」を買っていろいろと楽しんでいる。わたしはというといまや電話とメール以外なにもしてない。写真を撮るのがめんどくさい。「5」を買えばすこし変わるかも。あまり変わらないで見栄iPhoneのままかもしれない。

さて、今朝iPad 2を予約していたアップルストアから電話があり、雨の中を夕方とりにいった。相方がいっしょに行って手続き等してくれたのでついていただけだったが。
帰りに味穂でお好み焼きやたこ焼きでビール。すぐ近くのおしゃれな本&文具と雑貨の店をぶらつき、歩いて帰った。

白い箱を開けると上品な姿が! おそるおそるさわってみたらほんまにすいすいと動いて見やすい。見本についていたジェーン・オースティンの「エマ」のページをめくって歓声をあげるうぶなわたし(笑)。
わたしの希望の黒で赤いカバーのiPad2はいま黒い本棚の上に置いてあるが、とってもおしゃれだ。なにができるかようわからんけど、まあぼちぼちいこう。

デモには遅刻、あとのピクニックは参加

3時集合とわかっていたけど、このまえ中之島でずいぶん待ったので30分ほど遅れて行ったら、今日は時間通りに出発していて公園はからっぽ。あわてて立花通りからアメリカ村へ向かって追いかけた。わたしは足が遅いから相方が先に追いかけて合流。わたしは心斎橋から難波まで地下鉄というずるをして難波で合流した。だからサウンドデモを体験せずだった(泣)。次回は遅刻しないように行かねば。
それから浪速公園まで歩いて解散。今回は距離も短かったし歩くのも早かったらしい。わたしのツイッターを読んで来たという昔の知り合いが声をかけてくれて帰って行った。

主催者が参加者は1000人弱と言うてはったが、やると決めてから実行日まで短かったのによく集まったものだ。
ツイッターの書き込みに「ツイッターだけで、よくまあこれだけ集まったもんだ。しかも年齢若い。私など肩身が狭いくらい。」とあったが、ほんまによく集まったものだ。年齢若くて肩身狭いって、大きな顔してわたし入ってましたよ(笑)。

まだ日は高くて暑い。よかったら公園でピクニックという声があって飲み物を買いに行く人がいて、気持ちよく石畳の上に円をつくった。こんなことでもないといつも家にいるからうれしい休日。

この前のときは暗くなっていたので気がつかなかったが、浪速公園はとても大きな公園で緑が多く、大きなポプラの木があり、クローバーの草っ原もある。ただトイレが閉じてあって使えない。外へ出てコンビニのトイレを借りて「週刊現代」とお茶とお菓子を買った。細い三日月が出ていて薄い雲もあって、とてもすてきな夕暮れから夜だった。

帰りにアップルストアに寄ってそのうち買うべきiPad2を見て「黒」に赤いカバーを買うことに決めた。それからまた歩いて四ツ橋へ出て、辛いもんやギロチンで晩ご飯を食べて帰った。ツイッター読んでお風呂に入ってお茶しながら「週刊現代」読んで・・・これ書いたから寝よう。

光合祭 -Sunshine Music Festival-

湊町リバープレイスで毎年行われている〈光合祭〉に一昨年はじめて行った。道頓堀川の川岸からFM大阪の大きなビルまでの広い場所に階段があって、川岸が舞台になり階段が観客席となる楽しい場所である。一昨年は天気がよかったが、去年は雨で延期となり、延期された日がまた雨で天井のあるところに場所替えして行われた。ピラミッドみたいなガラスの天井があるところでそれなりに楽しめた。

今日はよい天気で、夕方から行ったのだが、川岸ではageishiさんの長時間DJを聴きながら、踊ったり飲んだり食べたりしゃべったり。フリーマーケットもやっていたので、ロマンチックな手づくりろうそくを買った。今夜のお風呂の友にする。
ピラミッドのほうは「燈される光の中、100人のDJ達が想いを込めた”1曲”をつないでゆく!!」という催しをやっている。行ったり来たりして楽しんだ。

タムタムカフェが店を出していて今日のメニューはタイの焼きそば。香菜の香りがビールと合っておいしかった。知り合いとしゃべって楽しんだし川風を受けながら空を見上げて夕暮れを楽しんだ。7日のデモのフライヤーを配っている男子としゃべっていて、「昔の友人とツイッターで再会したら、彼女は高円寺のデモに参加したというてた」と話したら、彼は先月は東京に住んでいて高円寺のデモに参加したそうだ。これから大阪住まいになるので、今回のデモを考えたという。デモは同じ日に行われる。神戸でもあるそうだ。

暗くなってきて寒くなったので帰ってきたが、いい息抜きができてよかった。帰りに100人のDJ達のところを通ったら、ろうそくの灯りのもと音楽が続いている。いい雰囲気。

エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』修道士カドフェルシリーズ第1作

あまりにも有名な修道士カドフェルのシリーズ。阪神大震災のころ、ミステリファンでない知り合いでさえ読んでいるのを横目で見ていた。最近でこそクラシックミステリもコージーものも読むけど、そのころはハードボイルドミステリ一筋だったから、勧められたら反対にヴィクシリーズを読むようにと勧めたものだ(笑)。

ヴィク・ファン・クラブ ニュース4月号の「ミステリ散歩道」 33回目で紹介されたのが11作目の「秘跡」だった。いまの社会状況のなかで疲れた心に寄り添ってくれる本と書かれてあった。それでこのシリーズには目をつむりっぱなしだったのに気づき買いに行った次第だ。お勧めの「秘跡」がなかったのでシリーズ第1作を買った。

予備知識なしで読み出したので大津波悦子さんの解説が役に立った。
エリス・ピーターズはイギリスの女性作家で1913年生まれで95年に亡くなった。カドフェル・シリーズは長編20作と短編集が1冊ある。カドフェルは12世紀イギリスのベネディクト会シュルーズベリ大修道院に所属する修道士で57歳。若い頃は十字軍に所属して戦ったことがあり、また沿岸警備船の船長もしていたこともある。いまは修道院付属の薬草園でさまざまなハーブを育てている。
イングランドとウェールズが併合されたのは1284年なので、本書の時代は併合前のことになる。シュルーズベリはイングランドのウェールズに近いところで、登場人物のカドフェルも修道院副院長ロバートもイングランドとウェールズの血を引いている。

シュルーズベリ大修道院では有力な聖人の遺骨を守護聖人に祀ろうとしていた。よその修道院には聖人の遺骨が祀られているのに、この修道院に聖人の遺骨がないという屈辱から遺骨探しに奔走するがなかなか見つからない。あるとき神経質な修道士コロンバヌスが発作を起こしたとき、夜中にそばについていたジェロームがすごいものを見たと報告にくる。美しい乙女がベッドのかたわらでコロンバヌスをウェールズの聖なる泉で水浴させるよう語ったというのだ。そこには聖ウィニフレッドの遺骨がある。それを手に入れよう。

聖ウィニフレッドを求めてロバートを中心に代表団の修道士たちは出発する。カドフェルも通訳として同行する。ウェールズに着いた彼らは当地の有力者リシャートに会うが、遺骨を渡さないと大反対され、まずいことにロバートはお金で解決しようとしてよけいに反発を買う。
(大出 健訳 光文社文庫 552円+税)

久しぶりの「辛いもんやギロチン船場店」は開店2周年

もう数年前になるが、この日記を読んでくれていたHさんがミクシィでマイミクになり、それから堀江のカフェで働くようになったと連絡をくれた。そのカフェではじめて会って、それからは行くたびに顔を見るのが楽しみになっていたのだが、3月末にそのカフェを退職するということで、辞めたら食事しておしゃべりしようと約束していた。その約束日が今日。すでに次の職場で働いているというのには驚いた。

辛いもんやへ行こうとなって四ツ橋から歩きながら場所の説明をしていたら「あのへんにアンズがありましたよね」「そうそう、アンズは2階で、ギロチンは1階」、話しながら到着。なんだかすごく客が多い。店長のみほちゃんに声をかけたら今日は船場店の2周年パーティだって。だから平常メニューはなくてパーティ料理をおよばれした。払ったのは飲み物代だけというラッキーなことで、また来なきゃね。

みほちゃん開店2周年おめでとう。2周年バッジありがとう。

賑やかな店を出て四ツ橋筋を南へ歩きスターバックスへ。コーヒーとスコーンでおしゃべりは続き2時間ばかり。歩いて帰るという彼女に送ってもらった感じで帰宅。