辻原登『寂しい丘で狩りをする』

辻原登さんの作品をはじめて読んだのは朝日新聞に連載された「花はさくら木」で、ものすごくおもしろかった。そして連載が終るとすぐに単行本を買って何度も読んだ。それからは図書館で7・8冊借りて読んでいる。
今回は「週刊現代」の著者インタビューで知ってすぐに読みたくなり書店に走った。好みの小説を読むときのクセですぐにさっと読んでしまい、もう一度ゆっくりと読み直した。もう少し時間が経ったらまた読むつもりだ。

映画編集者の野添敦子は長いタクシー待ちの列を並んで待っているとき、後ろにいた男性に行き先を尋ねられた。答えると自分も同じ方向に行くからと同乗を申し込まれて承知する。この押本が悪い奴でタクシーが着くと、敦子とは反対側に行く振りをする。そして彼女が道を曲がると追いかけて公園の林で背後から襲い、マンションのゴミ置き場に引きづりこんで強姦し、性的快感を高めるためにそこらにあった電気コードで首を絞めて傷害を与えた。その後奪ったバッグを調べて彼女に電話し「あんたの秘密を10万円で買ってくれ」と言い、それをしないと会社の人に言うし、もし警察にしゃべるとえらい目に遭うぞとおどす。
敦子は警察に届け出た。
押本は逮捕されて裁判が行われ、敦子は勇気をふるって証言した。押本は7年の刑を言い渡され福島刑務所に拘束された。

それから7年が経とうとしている。
フリージャーナリストの瀬戸が敦子も出席している仕事のパーティで、福島刑務所にいる押本が娑婆にもどったら敦子を襲うと言っているのを別の犯罪者に聞いたと話す。

敦子はイビサ・レディス探偵社の腕のいい女性探偵、桑村みどりに仕事を依頼する。
みどりは刑務所の出口から押本の尾行をはじめた。押本は着々と敦子を襲う計画を進めている。
みどりには敦子のことは他人事ではない。自分も野球場で知り合った久我からの虐待に苦労しているからだ。有名な芸術一家の出でカメラマンの久我は申し分のない外見で、人の目には優しい男だが中身はとんでもないやつだ。

押本も久我も自分のものと決めた女を陵辱するためにはなんでする。ひたすらそのために生きている。
警察に届けても犯罪が行われない限り動いてはもらえない。
ひたすら逃げていた女たちが復讐するとき・・・

敦子は古い映画の復元作業を成功させたことで自信をつけ、恩師の求婚を受け入れる。
みどりは自分が受け持った事件で知り合った会社員と結婚の約束をする。
4人が集まった最後がとってもよかった。
(講談社 1600円+税)

ジュリアン・フェロウズ監督『孤独な嘘』

ジュリアン・フェロウズの初監督作品(2005)で、原作はナイジェル・バルチンの小説「A Way Through the Wood」。日本では劇場公開なしでDVD発売のものを見た。イギリスの上流階級のお話である。善くも悪くも紳士と淑女。下層階級の人たちは肝心のところでシャットアウトされるのをまざまざと見せた。

裕福な弁護士のジェームズ(トム・ウィルキンソン)はロンドンと郊外に住まいを持つ。郊外の家には美しい妻アン(エミリー・ワトソン)がいる。ある日、家政婦の夫が自転車で走っていてひき逃げ事故にあって亡くなる。その自動車は近くの名家の息子ビル(ルパート・エヴェレット)のものだと家政婦はいう。実はビルと浮気していたアンが運転していた。それを知ったジェームズは自分の地位を守り妻をかばうために嘘の証言をする。家政婦は以前犯した罪をアンがかばってくれた過去があるので証言を取り消し、刑事は怒りにふるえつつ帰って行く。
その後は静かに暮らしていた夫婦だが、ビルが癌で余命幾ばくもないと知ったジェームズはビルを病院に訪ね、口止めされたのに帰ってアンに話す。アンはビルの世話をするために出て行く。ジェームズはアンを愛している自分に気がつき黙って一人暮らしを続ける。ビルはアンの介護のおかげで診断より長いこと生きることができた。
ビルの葬儀が行われジェームズはアンと再会する。アンはビルの家族とは関わりがないからロンドンへ行ってビルのアパートに住むという。ジェームズは彼女を駅まで見送る。その前にランチをする時間があるとアンがいう。

ナイジェル・コール監督『カレンダー・ガールズ』

ばたばたの毎日だが久しぶりに映画を見る気分になって、多分これは笑えると思えるのを見つけた。楽しそうなタイトルの「カレンダー・ガールズ」(2003)。わが魂の故郷である(?)ヨークシャーの話ということも見る気を誘った。ヨークシャーであった実際の出来事の映画化なのである。

イギリスヨークシャーの田舎町ネイプリーの婦人会では、女性たちが毎週木曜日に集まって料理レシピを発表したり賛美歌を歌ったりして親睦をはかっている。中心になっているというより指導者みたいな女性がいてみんなを引っ張っている。
アニーとクリスは仲良しで婦人会では異端者である。今年もクソ面白くもないカレンダーを作るという話にうんざりしている。

アニーは最愛の夫ジョンを白血病で失った。ジョンが婦人会で話す予定だった原稿に「花は盛りを過ぎてからが一番美しい」とあった。クリスはジョンの感謝の気持ちをこめて病院の待合室にソファを寄付しようと思いつく。その資金としてわたしたちのヌードカレンダーを作って売ろう。提案するとなんと50代の女性たちが次々にわたしも脱ぐという。「もちろん脱ぐわ。私、もう55歳よ。今、裸にならないでいつなれって言うの?」とピアノを弾いているおとなしい女性。
カメラマンはジョンの病院の看護師でアマチュアカメラマンのローレンスに頼む。紆余曲折の末にローレンスは彼女たちのさまざまな日常生活の姿の自然な美しさを撮る。

カレンダーが出来上がるとたちまち売り切れ、最終的には30万部売れたという。彼女たちは地元の病院に最新の白血病治療機器とソファを寄付した。
アニーのところには家族を癌で亡くした人とかから手紙がいっぱい届く。新聞には大々的に記事になり、テレビにも呼ばれて人気者に。
コマーシャル出演の話があってハリウッドへ乗り込むところまでいく。

最後は家にもどってめでたしめでたし。
ヨークシャーの田舎の美しい風景がたっぷり味わえてよかった。

『地球の歩き方 シカゴ 2014〜2015』を送っていただいた

ヴィク・ファン・クラブ(VFC)をやってきた約20年間に、何回シカゴに行ったことがあるかと聞かれたことだろう。翻訳本を読んで育ち、外国映画ファンであるが、外国には一度も行ったことがなく、外国語は一カ国語も話せない、読めない、書けない。旅行することに関心がない。

VFCが発足し、サラ・パレツキーさんが最初に来日されたころが、VFCも翻訳女性探偵小説ももっとも世間に認知されもてはやされていた。
各新聞社、女性誌、週刊誌、経済誌にいたるまで取り上げられた。小保方さんがもてはやされたのにはかなり劣るが(笑)、マスコミって一社がくると続いてくるのだとわかった。
そんなときから一拍遅れて話があったのが「地球の歩き方 シカゴ」だった。旅行者のためにヴィクのことを書いてほしいと言われて書いた「ヴィクのシカゴ」。いま探したのだが掲載誌が出てこない。捨ててないからそのうち出てくるだろう。生まれて初めて原稿料をもらった。

そのときの編集者が先日新しい版を送ってくださった。毎年年賀状を頂いているものの、もう忘れはったと思っていたら憶えていてくださった。ありがたいことだ。
どこにも行かないわたしだけど、こころはシカゴ、ロンドン、ヨークシャー、最近は北欧ミステリの影響でストックホルムとか、どこでも飛んでいく。

ジェシカ・ベック『エクレアと死を呼ぶ噂話』

ノースキャロライナ州の小さな町の小さなドーナツ店〈ドーナツハート〉のオーナー、スザンヌ・ハートが活躍するシリーズ4冊目。

スザンヌは毎日が午後7時にベッドに入って起きるのは午前1時という生活である。暗い中をジープで店に出かける。店に着くと粉をこねてドーナツを揚げカウンターを拭いて、夜が明けたころに最初の客を迎える。そして昼の12時には閉店して昼食にする。
ある夜、眠りかけているときにラジオから〈ドーナツハート〉という声が聞こえた。ラジオ局のニュースキャスター、レスターの声がドーナツは命を縮める食べ物だから〈ドーナツハート〉のドーナツを食べないように言っている。スザンヌは怒りに震えて起き上がり、ラジオ局へ行ってレスターを罵倒し派手な大げんかをする。
翌日、〈ドーナツハート〉のエクレアを口にはさまれたレスターの死体が発見され、警察がやってきた。エクレアは間違いなくスザンヌの店のもので、警察は彼女を容疑者とみている。店の客足が遠のいていく。
今回もまたスザンヌは真犯人を見つけようと親友のグレースと聞き込みにまわるが、レスターは口が悪くていろんな人間を攻撃してきたから調査も大変。

売れ残ったドーナツは教会に持って行くことにしているがまだ前日のが残っているほど。今回は病院の看護士さんたちにも持って行ったり、人にあげることが多い。そんなことだから材料費とアシスタントのエマの給料を払ったら経営はやっとこさである。そうでなくともまだ食器洗い機が買えずに手洗いをしていてグレースに呆れられる。

いつものように住人たちに楽しい?聞き込みをして歩く。恋人のジェイク・ビショップ警部が今回はこの町の警察の捜査の助けをすることになるが、スザンヌのことは心配はしても信頼が基本にあるから昔のように怒らなくなった。
お母さんを以前から熱愛している警察署長さん。スザンヌを熱愛しているジェイク。母と娘に幸せがやってきそう。
(山本やよい訳 原書房コージーブックス 860円+税)

Tirolの楽しい手作り石けん

先日タムタムカフェで手に入れたTirolの「野菜パウダー入りマルセイユ石けん」を使っているがとてもいい感じだ。顔も髪もすっきり爽やか。サイトの写真を見たらわかるけど、見た目がおしゃれなのもよい。

この石けんを作っているチロちゃんに連絡がついて直接製造元から買うことになった。ちょうどお世話になっている人になにか贈ろうと思っていたところなので、プレゼントセットも作ってもらうことにした。
わたしはだいぶ前からチロちゃんを知ってはいるが、ゆっくり話したことがないし、この機会にお茶しておしゃべりしたらと思ったわけ。
相方は遠慮してよそで仕事すると出て行ったので、おいしい春の和菓子を用意して2時間のお茶会。共通の友人がたくさんいるので噂話も発展したし、なんやかやとおしゃべりを楽しんだ。
おみやげに頂いたロールケーキを夕食後に食べた。甘いあまーいクリームが巻いてあってうまかった〜

昔は友人たちのたまり場みたいな家だったけど、いまは人に会うのはたいてい外にしていて滅多に人を呼ばない。これからはおしゃれな女子だったら家でお茶しよう。

マーカス・ストリックランド トリオをこども文化センターで

関西発ジャズ情報誌「WAY JAZZ UT WEST」が開催したジャズコンサート「 マーカス・ストリックランド(ts)リンダ・オー(b)E.J.ストリックランド(ds)4/9(水)19:30開演 2000円、こども文化センター」に行ってきた。場所がうちの近くなのでこれは行かなきゃと予約してあった。
主催者の藤岡さんとは8年くらい前に細野ビルで知り合った。彼が主催した細野ビルや京都のジャズスポットのジャズコンサートで楽しませてもらったのがはじまりで、SUBを知り大阪の若者たちのジャズを聞くようになった。

夕方、軽く食べて早めに出かけた。
子供文化センターは図書館の北側にあり西側に桜の名所の土佐稲荷神社がある。桜のたよりを聞いても花見はしないので、まあ土佐稲荷さんの花だけでも見ようと上を向いたら桜の上に半月が見えていい気分。
図書館に本を返して会場へ向かうと長い列だった。5分ほど待って入場。前から3番目の真ん中の席がとれてよかった。本を読みながら待つと後ろの方にもかなり人が入っている。

演奏が始まった。
ニューヨークのいまの音。
新しいMacを買ったときみたいな気分になった。
「はやい〜 しゃきしゃき動く〜」
そうなのだ。最新Macに触った感覚なのであった。
1時間がたちまち経った。

うどのオリーブオイル漬けとキンピラ

昨日のこと、週に一度開かれている淀屋橋のマルシェへ行った相方が長いうどを2本買ってきた。ほっそりとして春の香りがする。
ここ10年くらい食べていないのは、わたしがなぜかうどの存在を忘れていたから。買ってきたのを見て思い出した。本人も忘れていたが相方はうどの酢の物が好きなのだ。昔は全炊事をわたしがやっていて、ちょこちょこっと酢の物をつくって酒の肴にしてやってた。
昨日はわたしが夕方から出ていったので、その間ずっと、うどと格闘していたようだ。むいた皮は細く切ってニンジンといっしょにキンピラにしてあった。中身のほうは細切りして酢ではなくオリーブオイルに漬けてレモンの薄切りがぴったりと重ねてある。

焼酎の湯割りのおかずに食べたら大成功。硬くて噛めるようになるまでナンギしたというキンピラもうまい。オリーブオイル漬けは明日にまわしたのをつまり今日のお昼に食べて、夜もビールの肴に食べた。残りは明日ワインで食べよう。

そんなことを相方がフェイスブックに書いたらイイネがいっぱいついていた。うけたのは、かみさんにうどの皮をどうしてたかと聞いたら「捨てた」と答えってくだりみたい。当時は毎日朝から夕方まで働いて帰ってから炊事と洗濯やってたもん。そんな面倒なことはやる気が起こらんかって当たり前だわ。

藤枝静男『悲しいだけ・欣求浄土』

静かに読み終った。〈私小説〉がこんなに新鮮に読めるとは思っていなかったので、いい機会をもらったものだと感謝でいっぱい。

『欣求浄土』から「一家団欒」と『悲しいだけ』から「雛祭り」
私の父は70歳で、兄は36歳で、姉は18歳で、もう一人の姉は13歳で、弟は1歳で、妹も1歳で、全員が結核で亡くなった。そして妻は39年間の結婚生活の最初の4年以外は結核と闘病したが亡くなったとある。もう少し時代が後だったら結核での死は免れただろうに。

実家の墓には彼ら全員が眠っている。
私はまだ妻が動けたときにいっしょに墓地へ行った。熱心に墓掃除をして、
【花を差し水を石に注ぎ叩頭して手を合わせたとき、後ろに立っていた妻が不意に
「わたしはこの墓に入るのはいやです」
と云った。暗黒のコンクリートの穴のなかで見識らぬ私の肉親たちにひとり囲まれるという恐怖が、妻の短く低い呟きに鋭く現れていた。帰途
「暗い土に埋まってひとりでに溶けて、それから水になってどこかへ消えてしまいたいのよ」
と柔らかく弁解するように云った。】

その後、妻が亡くなってから墓参りをしたとき、私は墓に妻の死を報告し、「私が死んだとき連れて行きます」と心の中で云う。私がいっしょに行けば妻も安心だろうしみんなも喜ぶだろう。それまでは妻の遺骨の入った骨壺は側に置いておく。
藤枝さんがお亡くなりになったとき、近親のかたがそう取りはからったことでしょう。
(講談社文芸文庫)

藤枝静男『田紳有楽』

先日のこと、雑誌「ワイヤード」vol.11 に〈WIRED大学/21世紀の教科書/「新しい世界」を考える42冊〉という記事があった。その中に藤枝静男の「田紳有楽・空気頭」(メディア美学者の武邑光裕氏が選んだ6冊中の1冊)が入っているのが気になった。名前は知っていたけど読んだことのない作家なので。
すぐに買って「田紳有楽」から読み出したのだけれど、どうにも歯が立たない。骨董の売買をしている男が骨董の価値をつけるために家の庭にある畳4枚ほどの池に皿やぐい飲みを沈める。そこにはいろんな生物が居着いている。そこへ買ってきた金魚を放すと、やがてぐい飲みと金魚が恋をして性交しこどもが産まれる。

ここらへんまで読んだらついていけなくなって、「空気頭」を読み出し、これも前半を読み終わったものの後半ががらりと変わるところで挫折した。
そこで、藤枝静男の本がもう1冊同じ文庫で出ているのに気付き「悲しいだけ・欣求浄土」を買った。こちらは「私小説」として静かに読めた。藤枝静男がどういう人だったかもわかったような気持ちになり、再び「田紳有楽」にもどる勇気がわいてきた。

もう一度読む気になるまで、ロマンチックなメアリ・バログ「秘密の真珠に」を読み、よしながふみのゲイの美青年が出てくるマンガ「西洋骨董洋菓子店」を読み、昨日はサガン「失われた横顔」を読んだ。

主人公の住む一軒家の庭には池があり、池の側にはユーカリ、ニセアカシア、夾竹桃、八つ手などが植わっている。主人が二階に上がると一人の男がいた。彼は話の後に「ではこれで」と池にピチャンと飛び込んだ。彼は池に沈められた陶器のうちの一個である。
話は変わって、「私は池の底に住む一個の志野グイ呑みである」とグイ呑みが語り出す。主人が多治見でもらってきたのを出がらしの茶につけられたりしたあげく池に放り込まれた。二枚の皿、一個の丼鉢、一個の抹茶茶碗と同居して池の底に沈んでいる。みんな中途半端な品物なので主人はこうして値打ちをつけようとしている。
今年の春先に縁日で買ってきた三匹の金魚が池に放たれた。うるさいなと思っただけだったが、小柄で丸やかな女出目金C子の姿を見てドキリとする(ドキリとしたのはグイ呑みである)。それからグイ呑みとC子の恋話が続く。
【「子供を生め、子供をつくろう」
と私は叫んだ。C子はそれに和して叫んだ。
「山川草木悉皆成仏、山川草木悉皆成仏」】

その次に現れるのは「柿の蔕」(かきのへた)と呼ばれている抹茶茶碗である。

なんとも面白い小説と思えるようになるまでずいぶんかかったが、面白いと思えるようになってうれしい。
(講談社文芸文庫)