特集 なぜハメットが今も愛されるのか(ミステリマガジン8月号)

ミステリを読み出したのは早かったが手当たり次第に読むだけだった。父の持っていた本をたくさん読んだが雑誌「宝石」で戦後に訳された、レイモンド・チャンドラー、クレイグ・ライス、ウイリアム・アイリッシュに目覚めた。ハメットはそのあとで古本屋で買った「デイン家の呪い」をまだ持っているのだが、よくわからなかったままになっている。そろそろ読まなくては。その後は「マルタの鷹」「赤い収穫」はまだまだで、次に読んだ「ガラスの鍵」がぴたっときて、好きな作家と言えるようになった。その後はリリアン・ヘルマンの伴侶だから好きになったような感じもある。
「マルタの鷹」は映画を見て、ジョー・ゴアズ「スペード&アーチャー探偵事務所」のあとに読んで、ようやくほんとのハメットファンになった。

ミステリマガジン8月号は没後50年ということで「なぜハメットが今も愛されるのか」という特集である。まだ全部読んでないのだが、カラー写真のハメットがいいオトコなので開いてはにやついている。翻訳されたハメット作品が4作あるのだがまだ読んでいない。ふたりの知らなかった書き手による〈評論〉諏訪部浩一〈成長する作家—「『マルタの鷹』講義」補講〉と相原直美〈リリアン・ヘルマンがみた文学者ハメット〉が勉強になった。
リリアン・ヘルマンについては、昔はミステリファンと話すといつも「いやな女」と言われて、いやな思いをしてきたので、ファンとしてうれしかった。
(ミステリマガジン8月号 920円)

シャンナ・スウェンドソン「スーパーヒーローの秘密」

これで「(株)魔法製作所」のシリーズ5作を読み終わった。山本やよいさんご推薦の本で、2册は自分で買い、3冊はSさんが買って貸してくださった。最後はSさんに5冊とも持っていてもらう。
このシリーズは「ニューヨークの魔法使い」「赤い靴の誘惑」「おせっかいなゴッドマザー 」「コブの怪しい魔法使い 」と続いて最後は本書「スーパーヒーローの秘密 」である。4作目まではアメリカで出版されたものの翻訳だが、5作目は「日本版オリジナルの書き下ろしで登場」とある。アメリカでは受けそうにないと読んでわかった。主人公ケイティとオーウェンはいつまで経っても抱き合ってキスするだけなんだもん。日本のロマンチック好みの女性にぴったりだ。うまい話の作り方なんだけど、破れたところがない上手さが古風で、いまのアメリカ人女性には受けないだろうと思った。

今回は魔法界を支配しようとするライバル会社との戦いである。悪の手に利用されるオーウェンの出生の秘密が明かされる。才気あふれるエキセントリックな若い魔法使いケイン・モーガンが妻ミナとともに黒魔術に手を染めるが、子どもを産んだ母は生まれて間もない子どもを悪の手から離して人手に託す。その子がオーウェンだったのをケイティが調べる。冷たい存在だった養母がどんなに自分を抑えてオーウェンを育ててきたかとか過去が明かされる。
ケイティの大活躍で最後に正義が勝つ。
細かいところの説明が行き届いていてうまい作品だと思う。こういうのってやっぱりプロ作家の仕事だよね。
(今泉敦子訳 創元推理文庫 1100円+税)

ジョージェット・ヘイヤー『紳士と月夜の晒し台』続き

弁護士でヴェレカー兄妹と仲が良い従兄弟のジャイルズと、担当になったスコットランドヤードのハナサイド警視は事件を調べるにつれ、話が合うようになる。検死審問が行われた日の夜、ジャイルズはハナサイドを家に招いてチェスに興じたあと話し合う。この事件にはまだなにか起こりそうな気がするとジャイルズは思う。
翌日のヴェレカー家では家政婦のマーガトロイドが大掃除をはじめるが、手伝っていたヴァイオレットがアントニアのビューローに拳銃を見つける。きちんとしまっておくようにいうヴァイオレットをアントニアはこともなげにあしらう。
部屋が片付きお茶にしようとしたとき新しい来客がある。死んだと思っていた次男のロジャーが7年ぶりに外国から帰ってきたのだ。これで遺産はロジャーのものになる。殺人のあった夜には彼はすでにイギリスに帰っていたことがわかる。彼は名も知れぬ女性とどこともわからぬ場所にいたというのだ。
やがてアパートでロジャーの死体が発見される。

巧妙に意図された殺人事件が賑やかな主人公たちの会話のうちに進行していく。貧乏であっても品のある兄と妹と幼なじみのレスリーに比べると、美人だが貧しい階級から這い上がったために卑しく描かれるヴァイオレットが可哀想。そしてアントニアが婚約を解消するルドルフも可哀想。なんだかなあって感じもする。

アントニアがジャイルズに言う。「ルドルフとヴァイオレットよ。あの人たちはお似合いの二人だわ。どうしてもっと早く気づかなかったのかしら。考え方がそっくりなの。」そして、アントニアとジャイルズは結ばれる。ロマンス好きにはたまらない。
(猪俣美江子訳 創元推理文庫 980円+税)

ジョージェット・ヘイヤー『紳士と月夜の晒し台』

ツイッターで本書の刊行が楽しみというツイートを発見したので東京創元社のお知らせを見た。あった、あった、5月下旬発売となっている。久しぶりに発行を楽しみに待って買った。
タイトルが「紳士と月夜の晒し台」(1935 原題は Death in the stocks )って、思わせぶりなところがいい。

ジョージェット・ヘイヤー(1902-1974)はロマンス小説で人気が高いそうで、いま検索したらたくさんのファンのかたのサイトが出てきてびっくりした。本屋に行ったらMIRA文庫を探しそうでコワイ(笑)。

わたしのお気に入りのクラシックミステリ、ドロシー・L・セイヤーズやエドマンド・クリスピンやジョセフィン・ティと共通しているところがある。登場する女性たちだ。なんて自由におしゃべりし、なんて自由に行動するんでしょ。ジェーン・オースティンの描いた女性たちもそうだけど。

月夜の晩に、ロンドンからすこし離れた村で、夜の巡回を終えて帰宅しようと自転車で走っていた巡査が、広場の晒し台に男性が座っているのを見つける。側に行くと晒し台の穴に両足を突っ込んでいて、酔っているのかと近づいて触るとぐらりと倒れ、死んでいるのがわかる。週末限定の住人アーノルド・ヴェレカーだった。警部と医師が調べると背中を刃物に刺されほとんど即死だった。

翌日、警部がアーノルドの家に行くと、腹違いの妹のアントニアが泊まっていた。アントニアはロンドンから従兄弟の弁護士ジャイルズを呼ぶように頼む。ジャイルズはスコットランドヤードの警視ハナサイドといっしょにやってきた。
アーノルドは金持ちで、腹違いの弟で画家のケネスと妹アントニアは貧しい。アーノルドの死で遺産がケネスに入ることがわかる。
ケネスには美人の許婚者ヴァイオレットがおり、アントニアはルドルフと婚約している。レスリーは兄妹の幼なじみで、ケネスに惹かれている。
饒舌な兄妹と偉そうな態度のヴァイオレットのやりとりに悩まされながら、ハナサイド警視とジャイルズは捜査を続ける。(ここでNHKでチェルノブイリのドキュメンタリーを見たので、続きはまた後に)
(猪俣美江子訳 創元推理文庫 980円+税)

サラ・パレツキーさん、グランドマスター賞授賞式の写真

サラ・パレツキーさんのブログにエドガー賞の授賞式パーティの写真がアップされている。昨日のサラさんのツイッターの書き込みで知った。

アメリカ推理作家協会が選んだ2011年度のグランドマスター賞(巨匠賞)をサラさんが受賞するのを知ったのは去年の12月で、授賞式は最優秀長篇賞はじめ他の賞とともに、2011年4月28日にニューヨークで行なわれるとあった。

●ハヤカワオンライン ニュースリリースより
巨匠賞は、生涯にわたってミステリに貢献し、良質の作品を多数発表した作家に対して与えられる賞で、1955年の第1回受賞者はアガサ・クリスティーです。
1982年に『サマータイム・ブルース』でデビュー以来、英国推理作家協会(CWA)のゴールド・ダガー賞、ダイヤモンド・ダガー賞(巨匠賞)をはじめ、数多くの賞を受賞しているパレツキーですが、意外にもMWA賞は初の受賞となります。

その授賞式の写真がいろいろアップされていて、黒のフォーマルなドレスを着た美しいサラさんは、夫のコートニー・ライトさん、ミステリ作家のローラ・リップマン、ドロシー・ソールズベリー・デイヴィスをはじめいろんな人たちとにこやかに笑っている。

シャンナ・スウェンドソン『コブの怪しい魔法使い』

「(株)魔法製作所」シリーズ第4作は3冊目までのニューヨークからケイティの故郷テキサス州コブへ移動する。ニューヨークでの悪い魔法使いとの戦いで、自分の存在がオーウェンの仕事の邪魔になったことで、ケイティは身を引いて故郷へ帰る。
家族が経営するテキサスの小さな町の農業用品店を手伝いながら、両親と祖母と個性豊かな三人の兄とその妻たち、その子どもたちと賑やかな毎日を過ごしている。旧友のニタとも久しぶりにゆっくり話し合う。家族も友だちもみんな激しいうちにもおおらかな南部的性格をうまく書いていると感じた。

ところが奇妙なものが見えたり不思議なことが起こりだし、母親がヘンなものを見て失神するまでになる。ケイティの一家は魔法にかかわる血筋であるらしい。おかしく思ったケイティはニューヨークの代表に報告すると誰かを派遣するという。出張してきた警備担当のサム(ガーゴイル=怪物をかたどった彫刻。主として西洋建築の屋根に設置され、雨樋から流れてくる水の排出口としての機能を持つ)が屋根の上から舞い降りてくる。二人はコブの町の悪い魔法を使う者を探そうとする。

そこへケイティのボーイフレンドとしてオーウェン登場。母親が家に泊まるようにすすめる。二人は昔ケイティや兄たちがしていたように、2階のポーチから木を伝って降り、夜のしじまに出て悪い魔法使いと対決する。なんと次男のディーンが事件にからんでいたのがわかる。

オーウェンの体力を使い切った活躍で事件は解決。おばあちゃんが大活躍。
オーフェンが帰った後、残っている娘に封筒を差し出し父親がいう。これでニューヨークへ帰る切符を買いなさい。ネットで調べるとなぜか飛行機には自分の席がとってあった。ニューヨークに着くと赤いハイヒールを片方持ったオトコマエが立って待っていた。めでたし、めでたし。
(今泉敦子訳 創元推理文庫 1080円+税)

シャンナ・スウェンドソン「おせっかいなゴッドマザー 」

「(株)魔法製作所」シリーズの3・4・5巻の3冊をSさんに貸していただいた。全部読み終わったらわたしが2册買ったのと併せて持っていてもらうことになっている。
3冊目までくるとちょっと慣れすぎてきた感じがする。主人公ケイティは相変わらず、なんというか純情可憐で、2冊目で恋人に確定したかのオトコマエのオーウェンは仕事に没頭している。魔法界も正邪があって、もちろんオーウェンは正しいほうで、悪と戦う戦士である。
ケイティは仕事しつつオーウェンが気になる。そこへヘンな魔法使いばあさんが現れてあんたのゴッドマザーだと世話を焼く。

クリスマス休暇を養父母のところで過ごすオーウェンに誘われてケイティはいっしょに行く。ヴィクトリア様式の屋敷で厳格に育ったオーウェンだが、今回は厳しい母親も軟化した感じである。このあたりは少女小説のノリ、やおい小説のノリだな。田舎育ちで自分に魅力はないと思っている主人公と、その主人公を愛おしく思っているオトコマエでお金持ちの男性。
お約束事を下敷きに、華やかな魔法合戦があって、ふたりは結ばれると思いきや、ケイティはわたしがいたらオーウェンは悪者相手に実力を発揮できないと身を引きテキサスへ帰る。
(今泉敦子訳 創元推理文庫 1080円+税)

フェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説2編

木村二郎さんの私立探偵小説を読むつもりで買った「ミステリーズ!」4月号に掘り出し物があった。フェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説「棘」と「タナタ氏の茶碗」(「わん」の字が難しいので「ミステリーズ!」のサイトを見たらやっぱり「茶碗」になっていた)の2編。
ドイツのミステリということで、以前読んで感想を書いた「ベルリン・ノワール」を開いてみたが、この本には入っていない人だった。
それで訳者の解説を読むと、6月に東京創元社から刊行予定の「犯罪」(邦題)は、F・V・シーラッハの最初の本でありドイツで大ベストセラーになり、32カ国以上の国で翻訳が決定しているそうだ。全編に「私」という弁護士が出てくるが、本書を書くまでシーラッハ自身が刑事事件の弁護士であった。

「棘」は美術館で長らく働いてきた男性の話で「棘を抜く少年」という彫刻に魅せられていく過程がおそろしい。心理的に追いつめられた男はその彫刻を壊す。彼の弁護士になった「私」は裁判官と検察官と話し合う。
「タナタ氏の茶碗」は日本人の実業家タナタ氏が所有する骨董の茶碗盗難の話。犯罪者の性格、そして犯罪のやりかた、殺しかたなどリアルな描写がおそろしいほど。茶碗を返すために弁護士の「私」はタナタ邸を訪れる。
タナタ氏は、この茶碗は長次郎によって1581年にタナタ一族のために作られたと説明。「かつてこの茶碗がもとで争いが起こったことがある。今回は早々に解決してよかった」と言う。半年後にタナタ氏は他界し遺体は日本へ送られた。茶碗はいま東京にあるタナタ財団美術館の目玉になっている。

シーラッハは〈ベルリンの熊賞〉を受賞したときに「ベルリン新聞」にエッセイ「フェルディナント・フォン・シーラッハのベルリン讃歌」を書いた。このうしろのページにあるのだが、とても感じがいいのだ。次はそのことについて書く。
(「ミステリーズ!」2011年4月号 東京創元社 1200円+税)

エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』修道士カドフェルシリーズ第1作

あまりにも有名な修道士カドフェルのシリーズ。阪神大震災のころ、ミステリファンでない知り合いでさえ読んでいるのを横目で見ていた。最近でこそクラシックミステリもコージーものも読むけど、そのころはハードボイルドミステリ一筋だったから、勧められたら反対にヴィクシリーズを読むようにと勧めたものだ(笑)。

ヴィク・ファン・クラブ ニュース4月号の「ミステリ散歩道」 33回目で紹介されたのが11作目の「秘跡」だった。いまの社会状況のなかで疲れた心に寄り添ってくれる本と書かれてあった。それでこのシリーズには目をつむりっぱなしだったのに気づき買いに行った次第だ。お勧めの「秘跡」がなかったのでシリーズ第1作を買った。

予備知識なしで読み出したので大津波悦子さんの解説が役に立った。
エリス・ピーターズはイギリスの女性作家で1913年生まれで95年に亡くなった。カドフェル・シリーズは長編20作と短編集が1冊ある。カドフェルは12世紀イギリスのベネディクト会シュルーズベリ大修道院に所属する修道士で57歳。若い頃は十字軍に所属して戦ったことがあり、また沿岸警備船の船長もしていたこともある。いまは修道院付属の薬草園でさまざまなハーブを育てている。
イングランドとウェールズが併合されたのは1284年なので、本書の時代は併合前のことになる。シュルーズベリはイングランドのウェールズに近いところで、登場人物のカドフェルも修道院副院長ロバートもイングランドとウェールズの血を引いている。

シュルーズベリ大修道院では有力な聖人の遺骨を守護聖人に祀ろうとしていた。よその修道院には聖人の遺骨が祀られているのに、この修道院に聖人の遺骨がないという屈辱から遺骨探しに奔走するがなかなか見つからない。あるとき神経質な修道士コロンバヌスが発作を起こしたとき、夜中にそばについていたジェロームがすごいものを見たと報告にくる。美しい乙女がベッドのかたわらでコロンバヌスをウェールズの聖なる泉で水浴させるよう語ったというのだ。そこには聖ウィニフレッドの遺骨がある。それを手に入れよう。

聖ウィニフレッドを求めてロバートを中心に代表団の修道士たちは出発する。カドフェルも通訳として同行する。ウェールズに着いた彼らは当地の有力者リシャートに会うが、遺骨を渡さないと大反対され、まずいことにロバートはお金で解決しようとしてよけいに反発を買う。
(大出 健訳 光文社文庫 552円+税)

ナンシー・アサートン『ディミティおばさま幽霊屋敷に行く』

「優しい幽霊シリーズ」の5作目、気持ちよく手慣れた感じですすんでいくストーリーが気持ちよい。前作4作品で語られているように、イギリスはコッツウォールドで双子の男の子を産んで育てるようになったシカゴ育ちのロリ。毎日双子の世話に追われて慌ただしく暮らしているところへ恩師から電話があり、ノーサンバーランドの古い屋敷にある古書の鑑定に行くように頼まれる。夫のビルが留守番はまかせておけと言ったので出かけるが、もう少しというところで山道から車ごと落ちるところを必死で飛び降りる。気を失ったロリを近くに住む作家アダムが助ける。ロリとアダムの間になんともいえない空気がただよう。おいおいロリ、あんたにはビルがいるでしょうが、と言いたくなる(笑)。

ノーサンバーランドはイングランドとスコットランドの戦場だったそうで、数世紀にわたって奪い合われた土地だという。いまも古い城や屋敷があり開発が進んでいないところ。メル・ギブソンの「ブレイブハート」のような戦いが繰り広げられた場所なのだろう。いまは相手が違うけれどイギリス軍が不審者が侵入しないように見張っている。担当のマニング大尉がロリを屋敷に送りこの土地について話してくれた。

お屋敷に着くと風変わりな主人と妻の若い美女ニコールが迎える。幽霊が出そうな部屋に案内されるが、実際に幽霊が出てくるのである。主人は用事があるので1週間は帰らないと出て行く。ロリはニコールと執事夫妻と広大な屋敷に残され、図書室で本を調べ始める。ニコールは孤独でロリがいることを喜ぶ。

ロリは古い絵本を見つけて惹きつけられる。昔ここで暮らしていたニコールの大叔母にあたる少女クレアのものだった。そしてクレアにはエドワードという恋人がいたこともわかっていく。
古い部屋から絵本やドールハウスやテディベアや人形が出てくるところは、「抱擁」で古い屋敷で探し物をするシーンを思い出させてくれた。
(朝月千晶訳 RHブックス+プラス 820円+税)