政治と文学 ジュリアン・シュナーベル監督『夜になる前に』(2)

昨日は映画「夜になる前に」を見てすっかり興奮してしまい寝付けなかった。カストロ政権には好意を持っていたから、見ているときはえっという場面が多々あった。でも考えるまでもなく、文学はやばいものだ。新しく革命政府を打ち立てるためには文学は邪魔である。文学的なものも邪魔である。
アレナスの才能を認めて育てようとした先生が、軍部や官僚たちに節を曲げさせられるつらいシーンがあった。そういうふうにしていかないとキューバという小国がアメリカの鼻先で生きていけなかったのだろう。
アメリカへ渡ってせっかく自由になったのに、エイズに罹るなんてなんてことだ。

ロバート・レッドフォード製作/監督/主演『モンタナの風に抱かれて』

レンタルDVDを見る日が続いている。昔からときたまこういう時期があって毎日ビデオやレーザーディスクを見ていたのがいまはDVDになった。
「モンタナの風に抱かれて」(1998)でブログ検索したら、「馬が出てこなくっちゃ」というのと、男前の話のときに出てきたから、映画を見たのはブログ以前のようだ。
わたしと相方の趣味の一致点である「恋愛もの」「馬が走る」の両方がそろった映画として覚えていた。

ニューヨークで雑誌の編集長をしているアニー(クリスティン・スコット・トーマス)は弁護士の夫と13歳の娘グレース(スカーレット・ヨハンソン)と暮らしている。娘は早朝に友だちと馬で出かけて事故にあい右足を失う。友だちは死に、馬のピルグリムはグレースをかばって怪我をし心にも傷を負った。
専門家たちに荒れる馬を処分するように言われるが、グレースがいやがるのでなんとかしたいとネットで探すと、モンタナで馬専門のクリニックをしているトム(ロバート・レッドフォード)が見つかる。電話では通じないのでアニーはグレースを横に、鎮痛剤を打ったピルグリムを乗せたトレーラーを引きずってモンタナに向かう。

トムの落ち着いた対応にピルグリムの心は徐々に開き傷も回復していく。美しいモンタナの風景とトムのきょうだい一家のもてなしで、絶え間ない電話で気ぜわしく働くアニーも根性の曲がったグレースも癒されていく。
昔は乗馬をしていたアニーはトムに勧められていっしょに出かける。ふたりはお互いに愛し合っているのを意識する。トムはシカゴの大学で知り合った音楽家の女性と結婚したことがあった。

グレースもトムに心を開くようになり事故のときの状態を話す。トムはピルグリムはグレースをかばって怪我をしたのだといって、最終的にはグレースが乗るようにいい、いうことを聞かない馬をおさえ、グレースに撫でさせる。ついにグレースはピルグリムの鞍にまたがる。

クリスティン・スコット・トーマスはイングリッシュ・ペイシェント(1996)がよかった。この作品も気の強い女性の役がカッコいい。ロバート・レッドフォードはいうに及ばすでものすごくよい。そしてまた、モンタナの風景の美しいこと!

ジュリアン・シュナーベル監督『夜になる前に』(1)

「バスキア」の監督がキューバの作家レイナルド・アレナスの生涯を描いた映画(2000年の作品)だと相方が借りてきたDVDをいっしょに見た。タイトルがいいと思ったら主人公が書いた小説のタイトルなのであった。
レイナルド・アレナスという作家の名前もはじめて知った。アレナスは1973年にキューバの貧しい家に生まれたが、文章を書く才能があるのを教師が見いだす。
映画紹介サイトの〈解説〉によると、アレナスは14歳でカストロ率いる暴動に参加、62年までハバナ大学に通い、同時に同性愛に目覚めた。1980年にアメリカへ亡命。1987年にエイズであることがわかり、1990年に睡眠薬を多量に摂取して自殺した。

レイナルド・アレナス(ハビエル・バルデム)の貧しい子ども時代からはじまるが、成長するにつれいい男になる。友人やとりまきの美しい青年たちが出てきて美しい海で戯れたりの文学青年時代。友人が華麗なオープンカーでやってくる。ええ車やなあと歓声をあげると「エロール・フリンが乗ってた」と答えが。エロール・フリンっていい男や華麗な車の表現に使う普通名詞なのか。

彼の作品を認めてくれた文学者は国立図書館で働くようにいい、プルーストやカフカなどの必読本を貸してくれる。そして革命政府にとっては文学者はいずれ敵になるだろうと話す。その言葉どおりに弾圧がはじまり、文学と同時にホモセクシュアルであることで逮捕される。その寸前に偶然知り合ったフランス人夫妻に原稿を渡したのが、フランスで出版されてフランスにおける外国文学賞を受賞する。
脱獄しまた逮捕され刑務所で服役。ひどい刑務所だったが作家ということが知られて、服役者の手紙の代筆をする。手紙や原稿を外へ出すにあたっての手段がすごい。ジョニー・デップが熱演している。
独房やものすごい屈辱を受けた後にようやく出所。その後の生活で生涯の友となるラサロと知り合う。
カストロ政権による革命政府に不用な人間はいらないという政策により、ホモセクシュアルとして登録しアメリカへ亡命する。

原作を読まなくちゃ。

ロジェ・ヴァディム監督『危険な関係(’59) 』

原作の「危険な関係」(ラクロ)を読んだのはずっと昔のことで、澁澤龍彦あたりが紹介していたから読んだのだと思う。メルトイユ侯爵夫人という名前をずっと覚えているくらいに影響を受けた。徹底した悪女ぶりがすごい。

映画「危険な関係(’59) 」は製作されてすぐに日本で上映されたのだろうか。見たような気がしていたが、見ていなかったようでもある。ヌーベル・バーグ以前のフランス映画をいっぱい見ていた時代だ。
ジェラール・フィリップの最後の作品だということはいまはじめて知った。いま主な出演作品を見たら「危険な関係」以外は全部封切りで見ていた。

見たとはっきりいえるのは90年代にレンタルビデオで見たときだ。そのときは一言でいえばつまらなかった。音楽がセロニアス・モンクとアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズでそのときはわかっていたろうが、忘れたままだった。ただ若きジャン=ルイ・トランティニャンをいいなと思ったのは覚えていた。

さっき見たらびっくりするくらいよく覚えていた。全然つまらなくない。音楽がよくて画面とぴったり合っているところに感動した。ジャンヌ・モローの悪女ぶり、ジェラール・フィリップのモテ男ぶり、アネット・ヴァディムの色気のある清純さ、ジャン=ルイ・トランティニャンのおたくっぽい青年・・・登場人物みんなところを得ている。
ジャズクラブのシーンが長くて楽しめた。成熟した大人の社会であることが羨ましい。

トム・マッカーシー監督『扉をたたく人』

数日前から映画を見る気が起きてきて毎日のように(気持ち的に笑)見るようになった。といってもレンタルDVDでだが。
見たい映画をメルマガなどから調べたりツタヤで探したりして借りている。
トム・マッカーシー監督「扉をたたく人」(2008)は最初4館のみで公開されていたのが、最終的に270館に拡大し6カ月間にわたってのロングランになったそうだ。それがうなづける内容の映画だった。

コネチカット州で大学教授をしているウォルターは妻を亡くしてから、仕事にも張りがなく気力のない生活をしている。ニューヨークで開かれる学会にやる気がないが行かざるを得なくて出かけいく。彼はニューヨークにアパートを持っている。
アパートに入ると、アフリカ系の若い女性ゼイナブ(セネガル人)がお風呂に入っていてびっくりする。アラブ系の男タレク(シリア人)がもどってきて、ふたりは知り合いの紹介でここを借りたという。彼らが静かに出て行くのをウォルターは追いかけて家が見つかるまで同居するようにいう。
タレクはジャンベ奏者で、彼の叩くジャンベの音にウォルターは惹かれていく。ライブにも行き、公園でたくさんの仲間で叩くときにはグループに入れてもらう。ゼイナブがアクセサリなど小物を作って売っているところにも行く。
すっかり明るくなったウォルターだが、地下鉄の改札口でもたついたときに、警察官たちに囲まれタレクは不法逮捕される。911以来、アラブ系の人間に厳しくなっており不法滞在であることがわかって拘置される。タレクの母が電話が通じないのを不安に思ってやってくる。ホテルへ行く彼女を引き止めて部屋を提供する。ふたりで拘置所に行くが母は面会できない。タレクの不安は増すばかり。拘置所の職員の対応がやりきれない。

初対面のゼイナブと3人で船でマンハッタン島をめぐるところもよかった。ふたりともおしゃれして「オペラ座の怪人」を見に行くところも、緊張が場面が続く中ちょっと気が休まった。静かに恋が進行していくところもよかった。
最後のシーン。タレクがあそこでジャンベを叩きたいと言っていた地下鉄のプラットホームのベンチに座ってウォルターがジャンベを取り出し叩き出す。

ケン・ローチ監督『やさしくキスをして』

ケン・ローチ監督の映画「やさしくキスをして」は題名ではわからない硬派な映画だった。(製作国イギリス/ベルギー/ドイツ/イタリア/スペイン)
スコットランドのグラスゴーにに住むパキスタン人一家の長男カシム(アッタ・ヤクブ)は妹の通うカソリック高校の音楽教師ロシーン(エヴァ・バーシッスル)と出会う。ロシーンは夫と別居中の進歩的な教師。
DJもするカシムはロシーンに積極的にアタックしてクラブに誘う。「仕事は何時から?」「9時から」「7時までに帰れるよ」てな具合。意気投合して彼女のアパートに行くが、つい家族のことを考えてしまう。
ロシーンがスペイン旅行に誘って楽しく遊ぶが、カシムは家のことや両親のことを考えて鬱々としている。
ロシーンは本雇いではないが上司は仕事ぶりを認めて正規の教師に推薦してくれる。でもそれにはカソリックの教区のえらいさんのサインが必要で、教区長はイスラム教徒の恋人がいるロシーンをなじる。上司はかばうが教育委員会の許可が得られず、宗教自由の学校に行かされることになる。
カシムは親の決めた婚約者がおり、親は庭に新しく彼らが住む家を建てている。カシムはロシーンにパキスタン人の悲劇を語りイギリスへ来ることを選んだ親たちの苦労を語る。ここでふたりは別れるのかと思ったが・・・
ケン・ローチの映画は恥ずかしながらはじめて見た。すごい監督だということがわかった。

映画「第4の革命 – エネルギー・デモクラシー 」をユーストで

今日〈『第4の革命』無料Ust配信&上映会!山口から「エネルギー維新を!」本日7月10日17:30から〉というのがあるのを知って見ることにした。時間がないのでゲストトーク等は見ないで7時半からの映画だけ。

2010年ドイツで製作されたドキュメンタリー。監督はカール=A・フェヒナー。
検索したらこうあった。【本作は、ドイツを脱原発決定へ導き、再生可能なエネルギーへのシフトを決断させたドキュメンタリーで、2010年ドイツ全土で上映されると、その年のドキュメンタリー映画最高の13万人を動員し、2011年テレビで放映されたときには200万人が視聴した。】

大量の風力発電導入を促した1990年の“電力買い取り法”と、太陽光発電導入の起爆剤になった2000年の“再生可能エネルギー法”の2つの法律を制定させた中心人物ヘルマン・シェーアがナビゲーターになって「第4の革命 – エネルギー・デモクラシー 」について熱く語る。
太陽エネルギー、風力、水力、地熱エネルギーは誰でも平等に利用できる自然エネルギーであるとして、地球上のいろんな場所での太陽パネルや風力発電のシーンが紹介される。
アフリカの村には電気なしで暮らしている人がたくさんいる。お産をするのに懐中電灯を抱えて2晩過ごした話など、そして太陽パネルが取り付けられ、スイッチを押すと部屋が明るくなった。
ビアンカ・ジャガーが案内人と奥地に入っていく。ビアンカがこういう活動をしているのを読んでいたけど映像で見られてよかった。

見終わってから製作年をみたら2010年だった。やっぱりフクシマ以前の映画だ。ほのぼのと気持ちよい。いま製作したらフクシマについて語って悲惨な場面もいっぱい出てくるはずだ。
それにしてもフクシマの現状があるのに、原発再稼働に邁進する日本の政府と官僚と電気会社ってなんなんだろう。なんたる国に住んでいるんだろう、わたしら。考えさせられる映画だった。

『ハリウッド・バビロン』と『女優フランシス』

雑談していてロボトミーの話になった。あっ、ロボトミーの手術した女優の話あったやんと、取り出したのがケネス・アンガーの「ハリウッド・バビロン」(1978年)。ハリウッドの話題になると引っ張り出していた本だが、ここんとこご無沙汰してた。4月に開かれた関西翻訳ミステリ読書会ではジェイムズ・エルロイの「ブラック・ダリア」が取り上げられて、翻訳本の編集者によるレジュメに本書が紹介されていた。この本を知っていたのはわたしだけだったので、おおいに自慢した。

フランシス・ファーマー(1913年生まれ)は美しい女性だった。1935年にパラマウント社は「新しいガルボ」と飛びついて7年契約を結んだ。しかし金以外はハリウッドのなにもかもが嫌いという言動が取りざたされ、ささいな交通違反からパトロール警官の無礼な態度への暴行で逮捕される。警察でも裁判所でも反抗的な態度をとおし、まわりに群がったカメラマンを「ネズ公!ネズ公!ネズ公!」と罵倒した。
会社に反抗し徹底的に会社命令を拒否、警察の謀略により逮捕されたあげく、精神病院に強制入院させられ、やがてはロボトミー手術をされる。悲しいことに手術以後はおとなしくなったという。

「女優フランシス」(1982)はフランシス・ファーマーの生涯を描いた映画である。フランシスをジェシカ・ラング、唯一の理解者役がサム・シェパード。梅田コマ劇場地下のコマシルバーで見た記憶がある。強烈な映画でもう一度見るのはかなわんなと思ったくらいだ。

ジョン・ミリアスの映画を見たい

先週の水曜日にバーでライブをやっている反対側の壁に写っている「ビッグ・ウェンズデー」 (1978 監督/脚本)を見てから、ジョン・ミリアスの映画を見たくなった。
ずっと昔に道頓堀の浪花座で深夜にサーファーたちに囲まれて「ビッグ・ウェンズデー」を見てからレーザーディスクを買って何度も見たが、LDを見なくなって間もなくもういいかなと処分してしまった。いま思えばもったいないけど、あのときはネット時代に入っていて、もう何度も見た映画はええわと思ったんだんだわ。いろんなシーンを覚えている。あのお母さんはテレビドラマの「ペリー・メイスン」の秘書役だったバーバラ・ヘイルがやっていて、息子のウィリアム・カットが息子役だった。

それよりずっと前にテレビで見てすごく惹かれたのがデリンジャー (1973 監督/脚本)で、ウォーレン・オーツのかっこよさに夢中になった。1933年、大恐慌の時代に銀行強盗を繰り返すデリンジャー、いま解説を読んでいたらミリアスのデビュー作だ。鮮烈なデビューって言葉がぴったり。これは後にレンタルビデオで見ている。
いま知ったところでは「ダーティハリー」1と2の脚本を書いている。そうだったんだ、「ダーティハリー」は1と2がよかったのがうなづける。
「風とライオン 」(1975 監督/脚本)はテレビで見ただけでちゃんと見ていない。ああ、時間があればジョン・ミリアスの映画を見たい。

今夜はビッグ・ウェンズデー

九条のクジラウオさんに食事に行きたいが、寒いしちょっと遠いしなぁとなかなか行けない。そのクジラウオさんが今日はうちの近所のバーでフード担当と知って、晩ご飯を食べに行ったら今日はビッグ・ウェンズデーというパーティがある日だった。もうちょっとしたらライブがあるという。
餃子の入ったスープと豆腐とおからのお焼きを食べてしゃべっていたら、ライブがはじまった。太鼓やジャンベや打楽器が多くてにぎやか。リズムが気持ちよく、わっ、もうかったって感じで楽しんできた。

音楽をやっている反対側に映画が映し出されている。見たことがあるぞと思って眺めていたら「ビッグ・ウェンズデー」(ジョン・ミリアス監督 1978)だ。そうか〜今夜のパーティ名にひっかけてるのか。この映画、むちゃくちゃ好きだったが最近は見ていなかった。片側はライブ、片側は映画とぜいたく極まりない。最後のシーンはいま見ても泣ける。サーファー3人がサーフボードを抱えて高波に向かうところは「昭和残侠伝」で高倉健と池部良がどすを片手に斬り込みに行くところとそっくり。

休憩中に雑貨を置いている好青年(DJもやってた)とおしゃべり。だいたい今夜の客は男女ともに愛想が良くて、話しかけてくる子もいるし、にっこりの子もいて満足だった。雑貨のところで毛糸の帽子を見ていたら、何人もあれがいいこれがいいと大騒ぎ。みんなが買えという赤やピンクは避けて渋い色を何色も使ったのにした。ダウンのコートをもらってから合う帽子を探していたので、いいのがあってよかった。