パスコーとウィールドはいっしょに聞き込みにまわる。母親を介護している女性との会話では、
【「ときどき喜んで母を殺したくなるときがあるのよ。実の母親に対して感じるべきではことじゃないわね?」パスコーはこの率直な告白にいささか度肝を抜かれて、言葉に窮した。だが、ウィールド部長刑事は、報告書から目も上げずに、言った。「お母さんだって、あなたがまだ赤ん坊で、真夜中にギャーギャー泣いたときには、喜んであなたを殺したいと思ったことがあると思いますよ。・・・」】その言葉で彼女は一瞬いきいきとかわいい少女のような顔になる。
パスコーは早退するので〈黒牡牛亭〉でウィールドにビールをおごり、捜査の打ち合わせをする。レズビアンの女性の件になるとウィールドは、
【「彼女はレズビアンだから、悪いことをやっていそうだ、という意味ではないでしょうね」彼は穏やかに言った。】パスコーは否定したが自分が偏見をもっているとみられたことに苛立つ。【ウィールドはうなずいて納得した。彼が職業人としての場で自分がホモであることを言明するのは、せいぜいこの程度の穏やかな抗議によってだった。彼が警察に入ったころは、ホモであることを隠さなければならないのは自明のことだった。だが、時代は変わり・・・】
ウィールドがパスコーについて思うこと。パスコーが現代的なリベラルな物の見方をするにもかかわらず、
【男女平等であるという彼の信念は、女性がその業績だけでなく、下劣さにおいても男性に匹敵することを発見して、いまなお失望せずにはいられないのだ。】
車に衝突して死んだウェスタマン(70歳)の「パラダイス! 運転してたやつ・・・あのふとっちょ・・・酔っぱらいめ!」の最後の言葉でダルジール警視は窮地に立つが、最後にヘクター巡査の身勝手というかご愛嬌というか、の行動のおかげで一件落着。地味な聞き込みではじまった物語だがクライマックスがど派手。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1500円+税)