ブレードランナー的風景

晩ご飯のときはスダレを巻きあげ窓をいっぱい開けて風を通す。部屋の中を風が吹き抜けていい気分。もひとつのいい気分は、暗くなっていく外の景色を眺めることだ。食事はたいてい夕暮れ時にはじまり、日が暮れていくのに合わせて酔いがまわる(笑)。
暗い中を走るくるまの光がいく筋も見える。信号機の色が青、赤、黄と変わって光る。ずっと先に道路が交差しているところがあり、くるまが横切っていくのが見える。空中に見える高速道路を走るくるまのライトが光る。
ああ都会だなあ。

そして、夏になると毎夜見て気分良くなっているのがずっと先にある二つの高層ビルである。それぞれ離れて建っているのは昼間見ればわかる。近い方はタクシーで横を通ってこれかとわかった。片方は茶系統でもう片方はグレー系統の壁色である。それが夜になるとどちらも黒くて一つの巨大なビルに見える。窓の灯りがともっているのが夜中過ぎると徐々に消えていく。赤い信号灯が黒くなった壁にずっと灯っている。

まるでブレードランナーのようなとわたしは毎日見るたびにいっている。どこがブレードランナーかわからんけど、ブレードランナー的風景といって愛でている。

気分はバカンス

昨日は昼寝したせいか夜はいつまでも眠気がやってこず、3時過ぎても眠くならない。たいてい横になって目をつぶれば寝てしまうんだけど。暑さもあって輾転反側(てんてんはんそく)、と書いてから意味が合ってるか心配になって検索したら「悩みや心配のため眠れず、なんども寝返りを打つこと。」とあった。これはちゃう「悩みや心配のため眠れず」ではない。悩みがないわけでなく心配ごともあれこれあるけど、そんな大げさな立派なものではない。
まあそんなことで寝るのが遅くなって、今朝はもちろん朝寝坊してお昼どきに空腹で目が覚めた。ラジオをつけたらお昼のニュース。

あとはいつもの休日どおりでiPhoneとパソコンでメールチェック、天気予報と地震情報とニュースをチェックしてからSNSなどで遊び、納得して離れるとベッドに横になりにいき、寝転がって本を読んでいた。

昼食後は昨日洗ったスダレを半分とりつけ、あと半分は明日にもちこす。スダレの内側は開放的になって「バカンスで海辺の家に来てるみたい」とノーテンキなことを言うてみる(笑)。
昼寝は自粛して寝転がっただけにした。朝寝したのに昼寝ではね(笑)。

この暑さはすごいね。今年は乗り越えることができるかしら。

梅雨の晴れ間は家事で忙しい

昨日と今日は快晴、大阪の昨日の気温は32度、今日の気温は35度。すごいわあ。
さすがに暑い。3時ごろ横になって2時間爆睡したらすかっと目が覚めた。今日はどこにも行かなかった。昨日は姉のところに行ってお手伝いしたのでちょっと疲れているが、今日はうちでも家事。

去年使ったスダレを丸めて置いてあったのを洗った。シーズン終わりにやっとけばいまラクなのに、いざとならないとしない。いまベランダで干しているところ。
スダレは後に回してカーテンをつけるべきところにつけた。ベッドルームのカーテンは次回にまわす。そして寒くなるまで夏仕様(笑)。

冬の帽子とマフラーをすこしおいてあったのでいま石鹸水につけた。これから洗って干す。明日の午後は晴れるようだからいまから干しておけばいいだろう。これで冬物整理はすべて完了。
手洗い洗濯するのに足湯のバケツが役に立ちそう(これから使ってみる)。普通のバケツは足湯用にはちょっと狭いが足湯バケツは洗濯にもゆったりとした大きさである(笑)。

明日からは季節替わりの仕事がなくなり家事がラクになるかな。
この暑さ、なにもする気が起きへんね。
なんとか元気に異常な暑さを乗り切りたい。

映画『ブラック・スワン』を見て思い出したバレエ映画

バレエ映画が好きだ。小学生のときひとまわり上の姉(いまつきあっている姪の母)に連れて行ってもらった『白鳥の死』でバレエに目覚めた。のちに昔の朝日新聞社の何階かにあった朝日会館で二度目を見て、主演の少女ジャニーヌ・シャラという名前を覚えた。彼女はパリで大人のバレリーナになって、自分のバレエ団を率いて日本にやってきて踊った。新聞記事を読んで行きたいと思ったものだ。

『白鳥の死』はパリのオペラ座の話で、二人のうち一人がプリマバレリーナの地位を得る。落とされたほうにはバレエ学校の生徒の熱烈なファンがおり、プリマが練習している床が外れるように細工する。床は外れプリマは大怪我をして一生踊れなくなりバレエ教師として生きることになる。なのに、応援していたバレリーナは結婚して去っていった。
少女は才能を認められるが、自分のしたことがばれるのを恐れて逃げ出す。結局捕まってしまい、自分の罪を白状する。
少女の未来のために最後は許すというストーリー。バレエシーンがすごく美しいのだ。

今日、ダーレン・アロノフスキー監督『ブラック・スワン』を見て『白鳥の死』を思い出した。『白鳥の死』をもう一度見たいものだ。
『赤い靴』は封切りで見て夢中になり何度も見た。レーザーディスクを買ってからは何度見たことか。いまもDVDでときどき見る。
今日見た『ブラック・スワン』を入れてバレエ映画の秀作は3本になった。

夏越の祓とか半夏生とか

今年の半分が終わった。毎度書いてるけど月日の経つのが早すぎる。
今日は6月30日「夏越の祓、大祓」の日だ。近くの土佐稲荷神社には毎年茅の輪くぐりの輪がしつらえられる。毎年、散歩や買い物帰りに立ち寄ったとき「今年は茅の輪くぐりにこよう」と思うのだが、その日になると忘れている。今年は覚えていたが億劫で行かなかった。雨は上がっていたから雨を理由にできない。蒸し暑さを理由に「しんどいなあ、けどまあなんとかなっていくやろ」というおそるべき楽観主義で乗り越える(笑)。

明日か明後日(7/1か7/2)は半夏生(はんげしょう)。「半夏」(はんげ=カラズビシャク)という植物が生え出すころのことだって。恐ろしいような美しくもある言葉に魅了される。

明日は姉のところに行くのだが、庭の雑草を見るのが楽しみなような鬱陶しいような。半夏はないが、ドクダミがいっぱい生えており、塀の向こう側からヘクソカズラが伸びてきてこちらの植木に巻きつきはじめるころ。
10日ほどのご無沙汰期間中にアジサイとクチナシの花は終わったかしら。
萩はぐんぐん伸びているだろうな。

ヴィクの年齢について質問があった

はじめての方からメールをいただいた。ヴィク・ファン・クラブに入会希望ではないと、最初に書いてあったので、なーんだ、なんだけど。
ヴィクの年齢に関してのご質問で、これは会員間で話題にもなったことがあるので、返信するけど、せっかく考えるのだからここにも書いておこう。今日のブログネタになった(笑)。

メールから引用させてもらう。
【ヴィクは40歳からあまり年齢をとらなくなってきたのではないでしょうか?】

そうですね。日本での最近作『セプテンバー・ラプソディ』では、ヴィクもコントレーラスさんもロティも元気だ。コントレーラスさんなんか最初に出てきたときから数えれば100歳になってしまいそうだけど元気。そうそう、犬たちもずっと元気でいる。フィクションだからこれでいいんでしょう。フィクションの中に真実がある。

でもまあ、ちょっと考えてみる。
一作目の『サマータイム・ブルース』のときはいくつだったんだろう。いまは本を出して読み返す元気がないが、大学へ聞き込みに行くところがあって、学生たちと話すところは30歳近いかなと思い出した。けっこう弁護士などキャリアも積んでいるし。

16冊の長編小説の中にヴィクが活躍している。いまのところ、その期間は1982年から2013年の約30年なんだけど10年に凝縮されている感じかな。社会情勢のさまざまなシーンに凝縮された年齢のヴィクがいる。
タイプを打っていた時代からはじまって、パソコン、そしてMacを使い出してずっとMacが進化。携帯電話からiPhone、パームを使ってたこともあった。『セプテンバー・ラプソディ』はコンピュータが主役になっている。

サラ・パレツキーさんが来日したとき、近鉄奈良駅の喫茶店でiPadを出して写真を見せてくださったのを思い出す。iPadが出て間もない時だった。

龍神温泉で遊んだ若き日

父と兄たちが話しているのを聞いて『大菩薩峠』を読んだのは小学校6年生くらいのときだ。龍神温泉のところが大好きで大人になったら一度行ってみたいと思っていた。
大菩薩峠は母の妹の嫁ぎ先の近くにあった。一度だけその家に行ったとき従姉妹に連れられて麓まで行ったことがある。あれが大菩薩峠と教えてくれた。周りは山また山という感じで、弟がふらふらと帰り道を間違って山を上がってしまい、呼び返すのに難儀した。

働きだしてからは自由に泊りがけでも出かけるようになった。わたしが龍神温泉に行きたいといっていたら、友だちが『旅』の雑誌を買ってきて「これ見てみ」という。龍神温泉の記事があった。行きたい、行こう、旅館に手紙を出そうということになり、彼女が年末に女子2人が2日間泊まれるでしょうかと書いて出したら快い返信があった。
仕事が休みになる29日30日に泊まって31日の朝に帰ろう。雨が降るなかを当時の国鉄紀州線に乗り、紀伊田辺で降りてバスに乗った。前夜から雨が降ってバスが通れないところがあり、乗客は降りて後ろからみんなで押した。だんだん暗くなるしまいったけどおもしろかった。

ようやく龍神温泉の宿「上御殿」に到着。古い旅館でわたしらの部屋は襖で隣の部屋と仕切ってあるだけ。隣室にはおじいさんが一人で泊まっている様子。なにかにつけ襖を開けてうちらの部屋を通って廊下に出るのである。咳もする。
温泉はさすがに美人になる湯ということで気持ち良かった。机竜之助がここでと思うとうれしくて父親にハガキを出したっけ。
湯に飽きるとすることがないので片隅にあった古雑誌を読みながらみかんを食べていた女子ふたり。二泊したらお互いに飽きてしまってだんだん不機嫌になる(笑)。
大晦日の朝は女中さんが着物をきちんときて現れ、お正月みたいにお膳にいろいろご馳走が並んだ。
雨も上がって気持ちのよい朝をバスと列車で大阪にもどった。

心斎橋でランチ

最近はおうちご飯が美味しいので滅多に外食していない。それぞれ出かけたときに食べることがあるが、留守番するほうは家で個食である。外食しないで本を買う!!新しいMacも欲しい!!

数日前に姉の世話をしている姪とたまには電話でなく顔を合わせてしゃべろうということになった。姪もわたしも毎週姉の家に行ってるけど、お互いは盆と正月に姉のところで会っているだけである。慌ただしくてゆっくり話したこともなかった。
姪は住まいが北方面なので梅田にしようかといったら心斎橋へ行きたいそうだ。昔行ったことがあるアメリカ村にも行ってみたい。じゃ心斎橋でランチしようと決めてお昼前に待ち合わせ。

心斎橋といったもののお昼どきって混んでいるだろうと思うとお店が考えつかない。最近はこれが多い困ったときのブルックリン・パーラーにしよう。ここがアップルストアやでと歩きながら教えつつ開店そうそうのパーラーについた。広々としている店内の中のゆったりした席に案内された。ベビーカーで小さい子を連れた女性が何人か食事していていい感じ。
ゆっくりしゃべりあって、姉のことはお互いに了解した。顔を突き合わせてしゃべるのはいいものだ。

店を出てすぐに西へ曲がってアメ村に入る。御津八幡神社横から周防町通へ出てビッグステップを教えて三角公園前を通ってから北へぶらぶら。オーパの近くのカフェでスイーツ!!華やかなパフェを食べながらまたしゃべり、地下鉄駅へもどって今日のおしゃべり終了。

生で食べるとうもろこし「ランチャー」

本町の八百屋さんに勧めらて買って来た大きなとうもろこし。普通のよりもひとまわり大きくて「生で食べる 粒厚が有り甘い幻のトウモロコシ ランチャー」とラベルが貼ってある。迫力ある。その日にかぎってだろうけど3本買うとお得だったそうだ。

生のまま2センチくらいの輪切りにして上等な塩をかけてかじって食べる。なんともいえない甘い香りがただよい噛むと甘い汁があふれる。二人でおやつに1本、酒の肴に1本食べた。とうもろこしを生で食べるのははじめてだ。
豆ごはんのようにとうもろこしご飯にしてもいいらしい。焼きおにぎりにしたら絶対おいしいそうだ。それは面倒だと係がいうのでこの提案はなしだけど。
あと1本残っているのは実をはがして塩豚といっしょに炒めて明日の酒の肴になる。

四方田犬彦『ひと皿の記憶 食神、世界をめぐる』

四方田さんの本を何冊か読んだがいろんな事柄について関心の広さ・深さに感心するしかない。四方田さんの人物紹介を読むと、学問や映画など文化部門の最後に「食」がある。そうだ!次は「食」についての本を読もうと思って選んだのが本書である。文庫でぎっしりと文字が詰まっているがとても読みやすかった。カバー絵も楽しい。

子どものときに祖父母に連れられていった奥能勢の鮎料理からはじまる食の話に惹きつけられた。日本の食についてから自由自在に広がる韓国や東南アジアで現地の人々と同じ食卓を囲んで食べた辛い料理の数々について。ピョンヤンで食べた朝食の話に感動した。
イタリアでは料理を習うためではなく料理学校に通う。そしてイタリア各都市のうまいもの(例えばナポリの蛸)から話はロンドンにとび、ロンドンの鰻を食べる話。オスロではいちばんいい季節と言われて鱈を食べる。
最後はフランスで、パリの朝市の話からはじまり、ボルドーではかのフォワグラを食べ、そしてフォワグラを買って新幹線でパリのアパートへ帰り、店で聞いたやり方で料理する。そのあとはプルターニュのクレープから出雲の蕎麦粉へと話題は広がる。

あまりにも広範囲なので話題についていくので必死(笑)。ひとつだけよくわかったのはビーツ!! 笑った!! パリの朝市は野菜が豊富。アーティチョーク、ミント、トマト、葱、ビーツについてコメントがある。笑えたのはビーツを食べ過ぎて便が赤黒くなったという話だ。大学病院で診てもらってビーツのせいとわかってほっとしたって。谷崎潤一郎も同じような目にあったとエッセイに書いているって。
(ちくま文庫 840円+税)