近所で遊ぶ

昨日も今日もパノラマで遊んだ。昨日はヴィク・ファン・クラブの古い会員Yさんから心斎橋にいるとの電話があり、堀江で待ち合わせ。雑貨店オソブランコへ行って細々したものを買い込み、はなさんが月に一度3時からやっているパノラマのカフェに行った。久しぶりに会ったので話がどっさり。毎月の会報があるから話もよくつながる。発足当時は若い人の言動が理解できなくてよく相談にのってもらった。彼女の解説でなるほどとわかったことが多かった。いまはたいていのことに対処できているが、90年代の助言はありがたかった。そういう過去があって、いまも変わらぬ間柄なので、いい雰囲気の中でしゃべりまくりの2時間だった。

水曜日はパノラマ手芸部の日で、いまはモケモケ展の最中である。部員の製作した手芸品がたくさん展示してあり、気に入ったら即売してくれる。今日は毛糸のハリネズミキーホルダー、フエルトのイモムシストラップを買った。展示品はまだまだ増えて12月19日までやっているのでまた見に行こう。
マッサージもしてもらった。音楽が流れ人々の会話がさえずりのように聴こえて、めちゃくちゃ気持ち良い。これで帰ってお風呂に入ったら完璧だわいと思った。でもその前にツイッター読んで日記を書いてとラクあれば苦あり、それが苦のはずはないけど(笑)。

エイドリアン・フォゲリン『ジェミーと走る夏』を読む前に

児童文学「ジェミーと走る夏」に「ジェーン・エア」をキャスという少女が読んでいるところがあるんだって。相方が読みながら笑っている。昨日と今日とずんずん読んでさっき渡してくれた。この本を読んだおかげでロチェスターさんがどんな人かわかり、お屋敷の火事やインドへ行く従兄弟のこともわかったそうな。わたしが二言目には「ジェーン・エア」と「高慢と偏見」と言っているからうすうすはわかっていたんだけど、この本で具体的に知ったみたい。さっきお茶しながら、なんで「ジェーン・エア」やねんという話をしていたが、だから乙女やねんというしかない。

ちょっと開いてみたら、隣家のおばあさんのことがあった。ミス・リズは今年97歳で亡くなるまでポーチに座って、キャスに「女の子同士」のおしゃべりをしましょうと誘ってくれた。こんなに眠くなければ読みとおすんだけど、昨夜は5時まで起きてたので今夜はもうあかん。これだけ書いておこう。いくつになっても「女の子同士」の会話を楽しめる女子でありたい。いまのわたしはどこへ行ってもガールズトークまたは魔女会議と名付けたおしゃべりをしている。ミス・リズに続いて97歳まで続けようか。

市民が訴える「大阪宣言」御堂筋デモ(集合場所だけ参加)

今日のお昼前から「大阪宣言」御堂筋デモを行うと先日ツイッターに告知があった。なんと集合場所がうちの近くのうつぼ公園なのだ。どんな人たちがどれだけ集まるのか気になって行ってみた。わたしは膝が悪いからデモは無理なんで、野次馬で集合場所にのみ参加。
ぶらぶら歩いて11時前に公園に到着すると東側の広場にたくさんの人が集まっていた。世話役の人にチラシをもらった。天気はいいしのんびりした感じである。

チラシには「我が国のマスコミの偏向報道、政治の閉塞、司法の腐敗を打ち破るために、我々は以下の宣言を行う」とあって、〈市民が訴える「大阪宣言」〉が記してある。「小沢を支援し、小沢に我々の気持ちを託すために決意しました。」ともある。わたしが今回のデモになぜ興味を持ったかというと、民主党の代表選挙のときのヨドバシカメラ前の広場での小沢さんに対する拍手とうねるような歓声をテレビニュースで見たからだ。大阪市民は小沢さんを支持して集まっていたのか、行って自分でその様子を見たらよかったと思った。
チラシには「六甲おろし」の歌詞もあったのが大阪らしい。

動員とかなしでこうして集まってくるのだからすごい。30分ほどしてこれから出発と呼びかけがあった。四ツ橋筋から御堂筋へ出て南下し難波へ出る。わたしは見送ってからすぐに帰ったけれど、ざっと勘定して1000人を越えてると思った。ツイッターでは1300人と書いている人がいた。年配の人が多い静かなデモだった。

山田真『子どもに薬を飲ませる前に読む本』

本書を著者からいただいた。話が具体的で読みやすい。うちには子どもがいないけど、子どものいる人にぜひ薦めようと思う。そして子どもの薬の話だけど大人が自身のために読んでも役に立つので大人にも薦めよう。薬についての基礎知識が得られるし、症状にたいしてどうしたらいいかもわかる。

「ペニシリン系の薬の話」という項目のところに、
【最近は「近代医療ぎらい」の人も増えて、そういう人の多くは特に抗生物質と副腎皮質ホルモンを嫌います。近代医療がいろいろな問題点を持っていることは確かですし、薬の乱用も目に余るものはあります。しかし、たとえば抗生物質のない時代には(以下略)】
ここで笑ってしまったが、わたしも「近代医療ぎらい」に入るなぁ。

わたしはいま薬をほとんど飲まないが、20代のころは薬を飲むのが好きだった。ひどい偏頭痛もちだったし生理痛から頭痛になるし、薬箱にはセデスを欠かせなかった。いつのころからか偏頭痛が起きたらじっと寝ていれば治るとわかって薬を飲むのをやめ、更年期後は偏頭痛とも縁が切れた。それ以来頭痛というのを知らない。
眠れないといって睡眠薬を飲んでいる人が多いけど、わたしは眠くなるまで本を読んでいて目が引っ付いてきたらバタンキューでよっぽどのことがないと朝まで目が覚めない。
熱が出るということもない。でもものすごく健康かといえばそんなことはない。目は悪くなる一方だし、膝が悪いから長時間立っていられないし老化は進んでいる。どうせなら上手に老化したいと思う今日このごろ。

本の紹介を書くのに、自分のことばかり書いてしまった。引用したりこういう内容だと書くには、薬の話だから間違ったらいけないと思うので。
とてもおしゃれな表紙で本文も読みやすく、電車の中やカフェで開くのが楽しかった。
(講談社 健康ライブラリースペシャル 1300円+税)

歳森さんのピアノ 縦横無尽

いつもは西山 満 QUARTETの日なのだが、今夜は西山さんと財さんがよそで仕事なので、メンバーが変わって、歳森 彰 TRIO[歳森 彰(P) 山本 学(B) 弦牧 潔(D) ]となった。おもしろい組み合わに興味津々で行ったのが裏切られなかった。先月はじめて来てとても楽しんだはしもっちゃんがまた来たのがうれしかった。

最初の曲はそれぞれ演奏しながら声を出すようにと歳森さんが指図し、ピアノと声、ベースと声、ドラムと声、そして3人の演奏と3人の声がおもしろい。だんだん3人の息があってきて、大人の演奏になっていく。
2ステージ目の最初はそれぞれがソロということで始まったが、山本さんはちょっと考えて弾き出す。迷いながら弾くというのも即興演奏のおもしろいところ。ピアノが入ったらホッとしたのがわかるのもね。弦巻さんのドラムは(なんと言ったらいいんだろ)いつもと違った面を見せてくれた。そして次の曲オレオで爆発!したのが楽しかった。
始まりから終わりまで歳森さんのピアノはよく響き、縦横無尽ともいうべき閃きのある音にわたしはしびれっぱなし。
もう一人の若い女性と3人で歳森さんを囲んでの合間と終わってからの会話も楽しかった。11時ごろに西山さんたちが帰ってこられた。仲間って感じのこういう雰囲気って好き。

うまいどて焼きと地下のバー

どて焼きが好きになったのはわりと最近(10年くらい前か)なので、大阪人として恥ずかしい次第だが、いまや大好きである。飲みに行くとどて焼きをたのむようになった。数日前の〈辛いもんやギロチン〉のどて煮はちょいと上品だった。今日はもっと上方風のどて焼きを食べに行こうと、9月に一度行ったアメリカ村の〈味穂〉へ行った。ちょっと大きめの仕事が終わったので打ち上げの一杯。ビールとどて焼きとたこ焼きと地鶏の唐揚げと餃子。いずれもおいしかった。外食は菜食無視でいいとなると、食べるわー。

それから同じビルの地下にあるバー〈カリフラワー〉へ行った。壁のグリーンがしっくりして落ち着けるおっしゃれな店。コーヒー(相方はウイスキー)を頼んでカウンターのDJ TERAさとおしゃべり。ビールで血行がよくなっているので、口がよくまわっておしゃべりいっぱい。たくさん笑わせてあげて(笑ってもらって)、気分よく歩いて帰ってきた。寒かったが月がきれい。

ジャン・ジュネ『花のノートルダム』

「花のノートルダム」をはじめて読んだのは10代だったと思う。サルトルの「聖ジュネ」(この本でひとつだけ覚えているのはコンドームがあればジュネは生まれてこなかったという一行だ。)を読んでジュネを知ってそれで堀口大学訳の本を読んだ。サルトルが褒めているから読まなきゃと思って読むつらさ(笑)、最後まで読み通したかも覚えてない。だから内容を覚えているわけがない。

今回、鈴木創士さん訳の本がいいというので買った。少し前に鈴木さん訳のランボー全詩集を読んだらすごく読みやすい。これなら「花のノートルダム」を読めると思った。
そして昨日読み終わって、今日は気に入ったところをあちこち読んでいる。それで思い出したのが、アンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」とジェームズ・ボールドウィン「もう一つの国」だった。3冊とも恋人どうしの出会いのシーンがいい。ゲイ小説を一言で言えば「出会いシーンの素晴らしさ」だと思う。

最初のページのセンテンスの長い文章にまず惹き込まれ戦慄した。読んでいくと「ディヴィーヌが死んだ」という文字が。ディヴィーヌは死んだのだから詩人は彼女のことを物語ることができる。私(ジュネ)は気分にまかせて男性的なものと女性的なものをごっちゃにしてディヴィーヌのことを語りはじめる。ディヴィーヌは男で美しい女でオカマだ。

ディヴィーヌは20年ほど前にパリへ現れた。夜のパリを彷徨う彼女をあらわしたたえる言葉が続いていく。ディヴィーヌは腹と心が飢えていて屋根裏部屋へ向かっていると、ひとりの男が向こうから歩いてきた。
【「おお、失礼」、と彼が言った。「悪いねえ!」彼の息から葡萄酒の臭いがしていた。「どういたしまして」、とオカマは言った。通り過ぎようとしていたのはけちなミニョンだった。】そして、彼らは屋根裏部屋へあがる。ミニョンのしゃべり方、煙草に火をつけて吸うそのやり方から、ディヴィーヌはミニョンが女衒(ヒモ)であることを理解した。そして彼女はうっとりと「ここにいてね」と言った。ディヴィーヌはブランシュ広場であくせく働きミニョンは映画に行く。ミニョンはごろつきなのに美しい男で生まれながらのヒモだった。
そしてミニョンと花のノートルダムが出会う。このシーンもめちゃくちゃいい。

「花のノートルダム」はわたしの言葉では言い表せない作品だ。ひたすらひたっているうちに言葉が出てくるだろうか。ごろつきやヒモやオカマや、臭いや汚れや汚物や殺人や牢獄なんぞが美しく光っている。
(鈴木創士訳 河出文庫 1200円+税)

ジョン・バーニンガム『ひみつだから!』

絵本づいている。今度は今年2月発行(2009年の作品)のジョン・バーニンガムの猫の絵本で、猫の集会をテーマにしている。

夜中に猫の集会あるいは会議があるのはよく知られている。わたしは近所の大きな公園で猫が集会を開いているところに2回出会った。毎朝ガーデンキャットたちにご飯を運んでいたときのことで、公園を夜中に通ったときに出くわした。いつも早朝にわたしの顔を見るとご飯を食べにとんでくる猫たちが、真面目な顔をして体を寄せ合っていた。黙っているのに会話が飛び交っている感じだった。時間もお金もかかった上に足を捻挫するというおまけまでついたが、素晴らしい体験をした3年間だった。

本書は猫のマルコムが出かけるときに、飼い主のマリー・エレンが同行する話だ。小さくなった少女はドアの猫の出入り口から飛び出し、それを見ていた近所のノーマンくんも連れていく。3人は犬に追いかけられたり、いろいろ冒険して最後は猫の女王さまに面会する。
帰るとソファで寝てしまった少女は「まるで、ネコといっしょに ひとばんじゅう そとにいたみたいだわね」と朝になってお母さんに言われる。「マルコムが、よるになると どこへいくのか、よくわかったわ。でも、おしえないよ。ひみつだから!」。
(福本友美子やく 岩崎書店 1600円+税)

ルース・レンデル「ひとたび人を殺さば」続き

物語がおもしろく推理の過程もなるほどと感心するのだが、とっとと読んでしまったらもったいない。ロンドンの街の様子がよくわかるのだ。観光的には甥の妻がどこどこに行ってらっしゃればと、散歩と観光に適したところを教えてくれる。はじめはその言葉に従って名所を訪ねていたが、甥のハワードが関わっている事件を新聞で知ると、居ても立っても居られずという感じで下町の墓所まで行ってしまう。そこでハワードと鉢合わせし、バツが悪い思いをするが、ハワードはいっしょに捜査にあたってほしいと言ってくれる。

娘の死体が見つかった墓地に面した建物は1870年頃に建てられた醜悪なものだ。娘の住んでいたガーミッシュ・テラスは不潔で耐えられないところだが、管理人は若いころの美貌の面影が残り、今回ロンドンへ来ていちばん美しい女性に会ったと思う。ウェクスフォードの美女とはハリウッド女優のキャロル・ロンバートやロレッタ・ヤングというのに微笑を誘われた。ガーミッシュ・テラスはいずれも不潔な部屋ばかりなのに、上階に住むゲイの男の部屋を訪ねると清潔で素晴らしいインテリアである。そして上流階級の言葉遣い。こんなことも実際ありそうで興味を持って読めた。

ウェクスフォードの滞在中はいつも雨でさむざむとした感じがロンドンって感じ。帰る日にようやく晴れる。それとパブの描写がいい。食べ物や酒やそこに居る人たち。
(深町真理子訳 角川文庫 544円+税)

SUB、荘司幸恵QUARTETの演奏で、亡くなった旧友脇田さんを偲ぶ

荘司幸恵QUARTET+2(荘司幸恵(P) 鈴木一郎(G) 財 盛紘(B) 中野 圭人(D) +西山満(cell) +城下麻弥(Vo))の演奏を聴くのは8カ月ぶり。真面目な演奏ぶりは変わらないし、荘司さんのピアノはスイングして楽しい。ヴォーカルの城下麻弥さんはMAYAさん時代より大人になったような気がする。

この数年のあいだ何人か女性ヴォーカルを聴いて、そのときはよかったと思い、よかったと感想も書いているのだが、どうも好感が長続きしていない。だから女性ヴォーカルをできるだけ聴かないようにしていたのだが、今日の城下さんの歌はよかった。これからが楽しみ。
西山さんのチェロがまた素晴らしい響きだった。そして若きベースとドラムが踏ん張り、ギターの鈴木さんはいつも真面目。

最後の「ブルーモンク」で突然、先日亡くなられたとツイッターで読んだ脇田憲一さんを思い出した。1960年ごろのこと、「真夏のジャズ」を見に行った映画館を出たとき、同じく一人で来ていた脇田さんと鉢合わせした。コーヒーをおごってもらって映画の話をしたが、わたしが「ブルーモンク」に魂を奪われてしゃべりまくるのを笑って聞いてくれた。同人雑誌の仲間でいい兄貴だった脇田さん。素晴らしい演奏に涙が出そうになった。関西の労働運動界に独特の光芒をはなっていたとツイッターには書かれていたが、生前に一度昔話をしたかった。