1958年の北八ヶ岳と日本シリーズ

1958年の秋、若かりしわたしはちっこいのにいっぱし登山家気取りで日曜日ごとに六甲山を歩いて足を鍛えていた。女子ばかりで北八ヶ岳に登ろうと話が決まり、それぞれ受け持ちを決めて出発した。背が低いから国鉄(いまのJR)の改札をリュック担いで通ると引っかかるので下ろして両手で持って通った。リュックを網棚にあげるにはポケットから新聞紙をさっと出して座席に敷き、ぱっと乗って網棚に置いた。こういうことを迅速にできることが自慢だった(笑)。遠くの山に登る前に六甲の次には比良山にも登っていたから国鉄の改札も荷物置きも修行済み(笑)。

コースとか忘れてしまったが、低い山をひたすら歩いた。ナナカマドの大きな木を生まれて初めて見た。山小屋のおじさんに採ってきたキノコがほとんど毒キノコだと教えてもらった。
途中でみんなと別れて最後の一日は一人でどこへ行ったのか忘れたが単独行した。ほんまに怖いもの知らずで生意気だった。

一人歩きの途中の峠で登山者が持っていたラジオが日本シリーズをやっていて、三原監督が率いる西鉄ライオンズがその場で優勝した。その瞬間ラジオを持ってた人と喜び合った。
日本シリーズがはじまると思い出すのが稲尾の連投と北八ヶ岳彷徨。

今月号もミスあり

昨日ようやくプリントまでできた「Vic Fan Club News」10月号、いま9枚(18ページ)をテーブルいっぱいに広げて閉じ終わったところだ。今日は午後から住まいの冬支度を半分やって(残りは後日)銀行と郵便局とスーパーに行ったら夕方になった。
晩ご飯後にとりあえず閉じ作業だけすませた。封筒入れその他は明日にしよう。明日の夕方にはポストに入れられる。

毎月できたあとで小さいミスが発見されるのだが、今月はでっかいミス。人生最初の本を出版したNさんの報告と喜びの言葉をトップ見開きに載せたのはいいが、目次にそれがないのである。プリンタインキ代と用紙の無駄を考えて、やり直しはせず1部ずつ手書きで書き入れた。ごめんね、Nさん。

こんな具合で毎月どっかいっこミスがあるのがご愛敬。明日発送するのでヴィク・ファン・クラブ会員の皆様届くのを楽しみにしていてね。

鳥取地震と阪神大震災の記憶

午後、パソコン前に座っていたら机の上のiPhoneがでっかく叫び出した。「地震や」と叫んで立ち上がったら部屋は揺れはじめた。うちはマンションの8階なのでよく揺れる。
午後2時7分、鳥取地震、ずいぶん長く揺れていた。物が落ちるとかはなくゆらりゆらりと揺れるだけ。「うわっ、どないしょ」「どこにいたらええのやろ」と言葉がぽろぽろとこぼれる。テーブルのところへいって「この下にもぐろうか」と言ったところで、揺れはおさまった。それからはラジオをかけっぱなしで野村アナウンサーの緊迫した声を聞いていた。

阪神大震災以来、地震が怖い。
あのときは壁一面につくりつけた本棚の上段からばらばらと本が飛び出した。その下に布団を敷いて寝てたから当たれば大変なことになるところだった。
揺れの方向によって物が落ちたみたいで隣家の人は食器棚の扉が勝手に開いて食器がたくさん飛び出し割れたそうだ。うちは食器はほとんど大丈夫だった。

飛び出した本はふだんはあまり開かない全集本だったが、片付けるときに飛び出した本を捨ててしまった。残った揃ってない全集本は本棚下段の隅に積んであるのだが、昨日ふと、「坂口安吾全集の残りはいらんね、ほかそうかな」と言った。そしてまず第一弾を取り出してゴミ袋に入れたのだ。
昨日そんなことがあって今日の地震なのでちょっと怖い。

あせった、なおった

ヴィク・ファン・クラブの会報作りが滞ったままで気になっていたけど、やる気が起こらないのだからしょうがない。原稿が少ないし、なんて思いつつさぼっていたら、背中を押してくれる原稿と手紙が届いてようやくやる気が起こってきた。ところへ・・・

2ページ分をすっすとやってプリントしたらいい感じ。ええやん、うまくいったと喜んでとりあえずは枚数をプリントしようとしたら、プリンタからインク切れの告知が出て、また出て、なにやらおかしい。プリンタがぎーぎーぼやいておる。なんやねんな。

インクを取り替え、最初の設定にもどして動かしたらなおった!!
やれやれ〜 疲れた〜
今日はこれにて終了。明日と明後日、頑張る。

午後はこむら返りでおどろき、夜は女ともだちと歓談

午後からつるかめ整体院に行った。気持ち良くのびて肩を触ってもらっていたら、なんと左足がこむら返りを起こした。足首の左側がつっている。右足もちょっとつっている。足首を動かしたら治ったけど、なんだったんだろう。あわてるがなー。先生が冷たいお茶を出してくれたので飲んだら落ち着いて、続いて肩の治療中じっとしていたらいつもの自分にもどっていた。
こむら返りはたまになるが、たいてい朝の目覚めのときである。今日はクーラーで冷えたのかも。

帰ってからネットをあちこち読んだら予防方法があった。
1食生活の改善、2睡眠不足の解消、3適度な運動、4ストレッチやマッサージ
1と2は大丈夫、3と4はわかっているけどさぼり気味なんでこれからは気を入れる。

夕方、ヴィク・ファン・クラブ会員のi さんとシャーロック・ホームズでご飯を食べた。今日はギネスをやめてお店お勧めのウェールズのビールにした。ちょっと変わった味のおいしいビールを飲んでおいしい料理を食べて、長時間のおしゃべり。わたしにとってはおしゃべりは食べる寝るの次に効くクスリだ。

ヴィクの年齢について質問があった

はじめての方からメールをいただいた。ヴィク・ファン・クラブに入会希望ではないと、最初に書いてあったので、なーんだ、なんだけど。
ヴィクの年齢に関してのご質問で、これは会員間で話題にもなったことがあるので、返信するけど、せっかく考えるのだからここにも書いておこう。今日のブログネタになった(笑)。

メールから引用させてもらう。
【ヴィクは40歳からあまり年齢をとらなくなってきたのではないでしょうか?】

そうですね。日本での最近作『セプテンバー・ラプソディ』では、ヴィクもコントレーラスさんもロティも元気だ。コントレーラスさんなんか最初に出てきたときから数えれば100歳になってしまいそうだけど元気。そうそう、犬たちもずっと元気でいる。フィクションだからこれでいいんでしょう。フィクションの中に真実がある。

でもまあ、ちょっと考えてみる。
一作目の『サマータイム・ブルース』のときはいくつだったんだろう。いまは本を出して読み返す元気がないが、大学へ聞き込みに行くところがあって、学生たちと話すところは30歳近いかなと思い出した。けっこう弁護士などキャリアも積んでいるし。

16冊の長編小説の中にヴィクが活躍している。いまのところ、その期間は1982年から2013年の約30年なんだけど10年に凝縮されている感じかな。社会情勢のさまざまなシーンに凝縮された年齢のヴィクがいる。
タイプを打っていた時代からはじまって、パソコン、そしてMacを使い出してずっとMacが進化。携帯電話からiPhone、パームを使ってたこともあった。『セプテンバー・ラプソディ』はコンピュータが主役になっている。

サラ・パレツキーさんが来日したとき、近鉄奈良駅の喫茶店でiPadを出して写真を見せてくださったのを思い出す。iPadが出て間もない時だった。

Vic Fan Club News 6月号(通巻294号)もうすぐ発行

今月もヴィク・ファン・クラブ(VFC)の会報を出そうとそこそこ頑張っている。20年以上を毎月休まないで出しているから、やめたらラクになるだろうという思いと、やってるから元気なのだという思いが変わりばんこに浮かぶ。

一昨年だったか「VFCサイト2」を新しく発足させる案が浮上した。「VFCサイト1」は1998年開設だから18年経っている。たくさんの会員が原稿を書いたがその人たちも半分くらいはいない。
今回すぐ作るようなことを言って原稿募集して書いてくださったかたもいるのだが、構成や内容を考えているうちに挫折してしまい、原稿はお預かりのままになっている。簡単でも作っていまある原稿だけでもアップしたいと思う今日この頃。でも、自分の読書もしたいし、メールのやりとりやSNSのおつきあいもあり、茨の道が目の前に浮かぶ。とにかく毎月の会報づくりがあるから。

紙にプリントして切手を貼って送る会報は手間はかかるがサイトとはまた違った作り方と読み方があるなあと、いまさらながら思う。だからこそ、会員の皆さまも忙しいのに長文の原稿やメールを書いてくださるのだ。
こんなことを毎月思っては会報づくりに手間暇かける自分を納得させている。明日、明後日の土日に頑張って来週のはじめには送りたい。だって、内容がおもしろいんだから。
そして「VFCサイト2」もなんとか。とってもいい会員に恵まれたとってもいい会なので頑張る。
毎月同じことを書いてますね(笑)

槍ヶ岳の思い出

姉との会話では向こうの話を一方的に聞くことが多かった。聞かれたら返事するけどほとんど向こうがしゃべっている。最近なぜか質問が多くなったようだ。昨日は「あんたは槍ヶ岳に登った人やさかいにな、尊敬するわ。お母ちゃんがいまごろ遭難してないかなと心配してたで」と言われた。山には親に相談するなんてことなく自力で支度して出かけていた。自分で働いたお金で山に行ってなにが悪いねんというのがわたしの屁理屈。5番目のこどもに早々に自立を促していた親がなにを言えるかって(笑)。「遭難してもほっとく」とか姉に言ってたみたいだ。わかっているから周到な用意をして六甲山で訓練して行ったのだ。それにしてもうん十年経ってからなにを言うてくれますねん、ねえちゃん。

そんなことで思い出した槍ヶ岳登山、いま見たら、東鎌尾根(表銀座ルート)を登っている。7月中旬、夜行列車で大阪発、名古屋で中央線に乗換え、明け方なんという駅で降りたんかな。それからバスに乗って中房温泉着やったんかな。中房温泉→燕岳→大天井岳→東鎌尾根→槍ヶ岳とそれからずっと登り。景色も見えずひたすら登った。燕岳に着いたのが夕方でそこに泊まったのだったか。もっと登って小屋に着いたのか。山小屋は混んでいて雑魚寝。
翌朝、小屋の朝ごはんを食べて出発。槍ヶ岳まではわりと簡単に登ったような気がする。わたしにとっては最初のでっかい登山だった。それまでは六甲山あちこち、比良山あちこちを登っていた。日本アルプスに一度は登ってみたかった。
男子2名は鉄道会社の社員で職場の登山部のメンバー、女子はわたしとNさん。日頃ハイキングやロッククライミング練習についてきたこの2人なら大丈夫と組んでくれたのだった。帰ってからいろんなところでわたしらがしっかりしてたとしゃべってくれた(笑)。
ある有名人が「登山をしない者にとって日本を代表する山は富士山だが、登山を愛好する者にとってのそれは槍ヶ岳である」と言ったそうな。

その後は上高地あたりで遊んだりしたが特に高い山には登ってはいない。興味が八ヶ岳に移って何度か、それから北八ヶ岳が好きになり一人で行ってうろうろした。
山に登るよりも山を見て楽しむ方が好きなんだと思う。まあいずれにしても昔の話である。

佐野洋子 文 北村裕花 絵『ヨーコさんの “言葉” それが何ぼのことだ』

去年のヴィク・ファン・クラブ(VFC)の会報でKさんに紹介されたテレビ番組と本が会員の中で話題になった。我が家にはテレビがないのでそのままスルーしていたが、会員のYさんが今日宅急便で本のほうを送ってくださった。VFCはとっても友愛に満ちた会だ(自慢)。

佐野洋子さんの絵本『100万回生きたねこ』はすっごく有名な猫の本である。わたしは買ったけどすぐに姪に持って行かれたままだ。谷川俊太郎さんと結婚して話題になったことがあったが6年で離婚された。2010年に72歳で乳がんのため亡くなった。
NHKワンセグ2・Eテレにおいて『ヨーコさんの言葉』が2014年度制作・放送された。いまは日曜日の朝8時55分〜 水曜日の午後10時45分〜 放送されている。

さっそく開くと文章が少なくて楽しげな絵なのですぐに読み終えた。絵が楽しいのでこんなに慌てて読んだらあかんともう一度読んだ。
猫と暮らす60代の画家ヨーコさんの幼年時代の思い出から、若いときの友だち付き合いのいろいろ、日常生活の風景。そして愛猫ががんで死ぬのだが毅然とした死に方についての考察がすばらしい。
絵が素敵。もうちょっと佐野さんを美人に描いてほしかったなあ、と勝手な想いがわいたが、全体のトーンからいくとこれでいいのね。
(講談社 1300円+税)

ヴィク・ファン・クラブ会報5月号は明日発行

いままで何度も書いているけどヴィク・ファン・クラブ(VFC)は月に一度、会報「ヴィク・ファン・クラブ ニュース」を発行している。24年ずっと出してきて今年11月で25年になる。今月は通巻293号。この持続力だけは自慢してもよいと思っている。最近は体力が衰えてできるまで半月近くかかってしまうが、それでも会員情報が詰まっていていい会報だ。みんなよそいきにならず本音を書いているところが快い。これは編集力のせいです、えへん。
今日は相方が晩ご飯の支度をしている間に「あとがき」を書いてレイアウトしてプリントした。ええ感じや〜 あとは綴じて封筒に入れてポストに入れに行ったら完了。これにもけっこう手間かかる。なんせ単独行やから(笑)。

昨日から暑さのせいかどことなくしんどい。飲めないくせにワインが出るとつい3センチほど飲む。眠気がやってくるのを我慢してツイッター読んだり本を読んだりしているともう夜中だ。
今日はもうあかんなあ。明日の仕事にしよう。いや、綴じるとこまでこれからやるか。酔いも醒めてきたことやし。