ダルジール警視シリーズを揃えようと思う

レジナルド・ヒルさんがお亡くなりになってから以前に増してダルジール警視シリーズに惹かれている。最初は図書館で借りて読んでいたが、いつのまにか買うようになった。それでもそんなに熱心ではなく読んでしまえば人に貸してそのままになったりで、あまり持っていることに執心してなかった。それに途中から読み出しているから全作品を把握していない。ジュンク堂で見かけてまだ読んでなかったと喜んで買ったり、前後もばらばらだった。
ここにきて揃えようかなという気持ちになり、いまアマゾンの古本で「幻の森」「子供の悪戯」「死者との対話」を注文した。ポケミス1冊分のお金で3冊買えてうれしい。
とにかくなにを読んでいてなにを読んでないかわからないというありさまだ(笑)。在庫本を出してなにがないかよく調べねば。全部読んでいると思うのだが9割かもしれない。

竹田さんのギターのやさしい音

夕方になって突然SUBへ行く気になった。その前にツイッターでいまSUBをやっている長谷川さんのツイートにターキーサンドの写真があったのが潜在意識になっていたみたい(笑)。晩ご飯は[焼酎湯割り、数の子の松前漬け、厚揚げの焼いたん、玄米ご飯、薄揚げと葉つきたまねぎの炊いたん、おから、もずくの味噌汁、漬け物]とさっぱりしたフルコース。

8時半前にSUBについたが、当たり前ながらお腹が減ってなくて、サンドイッチは後からにしようと思っていたらTさんが注文して半分わけてくださった。おいしかった。ターキーサンドってアメリカの小説によく出てくるけど、こっちでは珍しいような気がする。以前、肉を食べているとき料理本にターキーとあったときはトリの胸肉を使ってた。今度はお腹を空かせて行こう。
食べる話ばかりでどうもすみません。

今日は竹田一彦さんのギターと財盛紘さんのベースにピアノの蓼沼ゆきさんが加わった。蓼沼さんのピアノははじめて聞いたが、こんなに優しい音のピアノははじめてだ。力強く弾いていても優しい。そこのところが竹田さんの優しいギターの音と合っているように思えた。竹田さんは蓼沼さんとやるのははじめてのようだったが、なんかとても合っていた。とりわけ今夜は竹田さんのギターの音が優しく聞こえた。そして聞くほうもみんな満足して気持ちよく終わってよかった。
暖かい気持ちになって帰宅。もうちょっと起きていて本を読んでから寝よう。

茨住吉神社の椿

今年も昨日無事に確定申告をすませた(無事とは去年一年病気せずに過ごせて税金の申告もちゃんとしたということです)。
国税局のサイトで申告書を作成したのをプリントアウトして持っていくのが年に一度の行事だ。今回は途中に用事があったので中央大通りに出て左折し木津川大橋をわたっていった。暖かくて川風が気持ちよい。長い信号をわたると西税務署がある。空いていてすぐに用事がすんだ。

帰りはいつものように年に一回の九条散歩。20数年前に相方が胃潰瘍で入院したえきさいかい病院の前を通ってどんどんいくと茨住吉神社がある。垣根にそって植えてある椿の花が咲きかけている。毎年同じ時期に来てもう少し満開のときに来たいと思う。
それから九条商店街をぶらついてもどってきて、昔からある喫茶店さくらに入ってコーヒーを飲んだ。隣のテーブルにいる女性2人のぼやきを聞きながら足を休めた。商店街を出て信号をわたりもうちよっと行くと千代崎橋がある。角のたこ焼き屋で足を止めてお土産にたこ焼きを2舟600円で買った。

トークショウ「クラブカルチャーと風営法」

昨夜は遅くなってから2月26日に大阪のGalaxy Galleryで行われたモブ・ノリオと若野桂によるトークショウ「クラブカルチャーと風営法」司会:半田暁士の録画を見た。
2時間をじっと座って見て聞いて理解しようとつとめていたのだからすごい。というのも半田さんとは親しくしてもらってるし、モブ・ノリオさんは作品を読んだことはないけど関西の作家でデモでお顔を見てたし、若野桂さんはツイッターでフォローしている。そのうえに今回知ったのだが、2000年頃だったかなー、わたしが憧れていたソニーのロボット小型犬aiboを生み出したのが若野さんだったのだ。

主に若野さんが話されモブさんが聞き役にまわっていた。
テーマの「クラブカルチャーと風営法」だが、風営法に則ってクラブに手入れが入り、大阪ではすでに廃業した店もある。東京では先日客全員に尿検査というえげつないことが行われた。今日の労働を終えた若者がクラブで踊る楽しみを強制的に押さえつけられている。この現実の重さを話す3人の表情が暗い。
日本に暮らしている普通の市民にとってそれはどういうことか。外国との違いを若野さんが話されて納得。ほんまに出口なしとしかいいようがない。

でもね、最後のほうで「踊りたきゃ家でパーティしたらいいんだよ」と若野さんが言われ、わたしはパソコンの前で「そやそや」と同意した。うちではいまもやってるし(笑)。
ほんまに有意義な2時間だった。

長い一日の後半は昼寝のあと夜遊びに

昼食会から帰って2時間昼寝して目が覚めたら晩ご飯ができていた。寝つけなかった相方がパスタとスープとサラダをつくってくれていた。
片付けをすませてから、テクノ手芸部が終了するということで最後のパーティにひとりで出かけた。寒さもあったがここんとこ家で読書が身についてしまってたから久しぶりの夜の外出。

パノラマのドアを開けると白い布やピンクの花が垂れ下げられて乙女チックな雰囲気。奥のコーナーに手芸部員の作品を展示してあるのを見てまわり「宇宙マトリューシュカ」という毛糸の人形を入手。
すぐに手芸部長のはなちゃんが相手をしてくれたし、次々に知り合いが話しかけてくれて楽しく過ごせた。女子は楽しくてええわ。いやいや男子も楽しかった。
特にDJの半田さんとゆっくり話せてよかった。半田さんはサウンドデモや脱原発の運動に積極的に関わっているひとである。こっちはミステリ関連のことを話したのだけれど、人間や事柄についての評価のしかたで同意するところが多かった。かっこつけて言うと、お互いに絶望しつつ希望をもって生きているのを認識した、かな。

久しぶりに目の前で(ちょいちょいユーストを見ているから間隔が開いているように思えない)sakiちゃんと半田さんのDJを聞いて、今夜のふたりは吹っ切れた音を出していると思った。sakiちゃんは大人の女になったなぁ(えらそうに言うてすみません)。半田さんの音はいままで重くて暗い感じだと思っていたのだけれど、今回はさっきの会話で言葉で表現していたことが音になっているようですごくよかった。

ビリが先頭になるとき iPhone3G

iPhone3Gをまだ使っている。iPhoneが発売された2008年の7月からだから、今年の夏がきたら4年になる。姿カタチが美しいからカバーはせずに布袋に入れている。
買ったときはこれは小型コンピュータだと粋がっていたけど、結局は遠くへ持ち歩くこともなく、家ではパソコン使ってるしiPhoneは電話とメールしか使わないというていたらく。写真を撮るのが面倒でカメラも使っていない。
ツイッターを読んでいたら「4S」が発売されたときはたいていの3Gもってるひとが「4S」を買ったようであおられた。そこをぐっとガマンして当分これでええわと言っていた。もちろん経済的理由。
ところがですね、おととい若者が多いところで「3G」を出してメールチェックしてたら、まずiPhoneでおどろかれ(年寄りがiPhone!)、次にiPhoneを発売と同時に買ったことでおどろかれた。それも男子と女子と別々に。おっ、あたしの時代がまたまわってきた(笑)。
「5」が出たら買い替えようと思うが、そのときはまたトップに返り咲き。べべたにいた者がトップになる(笑)。

長い一日の前半は家族と

横浜に住む妹の夫が亡くなったとき、体調の良くない兄姉を心配して大阪から葬儀に来なくてもいいと妹が主張し、関東在住の次兄夫婦が通夜と葬儀に参列した。早くから家族葬と言っていたのでそのまま受け取っていたが、そうもいかなかったようで自由葬にしたそうだ。趣味の多かった義弟にあったいいお葬式だったようだ。

今回は妹が納骨のため大阪に来るので夫を偲ぶ会をしたいということで、大阪にいる家族ら合計14名が大阪駅のホテルに集合した。
在りし日の義弟の写真がたくさんと春の花に飾られた祭壇の前での食事は、ひな祭りをテーマにした料理で春らしい陽気にぴったりのご飯だった。賑やかに和やかに21階からの眺めも堪能した午後だった。
いろんな組み合わせの写真をいっぱい撮られたがどんな具合に写っているやら。

アキラのズンドコ節が好きで

いま「ズンドコ節」で検索したら海軍小唄として歌われていたとある。戦地に赴く男たちの本音を歌った流行歌のようなもので、作詞者及び作曲者は不詳。それからいろんな歌手が歌っているが、1960年に小林旭がカバー。流れものシリーズのテーマ曲として歌った。

わたしの家族はみんな洋画派でわたしも洋画で育った。ところが友だちのお父さんが日活の株を持っていて梅田日活の招待券をくれる。はじめは仕方なしにいっしょに行ったのだが、「銀座旋風児」を見てからわたしのほうがはまってしまった。
当時は石原裕次郎のほうが人気があったから、タダ券で「嵐を呼ぶ男」「錆びたナイフ」とかもっといろいろ見たけど、わたしはアキラひとすじ。そうそう共演の宍戸錠も好きだった。そういうところから東映ヤクザ映画にも惹かれていったんだと思う。ゴダールもトリュフォーも好きだけどさ。

そんなもんで「アキラのズンドコ節」が好き。昨日若い友人が「きよしのズンドコ節」を歌いながら歩いたとツイッターに書いていたので「わたしはアキラの」と返信したら、アキラを知らなかったようなので動画ズンドコ節を歌っている「海を渡る波止場の風」(昭和35年)のURLを教えてあげた。気に入ったみたい。
今夜はアキラと健さんの動画を探して聞きまくっている。「唐獅子牡丹」もあった!

ジョセフ・メン『ナップスター狂騒曲』を途中まで読んだ

まだ半分に達してないがだいたい雰囲気がわかったのでこれで読むのをやめる。なにしろ500ページある分厚い本なのです。
映画「ソーシャル・ネットワーク」を見てからナップスターのショーン・パーカーが気になっていた。それまではナップスターという言葉と音楽関係のネット関連企業くらいのことしか知らなかったし、知る気だってなかった。それがえらく気になってしまって。

「ソーシャル・ネットワーク」のショーン・パーカーは「フェイスブック」の創業者マーク・ザッカーバーグに大きな影響を与えたが、結局は自分のまいた種というようなことでフェイスブックを去るはめになった。映画での印象では〈好いたらしいおとこ〉だけど、もうちょっとビジネスライクにやればいいのにと親身に思った(笑)。本書を読むとそここそがあの時代のドットコム業界の人間だったのだとわかる。
本文を半分読んだいま「プロローグ——レイヴパーティー」を読むと、最初はわからなかったナップスターとその時期のドットコム業界の姿がよく見えてきた。

ショーン・ファニングはマサチューセッツの高校に通っているときにコンピュータのプログラミングを学んで、ネット上にあるデジタル音楽ファイルを高速検索するプログラムを作りはじめた。やがてショーン・ファニングと友人のショーン・パーカーはカリフォルニアに引っ越す。ふたりは高校生のときに野心的なハッカーたちが集まるチャット・チャンネルで知り合った。この時代の天才少年たちのプログラミングへののめり込みはすさまじい。
ショーン・ファニングは貧しい少年時代におじのジョン・ファニングに世話になったからと、会社をいいようにされても縁を切ることはしない。おかげで起業して以来ナップスター社は問題をいっぱい抱えることになる。

もうひとり印象に残ったのは女性のナップスターCEOアイリーン・リチャードソンだ。クラブディーヴァーのような雰囲気を漂わせ大音量の音楽が大好きでレイヴに積極的だった。彼女の経歴もすごい。転職を重ねていく過程を読むだけでも圧倒される。
(合原弘子+ガリレオ翻訳チーム訳 ソフトバンクパブリッシング 1900円+税)

『吉田健一』(道の手帖)を買った

昨日ジュンク堂でぶらぶらしていたら「吉田健一」という文字が目についてすぐに買った。2012年2月28日 河出書房新社発行〈KAWADE 道の手帖 生誕100年 最後の文士〉。このシリーズの本を買ったのははじめてだ。
60年代には吉田健一の本をかなり持っていたが、震災のときに処分したからいま持っているのは「金沢」と「東京の昔」で、この2冊は絶対手放せない。ときどき出しては気に入ったところを読んでいる。
翻訳書はシャーロット・ブロンテ「ジェイン・エア」(集英社文庫)が手元にある。「ジェイン・エア」を最初に読んだのは中学1年で姉の友人に借りた阿部知二訳だったが、そのときはひたすら物語に圧倒されていた。その後に自分で買った集英社文庫の吉田健一訳でその文体に惹かれた。ジェインとロチェスターさんとの話しぶりがイギリス人の会話だなーみたいに思えたりして。だからこれから「ジェイン・エア」を読むという人には集英社文庫の吉田健一訳を買えとうるさくいう(笑)。
検索したら吉田健一訳の本はたくさんあって、ミステリもいろいろ訳されているのがわかった。わたしはそれらの本を読んできた。

昨日はシャーロック・ホームズで2時間も本を読む時間があったので、ひたすら吉田健一を味わっていた。本を読むときはいつも夢中だが、昨日は格別に夢中になっていろんな人が書いている吉田健一の思い出にひたっていた。