マーク・ハーマン監督『ブラス!』

イギリスの北部ヨークシャーといえば、レジナルド・ヒルのダルジール警視たちを思い出す。おまけで、ブロンテ姉妹やA・S・バイアット「抱擁」の新旧の恋人たちがロンドンから訪れていたことを思い出す。
そういえば、ヒルの作品にヨークシャーの炭坑が出てくる「闇の淵」があった。
映画「リトル・ダンサー」の父と兄は炭坑労働者で長いストライキを闘っていた。
1960年ごろ、わたしは友人の女子3人で争議中の三井三池炭坑に走った。夜行列車に乗って朝方大牟田に到着し工場に入って、なにかお手伝いしたいと言った。炭住(炭坑労働者の住宅)に泊めてもらって、炊事当番の助手をしつついろんなところを見て歩いた(ホッパー前で撮った写真がある)。

「ブラス!」(1996)はヨークシャーの炭坑労働者たちのブラスバンドが予選を勝ち抜き、最後はロンドンのロイヤル・アルバートホールで演奏し優勝するまでを描いた映画。
その過程で炭坑の閉鎖が決まり、先行き不安の中でバンドの解散までいきそうになり、賭けのかたに楽器を預けた者もいる。指揮者が喀血して倒れ、見舞いに行った息子に知り合いが死んだときは肺が真っ黒になっていたと話す。自分もそうなるのをわかっているのだ。病室の窓の下にみんなが集まり演奏するダニーボーイの哀愁溢れる演奏がよかった。
息子のほうは3人のこどもがいて借金地獄で、それなのに楽器が壊れて新しいのを買い、妻子は出て行ってしまう。高利貸しになにもかも取られてがらんとした部屋。彼は首を吊るが見つけられて助かる。
この町で育った娘が大学を出てビジネスマンとしてこの炭坑にやってきた。彼女は祖父がやっていたとバンドに入りコンテストへの戦力となる。彼女はまだこの炭坑は石炭があるという主張をするが、会社側の廃坑計画はすでに決まっていて、手続きとして彼女に仕事をやらせていた。彼女は会社を辞め、退職金(?)をコンテストのために寄付する。

炭坑存続についての投票は退職金の割り増しなどで切り崩された組合側が破れる。
しかしブラスのコンテストに出ようとみんなが集まる。堂々と素晴らしい演奏をして勝ち残り優勝するのだが、そこへ病院を抜け出して現れた指揮者は、我々にはトロフィーは不用とサッチャー攻撃の大演説をする。帰りのバスでは「威風堂々」を演奏。
マーク・ハーマン監督やバンドの指揮者役のビート・ポスルスウェイトは炭坑労働者を支持し続けたと映画紹介ページにあった。
サッチャーが亡くなって間もないいま、この映画を見たのもなにかの縁かな。この映画を見たのは二度目だけど涙ぐんでしまった。

パスタ!

この半年間くらいすごくパスタを食べるようになった。
ざっと書き出したらこんな具合である。
5月2日 ルッコラを振りかけたペペロンチーノ
5月3日 つぼみ菜のトマトソースパスタ
5月5日 ルッコラ入りペペロンチーノ
5月7日 ホウレンソウのトマトソースパスタ
5月8日 つぼみ菜のトマトソースパスタ
5月10日 アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ
5月12日 つぼみ菜のトマトソースパスタ
5月13日 パスタ入り野菜スープ
5月14日 アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ
5月15日 マカロニとオートミール入りのトマトソース
5月16日 新ニンニクのペペロンチーノ

昼食の最初にパスタが出て、食べた後にサラダとスープとパンが出る。
時間がかかるが待っていると出てくるのでありがたい。
わたしがやっていたときは、なにもかもがすごくテキトーだった。いまはレシピ通りのきちんとした皿が並ぶ。スパイスやハーブも増えて、わけがわからん(笑)。

岸恵子『わりなき恋』

本書を知ったのは「週刊現代」の芳川泰久さんの書評で、「年齢を感じさせないヒロインの情熱、老いらくの恋の葛藤と美を描く長編」という言葉にいかれてすぐに買いに行った。
ご自身の体験を元にした作品だと思うけど、岸さんはご自身を主人公の伊奈笙子と親友の桐生砂丘子の二人に分けているように思えた。恋に一途になってしまった笙子を客観的に見て援護する砂丘子と。

笙子はドキュメンタリー作家で横浜とパリに住まいを持っている。どちらにも帰るのではなく、横浜に行く、パリに行く、と言っている。若くしてフランス人の夫を飛行機事故で亡くし、フランスで育った娘テッサはすでに結婚してこどもが2人いる。70歳になったなんて見えないエキセントリックな美人である。

その日フランスへ行く飛行機のファーストクラスは満席だった。笙子は隣席の旅慣れたふうな男、九鬼兼太と言葉を交わす。彼は大企業の専務で世界各地を飛び回っている。名刺を出したのでシナリオを破ってパリの電話番号を書いて渡すと、九鬼は「すばらしいかたとお目にかかりました」と笑顔に笑窪を浮かべた。
ロケハンの仕事から離れてパリへもどるとプラハの九鬼から電話がありパリでの食事に誘われる。
次の逢瀬は日本で笙子の誕生日である。横浜での食事の後でホテルに泊まるという彼に、ホテルよりもわたしの家が落ち着くでしょうと、洋室に案内し自分は母屋に寝ることにするが、歯ブラシを持って行くと風呂上がりの素裸の九鬼がいた。抱き合って過ごすことになった一夜。笙子は長い一人暮らしで体が応じなくなっている。笙子は「七十歳と十七時間・・・私もう若くないの」といい、九鬼は「七十歳と十七時間ですか、すてきですね。あなたはとんでもない人なんですよ」という。彼はもうすぐ還暦だという。
思ったらすぐに行動の笙子は婦人科の医師に相談し親切に対応してもらう。なかなか開かなかった体が応じるまでになったのはかなり経ってからだった。

読んでいるうちにフランソワーズ・サガンを思い出した。若い日のサガンが書いた「ブラームスはお好き」で、主人公ポールは39歳、彼女を恋するシモンは25歳。別れるときにポールは「シモン、もう、私、オバーサンなの、オバーサンなの」と階段の手すりから身を乗り出して言うが、シモンには聞こえない。彼は階段を駆けおりた。若いわたしは別れの甘美させつなさにしびれたものだった。
「わりなき恋」は、歳月の残酷さ、男の身勝手さが描かれて、だからこそせつない「わりなき恋」が身にしみる。
若いときはサガンに夢中になり、いまになって岸恵子さんの「七十歳と十七時間・・・私もう若くないの」の笙子の恋に夢中になっている。
ふと思い出した。サガンというペンネームはプルーストの「失われたときを求めて」に出てくる人物の名前だった。「わりなき恋」は「失われたときを求めて」で老いについて語る一節を思い出させた。
(幻冬社 1600円+税)

マーク・ハーマン監督『スプリング・ガーデンの恋人』

マーク・ハーマン監督の作品は、ブラス! (1996)、リトル・ヴォイス(1998)、シーズンチケット(2000)を見ている。イギリスの地方都市に生きる人々を描いてしみじみした気持ちにさせてくれた。「スプリング・ガーデンの恋人」(2003)の後の「縞模様のパジャマの少年」は、孤独なブルーノ少年が強制収容所と知らずに入り込んで縞のパジャマを着たユダヤ人の少年と親しくなり、最後は他のユダヤ人と共に「シャワー室」に入ってしまう。というアイルランドの作家ジョン・ボインの小説(岩波書店)の映画化だそうだ。

さっき見た「スプリング・ガーデンの恋人」はロマンチック・コメディ。
イギリス人の肖像画家コリン(コリン・ファース)に婚約者のヴェラ(ミニー・ドライヴァー)から他の男との結婚招待状が届く。痛手を負ったコリンはアメリカへ傷心旅行。長距離バスに乗ってニューイングランドの田舎町ホープに着く。よろよろのコリンに宿の女主人(メアリー・スティーンバージェン)はセラピーだと介護士のマンディを紹介する。ぶっとんだところのあるマンディと仲良くなるコリン。町の人たちの肖像画を描いていると市長からも頼まれる。
そんなところへ元婚約者がやってきて復縁を迫る。なかなかしつこくて自信まんまんの美女。
彼女はいつも毛皮をあしらった服やコートを着ていて、しょっちゅうタバコを吸って、ここは禁煙だとモンクを言われ、誰にも好かれないキャラ過ぎ。でも最後はコリンに対して意地を張ったマンデイを和らげる。
雪が降る前の紅葉の森が美しいニューイングランドの景色がたっぷり。

『VEGE BOOK』『VEGE BOOK 2』

Eat your vegetables!(ちゃんと野菜を食べなさい)がサブタイトル。
最初は「VEGE BOOK 2」を相方が図書館で借りてきたのだが、すごく気に入って欲しくなった。それに予約がついていたから返す日がせまってきた。
買おうと決めて、アマゾンで調べたら「3 ヴィーガン・デザートをつくろう! 」「4 カフェエイトのヴィーガン和食」と4冊出ている。
とりあえず2冊頼んだのが今日届いた。表紙を見ているだけでうっとりする本だ。わたしはまだ表紙と写真を見ただけなんだけど、相方は図書館から借りてきたらすぐに料理を作っていた。

うちは菜食にして2年9カ月経ったからそろそろヴィーガンと称してもいいかなぁ。まあ外食とか姉の家では魚や肉を少々食べるから、わたしは“ほとんど菜食”とか“ゆるい菜食”とか言っているけど。
いつの間にか昼食を相方が担当するようになり、正月のマイコプラズマ肺炎以後は晩ご飯も2/3くらいはやっている。ほんまにご飯をつくってもらうってラクだ。えらそうに言われると、いままで40年もあたしがやってきたんやからねと返すし(笑)。

本の紹介でなくて、買った歓びの日記であります。
著者は東京のヴィーガンフードのカフェ「カフェエイト」を経営している二人の女性。
(リトルモア 1800円+税)

パオロ・ソレンティーノ監督『きっと ここが帰る場所』

ああ、よかった〜 この映画、すごい。
昨夜、アイルランド関連のことを告知している知り合いのミクシィ日記にあったU2のボノに関するニュース、【「ボノはニューヨーク大学から名誉博士号を授与したいとのオファーをとても光栄に思いました。イヴが卒業生となることもあり、家族全員で話し合った結果、ボノは娘の卒業を誇りに思う一人の父親として式に参列したいとの結論に達したんです」と情報筋は語っている。】を読んだ。ボノの娘さんを検索したらショーン・ペン主演の映画に出演しているとのこと。予告編を見てこれは見たいと思った。

だいぶ前になるが近所にTSUTAYAが開店してまだ行ったことがなかった。以前は難波店まで行ってたのに、最近は貸していただいたのばかり見ている。カードが共通で使えるそうで久しぶりのレンタルビデオ。

最初から妖しい雰囲気。中年男のシャイアン(ショーン・ペン)が口紅を塗りアイシャドウをつけメイクしている。
シャイアンはかつてロック界の大スターだった。いまはダブリンの豪邸で妻(フランシス・マクドーマンド)と暮らし、つきあっているのは近所の少女メアリー(イヴ・ヒューソン)くらいだ。ぼさぼさの黒髪をひるがえしながら買い物に行ってまともな人からヘンな目で見られたりするが、反面、株でしっかり儲けてもいる。

デヴィッド・バーンのライブに行くシーンがあり「This Must Be the Place」が演奏されている。観客の中にシャイアンがいる。
バーンとの会話でシャイアンの過去がわかる。彼はミック・ジャガーと共演したくらいな大スターだった。暗い曲が若者にウケると知って儲けるために暗い曲を作った。挙げ句は自殺者が出た。そういうことがあってロック界から引退したのだ。最初のほうで墓場に行って花を供え、墓の中の若者の父親に「ここへは来るなと言っただろう」と追い返されるシーンがあったのはそういうことだった。

そこへ故郷のアメリカから父が危篤という知らせ。シャイアンは飛行機が嫌いなので船でニューヨークに向うが、すでに父は亡くなっていた。亡がらには収容所の番号が記されていた。30年間会っていなかった父が、アウシュヴィッツの収容所にいたときに侮辱されたナチ親衛隊員ランゲを探していたことを知る。葬式の後、ユダヤ人街を訪れてランゲの行方を聞くが話し合いがうまくいかず、わずかな手がかりをたよりに追うことにする。

シャイアンはランゲを求めて車でアメリカ横断の旅に出る。
いつもキャリーバッグを引いてよろよろと情報を求めて歩きまわる。過去のシャイアンを知っている食堂で働く女性と出会い、そのこどもにも慕われるが妻がいるからと断る。だが、あとでプールをプレゼントする。
田舎の食堂でキャリーバッグの発明者と話をするところがおもしろかった。

最後のシーン。メアリーのお母さんがはっと彼に気付いてにこにこする。彼はメイクを落としてこざっぱりとした男になっていた。
2011年のイタリア/フランス/アイルランド作品。音楽がデヴィッド・バーン(元トーキング・ヘッズ)。

「従軍慰安婦」の問題が大きく取り上げられているいま、この映画を見ることができてよかった。過去を忘れ去ってはいけない。

デニー・ゴードン監督『ロイヤル・セブンティーン』

コリン・ファースの映画もいろいろ貸していただいている。ヒュー・グラントのほうが端正だがコリンのほうが好み。どっちも好き(なんやねんな)。

17歳のダフネ(アマンダ・バインズ)はニューヨークのチャイナタウンで母リビーと二人暮らし。母は結婚式場の披露パーティの歌手。ダフネもバイトでウェイトレスをしている。
母はモロッコで知り合ったヘンリー(コリン・ファース)と恋をして現地で結婚。ヘンリーはイギリスの大邸宅に戻るとヘンリー・ダッシュウッド卿となり、リビーは貴族にそぐわないと側近に別れさせられる。アメリカに帰ってダフネを生んだがヘンリーには知らせずに育てている。父についての話を聞いて育った娘は17歳になり、写真を持ってイギリスへ父に会いに行く。
赤い二階建てバスに乗ってロンドン見物し、急な雨に降られて安ホテルに入るとロビーにギターを持った男の子イアン(オリヴァー・ジェームズ)がいて親切にしてくれる。テレビニュースに写ったのは父で選挙に出馬するようだ。貴族としてではなく普通に選挙に出ると言っている。ダフネはあれは父よとイアンに言う。

大邸宅に入れてもらえず壁を乗り越えて入り込むと父には婚約者グリヌスとその連れ子がいる。ヘンリーがパパラッチと間違えて捕まえたらわが娘だった。ヘンリーは驚き喜ぶがグリヌスと娘クラリッサはとんだ邪魔者がきたと、まるでシンデレラの継母と姉のように邪険にする。
王室向けのファッションショーは王室と貴族だけが集まる。クラリッサが貸してくれた衣装を着るがうまく着られないでいると、ヘンリーを急かせて3人は先に行ってしまう。ダフネは結局ジーンズとキャミソールで出かける。ジーンズなので入れてもらえず、裏口から入るとモデルがいてそのまま舞台に出てしまう。堂々と歩く姿を撮影されてヘンリー卿の娘というニュースが報道される。

そんな具合でアメリカ娘がイギリス貴族階級を驚かし受け入れられていく。
貴族のパーティにもいろいろ参加。太った双子娘さんを感化してしまうし、貴族の愛犬と仲良くなったり。
ヘンリーは父親としてダフネを社交界に披露するパーティを催す。デコルテのドレスに祖母からは大切なティアラをもらってつけデビュー。しかし・・・もう一波乱あって気持ちよいラストシーンへ。

ジャネット・イヴァノヴィッチ『あたしの手元は10000ボルト』

5月10日の〈関西翻訳ミステリー読書会〉の課題書だったので久しぶりに買って読んだ。
読書会で翻訳者の細美さんが言っておられたが、阪神大震災(1995年)で被災して仮設住宅住まいのときに翻訳の話があったそうだ。第1作の「私が愛したリボルバー」は1996年発行でVFCでもずいぶん話題になった。
「わたし」でなく「あたし」と訳したことの話もされていたが、はじめて読んだときは新鮮だった。3冊目くらいまで買って読み、そのあとは借りて読んで何冊目まで読んだか覚えていない。19冊原書で出ていて訳されているのは12冊、本書が12冊目である。
課題書なので買ったがどうもこの表紙はこまっちゃうな。最初のころのハードボイルドな表紙がなつかしい。

主人公のステファニーの職業はバウンティ・ハンター(保釈保証会社の逃亡者逮捕請負人)である。たしか1作目が出たころに見た映画がバウンティ・ハンターものだった。いま検索したがそれらしいのが見つからない。いろいろあるのがわかったのが収穫。女性バウンティ・ハンターが主人公の「ドミノ」を見たい。サム・ペキンパーの傑作「ワイルド・パンチ」もバウンティ・ハンターものなんだな。

今回はハンター生活に慣れてきたあたし(ステファニー)が、この商売の師匠でありアブナイ男のレンジャーの闘いを援護する。バウンティ・ハンターのレンジャーに憧れて、そっくりさんになった男がレンジャーが若いときに生まれた娘を母親と継父のところから誘拐する。娘の無事を祈りつつ誘拐犯を追うレンジャーとステファニー。そして幼なじみの刑事モレリがからむ。
レンジャーがカッコいい。子分とハイテク機器を使いこなして犯人を追う。ステファニーのところで泊まるがセックスなしだけど、同じベッド。次の朝一にモレリが訪ねてきたときは偶然カーペットに枕と毛布が落ちていて、危機一髪!なのであった。
あたしはにせのレンジャーに近づいて娘を助けようと近づくが、スタンガンでやられて失神している間に携帯2台も非常ボタンも取り上げられてしまう。

モレルとレンジャー、いいオトコ2人のどちらとくっつくのかな。
レンジャーは「おれはデザートだ」という。
【「あんたの食生活の基盤になりえないもの、だ」んまあ、ここがあたしの難題なのだ。デザートは、あたしの食生活の基盤なのだ!】
【モレリはあたしを見た。「あんたを愛しているわ」あたしは彼に言った。「ああ」モレリは言った。「知ってる。だがおまえがそう言うのを聞くのはいいものだ。おれもお前を愛しているぜ」口に出さなかったのは、あたしはレンジャーも愛しているということだった。】
(細美遥子訳 集英社文庫 838円+税)

関西翻訳ミステリー読書会(ジャネット・イヴァノヴィッチ『あたしの手元は10000ボルト』)

第10回関西翻訳ミステリー読書会に行った。わたしの参加は7回目。真面目な読書家の集まりで、まさに読書会。
今日の課題本は女性のバウンティ・ハンター(保釈保証会社の逃亡者逮捕請負人)ステファニー・プラムが主人公のシリーズ第12作。翻訳家の細美遥子さんが出席されていろいろと疑問に答えたり知らないことを教えてくださって和やかな一夜だった。ほとんどの人が楽しく読めたと言っていた。

主催者のKさんが「この本はハードボイルドミステリーだ」と言われたのが、目からウロコだった。そうなのだ。少々たがが外れているところがあるが、ハードボイルド・ミステリーであるのは間違いない。
わたしの友人はこのシリーズのファンで原書で読んでいて、「ドタバタ ラブコメ ミステリー」と表現していたが、そうでもあるなあ。

久しぶりに読んで元気いっぱいのステファニー・プラムに出会えてよかった。警官とバウンティ・ハンターと二人のステキな彼氏のうちどっちにしたのか気になるなぁ。それだけでも原書を読んだ人に聞いてみるか。
(細美遥子訳 集英社文庫 838円+税)

モジーズcafe in Osaka の3回目に参加

第1回目は3月だった。4月の2回目は遠かったので見送ったが、3回目の今日は船場のカフェということなので参加した。
雨が降る中、いろいろな年代のひとたちが集まって男女半々だったかな。まず自己紹介。
それから下地(モジモジ)さんが、瓦礫焼却を知ったときからのことを話された。11年秋に大阪府の会議を聞きに行ったこと、それから活動をはじめられて、最初の会合〈大阪に放射能がくるぞ (+_+) 燃やしていいのか放射能(ー_ー)!! それでいいのか大阪人! 【大 阪】住 民 説 明 会 〉はわたしも参加していたのでよく覚えている。それから何十回と会合や集会を重ねられていまになった。これらの活動の影響は浸透しているとモジモジさん。これからは瓦礫だけでなくいろんな問題とからめていこうとおっしゃった。

フランスに長い年月住んでおられて帰国中の女性がフランスの原発分布図を見せてくれた。美しい地図に点々と原発の印がついている。
彼女はすぐにフランスへ行くが日本語のサイトが読めるようになったとのことで、このブログも読んでくれるって。
結婚で柏から出て大阪で暮らすようになった男性からの現地のことなども聞けた。ああ、やっぱり集まりに出てきてよかった。

モジモジさんの言葉から、印象に残った第一、デモや集会で参加者が逮捕された場合、まず抗議をしよう。よく事実関係を調べるのが先とかいう人がいるが、それはおかしい。
印象に残った第二、幸福を感じて生きていこう。幸福は快楽とは違う。暴力をふるって快楽を得ても幸福ではない。
わたしには今日はとても幸福な土曜日だった。