鉄のフライパンを買った

昔からずっと鉄のフライパンを使っていたのに数年前からテフロンに鞍替えしてた。理由はなんだったろう。スーパーにはテフロンのしか売ってないが。だれかに言われて買うということはない。やっぱりラクをしたかったんだろう。
変えたときにはえらい使い勝手のいいもんだと感心したのは覚えている。それから3回買い替えて疑問がわいてきた。安くて使い勝手がいいようだが結局は高いものにつく。次は鉄のフライパンにしよう。もちろんお金の話だけではない。テフロンへの疑問が浮かんだから。

と思っていたところへ、ツイッターでフォロワーさんが鉄の中華鍋を買ったら快適とつぶやいておられた。使いはじめはどうするのと質問したら、野菜屑をたくさん炒めてよく洗ったらいいんだって。すぐに息子さんがソーセージを炒めたけどひっつかなかったよとのこと。

相方がネットで調べた上で千日前道具屋筋の専門店へ今日買いに行った。思ったよりもずっと安く買えたからと中小2個。これから写真を撮ってブログにアップするので、使うのは明日から。
電子レンジは使ったことがない。ご飯はステンレス鍋と土鍋で炊いている。フライパンが解決してやれやれ。炒め物をするにしても野菜と豆だから昔とは違う。

ダニー・ボイル監督『スラムドッグ$ミリオネア』

映画に関心をなくしていた時間が長かったのはなぜか自分でも不思議だ。ダニー・ボイル監督の作品は「トレインスポッティング」(1996)しか見ていなかった。
「スラムドッグ$ミリオネア」(2008)は2008年と2009年(アカデミー賞7部門)の世界中の映画賞を独占しているのに、全然関心がなかった。いまもアカデミー賞がどうとか気にしないほうだが、この作品に関心を寄せなかったのはひどいねと自分に呆れている。

インドのスラム街で生まれ育ち、母を殺されたサリームとジャマール兄弟は逞しく生きている。混沌の中で知り合ったというより拾った少女ラティカと3人組で浮浪の生活をしていたが、マフィアにつかまって物乞いさせられたりしている暮らしから逃げ出す。兄弟は汽車に飛び乗れたがラティカは一瞬遅れて再びマフィアの手におちる。

青年になったジャマールは電話局で給仕をしているが、テレビの有名番組「クイズ$ミリオネア」に出ることになり、解答がどんどん当っていく。その解答ごとにジャマールの生い立ちが重ねられて、解答のヒントになるのがわかる。教育のない青年がどんな不正をしているのか警察に連れて行かれ、ひどい拷問を受けるが耐えきり、最後は警部が納得する。
マフィアの手下になった兄のサリームはジャマールのラティカへの愛を捨てさせようとするが、ジャマールは想い続ける。

重い内容なのに暗くなく、観光客をだましてお金を稼ぐ逞しさ、ふてぶてしさもいい。
最後の駅のプラットホームのダンスがインド映画っぽくてよかった。

長いつきあいの友人と鍋とリュック

27年前に買ったビタクラフトの鍋のふたのつまみが壊れた。百貨店の売り場に持って行って部品を調達中。この鍋はいちばん酷使したもので、あとの3個はまだまだ元気いっぱい働いている。高価だったので覚えているがひとつ20,000から25,000円くらいのを徐々に買っていった。合計10万円を思い切って買ったものだ。それだけ元を取っていると思う。

先日、相方とL・L・ビーンへ買い物に行ったとき、店員さんが「すごいなぁ、レザーリュックじゃないですか」と声をかけてくれた。「何年くらい持っているかな、20年くらいかな」と返事した。リュックの底その他に皮が使われている。最初のは友人がはまっていたアメリカから直接買う通信販売でいっしょに買ってもらった。まだ家にある。レザーのは震災関連の用事で神戸へ行ったときに神戸店で買ったように思う。だったら16・7年くらい前か。

今日2時間ほど寄ってくれたのは45年も前からの友人である。こっちの2人は当時もいまも素浪人だが、彼は最初は大学院生で、何度もヨーロッパに留学し、国立の大学教授になり定年で辞めて名誉教授である。この間に何十回かお土産持参で会いに来てくれた。エディンバラからはモルトウィスキー、バスクからはベレー帽、ベトナムからは銀のネックレス、日本のあちこちの陶芸品、などなど。今日は台湾の茶器セットだった。
夜の会合のために大阪に来たのだが、うちに先に寄るために早く家を出たそうだ。去年の夏を過ごしたイギリスの田舎の話を専門分野からしてもらって勉強になった。夜の話のためのレジュメももらってラッキー。

会話のひとつに、イギリス人やアメリカ人は家の手入れをよくして長持ちさせるというのがあった。イギリスの家なんて古いほうが高価だそうな。
うちは亭主の手入れをちゃんとしているから長持ちしてる(笑)。

マイケル・ウィンターボトム監督『イン・ディス・ワールド』

いま、T氏に貸していただいたマイケル・ウィンターボトム監督の14本目の映画を見終わった。これでわたしは、T氏がいうところの「全部見たら押しも押されぬ立派なウィンターボトム通」になった(笑)。
贅沢言うと「キラー・インサイド・ミー」を見たいんですけど。原作がジム・トンプスン「おれの中の殺し屋」なんで。

息抜きに冗談が入ったけど、「イン・ディス・ワールド」(2002)は難民問題を取り上げていてすごい映画だった。ウィンターボトム監督はぐいぐい押すだけの作家ではないから、しんどい問題を取り上げているけど静かに見続け、見終わったあとは深く静かな興奮が残った。

パキスタンの北西の町ペシャワールには100万人の難民がいる。そこに生まれた若者は違う世界に出て行きたい。密入国業者にお金を払えて運がよければ行ける文明世界に。
15歳の少年ジャマールは難民キャンプに生まれてレンガ工場で低賃金で働いている。従兄弟の青年エナヤットは親の家電店で働いている。エナヤットの父親は息子の将来を思ってロンドンへ行くようにと、英語のできるジャマールとともに送り出す。空路はお金がかかるので、危険だが陸路の旅を選ぶ。
難民キャンプからバスで出発、途中でトラックに何度か乗り換え、検問でエナヤットのウォークマンを差し出して通してもらったこともあった。なのに次のバスでは乗り込んで来た軍人にバスから降ろされパキスタンにもどされる。前に進むために何度も何度も車を乗り換えお金をむしりとられる。
果物がいっぱいのトラックの荷台に乗って山に囲まれたところに着くと、クルド人が優しくもてなしてくれた。子どもたちとサッカーして遊んで小休止の楽しい場面だった。
案内の少年に連れられて山を越えようとすると、銃撃戦があり少年は逃げて行く。ふたりは必死で山を越え雪のトルコに到着。トラックを乗り継ぎ、途中で知り合った子連れ夫婦といっしょにイスタンブールに着く。
イスタンブールで仕事を見つけて少し穏やかな生活を送っていたが、またもや難民として移送される。トラックの荷台の暑さと酸欠でエナヤットも子連れ夫婦も死亡。ジャマールと子どもだけが残る。
ロンドンに着くまでまだまだ苦労の連続。難民キャンプで知り合った友人とユーロトンネルをおどろきのただ乗りで越えて、いまジャマールはロンドンにいる。

年齢は上だが親掛かりのエヤナットに比べて孤児のジャマールは目端が利き、なにがなんでも生き抜く力を持っている。二人ともとても爽やかな青年だ。
主演の二人は本当の難民で本名と役名が同じだ。

ブルース・パルトロウ監督『デュエット』

アメリカでも〈カラオケ〉っていうのをいままで知らなかった。この映画ではアメリカ各地に〈カラオケ・バー〉があってのど自慢のひとたちが競いあっている。賞金があるのでそれで生活している人間もいるみたいだ。まるでハスラーみたいだ。
わたしは一度もカラオケに行ったことがないので知らないけど、元祖日本のカラオケとはえらい違うように思った。

「デュエット」(2000)の監督はグウィネス・パルトロウのお父さんのブルース・パルトロウ。映画の中の父親(ヒューイ・ルイス)は賞金の出るカラオケ・バー情報を知るとすぐに出かけて、さりげなく歌って賞金をものにする。しかもカモを見つけてどっちが勝つか賭けるようにもっていき相手の持ち金を取り上げる。
ホテルで休んでいると電話がかかって知り合いが亡くなったのを知る。ラスベガスの教会で棺に横たわる昔の恋人を見ていると、「お父さん」と若い女性(グウィネス・パルトロウ)が呼びかける。彼女は三代続くラスベガスのショーガール。
その他、神父になろうと思っていた純情タクシードライバーとあっぱっぱなカラオケ賞金稼ぎの女性のおかしな道行き。
疲労のために出張先を見失った営業マンは店にいた女の子にクスリを飲まされて、生まれてはじめてカラオケで歌い興奮しっぱなし。くるまをぶっとばしていて見かけたわけあり男を乗せる。むちゃくちゃやっているうちにふたりの間に友情が育つ。

グウィネス・パルトロウが「ベティ・デイビスの瞳」を歌う。20年くらい前にキム・カーンが歌ってヒットした歌だ。当時ですらベティ・デイビスって誰って聞かれたことがあった。亡くなった姉が大好きだった女優で、わたしは深夜映画やビデオで見られるかぎり見ている。ベティ・デイビスは瞳もいいが唇がなんともいえずセクシー。歌うグウィネスもステキ。

登場人物がみんなそろったラストだが、すんなりカラオケ大会で終らない。ドラマチックな悲しい物語があって、ほんとの最後は明るく出発!!

スティーヴン・ウーリー監督『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』

監督のスティーヴン・ウーリーはニール・ジョーダンのたくさんの映画のプロデュースをしてきたが、ずっとブライアン・ジョーンズを主題にした映画を撮りたいと思っていた。彼の最初の監督作品が「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」(2005)である。
60年代の音楽、麻薬、酒、セックス、そしてブライアンと恋人と。無慈悲なブライアンに翻弄される建築家が悲しい。

ブライアン・ジョーンズはローリングストーンズをつくり最初はリーダーだった。わたしはローリングストーンズは好きだけど熱中したわけではない。そしてブライアンが好きといえるほど聞いているわけでもない。

わたしが関心をもっているのはブライアンが住んでいた家である。この映画を見ていると実際にこの家に住んでいたのかと思ったほど、それらしい家なのであった。それで検索してようやく映画の家は他の場所で撮ったものとわかった。
「サセックス州ハートフィールドのコッチフォードファーム」を1925年に購入したのは「くまのプーさん」を書いたA・A・ミルン。56年に亡くなるまでミルンはここに住んでいたが、その後、息子により売却された。68年11月にブライアンが移ってきて69年7月、27歳でこの家のプールで死亡。住んだ期間が短過ぎる。
ブライアンは「くまのプーさん」が大好きでこの家を買ったそうだ。

わたしはプーさんより「赤い館の秘密」(1921)が好き。生まれてはじめて読んだ5冊のミステリーの1冊だから。いま調べたら「くまのプーさん」(1926)より前に書いている。
ブライアン・ジョーンズの映画を見て、ブライアンとともにA・A・ミルンを偲んだ。

英国ちいさな村の謎(2)M・C・ビートン『アガサ・レーズンと猫泥棒』

コージー・ミステリの評判作、M・C・ビートンのアガサ・レーズンが活躍するシリーズの2冊目をUさんが送ってくださった。最近いろんなかたから本をもらったり貸してもらったり。ありがたいことだ。人徳ですなぁ(笑)。
Uさんは1冊目は図書館で借りて読み、あまりのおもしろさに(2)を買いに走ったという。(1)「アガサ・レーズンと困った料理」で主人公の性格やなぜコッツウォルズにいるかの説明があったはずだ。ちょっと検索して書いておこう。
アガサはロンドンのPR業界でがむしゃらに働いてきたが、引退してあこがれの田園生活を送るべくコッツウォルズの村でコテージを買って暮らすことにした。村人にとけ込もうとキッシュ作りコンテストに応募するが、料理ができないのでロンドンのデリカテッセンで買ってくる。そして審査員がアガサのキッシュを食べて死んでしまい、毒殺魔の疑いをかけられる。

そういうことがあっての(2)である。
アガサはこんがりと日焼けしてヒースロー空港に降り立った。ハンサムな隣人ジェームズを追いかけてバハマまで行ったのだ。ところがアガサがバハマへ行くという情報を知ったジェームズは行き先を変更していた。
傷心のアガサは今度は新しく村で開業したハンサムな獣医さんを目がけて、健康猫のホッジスを連れて診療所へ行く。ちょっとヘンな医師だと思うが、デートに誘われてうきうき。夕方おしゃれして出かけたものの雪で車が動かず町へ出られない。彼に電話すると女性が出たのであなた誰と聞くと「妻です」。
村から私道が延びているさきにある大邸宅の厩舎で、馬の治療をしていたハンサムな医師が亡くなった。他殺だとアガサは思う。ジェームズも同意見でなぜかふたりはいっしょに素人探偵をはじめる。

大邸宅の主人の目つきでアガサは屈辱を味わう。アガサは高価なドレスを着ていたが、労働者階級出身だとその目は見抜いていた。別の聞き込みでも領主館へ行くと女主人とジェームズは祖先の話で知り合いだとわかる。アガサはジェームズはこういうひとと結婚する階級かとさびしい。自分は不潔なバーミンガムの労働者階級出身だから。

ひがんだり傷ついたりしながら、なぜか毎日聞き込みに歩くふたり。獣医の受付の女性を捜して町のディスコに行くと、入り口で「楽しんでください、おばあちゃん」と用心棒がいい、アガサは彼をにらみつけて「このボケナス」と返す。
(羽田詩津子訳 原書房コージーブックス 781円+税)

ウォーター・ヒル監督『クロスロード』

ロバート・ジョンソンの名前はマンガで知っていた。クロスロードで悪魔と取引した話だった。わが家はブルースがよく聞こえてCDもなにやらあるんだけど、わたしは聞こうと思って聞くことってない。好みって一人が熱中すると片方は醒めるのかも。

ジュリアード音楽院でクラシックギターを学んでいる白人青年ユージン(ラルフ・マッチオ)はブルースに心酔していて、教師の前でもモーツアルトを弾いていて最後はブルースになってしまう。
近くの老人ホームにジョンソンの友人だったウィリー(ジョー・セネカ)がいるのを知り、ホームの掃除夫になって話しかける。お互いに信じ合うのでなく両方とも魂胆があって行動を共にすることになる。いままで管理者の目を欺くために車椅子に座っていたウィリーが立ち上がって歩きだす。ふたりは早朝ホームを逃げ出し追っ手をまいて一路南部へ。
ユージンのお金がなくなり、ウィリーが持っていた40ドルでヒッチハイクの旅を続ける。女の子と知り合って別れ、保安官に捕まって村から追放され、ようやくクロスロードへ。ギター対決でスティーヴ・ヴァイを相手に弾きまくる。

ウィリー役のジョー・セネカのハーモニカと歌がすばらしい。
帰りはシカゴまで飛行機で行こう、そこで別れようと提案するウィリーがカッコいい。人生を知り尽くしている。1986年のアメリカ映画。音楽映画であり青春映画である。

「ミステリーズ!」2月号に木村二郎さんの女性私立探偵小説『偶然の殺人者』

新刊書や雑誌は本屋で手に取って買うのが好き。去年の末から「ミステリーズ!」2月号を買わなくっちゃと思っていたのに買いそびれていた。堂島ジュンク堂に行けばバックナンバーも置いてある棚があってさっさと買えるので、他で探す気にならない。ようやく先週の土曜日に手に入れた。

最近は北欧ものを読むことが多いが、たいていが警察ものである。いちばん最近に読んだ「キリング」もデンマークの女性警部補が頑張っている。そこへニューヨークの女性私立探偵フィリス・マーリー登場したのにはおどろいた。木村さんの作品ならジョー・ヴェニスではないの? 読んでわかったが、フィリスは15年前に亡くなった父がいた探偵社で働いていたが2年前に独立した。フィリスの父とヴェニスは同じ探偵社で働いていたことがあり、ヴェニスはフィリスのことを実のおじのように気にかけている。今回、出版社の仕事にフィリスを推薦したのはヴェニスだった。フィリスは30歳代前半の鋭い目をした飾らない女性である。

エンパイア・ステート・ビルが見渡せるビルの一室でミステリ雑誌《ダーク・シャドウ》編集長のタラが待っていた。応募してきた新人の原稿に不審なところがあるという。盗作かもしれないので調査したい。私立探偵小説に詳しいヘイウッドにも会って話を聞くように。とのことで、フィリスは原稿を読んでからヴェニスと同じビルに住むヘイウッドを訪ねる。

作者の住まいに出かけると男が倒れていた。
フィリスは警察に連絡する前にiPhoneで写真を撮る。死体の他にも本棚の本のタイトルや著者名もわかるように撮り、自分のiPadに送信してiPhoneのほうは削除する。
「フィリス、死体を見つけるのが上手なのね」と言いながら登場したのはマンハッタン・サウス署殺人課のアンジェラ・パランボ警部補。フィリスは待たされている間に「退屈になったら、腕立て伏せでもやってますわ」だって。

いらいらせずに楽しんで読める。そして、50年代、60年代の私立探偵小説作家の名前がぞろぞろ出てくるのも好きな者にはたまらん。わたしはそれらをすこし読んでいて、かなり名前を知っている。
(「ミステリーズ!」2013年2月号 東京創元社 1200円+税)

マイケル・ウィンターボトム/マット・ホワイトクロス監督『グアンタナモ、僕達が見た真実』

この映画「グアンタナモ、僕達が見た真実」(2006)こそ見なければいけない映画なのに、なかなか見る気が起こらなかった。厳しい内容だろうなと思うとついおっくうになり、恋愛ものとかにいってしまう。恋愛映画だって人生について考えさせてくれるけど。
わたし的には、いまこそ見なければのとき。

DVDについていた監督インタビューでは若いマット・ホワイトクロス監督が答えていた。3人の本人たちと3人の主役とともに過ごして映画作りをしたそうだ。
次に本人たち2人のインタビューになった。映画の彼らとそっくりだ。こもごもあってはならなかったグアンタナモの経験について語った。最後に日本のみなさんも闘ってほしいと言われた。いま大阪では瓦礫焼却に反対の運動をしたひとたちが長く拘束されている。

アシフはイギリスのバーミンガムに住むパキスタン系イギリス人。結婚のために郷里のパキスタンに向かい、結婚を決めてイギリスにいる友人3人を結婚式に招待する。パキスタンでは従兄弟も加わり楽しく遊んでいたが、モスクへ行ったとき、導師がアメリカ軍の侵攻でアフガニスタンが混乱していると語るのを聞いて、なにか手伝おうと行くことにする。アフガニスタン行きのバスに乗ると思わぬところに着き、アメリカからの空爆や攻撃に逃げまどう。
アフガニスタンの捕虜収容所に拘留された彼らはアメリカ軍にテロリストと決めつけられ、キューバにあるグアンタナモ捕虜収容所に連れて行かれる。アフガニスタンでの拷問もすごかったが、ここでの拷問は想像を絶する。肉体の限界に迫る拘束、暴力、拷問を耐えるが、最後の最後にひどい拘束と音の暴力を受け、誘導尋問にうなづいてしまう。皮肉なことにアシフはその事件のときはイギリスで他の事件で捕まっていたためアリバイがあり助かった。
耐え続けた3人はイギリスにもどり、アシフは改めて結婚する。いっしょに行ったあと1人は行方不明のままだ。