青空文庫で坂口安吾と宮本百合子

ツイッターで坂口安吾の「桜の森の満開の下」が好きとつぶやいてるひとがいて、わたしも好きですと返信したら読みたくなった。だが全集をさがす根気がない。ふと思いついて青空文庫をさがして読んだ。そしたらもう一度「吹雪物語」を読みたくなった。
安吾を思いつつ、そやそや青空文庫つながりで宮本百合子が「伸子」で湯浅芳子と知り合うところを確かめたい。

宮本百合子の著作はすごくあってびっくりした。さっそく「伸子」を開く。
パソコンではフォントも行間もちょうどよくて読みやすいのだが、思ったところへいくのにスクロールがばかにならない。特に読みたいところが長編小説の終わりのほうだから、ちょこちょこ読んでいたら結婚生活の描写が長くていらいらした。ようやく野上弥生子が湯浅芳子を紹介したところになった。ふたりは散歩したりご飯を食べたりする。そしてわたしが読みたかった寝そべって話すシーンになった。はじめて読んだときは、宮本顕治夫人の百合子さんがレズビアンでもあったとはまったく知らなかった。単純に仲のよい友だちどうしでいっしょに暮らしたしモスクワへも長期間行ってたと思っていた。でも「伸子」のこのあたりになんかもやもや感じてたのを思い出して。
「百合子、ダスヴィダーニヤ」という映画が去年話題になっていたのを思い出してサイトを探したら、予告編があってラブシーンがあった。

相方が青空文庫を読むならiPadを使えばいいのにとアプリを入れてくれたので、次の青空文庫の読書はiPadにする。ちょっと夏目漱石「三四郎」の「これは椎」のところを開いてみた。読みやすいし、スクロールいらんしゴクラクや。

館山緑『子爵探偵 甘い口づけは謎解きのあとで』

コナン・ドイルによる〈シャーロック・ホームズの物語の本〉が刊行されている時代の物語。
格別に貧しくはないが家族に疎まれて育った少女ステラ・D(このDが謎のひとつ)は、美術商の一家の世話になりながら美術を扱う仕事を覚えようとしている。そして主人夫婦の母親メイジーから可愛がられおばあちゃんと呼んでいる。知り合いが突然亡くなって、頼まれていたキプロスにいる妻へ形見の品を渡しにいくとメイジーが言い出し、知り合いの中年男性バークとともにステラ・Dは付き添って豪華客船に乗ることになった。
乗船して間もなくホームズに憧れて名探偵になりたい貴族の青年イアン・ローランド子爵と出会う。イアンは自分はホームズのつもりで、ステラ・Dにワトソンにならないかと誘うがにべもなく断る。
ステラ・Dは舞踏会や豪華な食事や華やかなものには向かない自分を感じながら、足の悪いメイジーの相手をして過ごす。もう一人一等船客の男が声をかけてくれ、メイジーとバークはステラ・Dに社交生活を楽しむようにしむけてくれる。

何日目かの朝食前に船員がやってきて、ステラ・Dを別室に連れて行く。バークが音楽室で殺され、ステラ・Dが書いた誘いの手紙がそこにあったというのだ。なにも知らないとステラ・Dはいうのだが信じてもらえなくて監禁される。そこへイアンが来て下船するまでに事件を解決すると約束する。イアンはたくさんの召使いを連れて豪華な船室をたくさん使っているので、その一室にステラ・Dを連れて行く。
ふたりは真犯人を探し出して事件を解決するが、だんだん惹かれ合うようになり、ついにはベッドへ・・・。
ステラ・Dの自立心や階級の違いからの軋轢をさけようという気持ちが恋をさまたげて、すぐにはハッピーエンドにはならない。そうそう、ステラ・Dの〈D〉の謎もイアンは解く。

わたしは何度も書いているが(笑)、少女小説が大好きである。「あしながおじさん」「リンバロストの乙女」「ジェーン・エア」など飽きもせずに何度も読んでいる。ミステリではドロシー・L・セイヤーズのハリエットとピーター卿もそういう少女小説的要素で好きなんだろうと思う。ただ貧しい美少女と金持ちの男性というだけではダメで、少女は頭が良くて美人でないが個性的で自立心が強くて、男性は他の女性になかったものに惹かれる。本書のイアンもきっと貴族やお金持ちの令嬢に飽きていて、拒まれたことが新鮮だった上に頭が良くてはっきりとものを言うところがよかったのでしょう。ミステリ仕立てのところもわたしに向いてた。

いま気がついたのだが、皆川博子「開かせていただき光栄です」がロンドンで、木村二郎「ヴェニスを見て死ね」「予期せぬ来訪者」がニューヨークで、それに次ぐイギリスを舞台にした日本語による作品というところもおもしろかった。
(ひだかなみ絵 ティアラ文庫 552円+税)

川端康成『乙女の港』(少女の友コレクション)

これで何度目かわからないが何度も読んだ本。小学校2年のときにはじめて読んだのだが、なぜ覚えているかというと、1年生のときは絵本を読んでいた記憶があるから。2年生くらいから「本」を読み出した。「小公女」「小公子」「家なき子」などおもしろくて、雑誌の読めるところ、理解できるところをどんどん読んでいった。とにかく父と兄姉2人ずつの本があったから、なんでも読んだ。
そのなかでいまもお気に入りが「リンバロストの乙女」「小公女」「あしながおじさん」、吉屋信子の「紅雀」と本書「乙女の港」なのである。
実業之日本社から出ていた「乙女の港」の原著はどこかへいってしまい、長い間もう一度読みたいと思っていたのが20年くらい前に国書刊行会から大型本で出た。わーわー言って買って何度も何度も読んだ。ところが読み飽きたってところもあって欲しがる人にあげてしまった。その後、また読みたくなったときどれだけ後悔したことか。

先日、ツイッターで「少女の友」を出していた実業之日本社から文庫化されたことを知り、昨日買いにいったというわけ。原著と同じ中原淳一の挿絵が入っている。これもうれしい。昨夜と今日と、もう二回読んでしまった。ツイートしてくださった人に感謝。
「少女の友」に1937年6月から38年3月まで連載され、単行本になったのは38年4月。これが昔うちにあった。

横浜のミッションスクールに入学したキュートな大河原三千子と物静かな5年生の洋子との愛の物語なのだが、そこに三千子を追い求める気の強い4年生の克子がからむ。
三千子は母と三人の兄の末っ子で無邪気に育った子。洋子は生まれたときから母が病んで入院しているため母の顔を見たことがない。その上に父の事業がうまくいかず邸宅を手放すという不幸がおそう。洋子は不幸な人生を生きつつ信仰と美を求める。克子は裕福な家の子で気が強くなんでも自分の思い通りにしようとするが、思い通りにいかないことがあるのを知る。
エキゾチックな横浜と避暑地の軽井沢を舞台に繰り広げられる女性三人の愛の物語。
(実業之日本社文庫 762円+税)

夏目漱石「虞美人草」が好き

貸し出し中だった「虞美人草」がもどってきたので、開いたらもう藤尾の世界に入り込んでいた。結局、積んである本には待っていてもらうことにして、はじめから読み直した。
甲野さんと宗近さんが京都で遊ぶところ、嵐山や保津川や三条の旅館など明治の京都をたっぷりと楽しんだ。そして東京へ帰るのに寝台車に乗って食堂車で朝食。わたしが若かったころ、大阪駅から夜の8時ごろに北海道へ行く寝台特急「日本海」に乗って、目が覚めて食堂車に行った。なんてことを思い出していた。

藤尾が気に入っている小野君は東大卒で博士になるために勉強中。彼は貧しく生まれて先生の世話になり現在にいたった。先生は小野君を娘の小夜子の婿にしたいと思い、住み慣れた京都から他に頼れる人がいない東京へもどってきた。
甲野家は父が外国で亡くなって甲野さんが当主になった。継母と娘の藤尾は頼りない身になったが、甲野さんをさしおいて藤尾が小野君を婿にするという計画を立てる。甲野さんが自分から出て行くように仕向ける巧妙な手だてである。
宗近さんは藤尾と幼なじみ。宗近さんの妹の糸子は実務的な性格だが甲野さんを尊敬している。

お金に困らない人たちがきちんと生きていた時代。お金に困って脇道にそれかけた小野君は宗近さんに人の道を諄々と説かれて小夜子さんとの結婚を決める。
甲野さんは家を出るための行動をはじめ、糸子が手助けしているとき、藤尾に悲劇が起こる。

藤尾のことは誰も好きにならないように書かれている。甲野さんだって彼女のことをひどく言うが、わたしは藤尾が好き。いくらいい着物を着て英語を秀才に習っていても、この家の財産は長男にしかいかないのだから分が悪すぎる。美貌で頭の回転が速くて、紫の着物が似合うひと。最後のシーンのために彼女は存在していたのかも。

徳田秋声『あらくれ』と漱石の言葉

ふと徳田秋声の「あらくれ」をなんの関連もなく思い出した。関連があるとすればヤクザ映画とボディガードの荒っぽい小説のせいで、心があらくれてるんやないかと思ったから。
「あらくれ」は若いころに読んでついていけなかったことだけ覚えている。女主人公のあまりの男好きにおたおたした。いま検索したらいいページ(日本大百科全書)があった。おおよその筋書きがあって、〈みごとに客観化され、自然主義系の傑作となったが〉とあり、その次に、〈夏目漱石は「フィロソフィがない」と批判した。〉と結んでいる。秋声と漱石のことはかじっているだけだけど、この言葉どおりだと思った。そしてわたしは漱石寄り。
検索してよかった。夏目漱石の言葉を突然読めるとは思いもよらなんだ。

今夜はこれで気持ちが落ち着いたけど、昨夜なんか映画を見てカタルシスを得られなかったせいか、頭も体もどんよりしていた。お風呂に入ったら和むかと思ったら、よけいに原発事故のことを思ったり、今後の仕事や生活の不安がおそってきた。それでもすぐに熟睡したけど(笑)。

宮本百合子「伸子」「道標」

最近ツイッターで「百合子、ダスヴィダーニヤ」という言葉をよく見かける。ダスヴィダーニヤというロシア語っぽい響きで、きっと百合子は宮本百合子だろうなと思った。よく読めば湯浅芳子の名前も出てきてどうやら同性愛のふたりを描いた映画らしい。
検索したら「百合子、ダスヴィダーニヤ―湯浅芳子の青春」 (沢部ひとみ著 女性文庫) という本があり、「往復書簡宮本百合子と湯浅芳子」(黒澤亜里子編さん  翰林書房) という本がある。すこし興味はあるが買ってまで読む気はない。

「伸子」なつかしいな。なんせ50年も前に読んだ本であるから当時は同性愛もなにもわからなかった。吉屋信子の「S」はわかってたけど、あれは麗しの世界のことで(笑)。
若くしてかなり年上の男性と恋愛結婚した伸子がついに離婚することになり、鳥かごから鳥を離した元夫が「鳥でももどってくるのに、君は・・・」というところを覚えている。先日、青空文庫で読み出したけど途中から飛ばして湯浅芳子が出てくるところを探して読んだ。なるほど愛の雰囲気が読み取れる。
次に「道標」を読んだ。物語の最初が列車でモスクワへ着いたところ。ふたりのモスクワ生活がはじまる。小説の中では伸子と素子で、素子は伸子のことを「ぶこちゃん」と呼んでいる。実際には「りこちゃん」と呼んでいたのかな。
【白い不二絹のブラウスの上に、紫の日本羽織をはおっている伸子が、太い縞ラシャの男仕立のガウンを着ている素子について、厨房のわきの「浴室」と瀬戸ものの札のうってある一つのドアをあけた。】なんか百合って感じがする。
こちらも途中まで読んでやめた。

宮本百合子はすごく読まれた作家だった。我が家は姉2人が買った本を受け継いでわたしと妹が読んでいる。いつごろからか翻訳小説ばかり読むようになった。ボーヴォワールとかサガンとかオースティンとかのほうがおもしろくなったのだ。

ミシェル・ティー『ヴァレンシア・ストリート』

デモ帰りに難波のジュンク堂をぶらぶらしていたとき目についた新刊書。表紙がこっちを向いていて、服部あさ美さん描く肩を抱いた女性二人の顔に惹きつけられた。この本買おうって即思った。
サンフランシスコに生きるレズビアン女性の愛と生活を描いた自伝的小説で、原作は2000年に発表され、ついさきほど5月に翻訳が出た。
読み出したらアンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を思い出した。あちらはゲイでこちらはダイク(レズビアン)の物語だが、どちらも愛の物語である。読み終わったら「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を読みたくなったが、貸し出し中なのでしかたなく自分の書いたブログを読んだ。自分の熱さに笑った。

「ヴァレンシア・ストリート」は「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」のような物語ではない。主人公のミシェルの昼と夜の愛と快楽と金を稼ぐための労働が淡々と綴られているだけである。淡々とではあるが、かなりえげつないセックスや第1市民なら眉をひそめるであろう行為(公道でおしっこしたり)が描かれている。その書き方に〈いま〉を感じた。もともと本書はミシェル・ティーがクラブやライブハウスなどでジン(ファンジン)に書いた詩を朗読していたものが主になっている。
書くことがネット主体になる前にはアメリカではさまざまなジンが発行され、ひとりで発行するのや共同作業でつくるジンがあった。いま、わたしがそういうことを理解しているかのように書いているのは、少しだけ大阪のクラブシーンを覗き見ているからだ。ミシェルのジンをクラブイベントのフライヤーから想像できる。

たくさんのレズビアンの女の子が描かれていて、それぞれ個性的で楽しい。死んでしまった子もいるしカナダへ帰った子もいる。セックスのやり方、タトゥーの絵柄、酒の飲み方、会話・・・いろんな女子たちの交流があり、物語が終わっても終わらない愛の生活が続いていくのが見える。
(西山敦子訳 太田出版 2850円+税)

館山 緑『しあわせな恋のはなし』

青年と少女が抱き合っている甘い甘い表紙。うすむらさきとピンクとうすみどりを濃いヴァイオレットが引き立てている。
作者の館山さんとはかなり前にミクシィで知り合った。作家としてのお名前を知ったのはごく最近のことである。小説を書いているのはうすうすわかっていたが、どのような作品を書いているのかはあまり気にしていなかった。館山緑さんと知ってからツイッターでも付き合いがはじまり、日記以上にリアルに執筆時の苦しみを知った。わたしのRTや返信は常識の範囲で、きっともどかしく思われたことだろう。そのときに書いていた作品「しあわせな恋のはなし」が出版されるまでをリアルタイムで知って、ぜひ読みたいと思った。

サウンドデモの帰りに本を買ってから足を休めようと千日前のジュンク堂へ行ったが、ティアラ文庫の売り場がわからずうろうろ。店員さんに訊ねて売り場まで連れて行ってもらいようやく手に入れた。それからは3階のティーコーナーで読み出したらやめられないってやつ。甘い表紙を向かい側にいる客に見られたら恥ずかしいと思いながら読んでいた(笑)。

わたしは昔もいまも少女小説が大好きで、思い出の本、何度も読んだ本、いまだに読む本といろいろあるのだが、どれもセックスシーンがない。なんかもう清教徒的に育ったんだといまさら思う。性教育というものを受けたことがないから、やってからこういうもんかと(笑)。
「しあわせな恋のはなし」という静かな作品は、昔からある少女小説にセックスを取り入れただけではない。時代は表紙や挿絵にあるドレスからして18世紀ごろかしら。「高慢と偏見」よりも昔だよね。むかしむかしと語られる童話の世界と思ったらいいのか。

主人公セラフィーナは〈野の花〉を愛する少女である。そして相手は〈野の花〉を愛する少女と一度だけ散歩したことを忘れられない青年ユーシスである。清々しい恋である。そして青年は城主を継ぐ身で、あまたある縁談を退け初恋を貫く。まだ心身ともに少女であるセラフィーナが愛されて目覚めてしっかりした女性に育っていく。
これだけの単純な物語を一冊の本に書く力につくづく感心した。
(坂本あきら絵 ティアラ文庫 533円+税)

ケイト・モートン『忘れられた花園 上下』(2)

ネルはヒューに発見されたとき白い子ども用トランクを持っていた。トランクは船上で知り合った子どもたちの親が開き、封筒に入った紙幣を盗む。ネルを見つけたヒューはトランクを隠したままだったが死ぬ前にネルの手にもどした。開けると着替えなどの下に1冊の絵本(イライザ・メイクピース作のお伽噺)が入っていた。
そのトランクをネルの孫娘のカサンドラが子どものときに見つけたことがあった。ネルが亡くなってから家を捜し見つけ出す。このトランクで葬儀のあとにネルの妹たちから21歳からのネルの変化を聞いていたのを納得できた。ネルの過去がつまったトランク。

ネルの死後、ネルと親しかったベンが封筒を持って訪れる。家や預金をカサンドラに遺すという他にイギリスのコテージを遺すという遺言状が入っていた。
ネルがイギリスを訪れてそのコテージを見ているときに、庭園で小さな少年がひとり遊んでいた。母を癌で亡くしたばかりのクリスチャンである。ネルはまた訪れるまでこの庭を守っていてねと頼むがまた訪れることはなかった。

カサンドラが木を切るのに庭師を頼むと親方の兄とやってきたのがクリスチャンだった。静かな彼はできるだけ毎日来て手伝うという。
カサンドラはネルのメモを精読し、図書館で調べ、イザベラのいとこで邸宅の令嬢ローズと夫の画家ナサニエルがネルの親と思う。しかし、実はもっと複雑な事情があった。

ネルのあとを継いだカサンドラによって、さまざまな葛藤が解けていく。そして隠されていた庭園が受け継がれ息づいていく。

過去と現在が交錯する物語は「抱擁」を思わせるし、お屋敷は「秘密の花園」だし、1900年代のロンドンの場面はディケンズを思い起こさす。すごく楽しんで読んだ。
途中に挟まるイライザによって書かれたお伽噺の章が飾り罫で縁取られ、書体も古風でルビつき。まるで元の本から写したよう。
(青木純子訳 東京創元社 上下とも1700円+税)

ケイト・モートン『忘れられた花園 上下』(1)

東京創元社のメルマガで本書の紹介を読んだときピピッときて、書店に並ぶのを楽しみに待っていた。単行本2冊だし勘が当たらなかったらどうしようと思ったが買って正解だった。すごく楽しく熱中して読んだ。あまりにも先を急いで読んだので、またはじめから読み直す始末だ。

1900年と1913年のロンドンとオーストラリアのメアリーバラ、1930年のブリスベンからずっと後の1975年、2005年のロンドンと物語は時代と場所を超えて進んでいく。

オーストラリアの港に着いた船に乗っていた引き取り手のいない女の子を、税関で働くヒューが家に連れて帰る。ネルと名付けて妻のリルともども我が子として可愛がって育てるが、ネルが21歳になったときに真実を打ち明ける。ネルは長女として年の離れた妹たちを可愛がっていたが、そのときからだんだん家族と気持ちが離れていき恋人とも離れていく。

1900年代初頭のロンドンでイライザはこきつかわれ、食べるものも満足に与えられない生活をしていた。イライザの母は船乗りと恋をして家を捨てた。夫が死んだあと働きながら双子を育てていたが結核で死ぬ。双子のサミーは霧の中で馬車にはねられ死ぬ。イライザは髪を切りサミーの服を着たままで働いている。ディケンズの作品を思わす描写。わたしは「荒涼館」を思い出していた。

コーンウォールの邸宅で暮らす伯父が探偵を雇ってイライザを探し出し屋敷に引き取る。この邸宅と伯父さんがバーネットの「秘密の花園」の邸宅と庭園そして主人のモデルだろうと思わせる巧妙な書き方である。
叔父の妻は地位の低いところからの出身ゆえに、常に金持ちらしく上品に振る舞うように心がけている。そして病弱な娘ローズをいかに地位のある男性と結びつけるかばかりを考えている。そこへ引き取られたイライザは叔母からは疎まれるがローザと仲良くなり、物語を書く才能を伸ばしはじめる。

1975年、ネルはイギリスへ渡り自分の過去を調べ始める。コーンウォールでコテージを手に入れ、すぐにもどると言ってオーストラリアへ帰るが、たった一人の娘が孫カサンドラを連れてきて置いていったのでイギリスへの移住を諦める。

そして2005年、ネルが亡くなり、カサンドラにはコーンウォールのコテージが遺される。カサンドラはまずロンドンへ飛ぶ。
(青木純子訳 東京創元社 上下とも1700円+税)