SUB、荘司幸恵QUARTETの演奏で、亡くなった旧友脇田さんを偲ぶ

荘司幸恵QUARTET+2(荘司幸恵(P) 鈴木一郎(G) 財 盛紘(B) 中野 圭人(D) +西山満(cell) +城下麻弥(Vo))の演奏を聴くのは8カ月ぶり。真面目な演奏ぶりは変わらないし、荘司さんのピアノはスイングして楽しい。ヴォーカルの城下麻弥さんはMAYAさん時代より大人になったような気がする。

この数年のあいだ何人か女性ヴォーカルを聴いて、そのときはよかったと思い、よかったと感想も書いているのだが、どうも好感が長続きしていない。だから女性ヴォーカルをできるだけ聴かないようにしていたのだが、今日の城下さんの歌はよかった。これからが楽しみ。
西山さんのチェロがまた素晴らしい響きだった。そして若きベースとドラムが踏ん張り、ギターの鈴木さんはいつも真面目。

最後の「ブルーモンク」で突然、先日亡くなられたとツイッターで読んだ脇田憲一さんを思い出した。1960年ごろのこと、「真夏のジャズ」を見に行った映画館を出たとき、同じく一人で来ていた脇田さんと鉢合わせした。コーヒーをおごってもらって映画の話をしたが、わたしが「ブルーモンク」に魂を奪われてしゃべりまくるのを笑って聞いてくれた。同人雑誌の仲間でいい兄貴だった脇田さん。素晴らしい演奏に涙が出そうになった。関西の労働運動界に独特の光芒をはなっていたとツイッターには書かれていたが、生前に一度昔話をしたかった。

SUBの西山さん、66歳のニューヨーク

今夜はSUBで西山満さんと竹田一彦さんのデュオを聴いた。お二人の名人芸を聴いているととってても和む。ギターがむせび泣くと背中がひやりとなって、ううううっ。音に聴き入ってうちに勝手に時間が経って、2ステージがあっという間だ。

終わってからの雑談で66歳の3月10日にニューヨークであった話をされた。ジャズバーなどでの出来事を話されたあと、酔っぱらってタクシーに乗ったら行く方向が違っていて、運転手がごっついやつで、こっちは酔っていたから体が思うようにならず怖かったそうだ。結局は何事もなく行き先に着いたのだが、そのときは酒をやめようと思った。結局また飲み出して、77歳になって禁酒され、決心した日から飲んでいない。そしたら体調が良くなって毎日音楽の練習をしている。いま78歳ですごく体調が良いとのこと。

SUB、大人の演奏、大人の音

今日もSUBへ行かなきゃと晩ご飯を早めて大急ぎで片付けて出発。早めに着いてドラムの弦巻さんやボーカルの女子とおしゃべりを楽しむ。先週パノラマで雑談のときに、Hさんが無性にジャズピアノが聴きたいと言うのでこれは絶対にお薦めと誘ったのだが、ちゃんと現れたのがうれしい。

今日の演奏は、[西山 満(B&cell) 歳森 彰(P) 財 盛紘(B) TARO岡本(D) ]。1ステージ目は西山さんのベース、歳森さんのピアノ、TAROさんのドラムで大人の演奏。2ステージ目は西山さんがチェロにまわり、ベースに財さんが入ってひと味違った演奏となった。

デューク・エリントンのいまはだれもやらない曲とか、タイトルを聞いてもわからんのが多かったけれど、聴いている者の体を突き動かす力がある演奏だった。ちょっと古い感じがしないでもないのに、新しい感覚で聴こえるのが不思議。TAROさんのドラムをはじめて聴いたがケレン味がなくてすっきりしている。あまり熱演の感じがしないのがいまっぽい。歳森さんの今日のピアノはノリまくろうとしている感じで、ファンとしてはうれしいかぎりで楽しんだ。Hさんも喜んでくれたしよかった。

終わってからの雑談でファッション業界にいるHさんに女子たちからの賛辞や質問、またおしゃれな財さんの母上とHさんのファッション問答も楽しかった。Hさんの今日のいでたちは、黒の上下に黒のブーツ、スカーフが白黒のチェックで膝のあたりに見えるタイツは赤っぽいピンク。その色合いがなんとも言えないとみんなでわいわい。お誘いした甲斐があった。

久しぶりのSUBでジャズにひたる

先週の金曜日は西山さんと竹田さんのデュオを聴きたくて行くつもりをしていた。出かける前にミクシィを見たら、竹田さんは北海道にいらっしゃる。その日は行くのを中止したので、今日は1カ月ぶりのSUBになった。なんか懐かしい。

西山 満 QUARTET+1[西山 満(cell) 歳森 彰(P) 財 盛紘(B) 弦牧 潔(D) ] & ISA(Vo)は少しメンバーが変わった日があったが、行き出してから22回目になる。最初は歳森さんのピアノを聴きたいと思って通い出したのが、いまは西山 満 QUARTET+1の演奏を楽しんでいる。毎月聴いているからこそ彼らが出す音がよくなっていくのがわかる。そういうことを思うのもとても楽しい。
今日はお客さんたちがとてものって、特にISAさんの歌うときには手拍子や合いの手が入ったりと楽しさ倍増だった。

明日はニューヨークからのTARO岡本さん(ドラム)歳森さん(ピアノ)西山さん(ベース)ということなので、連続でSUBへ行きます。

毛利嘉孝『ストリートの思想ー転換期としての1990年代』を読み始めた

今月7日のdommuneにEP-4の佐藤薫さんが出られたとき、話し相手で出演されていたのが本書の著者 毛利嘉孝さん(社会学者で芸大准教授)だった。もう一人の話し相手 地引雄一さんはミクシィでEP-4を検索して、わたしのページに足あとを残してくれたので、彼の日記にコメントしたら返信を書いてくださった。音楽業界で活躍されている人のようだ。

そのdommuneのときに本書が紹介された。佐藤さんも読んだとおっしゃる。そしてEP-4のことも書いてあるとのことで興味を持ち図書館にあったので借りてきた。まだ全部読んでいないのだが、読んだところはとてもおもしろい。わたしが個人的な好みで遊んでいたことが、体系化されているというか、全体を見渡す観点で書かれている。
わたしの1980年代は70年代のジャズの友人たちから離れて新しい音楽にはまっていく時代だった。80年代に入るすこし前からパンク・ニューウェーブを聞き出して新しい友人ができ賑やかに遊んだ。離れていたミステリの新しい風に出会ったときでもあった。それが90年代になるとヴィク・ファン・クラブという存在と翻訳ミステリに耽溺ということはあったが、音楽から離れていた。このあたりの音楽状況をがぜん知りたくなってきた。自分史と客観的な時代的考察とを重ね合わせる体験ができそうだ。

dommuneでEP-4 佐藤薫さん

半月ほど前に発表されたEP-4 佐藤薫さんのdommune出演日が今日だった。実は昨日は間違えて7時にパソコンの前に座っていたが他の番組がはじまり、カレンダーを見直したら今日なのであった。今日も7時に夕食をすませて正座っぽく椅子に座った。

EP-4は80年代のパンク・ニューウエーブを聴いていた時代にもっともスゴイ(いまの言葉で言うとヤバイですね)と思ったバンドだった。外来のバンドはそのバンドが生まれた街でやったらヤバイだろうが、こちらへ来るとホールでやるからもうひとつなのだった。

扇町へんの営業を終えた小さなブティックの店内を片付けてスタンディングのライブ。この一回しか聴いていないのに、80年代というとなにをおいてもEP-4を思い出す。その次は友だちが佐藤さんといっしょにわが家に来たのだ。そのときは夜を徹して語り合った。いつのまにか窓の外が明るくなっていったのを覚えている。朝食に紅茶とトーストとゆで卵を出したっけ。とにかくオトコマエで笑顔が優しかった。
それからは東京へ行かはったのだろうか。いつの間にか25年経っていた。

わたしの愛するミュージシャンは70年代は阿部薫で、80年代は佐藤薫だとさっき気がついた。素晴らしいミュージシャンと知り合った幸せを感じる。阿部薫は亡くなってしまったが、佐藤薫さんは音楽の世界に帰ってこられて、また活動をはじめられるようだ。

今日のdommuneでは、司会者たちと会話するほっそりとした佐藤さんはエフェクタから声を出されていた。横のTLに「佐藤薫といえばヴォイスエフェクターだ」というのがあったので納得。
EP-4の83年のライブ映像に佐藤さんが音を重ねられた。カッコいいぞと叫ぶ声をとどけたいが、すでにいっぱい聞こえていることでしょう。
また「25年前のぼくのレコードは、いまのDJの人たちにかけてもらうために12インチで出してたんです」とおっしゃった。
また「音楽はどっかで聞くもの」とも。相方は「だよな。おれは今夜もクラブで聞く」とツイッターに書いてお出かけ(笑)。

カール・ドライヤー監督『裁かるゝジャンヌ』

20年以上前だけど外遊びをやめて家でレーザーディスクで映画を見ることに集中していたときがあった。それまでは映画館に通っていたのが、見たくとも見られなかった映画、往年の名作を家で見られるようになってうれしくてしかたなかった。
買ってその日に見ることが多かったし、何度も見た映画も多い。レーザーディスクの時代が終わって、かなりの作品を整理してしまったが、2台目の機械がまだ動くのでたまーに見ることがある。

カール・ドライヤー監督「怒りの日」はビデオだったが、これを見たときにまだ一度も見ていないのがあることに気づいた。これは絶対見なければと買った「裁かるゝジャンヌ」である。内容がきつそうで敬遠しているうちに20年過ぎたって、なんてええかげんな。
今夜、晩ご飯のあとすぐに見たのだが、胃の中がこなれてないときにこんな深刻な映画を見たので、あとがしんどかった。

1928年製作のフランス映画、カール・ドライヤー監督「裁かるゝジャンヌ」。ジャンヌを演じるのはルネ・ファルコネッティ、舞台女優で映画はこれのみで若くして逝った。ほとんど顔のアップだけなのだが、素晴らしい演技。アントナン・アルトーが出ていた。処刑の場面でジャンヌに十字架を渡して気持ちを通わす若き司祭のマッシュウ、すごく存在感があった。サイレントで音楽が美しく画面に集中できる。

オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクはフランス国内に侵入してきたイギリス軍を追い返すが、ジャンヌ自身はルーアンでイギリス軍の捕虜になってしまう。ルーアン城を手に入れたイギリス軍はジャンヌを恨んでいて、ジャンヌによって地位を追われた司教と組んでジャンヌを罪に落とそうとする。男装で髪を短く切ったジャンヌをあらゆる手を使って脅すが、彼女は神に敬虔で誠実に答える。拷問にかけられた彼女は重い病気になるが、自然に死なすわけにはいかない。
ついにジャンヌは火あぶりの刑から免れるために誓絶の署名をする。今後は牢に入れられパンと水だけで生きていくことになる。短かかった髪が根元から切り取られた。そのときジャンヌは偽りで生きることをやめ、誓いを取り消す。火あぶりの台のそばにいるマッシュウの表情がジャンヌと映画を見るわたしらの救いにもなる。火あぶりになるジャンヌを見ていた群衆が叫び出す。

タムタムカフェオープニングパーティから心斎橋ベースで一服

パノラマで木曜日を担当していたアベチカさんがDJの浅井さんと日本橋に新しい店タムタムカフェを開いた。昨日と今日はオープニングパーティの日で、わたしらは今日行ったのだが、たくさんの人たちが集まり大盛況だった。
お店は奥行きがあって広い。DJブースがありカウンターがあり店内も広々している。友だちが手伝ってできるところは手づくりということで、すごく個性的な店になっている。DJブースのところではすでにユーストリームもやっていた。

わたしはパノラマへたまに行くくらいだが、相方のおかげでたくさんの若者たちに紹介してもらい、話をして楽しい時間を過ごすことができた。子ども連れ赤ちゃん連れもいて楽しい。みんなおしゃれなカッコをして絵本から抜け出てきたよう。
ずっと音楽が流れてほんまにええ感じ。DJが30分くらいで入れ変わったので、たくさんのDJのそれぞれが違っている音がおもしろい。

4時間のお楽しみのあと、さっき同席していたKさんの心斎橋のお店に寄った。ちょこっと座ったつもりが流れるジャズを聴きながらのおしゃべりで2時間経過。また歩いて帰った。

おばはんたよりにしてまっせ 映画「夫婦善哉」

姉の家のテレビで「夫婦善哉」を見た。原作が織田作之助、1955年の豊田四郎監督作品。主演が森繁久彌(柳吉)と淡島千景(蝶子)、雇い主が浪花千栄子で、柳吉の妹が司葉子という豪華な配役。わたしはいままで見たことがなくて「おばはんたよりにしてまっせ」というセリフのみ知っていた。

1932年(昭和7年)ごろの大阪、船場の化粧品問屋の息子柳吉はたよりないぼんぼんである。柳吉の妻は病気で娘のみつ子を残して実家に帰っている。柳吉が曽根崎新地の売れっ子芸者蝶子と惚れ合って駆け落ちすると父親は柳吉を勘当する。
熱海の旅館で地震にあうシーンがあって、やがて大阪の蝶子の実家にもどってくる。いそいそと世話をする蝶子だが、焼きもちも激しい。
蝶子はヤトナ芸者となって稼ぎ貯金をするが、柳吉はそれを持って松島遊郭へ遊びに行ってしまう。
二人で飛田に食べ物屋の店をもつが、賢臓結核にかかった柳吉の入院費のために店を売るはめになる。それでも有馬温泉に養生に行った柳吉は勝手に出かけてしまう。
結局、船場の店は妹が婿養子をとることになり、父親も死んで柳吉は戻れなくなる。

法善寺で祈る蝶子のシーンが多くてやるせない。柳吉はいつのまにか蝶子を「おばはん」と呼ぶようになっている。
蝶子は自由軒のカレーが好きで、一人でも相手がいても食べに行く。柳吉とテーブルの下で足をからますシーンの
最後は法善寺横町の夫婦善哉で二人でぜんざいを食べる。「たよりにしてまっせ」という柳吉。店を出ると雨が降っていて二人はショールをかぶって歩いていく。この二人これからどないなるのやろ。切ないラストシーン。

森繁久彌の白いシャツとステテコと腹巻き姿がよかった。昔の父親の夏の姿はあんなんやったなと郷愁を誘われた。森繁久彌というと晩年の姿しか思い出さないが、色気のある中年男やったんや。淡島千景はちょと上品過ぎたが、二人のやりとりの間合いが良くて気持ちよい映画だった。

SUBで春の気配を感じた

このメンバーの演奏が1月になかったので久しぶりにみんなの顔を見てほっとした。西山 満 QUARTET+1[西山 満(cell) 歳森 彰(P) 財 盛紘(B) 弦牧 潔(D) ] は相変わらずまじめな演奏だった。昨日までは大寒かったが今夜は暖かく、演奏も伸びやかで春の気配を感じた。客は少ないけれど、おおかたはいつも聴きにきている人で暖かい雰囲気だ。
もう少し客が多くてもう少し緊張感の漂う演奏を聴きたいとも思うが、この柔らかさが居心地よくて好き。有名ジャズ演奏家のコンサートへ一回行くよりも、こうして目の前で演奏するのを何度も聴いたらええのにと思うけど、それは好きずきだからしゃあない。でももったいないよ、こんないい演奏を聴いたら人生が楽しくなるのに、と思うのであった。
ドラムの弦巻さんがいつもと違う演奏だったが、こうしてやりつつ自分の音楽を探しているのだなぁと思った。ようわからんのやけど。
歳森彰さんはいま月に一度SUBに出るだけがライブ活動なので聴いておかなくっちゃ。