高倉健と菅原文太に夢中だったころがあった

高倉健さんに続いて菅原文太さんが亡くなられた。好きな人が去って行ってさびしい。
わたしが最初に東映任侠映画を見たのは60年代で、鶴田浩二の「日本暴力団組長」だった。すごい映画でめっちゃくちゃ思い入れして同じ系統の作品をかなり見た。
それから健さんの時代になる。「網走番外地」シリーズをかなり封切りで見ているが、それよりもなによりも好きだったのは「唐獅子牡丹」のシリーズだった。健さんと池部良が殴り込みに行くときの姿が大好きで、そこに主題歌がかぶさる。新世界の映画館で大勢の若者といっしょに「意義なーし」と叫んでいた。
そういう時代のあとに菅原文太の「仁義なき戦い」のシリーズが始まった。健さんの映画には様式美があったが、「仁義なき戦い」は暴力あるのみ。でもユーモアはあった。「明日がないんじゃけん、明日が」と明日捕まる菅原文太演じる広能昌三が女に抱きつく場面をいまだに覚えている。

さっきまでシリーズ3本目の「仁義なき戦い 代理戦争」を見ていた。文太兄いの苦笑いする顔が好き。

川端康成「女であること」(本と映画)

いま調べたら「女であること」は1956年に新潮社から刊行されているから、朝日新聞に連載されたのは54・5年だろうか。わが家は朝日新聞をずっととっていたから連載小説はこどものころから全部読んでいた。川端康成は「乙女の港」以来大好きな作家だから毎朝姉と新聞の取り合いだった。

物語は大阪の“さかえ”という若い女性が、船場の旧家から東京へ飛び出して行くところからはじまる。東京では母の友人の佐山家にやっかいになるが、佐山家に行く前に生理になったので、その期間をステーションホテルに滞在する。
読むまで忘れていたことが多く、読むとああそうやったと思い出した。いまになって買って読もうかと思ったのは、あるシーンのこと。
さかえは佐山夫人の元恋人に近づいて交際するのだが、ふたりでデパートのハンカチ売り場へ来て、さかえはいちばん上等なハンカチを男ものと女ものとを2ダースずつ買う。その買い方の鷹揚さに驚いた店員の千代子は後姿を見送るのだが、そこへ来たのが佐山家に厄介になっている友人の貧しい妙子。それで、あれが話題のさかえさんと千代子も納得。
覚えていたとおりだった。貧乏な少女はハンカチ2ダースに圧倒されて何十年後も覚えておった。とともに、大阪の女性が東京の女性を圧倒しているところに手を叩いたことも思い出した。

詳しく解説した映画のサイトがあった。1958年公開のモノクロ映画。
さかえは久我美子、佐山夫妻が森雅之と原節子、妙子が香川京子、監督が川島雄三。
映画は丸山明宏(美輪明宏)の歌でスタートする。タイトルのバックに若き日の写真あり。
原節子も久我美子も美しくてまぶしい。

デニー・ゴードン監督『ロイヤル・セブンティーン』

コリン・ファースの映画もいろいろ貸していただいている。ヒュー・グラントのほうが端正だがコリンのほうが好み。どっちも好き(なんやねんな)。

17歳のダフネ(アマンダ・バインズ)はニューヨークのチャイナタウンで母リビーと二人暮らし。母は結婚式場の披露パーティの歌手。ダフネもバイトでウェイトレスをしている。
母はモロッコで知り合ったヘンリー(コリン・ファース)と恋をして現地で結婚。ヘンリーはイギリスの大邸宅に戻るとヘンリー・ダッシュウッド卿となり、リビーは貴族にそぐわないと側近に別れさせられる。アメリカに帰ってダフネを生んだがヘンリーには知らせずに育てている。父についての話を聞いて育った娘は17歳になり、写真を持ってイギリスへ父に会いに行く。
赤い二階建てバスに乗ってロンドン見物し、急な雨に降られて安ホテルに入るとロビーにギターを持った男の子イアン(オリヴァー・ジェームズ)がいて親切にしてくれる。テレビニュースに写ったのは父で選挙に出馬するようだ。貴族としてではなく普通に選挙に出ると言っている。ダフネはあれは父よとイアンに言う。

大邸宅に入れてもらえず壁を乗り越えて入り込むと父には婚約者グリヌスとその連れ子がいる。ヘンリーがパパラッチと間違えて捕まえたらわが娘だった。ヘンリーは驚き喜ぶがグリヌスと娘クラリッサはとんだ邪魔者がきたと、まるでシンデレラの継母と姉のように邪険にする。
王室向けのファッションショーは王室と貴族だけが集まる。クラリッサが貸してくれた衣装を着るがうまく着られないでいると、ヘンリーを急かせて3人は先に行ってしまう。ダフネは結局ジーンズとキャミソールで出かける。ジーンズなので入れてもらえず、裏口から入るとモデルがいてそのまま舞台に出てしまう。堂々と歩く姿を撮影されてヘンリー卿の娘というニュースが報道される。

そんな具合でアメリカ娘がイギリス貴族階級を驚かし受け入れられていく。
貴族のパーティにもいろいろ参加。太った双子娘さんを感化してしまうし、貴族の愛犬と仲良くなったり。
ヘンリーは父親としてダフネを社交界に披露するパーティを催す。デコルテのドレスに祖母からは大切なティアラをもらってつけデビュー。しかし・・・もう一波乱あって気持ちよいラストシーンへ。

長谷川和彦監督『青春の殺人者 』

先日見た「太陽を盗んだ男」(1979 長谷川監督第2作)は2012年に見てぴたっとくる映画だった。ほんまにびっくりした。それでもう1本「青春の殺人者」(1976 長谷川監督第1作)を翌日見たのだが、わたしには刺激がきつすぎてその日に感想が書けなかった。
解説によると、実際に起きた親殺しを下敷きにした中上健次の短編小説「蛇淫」をもとに田村孟が脚本化したもの。
わたしはどうも中上健次が苦手で、この映画もかなり苦手なのだが、苦手以上のものに引っ張られてのめり込んで見た。

父緒が建ててくれたスナックを経営している順(水谷豊)は幼なじみのケイ子(原田美枝子)に手伝ってもらっている。両親(内田良平と市原悦子)はケイ子が気に入らなくて、順が実家に帰ったときしつこく別れるように迫る。最初に父と口論しもみ合ううちにスイカを切っていた包丁で刺してしまう。血だらけの父が床に倒れている。そこへきた母親は怒るよりもいっしょに逃げようと言ったり、息子に頬ずりして迫ったり。結局はうざくなって母も殺してしまう。
それからケイ子と協力して死体を処理して海に投げ込むまで緊迫感のある場面が続く。そこにはさまるケイ子が無花果を木からむしって食べる初々しいシーン、アイスキャンデー売りの父親が肩に順を乗せ自転車を引きながら海辺を行くシーンがあってほっとする。

水谷豊って姉の家に行ったときにテレビで「相棒」を何本か見ている。若いときってこんなんやったんか。市原悦子はわざとらしいところがあってちょっと困った。俳優座の看板女優だったときいろいろ舞台を見たっけ。白川和子は昔から好意をもっていたのでなつかしかった。
長谷川監督はこの2本しか映画を撮っていないそうだ。

長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』

「太陽を盗んだ男」(1979)を近所のレンタル店で借りてきた。原爆がテーマであること沢田研二がいいと知ってたけど見ていなかった。原発事故がなかったら見なかっただろう。

中学物理教師の城戸(沢田研二)は毎日満員電車で通勤している。風船ガムというあだ名で生徒になめられているが、休み時間にはいろんなスポーツをやって体を鍛えている。
アパートに帰ると宇宙服のような服装に着替えて原爆を着々と作っている。機材だらけの部屋の中に猫が入ってくるとミルクをやる。この猫の演技がすごい。
生徒たちとバス旅行の帰りに武装した一人の老人にバスジャックされる。そのときにバスに乗り込み、犯人を逮捕し生徒たちを救出したのが山下警部(菅原文太)。山下と城戸はのちにいっしょに表彰される。まだそのときは城戸が犯人だとはわかっていない山下。
城戸は東海村の原子力発電所に忍び込みプルトニウムを盗む。体を鍛えてきた甲斐あり。
城戸は国会議事堂に女装で潜入し、女子トイレに原爆の模造品を置いて出て来る。政府に電話し交渉相手に山下を指名する。逆探知しようにもその前に電話を切ってしまう賢いやつ。でも要求はナイター放送の延長、次はローリング・ストーンズを日本へ呼べというもの。
原爆の材料費をサラ金に借りていたのをほっといてサラ金に追い回されて、警察と違ったと大喜びして、次は現金5億円を要求。
部屋をごろごろしていた猫が死ぬ。城戸も髪が抜け歯茎から血が出る。
5億円はビルの屋上からばらまくように要求。
最後は壮絶なカーチェイスと格闘シーン、沢田研二と菅原文太のカーチェイスと会話と格闘と。

せっかく原爆を作ってみたもののどう利用していいかわからない城戸。
政府のえらいさんは北海道に家族を逃がしたというところがあって、東京の全員を避難させるのは大変ですからというセリフ、笑いごとではない。実力俳優による政府の人たちの姿はいまの政府の人間たちと変わらないと思った。

原節子が最後に出演した映画 稲垣浩監督『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』

何度も書いているが「忠臣蔵」が好きといって笑われたり呆れられたりする。新暦だけど12月14日になると、あっ討ち入りの日やと思う。今夜はよく冷えて都市部でも雪が積もると予想されているので、「忠臣蔵」を見るのにぴったりだ。
相方が出かけたついでにレンタルビデオを借りてきてくれた。うちに大事にしまってあるのは溝口健二監督の「元禄忠臣蔵」で大石内蔵助を河原崎長十郎がやっている。ちょっと荘重すぎるので、今夜はこっち。
「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」(1962 東宝 稲垣浩監督)大石内蔵助が八代目松本幸四郎、吉良上野介が八代目市川中車、大石りくが原節子、俵星玄蕃が三船敏郎、吉良邸の隣人に池部良、浅野内匠頭が加山雄三という東宝俳優の豪華キャスト。

物語はわかっているから、エピソードのどれを使っているかなと楽しむ。もともとは講談本を愛読したのからはじまっているから、「徳利の別れ」「するが堪忍」「あしたまたるるその宝船」が好きなのになくて残念。好きな人は不破数右衛門、堀部安兵衛・・・

そんなことより、原節子の最後の出演映画というのにびっくり。ツイッターでも話題になっていたが、姉が「安城家の舞踏会」をテレビで見たといい、原節子はきれいやったねと話していたところ。大石内蔵助の妻りくの上品な美しさにうたれた。その他、なつかしい女優がたくさん出ていて顔や声で思い出すのを楽しんだ。新珠三千代(浮雲太夫)がわからなかったがあとで調べてなるほどだった。

マキノ雅弘監督『昭和残侠伝 唐獅子仁義』

「昭和残侠伝」シリーズの5作目。ここまでの中でこれ1作抜けていたので、これで7作見た。あと2作「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」「昭和残侠伝 破れ傘」が 残っているが、紹介記事を読むと見なくてもいいような。やっぱりみんな見るか悩む。

最初のシーンで花田秀次郎(高倉健)と風間重吉(池部良)は斬りあって重吉は左手をなくす。次は仙台刑務所になって服役する秀次郎のもとへ舎弟が面会に来て、浅草を立ち退き名古屋の親分のところで世話になっているという。
5年経って秀次郎は刑務所から帰郷する汽車で林田親分と出会う。親分は採石場の親方の後ろ盾をしていて、利権を得ようとする樺島一家に狙われている。着くなり二人組に襲われやっつけたものの手首に傷を受けた秀次郎は藤純子扮する芸者に助けられる。それを見ていたのが町田京介(役名を忘れた)。金次第でどっちにもつくやつで密告する。芸者の家の裏口から出た秀次郎は林田親分の子分の家で居候になるが、この家が襲われて子分は死ぬ。

芸者は重吉の妻でもとは東京の一流どころにいたが、流れ流れてふたりしてこの地に住み着いたのだった。秀次郎に惹かれていく妻を見る重吉のやるせないまなざし。この映画の池部良はシリーズでいちばん暗い。他ではわりとエエカッコな役柄だったが、ここでは芸者の女房からお金をせしめて飲んだり賭けたり、それがなんだかすごく似合っていて、わたしだってこんなオトコなら借金してもお金を渡しそう。それに比べて清潔な秀次郎は一途な女の愛をかわす。
そして最後は例のごとくの斬り込み。町田京介がこっちにつきますとピストルで援護する。背中を斬られてもこいつは俺が殺るんだとふらふらになって闘う。最後は警官が多数到着し、秀次郎がよろけながら、重吉は町田京介におぶわれて建物から出てきたところで「終」。

マキノ雅弘監督『昭和残侠伝 死んで貰います』

「昭和残侠伝」シリーズの7作目。池部良と高倉健のまなざしやしぐさや声にぞくぞくした。いままで見たなかでいちばん気に入った。
いつもと同じように我慢を重ねたふたりが、最後に刀を手に斬り込むというお定まりのストーリーである。ふたりの間に漂う空気、お互いを思いやって見つめあうところ、そして手を重ねるシーン。そして最後に斬り込んで敵の刀に倒れた風間重吉(池部良)を胸に抱き寄せる花田秀次郎(高倉健)。いつもよりも濃密なふたりのシーンにしびれまくり。

東京深川の由緒ある料亭で生まれた秀次郎は、父が後妻をめとり妹が生まれると家を出て渡世の世界で生きる。まだ若い彼は賭博場でイカサマにひっかかり無一文となり銀杏の木の下でうずくまっていた。そのとき通りがかったいくえ(藤純子)が声をかける。それから何年かして秀次郎はイカサマを暴露して乱闘ののち捕まり服役する。
関東大震災があり料亭が立ち行かなくなるところを板前の重吉が支えている。秀次郎はもどってきて板前の見習いをはじめる。芸者で一本立ちしたいくえが現れる。
深川をシマとしている昔ながらの寺田一家に新興のヤクザの駒井がちょっかいを出して取ろうとしているときに、相場に手を出した妹の婿が駒井から借金して料亭の権利書をとられてしまう。その権利書を取り戻しにお金を持っていった寺田の親分が帰り道で殺される。
いままで我慢を重ねてきた重吉と秀次郎は刀を手に斬り込む。
加藤嘉、荒木道子、中村竹弥など、今は亡き俳優たちが懐かしい。

山下耕作監督『昭和残侠伝 人斬り唐獅子』

「昭和残侠伝」シリーズの5作目をTSUTAYAが貸し出し中だったので、ひとつとばして6作目「昭和残侠伝 人斬り唐獅子」(1969)を借りて見た。4作目の「昭和残侠伝 血染めの唐獅子」がちょっと不完全燃焼だったのをふっとばしてくれた。

玉ノ井遊郭(永井荷風の「濹東綺譚」の舞台になった)をショバとして古風なしきたりを守る組に、自分のショバを拡大しようとする組が暴力で敵対してくる。花田秀次郎(高倉健)は刑務所から出てきたところ。秀次郎と義兄弟の風間重吉(池部良)は親分の最近のやり方に苦慮している。その上にいるきちんと筋を通す大親分に片岡千恵蔵。でも、そういうやり方は古くなったとされ、もっと上の親分から武器の提供までされるという時代である。知恵蔵ふんする大親分は古風に「喧嘩状」を墨書して届ける。悪い奴らは「喧嘩状」を無視して、これから出かける準備をした知恵蔵をでっかい銃で撃ち殺す。
みんながいっしょに行くというのを、これからの組のことを考えろと押さえて、ひとり斬り込みに行く秀次郎の前に現れる重吉。まだ悪いやつの組に居るのだろうと兄弟杯を割ろうとする秀次郎に、おれは親分に破門された、お前といっしょに行くという重吉。ふたりは並んで雪の降る道を歩む。バックに「義理と人情をはかりにかけりゃ・・・」と健さんの歌がかぶる。
抑えに抑えたところまでいった怒りが一挙に吹き出す。ふたりのこれしかない刀の力が爆発する。背中の唐獅子牡丹が吠える。
戦い終わって、手負いのふたりは雪の道をよろけながら歩いていく。山下耕作監督、よっしゃ。

マキノ雅弘監督『昭和残侠伝 血染めの唐獅子』

シリーズ中でこの一作「昭和残侠伝 血染めの唐獅子」(1967)だけが高倉健の役がかたぎである。
浅草の鳶職・火消しの鳶政(加藤嘉)の組は上野公園で行われる博覧会の仕事ができると喜んでいる。ところが仕事は建設業にも手を広げた阿久津組が役人を丸め込み一手にしようとしている。阿久津組の代貸し風間重吉(池部良)は異議をとなえるが押さえ込まれる。重吉の妹文代(藤純子)は花田秀次郎(高倉健)の恋人で戦役から秀次郎が帰るのを待っている。
秀次郎が帰ってきたら親方が亡くなっており、秀次郎はみんなに推されて鳶政の親方になる。芸者の染次は借金のために阿久津の妻になるところを音吉(山城新伍)が、まといを質に入れた金で助けようとする。まといを返してもらいに行った音吉は無惨に阿久津組に殺され、嫌がらせは増えるばかり。染次はは川に身を投げて死ぬ。
そこで立ち上がる秀次郎と重吉。前の3作と監督が代わって暗さがとれてわかりやすくなったが、つまらなくもなったという印象。藤純子はきれい過ぎて下町娘らしくない。

これでシリーズ9作のうち4作を見た。クーラーつけないで汗を拭きながら見ていたが、ふと気がつくと7月8日公開なのであった。あの頃は映画館も暑かったような気がするがどうだったろう。
「エンコ生まれの浅草育ち」という歌詞をいつも、エンコってどこのことやろと思っていたが、広くは浅草公園(公園を逆読みしてエンコ)、特に浅草六区界隈のみをエンコと呼ぶ説があるとか。