ネレ・ノイハウス『深い疵』(2)

本書はドイツのホーフハイム刑事警察署の主席警部オリヴァー・フォン・ボーデンシュタインと同警部ピア・キルヒホフのシリーズの3冊目になる。訳者あとがきに、ノイハウスの真価がわかる作品ということで、3冊目の本書と4冊目の「白雪姫には死んでもらう」を紹介することになったそうだ。2冊が出たら最初から全部の訳が出てほしいなぁ。

オリヴァーとピアの組み合わせは絶妙だ。落ち着いたオリヴァーとひらめきのピアのコンビはそれぞれの役回りで事件を解明して行く。違う方向に行ってしまうこともあるが、諦めないで取り組んで行く。
新しく署長として赴任してきたのはオリヴァーが昔つきあっていたニコラ・エンゲル警視で、オリヴァーは彼女と別れていまの妻と結婚したといういきさつがある。
ピアはいま新しい恋人と熱々の関係。長い間連れ添った監察医のヘニングと離婚したのだが、仕事では協力している。今回も署長に内密にポーランドへ友人のセスナ機でヘニングと飛ぶ。

事件は第二次大戦にさかのぼる。ユダヤ人として生きてきたゴルドベルグの遺体を調べると、ナチスの武装親衛隊員である証拠の血液型の入れ墨があった。しかも古参隊員だったとわかる。続いて起きる同じような事件はみんな過去につながりがあった。

禁断の恋もあってロマンチック好きも満足できる。最後のシーンがすごくよかった。寝る前に最後の章をもう一度読もう。
(酒寄進一訳 創元推理文庫 1200円+税)

ネレ・ノイハウス『深い疵』(1)

ヴィク・ファン・クラブ会員のYさんが読んで「良かった」とSさんにメールし、Sさんがそんなに良いのならと買って読んで、わたしにまわしてくれた。初めて読むドイツの女性作家ネレ・ノイハウスの作品「深い疵」をそういう縁で読み終えた。
ホーフハイム刑事警察署の主席警部オリヴァー・フォン・ボーデンシュタインと同警部ピア・キルヒホフのシリーズの3冊目。
地図を見るとホーフハイムはフランクフルトに近い町で、最初の被害者についての説明にフランクフルト近郊に家を購入したとある。

ゴルドベルグはホロコーストを生き残りアメリカで大統領顧問をつとめていた著名なユダヤ人だが、60年を過ごした国からドイツに戻ってきた。大きな屋敷に有能な介護士を雇って住んでいる。
明日の朝まで介護士を休暇に出したあと彼は来客を待っていた。小娘だった彼女が85歳とは信じがたい。彼がドイツに戻ってきた最大の理由は彼女だった。玄関のチャイムが鳴り喜んで彼はドアを開けた。

オリヴァーとテレビレポーターの妻コージマには23歳の息子と19歳の娘がいるが、いまになって赤ん坊が生まれた。コージマはベビーキャリーに入れて仕事に出かけている。
土曜日の朝、ピアから事件だと電話がかかった。被害者の名前はゴルドベルグ。出かける支度をしながら大物らしいとオリヴァーが言うと、コージマは半年前にアメリカから移り住んだ人でレーガン大統領の顧問だったと答えた。

マルクス・ノヴァクはフランクフルトの中心に建つ教会にいる。とんでもないことをしたという思いで教会に足を踏み入れたのだが、神に許しを乞う資格などないと思う。あのときどれほどの快感に酔いしれたか思い出す。妻やこどもたちや両親が知ったらけっして許してくれないだろう。だがまた機会があればまたこの罪を犯すだろう。

老人は玄関ホールでひざまずいて死んでいた。鮮血と脳髄がホール中に飛び散って、大きな鏡に「16145」という数字が読めた。テーブルには小型車が1台買えるほどの高価なワインが置いてあった。
連続殺人事件のはじまりである。

ここで気がついたのだが場面転換が早い。映画のように場面が変わるのだ。それも1行空きで違う場面で違う登場人物だから最初は「ええっと」と思った。そのうちに慣れてふんふんと読めるようになった。
(酒寄進一訳 創元推理文庫 1200円+税)

P・D・ジェイムズ『高慢と偏見、そして殺人』(1)

映画「ユー・ガット・メール」でメグ・ライアンが「高慢と偏見」を200回読んだと言ったとき、わたしは負けた!と思った(笑)。わたしだって20回は読んでいるんだけどな。(200回読んでいるといえるのは「小公女」ですね。)それほどまでに乙女な女性の熱狂と共感に支えられている「高慢と偏見」の続編をアダム・ダルグリッシュ警視シリーズのP・D・ジェイムズが書いた。エリザベスと結婚したダーシーさんのお屋敷ペンバリー館の広大な森の中で起きた殺人のお話である。
物語はゆっくりと進んでいくが、こちらは物語がどうなるのか気になって、内容を味わいもせずにどんどん読み進んでいった。最後までいっていま2度目を味わって読んでいるところだが、せわしいからやっぱりとぎれとぎれ。でも、読書で憂さや怒りを忘れられて幸せ。

高慢な男ダーシーと偏見にみちたエリザベスは、いろいろあった末に愛し合っていることを自覚して結婚し、広大な土地にあるペンバリー館で仲良く暮らしている。明日はたくさんの客を招待して舞踏会を開くため、前夜にエリザベスの姉ジェーンと夫のビングリー、ダーシーの10歳年下の妹ジョージアナ、ダーシーの従兄弟のフィッツウィリアム大佐、ロンドンの若手弁護士アルヴェストンが屋敷に来ている。晩餐の席でジョージアナとアルヴェストンは惹かれあっているようだ。フィッツウィリアム大佐もジョージアナとの結婚を望んでいるようだ。
そろそろお開きということでみんなが立ち上がったとき、狂ったように馬車が近づいてきた。乗っていたのはエリザベスの末の妹のリディアで半狂乱である。エリザベスを押しのけジェーンに抱きついた彼女は夫のウィッカムがデニーに殺されたとわめく。
リディアをベッドに連れて行き、ダーシーとフィッツウィリアム大佐とアルヴェストンは馬と馬車で満月の森へ入って行く。
彼らが見つけたのは死んでいるウィッカムの戦友デニー大尉で、ウィッカムが血だらけで彼を抱き「ぼくが彼を殺したんだ」と叫んでいた。
今日はここまで。まだまだ続く。
(羽田詩津子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)

フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』

去年の「ミステリーズ」に出た2編とエッセイを読んですごい作家が出てきたと思った。すぐに短編集が出たのを買って読んだ。
今回の「罪悪」も同じく短編集である。今年のはじめに出たのに買ってから半年以上も本棚に「犯罪」と並んでいた。いつも新刊はすぐに読み出すのに、楽しみにとっておいた感じ。いいのはわかってるんやから楽しみにおいとこ(笑)。
半月ほど前から一編ずつを毎晩読んでいったが、犯罪の内容が恐ろしくて寝る前に読むとちょっときつかった。それでまたしばらくおき、早めの時間に読むことにして、ようやく読み終った。

すべて弁護士の「私」が担当した事件の話である。
最初の「ふるさと祭り」では、若い娘が祭りのさなかに集団の男たちにひどいはずかしめと暴行を受けた事件で、被疑者たちについた9人の弁護士の中に、若い「私」が学友とともに加わる。被疑者たちが黙秘し、警察や病院の捜査や犯罪への対応が悪くて、捜査判事が逮捕令状を撤回したため被疑者らは釈放される。彼らはまっとうな生活にもどっていった。
被害者の娘の父親はただ法律家たちが歩いて行くのを眺めているだけだった。
【家に向かう車中、互いに顔を見ることなく、あの娘とまっとうな男たちのことに思いを馳せた。私たちは大人になったのだ。列車を降りたとき、この先、二度と物事を簡単には済ませられないだろうと自覚した。】

こうして大人になった「私」はさまざまな事件をこなしていく。
優しい男だと思ったのに結婚してから暴力をふるわれ傷だらけの妻は、娘が年頃になったら自分のものにするという夫を殺す。隣家の男の暴行による少女の妊娠。学校での虐めのエスカレートで死ぬほどの暴力を受けた少年。湖畔の村で知り合った男は成功者だったが・・・。
最後の「私」が精神科に連れて行った男がいうセリフにおどろき笑った。そこで「私」とはフェルディナント・フォン・シーラッハだとわかる。
(酒寄進一訳 東京創元社 1800円+税)

関西翻訳ミステリー読書会(ヘニング・マンケル『殺人者の顔』)

第8回関西翻訳ミステリー読書会に行った。
これで何回目になるだろう。調べたら、ドン・ウィンズロウ「ストリート・キッズ」11年7月、ジュデダイア・ベリー「探偵術マニュアル」11年11月、ジェイムズ・エルロイ「ブラック・ダリア」12年4月、コージー・ミステリ12年8月、そして今日のヘニング・マンケル「殺人者の顔」12年11月で5回目だ。
エルロイを除いては読んでなかったので、この機会にと読んでそれなりにおもしろかったが、好き!っと言える作品はなかった。

今回は好き!な作家なので勇んで参加。きっとマンケル好きな人と出会える、そしてここが好きと言い合える、なんて思い込んでいた。
ところがですね、評価しない人のほうが多い。これにはおどろいた。
好きな場合は理由はなくてただ好きなのだが、嫌いだと理由はいっぱいある。これは我が身を振り返っても同じで、嫌いな作家の悪口ならいくらでも言うからなあ。
しかし、マンケルは世界的に評価されている作家である。いやな理由(推理要素がない)を聞いていて、世界的評価と日本的評価の差があるように思えた。
まあ、そういうことがわかったのが今日の勉強だったのであった。

翌日の記
昨日の日記の訂正です。
司会をしたIさんんから「手を挙げていただくと「好き」な人のほうがはるかに多かったんですよ(笑)」とコメントがありました。
それがわかって昨日のを書いてよかった(笑)。

昨日書き忘れてた。
隣に座った人とのおしゃべりが楽しかった。このブログのこともご存知だったのがうれしい。また会いたいねと言って別れたけど、メールもらえたらうれしいな。

それから物語の中でヴァランダーがシナモンロールを食べるシーンがあったのでと、1/4に切ったシナモンロールがみんなに配られた。検索したら「スウェーデンで発明されたと考えられている。」とあった。そうなんだ〜
実は終わってから主催者が1個残ったのをだれかいりませんかと言ったところにわたしがいて(笑)いただきました。家で紅茶を入れて食べた。うまかった〜

ヘニング・マンケル『ファイアーウォール 上下』(2)

ヴァランダーはマスコミの攻撃を受けつつ、体調のすぐれないままに捜査を続ける。夜中に停電があり送電所に駆けつけると送電線にソニャの死体が引っかかっていた。そしてファルクの死体が安置所から盗まれた。死体が置かれていた台の上に継電器が置かれていたことで、少女たちの事件とファルクの事件が結びつく。ヴァランダーはファルクの元妻と仕事関係の女性から話を聞く。
なにか不吉なことが行われようとしている。

ファルクのパソコンには警察官が操作しても入れない壁があった。ヴァランダーはペンタゴンのコンピュータに侵入しようとして捕まったことのあるモディーンを訪ねる。極端なベジタリアンでコーヒーも飲まない小柄な少年ハッカーは壁を破ろうと必死にとりかかる。

なにか大掛かりなことをしそうな犯行予定日がわかりかけてきた。
残る時間を割り出して必死の捜査を続ける警察と、自信を持って絶対に行うと決めている犯人との戦いが繰り広げられる。全世界を相手にした犯罪をスウェーデンの小さい町の警官たちが阻止しようとする。

ヴァランダーの言葉が行き詰まったモディーンの壁を破るヒントになる。
【「自分自身が轢いたときに初めて人はちゃんと野うさぎを見る」(中略)「・・・われわれが探しているものは、どこか深いところに隠されているんじゃなくて、目の前にあるのかもしれない」】
いろんなことを考えていると犯人たちのことにも思いがおよぶ。
【われわれが生きている社会は、想像するよりもずっと簡単に壊れ得る、もろいものだということ。】

このシリーズは翻訳されはじめて10年を越えている。
ヴァランダー刑事は離婚を乗り越え、その後できた恋人と疎遠になり、父は亡くなり、娘ともなかなかうまくいかない。怒りっぽい正義漢で今回は取調中に少女を殴ってしまうし(向こうが悪いのだが)、要領が良く出世欲のある部下の行為を知り殴り倒す。女性読者の母性愛を引き出す人だ(笑)。
(柳沢由美子訳 創元推理文庫 上下とも1200円+税)

ヘニング・マンケル『ファイアーウォール 上下』(1)

クルト・ヴァランダー刑事シリーズの8作目(シリーズ番外編が1冊あり)で今年の9月に刊行された。ヴァランダー刑事と部下たちはコンピュータを使った不気味な殺人事件にいどむ。

男は夜の散歩に出る。ATMでキャッシュカードを差し込み明細書を手にするまでは予定通りだった。ところが突然予測していないことが起こる。男は道路に倒れた。

ヴァランダーは葬式に出て警察署に戻ってきてファイルを読む。19歳と14歳の少女がタクシー運転手を襲った事件、二人の少女ソニャとエヴァはレストランでタクシーを呼び、走行中に車を止めさせ、ハンマーで運転手の頭を殴った。もう一人がナイフを出して胸を刺し、財布を盗って姿を消した。二人はすぐに見つかって逮捕された。ヴァランダーには少女が金を欲しさに人を殴って殺すなんて理解できない。部下のアン=ブリットは犯罪者の年齢が下がっていると言う。
【「よく考えればわかると思いますよ。少女たちはしだいに自分のおかれた状況が見えてきたんです。自分たちは必要とされていないだけでなく、歓迎されていないということが。それで暴れるんです。男の子たちと同じですよ。暴力を振るうのは、現状への反発なんです」】

そのあとマーティンソン刑事がきて昨夜のATMの前に倒れていた男の報告をする。男はITコンサルト会社の経営者ファルクだった。調べた結果、自然死と処理されたのだが、あとから医師が訪ねてきて健康体なので自然死のはずがないと意見を述べる。

ソニャがちょっとした隙に逃亡する。トイレに行った彼女は堂々と正面玄関から出て行った。
エヴァの取調中にヴァランダーはあまりの少女の態度に腹を立て、彼女が一緒にいた母親を殴って「くそばばあ出て行け」と叫んだとき、思わずエヴァを殴った。その瞬間を入り込んでいたカメラマンに撮られてしまう。その写真は少女を殴った暴力警官として大々的に新聞に出た。
(柳沢由美子訳 創元推理文庫 上下とも1200円+税)

P・D・ジェイムズ『死の味 上下』(2)

ベロウン卿は殺された教会に泊まったことがあった。今回もその教会に自分から出かけていたのだ。国務省の事務官として働いている愛人はベロウン卿と本当に愛し合っていたが、教会の話を聞いたときふたりの仲は終わったと感じたと語る。
上流階級である家族から雇い人まで話を聞いてまわるうちにだんだんとベロウン卿の家庭の事情と私生活が明らかにされていく。

3人の捜査官が訪れた屋敷や部屋の描写が細かくて、趣味のよいインテリア雑誌を見ているような部屋があり、狭いながらも片付いている部屋もある。暖炉やソファや壁にかかった絵や写真の描写が繊細で目に見えるようだ。窓から見えるテームズ川の様子とかも。
貴族の称号を持つ雇用者と、そこで働く雇われ人の間がふだんは階級社会として機能しているのだが、事件があり警察官の聞き取りがあるとほころびはじめる

ケイトは父を知らず母を早く亡くして祖母に育てられたが、働き出してからは祖母の部屋を出て自立している。そこへ祖母が倒れたと通報があり、自分のフラットに引き取る。事件はその部屋にまでおよぶ。犯人と争っているとき恋人のアランから電話がかかる。

ダルグリッシュが出向いたところで、わたしが気に入っているのは雑誌編集者のアクロイド夫妻を訪ねるところ。ネリー夫人が伯父から受け継いだ端麗なエドワー朝時代の屋敷に行くと、夫妻は気持ちよく迎える。ネリーは20年、30年代の女学生物語の収集家である。ダルグリッシュはだいぶ前に初版本を古書店で見つけてあったのを渡すと、ネリーはまだ持ってなかった本なので喜ぶ。アクロイドは今度、詩人兼刑事ダルグリッシュと麗人コーデリア・グレイという組み合わせで食事するシーンを自分の雑誌のコラム欄に載せたいという。(コーデリア・グレイがこうして会話に出るほど活躍してるのがわかってうれしい。)
(青木久恵訳 ハヤカワポケットミステリ 上下とも880円+税)

P・D・ジェイムズ『死の味 上下』(1)

Nさんに貸していただいたP・D・ジェイムズのアダム・ダルグリッシュ警視シリーズ14冊中の7冊目になる「死の味 上下」(1986)を読み終わった。
最初に後半の作品を読んだとき「死の味」にケイトの昔の恋人が出てくるよと教えてもらったっけ。すっかり忘れていたのを読んでいて思い出した。

ロンドンのパディントンにある聖マシューズ教会に、毎週水曜日にウォートン嬢(65歳)とダレン(10歳の男の子)はマリア像に供える花を取り替えにいく。孤独なふたりはとても気があっていた。
その日はドアの鍵が開いていて、入ると喉がかき切られたふたりの男の血まみれ死体があった。驚いて神父を呼びに行くと、ひとりは浮浪者のハリーでもうひとりは元国務大臣の准男爵ポール・ベロウン卿だという。

ダルグリッシュ警視長とジョン・マシンガム主任警部とケイト・ミスキン警部の3人が、この仕事に取り組むことになる。ロンドン警視庁に新しくできるチームは来週月曜日から発足の予定だが、すぐにこのチームで仕事をはじめる。マシンガムは過去にケイトと仕事をしてぶつかったことがある。どちらかというと女性警官に偏見があるほうだが、ダルグリッシュはケイトを評価し信頼している。

ベロウン卿は数日前にダルグリッシュに会いたいといってきて話をしたばかりだった。彼は雑誌を見せて誹謗中傷めいた記事をダルグリッシュに読ませた。ダルグリッシュは編集長を知っているので会ってみようと思う。だがそれより前にベロウン卿は大臣を辞任していた。そして教会での死とはどういうことだろうか。

3人は上流階級のひとたちとその周辺にいるひとたちから話を聞きながら捜査を積み重ねていく。
ベロウン卿の家を訪ねて、母のレディ・アーシュラ、妻のバーバラ、家政婦、運転手に話を聞く。その他に、先妻の娘サラ、バーバラの兄スウェイン、バーバラの従兄弟で外科医のランバートを調べる。
(青木久恵訳 ハヤカワポケットミステリ 上下とも880円+税)

ジェシカ・ベック『動かぬ証拠はレモンクリーム』

訳者の山本やよいさんから送っていただいた。ノースキャロライナ州の小さな町の〈ドーナツハート〉のオーナー、スザンヌ・ハートが主人公のシリーズ2冊目。1冊目の「午前二時のグレーズドーナツ」を読んでいるとむしょうにドーナツを食べたくなった。前回の感想の最後はこうだ。「近くにおいしいドーナツ屋さんがなくて、わたしはまだドーナツを食べてない。」
ところがそれからすぐに四ツ橋筋にドーナツ専門店「フロレスタ」があるのに気付いた。ここのドーナツは〈ドーナツハート〉のドーナツにいちばん近いような気がする。ふんわり揚げたてのさくさくしたネイチャーが好き。昔は大好きだったショートケーキやモンブランなどは最後に食べたのがいつか忘れたが、フロレスタを知ってからはドーナツは食べる。
おっとドーナツの話ばかりしてるわ。

相変わらず深夜に起きてジープで店に行き助手のエマとドーナツを作る毎日だが、町で〈素敵なキッチン拝見ツアー〉という企画があり、友人のマージのしゃれたキッチンでスザンヌがドーナツ作りを実演することになる。
そのとき作る予定のドーナツをしっかり予習してその日にのぞんだのだが、そっと外を見ると60人ほどが待っている。時間になりスザンヌは「本日はベニエを作る予定です」と説明をはじめる。ペニエって時間と労力を注ぎ込んで作る高級ドーナツなんだって。
材料を調理台に並べて混ぜる作業にとりかかろうとしたとき悲鳴が起こる。「死んでる」と誰かが言った。
ペグ・マスターソンが倒れていた。そしてペグの手に握られているのが、ひと口かじったレモンクリームのドーナツ。〈ドーナツハート〉の商品に間違いない。
スザンヌはやってきたマーティン署長に待つように言われる。そして店のほうも捜査員がいっていると言われる。

スザンヌは友人のグレースとともに事件を探る。前作で知り合った恋人のジェイク、向こうの浮気がもとで別れたのに未練たらたらの元夫。なぜか以前に会ったことがある感じの新しい客、と男関係もにぎやか。近所のお店のひとたちとやりあったり助けられたりで、最後には真犯人を見つける。
(山本やよい訳 原書房コージーブックス 838円+税)