木村二郎『ヴェニスを見て死ね』

1994年に早川書房から単行本で出たのを持っているのだが、押し入れの箱の中にしまい込んだままで長いこと読んでいなかった。去年、17年ぶりに雑誌「ミステリーズ!」2010年12月号に新作「永遠の恋人」が、次いで今年の4月号に「タイガー・タトゥーの女」が掲載されたのをすごく懐かしく読んだ。そのときに「ヴェニスを見て死ね」が創元推理文庫から出るということを知って、押し入れを探さずに待っていた。

待ってはいたものの、いま読んだらどうかなと思う気持ちもあったが、読み出したらすこしも古びていない。10数年〜20年前のことを書いた新しい小説という感じで読めた。
ニューヨークで暮らす私立探偵のストイックな生活ぶりがいい。恋人のグウェンと食事したあと行くジャズクラブの出演者名をさりげなく書いてあったり、家に帰ってかけるジャズの好みもわたしと合うのでうれしくなった。
グウェンとはじめて会ったのは「過去を捨てた女」で、彼女のむかえの部屋の捜査中だった。彼女はミステリファンらしく、ジョー・ヴェニスのことをハメットの作中人物名で呼んだり、「ねえ、マーロウ」と呼んだり、スペンサーと言ったりする。彼女のほうがさきに惚れてヴェニスは受け身ぽかったけど、それからは恋人どうしになった。

ジャズといい、ミステリといい、食事といい、とても柔らかいのだが、事件の真相は違う。依頼人から受けた仕事を的確に精密にこなしていく私立探偵は、不在の部屋を合鍵で開けて、死体を発見する。
(創元推理文庫 680円+税)

皆川博子『開かせていただき光栄です』のことをもうちょっと

わたしが18世紀のロンドンの事情を知ってもなんにもならないけれど、好奇心を満たすってのも読書の喜びのひとつだ。皆川さんは最後に主要参考資料を16冊もあげておられる。それらを駆使して書かれた作品を読んでこちらは楽しんだ上に知識を得る楽しみを味わっている。

エドのお父さんは盗難を疑われ、投獄され、裁判で有罪になり、絞首刑になった。後で真犯人が見つかったが、偉い人につながりがあったためうやむやにされた。エドはいう「裁判官の皮膚を剥ぐと死刑執行人が現れる」。その後にイギリスの官僚制度についての説明がある。

いかがわしい店が繁盛している。男色専門店の薔薇亭がよく出てくる。トム・クイーン亭はあらゆる階層の遊び人たちが集まるパブである。酒、女、賭博、闘鶏、牛いじめ、熊いじめ、鼠殺し、そして娼婦としけこむ部屋がある。

炭坑の労働者の過酷な労働、家畜のように扱われた労働者たちのことも書いてある。
ロンドンの暖房は石炭を燃やしていた。おおかたの家では石炭屋が家の中に入り込まないように、道路の端から石炭貯蔵室に通じる穴を掘ってある。金属製の上げ蓋を開けて石炭を放り込めば斜面をなだれ落ちて行く。
※わたしは細野ビルヂングでこの装置を見たことがあるので、興味深く読んだ。細野さんにビルを案内してもらったときに、細野ビルの裏側に鉄の蓋がしてあるところがあった。ここに暖房用の石炭を落とし込んだという。地下室に降りてみたら、ビルの隅に石炭を受ける場所があった。その石炭をボイラー室で燃やしてビル中の暖房がされていた。

皆川博子『開かせていただき光栄です』

土曜日から読みはじめてさっき読み終わった。わたしとしてはすごく早いペースだ。日曜日なんか夜になると目がしばしばしてたのに離せず、月曜日の外出でひと休みしたのが目に優しくてうれしかった(笑)。
ツイッター等で評判が良いので読んでみようと思ったのだが、皆川さんの本を読むのははじめて。しかも変わったタイトルにためらったが買おうと決めてからはさっさと書店で見つけた。買ってよかった、読んでよかった。

18世紀のロンドンが舞台で、ディケンズの時代より少し前になるが、ロンドンの雰囲気は同じようにというか、ディケンズの世界にいるような気がしていた。それに登場人物表の名前が全部カタカナというのが翻訳探偵小説を読む雰囲気である。そしてはじまった物語は翻訳小説っぽいけれども、すこし古い時代の日本文学、例えば泉鏡花や中野重治を思わせる。すべて印象だけだけど。

物語の舞台はロンドン聖ジョージ病院の外科医ダニエル・バートンの私的解剖室。5人の弟子たちに囲まれてバートン医師が妊娠した女性の遺体を解剖している。誰かが来たという連絡で作業を中止し、弟子たちはかねてから作ってあった隠し戸棚に解剖途中の遺体を隠す。来客はジョン・フィールディング判事の部下の犯罪捜査犯人逮捕係たちで、今回バートンが墓あばきから買い取ったのは準男爵の令嬢エレインだという。妊娠6ヶ月のご令嬢のことを弟子たちはなにも知らぬと言い張る。彼らが帰った後に判事の義妹で助手のアンとその助手の逞しいアボットがくる。当時は働く女性は下働きの貧民だけで中流以上の女性は家庭にいるので、アンは男装して、判事の目になって活躍している。アンの目は鋭い。
アンとアボットが帰った後、隠し穴から顔を砕かれた死体が見つかる。

舞台が変わる。17歳のネイサン・カレンは駅馬車で長旅をしてロンドンに着く。彼は文学で身を立てようと、教区の牧師が彼の才能を認めてくれたのを励みに出てきたのだ。道を尋ねながら歩いているとき二人の青年と出会う。バートンの弟子エドと解剖のスケッチ画を描くナイジェルだ。意気投合してカフェで話し合う。下宿したネイサンは出版社へ行く。そこにエレインがいて知り合う。その後、喫茶店で「マノン・レスコー」を音読するように頼まれ、短くも楽しい日々を過ごす。

解剖台にのっていた妊娠中の女性はネイサンが敬っていた貴族の令嬢エレインだったのが早くからわかるが、物語はネイサンにかかわるところと、エドとナイジェルにかかわることが交差して進む。
判事と助手のアンの活躍、いかにも18世紀の悪いやつっぽい悪漢。娼館薔薇亭の賑わい。わくわくと読んだ。
(早川書房 1800円+税)

皆川博子『開かせていただき光栄です』を読みはじめた

今日はヴィク・ファン・クラブの例会日、1時間早く梅田へ出てジュンク堂へ行った。翻訳ミステリで欲しいのはあるのだが、今日はこっち、皆川博子「開かせていただき光栄です」(早川書房)を買った。今年7月に初版発行の本であちこちで評判が良いので気になっていた。あとは書棚前の散歩をしてシャーロック・ホームズへ行き、さっそく読みはじめた。
いやー、おもしろい。18世紀のロンドンの話でディケンズみたいなの。ギネスとサンドイッチその他をむしゃむしゃ食べながら読み続けた。まるで翻訳小説を読んでいるよう。感じとしてはマイケル・コックス「夜の真義を」が近いかな。
みなさん先月の賑わいで満腹したのかだれもやって来ない。これ幸いと読み出して2時間半。コーヒーを頼んで女主人と雑談するまで読み続けた。
帰ってから相方が本を開いて「翻訳ミステリちゃうん?」と聞く。登場人物表がカタカナ名前ばっかりだからね。この本はこうこうで皆川さんはこういう人でと説明した。ほんまにすばらしい作家がいるものだ。変わった題名だと思っていたが、これしかないよね。
これだけ一生懸命読んでもまだ1/4である。帰ってからは雑用ばかりで数ページしか読めていない。明日から楽しみ〜
(早川書房 1800円+税)

ナンシー・アサートン『ディミティおばさまと村の探偵』

優しい幽霊シリーズの6冊目。このシリーズの約束事はすでに亡くなっているディミティおばさまとの会話。ロリの周辺になにごとかあって相談したいときや行き詰まったときにノートに書くと、旧書体の文字で返信が書かれる。ロリのこども時代の孤独の友であるぬいぐるみ、うさぎのレジナルドは古ぼけもせず。

ロリはディミティおばさまがコッツウォルズのフィンチ村に遺してくれた家に夫のビルと男の子の双子と住んでいる。年明けにビルの実家のボストンで3カ月間過ごして帰ってきたところだ。ビルはロンドンで仕事中。
帰って早々に牧師夫人がやってきて甥のニコラスの面倒を見てほしいと頼む。先日この村に住んで3カ月のフーバーさんが殺されたという。この村の住人たちの間にはウワサがどんどん広がるのだが、誰も殺された人を気の毒に思っていない。それほど人に好かれない女だった。
そのあと隣家の厩舎長キットが馬を飛ばしてやってきた。キットは村人から殺人事件の犯人と指差されていると語り、疲れ果てている。キットがくつろいでいるとニコラスが来る。ニコラスのことをこどもだと思っていたら立派な大人だったのロリはびっくり。
なんやかんやでロリとニコラスは一緒に犯人探しすることになるが、村人は不倫のウワサをするし、ロリ自身もまんざらではないところもあり、読むほうはまたかと(笑)。
(朝月千晶訳 RHブックス+プラス 800円+税)

レジナルド・ヒル「闇の淵」(2)

ヨークシャーの炭坑町の人たちの生活ぶりを興味深く読んだ。なにからなにまで近所に筒抜けの炭坑町の生活の様子が描かれている。男たちは酒と暴力で日々を過ごす。イギリスの労働者階級の暮らしを描いた映画は最近では「リトル・ダンサー」くらいしか思い出せない。だいたい映画を見てないからなぁ。コリンを「リトル・ダンサー」の町において考えたら、あてはまった。

炭坑って、わたしが知っているのは三池炭坑の社宅(炭住)に3日泊めてもらったことがあるだけだ。三井三池の組合員の娘さんたちが大阪で就職していたのを支援(?)していたので、連絡やら闘争後の主婦の会の人たちと会いたいとか、まあ若くてヒマだったのでできたこと。炭住の生活ぶりは都市下層労働者の我が家よりはずっとよく見えた。

炭坑での事件の解明に追われるダルジール警視、パスコー警部、ウィールド部長刑事だが、事件の捜査をする中で、パスコーとウィールドが理解しあうところがあってシリーズの醍醐味を味わった。
(嵯峨静江訳 ハヤカワポケットミステリ 1600円+税)

レジナルド・ヒル「闇の淵」(1)

ダルジール警視シリーズはほとんど読んだと思っていたのに、先日ジュンク堂でポケミスを見ていたら未読本が見つかった。1991年初版発行で2005年に3判発行。「子供の悪戯」の次の作品である。そのあたりの本はほとんど図書館で借りて読んだ。とにかく読み出したのが遅くて10年くらい前に集中的に借りて読んだ。最近の新刊と図書館で読み残しているのは買っているが、まだあったとは。

パスコー警部の妻エリーは炭坑労働者のコリンと大学の社会人講座で知り合う。コリンは魅力のある若者でちょっとしたしぐさもカッコいい。エリーとコリンは講座が終わった後に講師と生徒という立場でちょっと話し合ったりするうちに微妙に惹かれ合う。
コリンの父親ビリーは3年前に炭坑町で少女が誘拐され行方不明になる事件の容疑をかけられるが、連続少女誘拐事件犯人の犯行とされ無罪となった。彼は3カ月後に愛犬とともに廃坑で転落死するが、町の人たちは自殺だとうわさする。コリンは父親の潔白を信じていて、疑惑を晴らしたいと思っている。

パスコーはウィールド部長刑事を食事に誘う。ウィールドはワインと薔薇の花束を持ってくるが、エリーにワインをパスコーに花を手渡す。「わたしが性差別をしていると思うなら、花とワインを交換してもいいですよ」と言ったウィールドはゲイなのだ。楽しい会話を続けるが、バイクに乗っているウィールドは「パトカーの連中たちは、バイクに乗っているやつはみんな暴走族で・・・」そこでパスコーとやりとりがあったあと、「一度バイクに乗ってごらんなさい。警官であることをやめてごらんなさい」それから声を落として「ゲイになってごらんなさい」という。パスコーは反射的に「せっかくだけどやめておくよ」と言ってしまう。
そこへコリンからエリーに電話がかかり、エリーはあわてて飛び出して行く。酔ったコリンを車に乗せたエリーは・・・
(嵯峨静江訳 ハヤカワポケットミステリ 1600円+税)

久しぶりにセイヤーズの「不自然な死」を読んだ

先日「セイヤーズ読書会をしたい」と書いたらセイヤーズが読みたくなって、あまり覚えていない初期のを取り出した。「誰の死体?」「雲なす証言」に次ぐ「不自然な死」(1927)で、前の2作よりも印象がうすい。そういえばだいぶ前に読んだときもそう思ったのを思い出した。「誰の死体?」はずいぶん昔の本を古本屋で手に入れて何度も読んでいる。「雲なす証言」はこの文庫がはじめてなのだが、繰り返し読んで楽しんでいる。2冊ともユーモアと余裕がある。「不自然な死」は好きとは言えないしもう一度読もうと思わないできたが、いま読んだら楽しいところはないがおもしろく読めた。

「不自然な死」は事件があってピーター卿やパーカー警部の登場となるのでなくて、ふたりがレストランで食事しているときに、会話を耳にした横のテーブルの男が話しかけてくる。医師である彼は殺人と思ったが自然死として処理された裕福な老婦人アガサの死について話す。席をピーター卿の部屋に移してより詳しく話した男は、もうすんだことだと名前を名乗らずに帰って行った。その話に犯罪性を見いだしたピーター卿は翌日から動き出す。

ドーソン嬢は遺言状を書かない主義で、当然自分の曾姪(看護士経験のあるメアリ嬢)に遺産がわたると言っていたが、英国の法律が変わって、遺言状がないと曾姪にはいかず国家にいってしまうようになった。そこで法律が変わる前に死ぬことが重要問題になる。自然死か殺人か、捜査を続けるとその後に罪なき女性の死体が発見される。

賢い犯人にバンターも翻弄され、ピーター卿も危うい目にあう。
ピーター卿の聞き込み代理人クリンプスンさんの活躍がめざましい。彼女の捜査人としての義務感と道徳観が矛盾をきたして逡巡するところがおもしろい。この活躍が発展していって「毒を食らわば」の大活躍になる。
(浅葉莢子訳 創元推理文庫 583円+税)

第4回「関西翻訳ミステリー読書会」に参加

第4回関西翻訳ミステリー読書会(7時から9時まで)に2回目の参加。課題書はジュデダイア・ベリー「探偵術マニュアル」。ロバート・クレイス「天使の護衛」も候補だったそうだが、内容が複雑なこちらを選んだそうだ。「天使の護衛」なら読み終えていたし、好き好き好きと言うだけなのにと思ったのだが(笑)。
すでに当ブログに感想ごときものを書いているので、それを元にして話したのだけれど、すでに忘れてしまったことが多い。いうまでもなく「スティーブ・ジョブズ」を3日間読み続けていて、アタマん中はリンゴばかり。

そんな状態だったがなんとか話についていった。初めての参加者も多かったがみなさん積極的に話されていた。こういうところをチェックしているのねと感心したところも多々あった。
SF的なところのある作品なので、SFとはなんぞやみたいな質問があって、ウキペディアで調べた人がこう書いてあったと返事があったりと初々しい。そこに翻訳家の細美遙子さんがSFとはこういうものと答えられていた。テキトーにSFみたいと思い、スチームパンクなのかとテキトーに納得していたわたし(笑)。

わたしは本書をもうひとつ熱中できなかったのが、文学趣味をちりばめすぎていることだ。そこをきっと持ち上げる人がいるだろうと思っていたが、いなかったのがよかった。わたしがすこしだけ笑いながら否定的に触れたら、みんな笑って受け止めてくれた。

今回は二次会は申し込んでなかったのですぐに帰宅。おじやと漬け物という質素な夜なべご飯ができていた。

サラ・パレツキー『ウィンター・ビート 』(3)

先日、飲食店を経営しているヴィクファンの友人に会ったときに「ウィンター・ビート 」を読んだかと聞いたら「よかった〜 めっちゃおもろかった」の次に、「もうっ、ええかげんにヴィクに迷惑をかけんようにしてほしいわ、こっちまでいらいらしたわ」と続けて言った。従姉妹のペトラのことだ。その言動で読者までいらいらさせて、最後には探偵仕事には向いてないと辞めてしまう。最後のセリフがきまっている。
【「・・・ヴィクがすっごくタフでクールなのを見て、あ、悪くとらないでほしいんだけど、あたしがヴィクの年になったとき、そんなふうになりたくないって思ったの。つまりね、ヴィクは一人で暮らしてて、とっても強くて、暴力なんかへっちゃらって感じでしょ」】
困難な時代にタフに働く彼女がいらいらするのはもっともだ。

ペトラもそうだがもう一人いた。フィンチレー刑事の部下のリズ・ミルコヴァ刑事。ヴィクが担当のフィンチレー刑事に直接話したいというと、【「わたしは女だし、下っ端刑事かもしれません。でも供述をとる方法は知ってます」/わたしは自分の目が怒りでぎらつくのを感じた。「わたしはね、あなたたちのためにドアをひらこうとがんばった昔気質のフェミニストの一人なのよ。ミルコヴァ巡査。だから、わたしの前で高慢ちきな態度はとらないで。・・・】背後で拍手、フィンチレーが【ウォーショースキー、おれが百歳まで生きたとしても、たったいま味わった以上の満足を得ることはけっしてないだろう。誰かがきみの得意のセリフを皿にのせて、きみに差し出したんだからな」】
わたしもここまであからさまではないけど、日常的にこういうことはあって、怒ったり苦笑いしたりする。わたしの場合は教えてくれようとする人が多いかな。