エドマンド・クリスピン『列車に御用心』

関西翻訳ミステリ読書会の忘年会のとき見せてもらった「このミステリーはすごい」のなにかの部門の何位だかにあったタイトルが目に入った。エドマンド・クリスピンは大好きな作家である。オクスフォード大学英文学教授のジャーヴァス・フェンが活躍するシリーズで、特に「白鳥の歌」「愛は血を流して横たわる」が大好き。
今年の3月に出てたのを知らなかった。すぐにでも読みたい。
忘年会が前半後半あったので、前半の方々が帰られるときにいっしょに出てジュンク堂へ走った。本はすぐに見つかったのでまた忘年会にもどりみんなに見せてジマンした。

帰り道から読み出してすぐに読み終ったが、もひとつ要領を得なくて再読し、本格ミステリの短編は難しいと実感した。フェン教授が活躍する14作品と非シリーズの2作品が入っていて、ぼーっと読んでいるときはおもしろいのだが、再読してもつかめないところがある。
その結果、本格ものの短編小説はあまり好きでないとわかった。

「白鳥の歌」なんか恋愛小説として読んでいた。だから気持ちよく読めて何度でも繰り返し読める。
そう考えるとドロシー・L・セイヤーズのピーター卿とハリエットだってミステリーなんだけど恋愛小説だ。セイヤーズの暗号ものだってあんまり好きでないもんね。

というわけだが、推理の合間にフェン教授らしいユーモアと達観が気分よい。それとめずらしくも怒りの場面もあって(二階でのフェン教授の罵倒の声を階下にいた人が聞いた)、法律では裁けないものに対して正義感がありまっすぐな人なんだとわかった。
オクスフォードの自宅では、クリスマスに近所の孤児院の子どもたちを招いてパーティをすることも知った。
(富田ひろみ訳 論創社 2000円+税)

アーサー・コナン・ドイル『サセックスの吸血鬼』を青空文庫で

昨日、青空文庫で「源氏物語」がもうちょっと残っているのを読もうと思いながら、あれこれ見ていたらアーサー・コナン・ドイル(シャーロック・ホームズ)にぶつかった。たくさんある中で気に入ったタイトルが大久保ゆう訳「サセックスの吸血鬼」。
考えたら最近(といってもだいぶ前だが)読んだホームズは、ローリー・R・キング「シャーロック・ホームズの愛弟子」のシリーズなのだ。そのシリーズの「バスカヴィルの謎」を読んだときに、本家の「バスカヴィルの犬」を何十年ぶりに再読したんだった。

シャーロック・ホームズとワトソンのところに以前に関わった事件で知り合った人から依頼状が届いた。
紅茶卸経営者のファーガソンからの吸血鬼に関するもので、知人はホームズを訪ねて依頼するように薦めたという。
サセックス州はそう遠くない。古い屋敷が多い所だ。ファーガソンはワトソンの若いときのラグビー仲間だった。「貴君の案件喜んで調査する所存」と電報で承諾する。
翌朝やってきたファーガソンは体格が崩れ元一流選手の無様な姿をさらしていた。
話を聞いてホームズとワトソンは明日にも屋敷を訪ねると決めた。

翌日二人はサセックスに行き荷物を宿に預けてファーガソンの古い地主屋敷を訪ねた。
ファーガソンは最初の妻に死に別れてペルー人の若い女性と再婚し子どもが生まれている。前妻の息子が一人いて父を慕っている。

事件というのは愛する妻がわが子の生き血を吸っていたのを目撃されたというもの。その後は乳児には乳母が離れずについている。妻には昔からいる召使いがつききりでついている。

シャーロック・ホームズは論理的に事件を解決する。
モノクロの挿絵もよくて楽しめた。
シャーロック・ホームズの物語がこんなにおもしろいとは!!

モンス・カッレントフト『天使の死んだ夏 上下』(2)

暑さは続いている。だいぶ前に起こった森林火災が必死の消火活動にもかかわらず全然衰えないで燃え続けている。ヤンネは優秀な消防署員でバリ島へ行っていても気が気でない。

緑地公園で見つかった少女ジョセフィーンは危害を受けた記憶が消えていてなにも思い出せない。レイプではなく器具(ディルド)を使ったらしく、小さな破片が膣から見つかる。この事件が木曜日。日曜日にテレーサが行方不明になり必死の捜査をするが、見つかったときは海水浴場の砂浜で死体になっていた。体はきれいに洗われていて最初と同じ犯人と思われる。
そして2日後に少女の死体が見つかる。彼女はホテルのキッチンで働いていて、同僚の少年が自転車で通りかかって見つけた。

モーリンはジョセフィーンに催眠療法を受けてくれるように頼む。両親は反対だが本人はもしそれでなにかがわかればと承諾する。精神科医のヴィヴェーカは前作でモーリンと知り合った優秀な医師。診察の結果は〈森で襲われ、車でどこかの倉庫に連れて行かれ暴行され、そこから逃げ出して緑地公園にたどりついた〉というものだった。

ヤンネとトーヴェがバリ島からもどってきた。ヤンネをベッドに自然に誘うモーリン。翌朝、ヤンネは森林火災の消火活動に出かけて行く。
警察の報道会見にカシム署長はモーリンを同行する。最後に「娘が待っていますので」と質問をさえぎるところまでテレビで放映されたのを見ていた女がいた。
(久山葉子訳 創元推理文庫 1040円+税)

モンス・カッレントフト『天使の死んだ夏 上下』(1)

10月に読んだ同じ著者の「冬の生贄」は真冬の事件だった。家の中は暖かいから、マイナス20度の外に出かけるときは玄関で厚いコートを着て覚悟して出る。冬の雪原で死体が見つかったのだから、寒い上に寒い事件だった。
今回は夏、しかも滅多にない猛暑に見舞われておそろしく暑い夏である。たいていの家では冬の暖房はしっかりしているが夏の冷房装置はほとんどないから大変だ。
ほとんどの人が長い夏休みをとっているようで街は静かである。
スウェーデンの南部リンショーピン市警の犯罪捜査課刑事モーリン・フォシュは娘のトーヴェと暮らしていて、別れた夫ヤンネとは穏やかにつきあっている。ジャーナリストのダニエルは恋人ではないが、ときどきベッドを共にする仲である。

いま、ヤンネとトーヴェの二人はバリ島へ行っている。ヤンネが公務員のバカンス懸賞で当てたもので、父子水入らずの本格的な旅行を楽しんでいる。
二人が出かけた後、マンションの一階にあるバーでテキーラを飲みながらダニエルに電話した。「〈プル〉で飲んでるのか?」「来るの? 来ないの?」「落ち着けよ、モーリン。いまから向かう」。

翌朝モーリンが出勤前にプールで泳いでいると、携帯電話がなっていると側にいる人に注意される。同僚のゼケからで事件発生の知らせだった。「公園のベンチに裸の女が座っている。なにか恐ろしいことが起きたようで」と警察署の受付に電話があったという。
シャワーも浴びずに着替えて現場の緑地公園へ行くと、制服警官と救急隊員と毛布に包まれた若い女性が見えた。どうやらレイプされたようだと警官が言う。ベンチに座らされた少女は口をきかない。見ているようにと指示したのに救急隊員が席を立ったとき、少女は全裸のままふらふらと歩いてブランコをこぎはじめた。
(久山葉子訳 創元推理文庫 1040円+税)

関西翻訳ミステリ読書会の忘年会

関西翻訳ミステリ読書会の忘年会に行ってきた。
主催者の影山さんが3時から7時までシャーロック・ホームズにいるから、好きな時間に来ればいいという。わたしは一応3時から5時くらいまでと申し込んでいたが、後のほうが人数が少ないのでずっといることにした。ただし途中30分ほどジュンク堂へ散歩に出た。

それぞれが最低1品注文するというゆるい会費もありがたい。みんなけっこういろいろと注文して食べたり飲んだりしていた。
影山さんが文庫本や雑誌を持ってきていた。雑誌は「このミステリーがすごい」で、わたしは大昔に一度だけ買ったことがあるが、ふだんは読まない雑誌である。ちょっと見せてもらったら、目についたのが大好きなエドマンド・クリスピンの名前だった。「列車に御用心」という短編集で、今年の3月に出ているのを知らなかった。すぐにメモしたが気になって、ちょっと外出してくると断ってジュンク堂へ行った。本はすぐに見つかったので買ってもどって「これ買うてきた」とみんなに見せた。ミーハー丸出し(笑)。

みんな好きなものを飲み食いし、好きなことを気に入った相手としゃべりというゆるい会だったので、会合が苦手なわたしも4時間楽しめてよかった。

読書ざんまいな日々

青空文庫で読んでいる「源氏物語」は「藤袴」までいった。玉鬘(たまかずら)に【尚侍(ないしのかみ)になって御所へお勤めするようにと、源氏はもとより実父の内大臣のほうからも勧めてくることで玉鬘は煩悶をしていた。】というところからはじまる。ストーリーはマンガでわかっているが、文章で読むと美女と男たちの関わりがよりおもしろい。

夕霧が玉鬘に藤袴の花を渡すところが好き。
藤袴が花屋にあるのを見て喜んだのは10年も前かな。父親が入っている施設に行くときに花屋の前を通っていてよく見かけた。そのころから花屋が秋の七草ふうな花を仕入れることが多くなったようだ。わたしが山や野で藤袴を見ることはもうないだろうが、「源氏物語」では永遠に咲いている。

本のほうは「ダロウェイ夫人」を読み終えて、前から持っていてまだ読んでなかった岩波書店〈ペンギン評伝双書〉のナイジェル・ニコルソン「ヴァージニア・ウルフ」を読み出した。著者は「ある結婚の肖像 ヴィタ・サックヴィル=ウエストの告白」を書いたひとで、ヴィタの次男である。
ヴィタとヴァージニアは恋人同士だったが、幼い息子だったナイジェルはただヴァージニアに可愛がってもらっていた。ヴァージニアとヴィタそれぞれの美しい写真に見とれている。

昨日、突然に漱石の「草枕」を出してきて読んだ。
最後に戦争に赴く従兄弟の久一の列車を送る那美さんの言葉に戦慄した。
「死んで御出で」
またこういう時代がやってくるのか。

与謝野晶子訳『源氏物語』を青空文庫で

青空文庫にはずっとお世話になっている。いろんな作品を読ませてもらってきた。大好きな「半七捕物帳」と「大菩薩峠」、宮本百合子と横光利一の昔読んだ本、泉鏡花と坂口安吾は全集を持っているのにいつもここで読んでいる。

さて、いまは与謝野晶子訳の「源氏物語」。
Sさんに貸していただいた大和和紀のマンガ「あさきゆめみし」で源氏物語熱に火がついた。ざっと読んであらすじだけつかんで、また読んで物語に捉えられ、三度目は物語を味わった。こうなると今度は文章で読んでみたい。

わたしが「源氏物語」を最初に読んだのが与謝野晶子訳、次に谷崎潤一郎訳、そして円地文子訳、それから橋本治「窯変源氏物語」。岩波文庫の原文のを途中まで読んでいたが、もうあかんわと最近捨てた。文字が小さいし紙は黄色くなってるし、という言い訳で(笑)。
与謝野晶子訳がこんなにおもしろいとは思わなかった。もっと古風な文章だと思っていたら、論理的な文章だ。原作はどんなか読んでみたくなる(笑)。

いま読んでいるのは「若紫」で紫の上との出会いのところ。まだこれからだがマンガの印象からいくと紫の上は完璧すぎる。さっき読んだ前の章の「夕顔」のなんともいえない怪しさに惹き込まれた。

リンジー・フェイ『ゴッサムの神々 上下』

1845年のニューヨーク、混沌とした街にアイルランドその他の移民があふれ、犯罪が横行している。真面目な美青年ティモシー(ティム)・ワイルドはバーテンをしてお金を貯めていたが火事ですべてを失い顔に大火傷を負う。兄のヴァルはその顔でバーテンは無理だろうと、創設されたばかりのニューヨーク市の警官になるように勧める。彼はパン屋の2階に部屋を見つけて働きはじめた。第六区の警官は55人の寄せ集めの与太者からなっていた。事務官に星の形をした銅の徽章をもらい街へ出る。ティムは火傷の痕を覆面で隠す。かろうじて目は見えている。

三週間後、ティムは夜の街を歩いていて血まみれのネグリジェ姿の少女バードとぶつかる。バードの言葉から捜すと胴体を十字に切り裂かれた少年の遺体が見つかる。続いて見つかった遺体は19人になった。
ヴァルはマーシーを見つけて聞け。だれがアイルランドの少年たちをロブスターみたいに切り裂いたか突き止めろと言う。
マーシーの家の側へ来たとき、火事で廃墟になった場所が見える。いくつかの建物の修理が始まっていた。「どの神を信じるにしろ、俺たちは進み続けるんだ」とティムは考える。
マーシーは慈善活動をしている美しく頭の良い自由な女性で小説を書いている。彼女を愛するようになったティムだが、事件を調べているうちに彼女のもう一つの面が見えてきた。
バードはティムとパン屋の女主人になつくようになり、ティムは彼女のこれからを考えて、学校へ行かすことにする。

あまりにもひどい事件なので途中で読むのをやめたが、もう一度最初から読み直した。
ニューヨークとそこに住む人たちの姿が荒っぽさのなかに描かれている。
マーシー・アンダーヒルを想うティムのこころがいじらしい。

アイルランド移民がニューヨークに着く映画にトム・クルーズとニコール・キッドマンの「遥かなる大地へ」があった。1892年のこととなっているから、半世紀後のことか。

もういっこ、ニューヨークの街を立派な馬車が走るイーディス・ウォートンの小説「エイジ・オブ・イノセンス」と映画化された「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」を思い出した。1870年代だから四半世紀後ね。

本書は出る前から読みたいと言っていたのを、友人がいち早く買って読みまわしてくれた。Yさん、ありがとう。
(野口百合子訳 創元推理文庫 上880円+税、下920円+税)

中原淳一とともに

ツイッターで雑誌「ユリイカ」11月号は「少女イラストレーションと中原淳一」特集なのを知った。知ったらすぐに読みたい。
実は今年の夏に阪急百貨店の画廊での中原淳一展に行った。帰りにカフェでコーヒーを飲みながら、そろそろ淳一から卒業する時期かなと思った。帰ってからたまっている絵はがきを処分しようかなと思うところまでいったのだが、広げたら惜しくなってまた片付けた。実はひまわり柄の淳一ハンカチをバッグにひそませている。持っているだけで使いません(笑)。

そんなわけで今日堂島のジュンク堂へ買いに行って、ここに「ユリイカ」がある。まだ絵を見ただけで中身は読んでない。楽しくて役に立つ記事があるかな。
いまぱっと開いたところが「中原淳一パリ交友録」、中原淳一が高英男といっしょにパリに行った話が出ていて懐かしい。お二人のパリ通信を「ひまわり」と「それいゆ」で楽しく読んでいたっけ。
あっ、目次を見たら嶽本野ばらさんが書いてはる。「ゆとり世代の中原淳一」ってどんなこを書いているのかな。これアップして読もう。
(青土社 1238円+税)

ジーン・ポーター『そばかすの少年』

リンジー・フェイの「ゴッサムの神々 上下」を読んでいたら息が詰まってきたので、ちょっとゆるめようと「そばかすの少年」を引っ張り出した。「ゴッサム」はニューヨークの警察制度が発足した1845年を書いている。当時のニューヨークにはじゃがいも飢饉などによるアイルランドからの移民がたくさんいて悲惨な目に遭っていた。子どもたちが売春させられ殺されるところを読んでいたらちょっとひと休みしたくなった。

それで読みたくなったのが「そばかす」。アイルランドからアメリカ・シカゴへ恋人を追って行った貴族の子息が苦労した末に死に、火事で妻も亡くなり、怪我をして遺された息子は名前もわからぬまま孤児院で育つ。火事で右腕を失ったので養子の口もない。学校に紹介された家で虐待され家出して職を探す。
リンバロストの森の木材会社になんでもするからと支配人に頼むと、森の番人の仕事を与えられる。名前はと聞かれて「そばかす」と言うと、スコットランド人の支配人はマックリーンと自分の名前を彼に与えて名簿に記す。
リンバロストの深い森と沼地には立派な木材になる木がたくさんあり、マックリーン支配人は有刺鉄線で自分の広大な土地を囲っているが、泥棒が狙っている。毎日そこを歩いて見廻るのがそばかすの仕事になり、彼は誠心誠意働き、森の植物と動物について体で学ぶ。マックリーンにはそばかすが日ごとにわが子のように思えてくる。

森に研究のためにやってきた「鳥のおばさん」と呼ばれている女性学者といっしょに来た少女エンゼルとの交流はそばかすに生き甲斐を与えた。エンゼルを熱愛するが、身分違いのために苦しむ。
最後はエンゼルが奮闘して、アイルランドから甥を捜しにきた貴族を見つける。めでたし、めでたし。

その後、「そばかす」は「オ・モーア」となり、ジーン・ポーターの次の作品「リンバロストの少女」では、主人公の少女エルノラが困ったときに助けを求めると快く引き受ける。妻のエンゼルとの間に子どもが4人でもっと産むとエンゼルは言っている。
ともにリンバロストの森の魅力がいっぱいで楽しく、わたしが10歳ごろから愛読している少女小説。そのとき読んだ本はなくして児童図書館でコピーをとってもらったが、20数年前に文庫本が出ているのを発見した。
(村岡花子訳 角川文庫マイディア・ストーリー)