PRHYTHM EXPERIMENT

3年ほど前に細野ビルヂングでYOSHITAKEさんのギターライブを聴いてからファンになった。先月アメリカ村のアイヌ・ダブのライブに出演されたとき、17日はぜひ聴いてほしいと言われていたので楽しみにしていた。玄米ご飯つきのライブである。フライヤーのタイトル「PRHYTHM EXPERIMENT」を見てもイメージがつかめないのだけれど、きっといいに違いない(笑)。6時からなので大慌てで出かけた。

バーカウンターですぐに玄米ご飯のカレーにありつけた。うまかった。
わたしはCOMPUFUNKの奥の部屋に入るのははじめてだがちょうどいい広さの空間で、今夜は真空管アンプがセットされていてすごく神秘的な感じになっている。

ライブの前後にDJ ya△maさんのプレイがあったのだが、ライブ前はYOSHITAKEさんの音に合った重厚さのある音で、ya△maさんのいつもと違う(というほど聴いてないけど)一面を知った。YOSHITAKEさんは6カ月になる男の子を抱いて「○太朗は今夜が初クラブ」だと言う。愛想のよい子でうれしそうに顔を長いこと見てくれた。

演奏の技術的なことは全然わからないけれど、実験的なことをしているのはよくわかった。音がうなって重なって聴き手を引っ張ってどこまでもいく感じ。波に乗っているような快感に包まれた。いつまでも聴いていられるが、すっと終わった。すぐにya△maさんのDJに切り替わって、今度は軽めの音になった。

今夜は昨日のデモの疲れが残っているのと、明け方までの夜更かしがたたって、体調は悪くはないがだるい。足も疲れているので早めに引き上げた。帰り道は満月に照らされていた。

原発止めよう! 4/16 御堂筋デモに行った

音楽系の知り合いが張り切っているのに誘われて今日は午後から反原発デモに出かけた。その前にプラカードづくり。仏像の写真を入れて「STOP ザ もんじゅ」〈「もんじゅ」は敦賀にある原発(高速増殖炉)。名前を文殊菩薩からとったということで、菩薩をもってきた。ただし、ここで使っているのは文殊菩薩じゃないよ。相方 談〉とした。A4でプリントしたのをB4に拡大コピーして段ボールに貼りつけた。
歩いているときカメラを持った女性に写真を撮らせてほしいと頼まれた。プラカードのデザインがユニークでいいって。今日に限ってだがコンクールをしたら3位だそうだ。

淀屋橋まで地下鉄で。橋の上から公園を眺めると人がいっぱい。すぐに知り合いが2人見つかりいっしょに行くと、子連れを含めた数人が輪になっていたのでそこで立ち止まった。
ちょうど旅行に行くときの荷物くらいのキカイ(わたしは全然わかってません)から音が出ている。これを引いて歩くらしい。だんだん人が集まってくる。数年前に細野ビルで一度会ったMさんが、きっと来てはると思ったと遠方からのご参加。これもツイッターがあるから。

4時前に着いて出発は4時半過ぎだったかな。和やかに出発したが道路に出るとすこし緊張した。御堂筋の車道を歩くのは気持ちよい。わたしたちは後ろのほうで、前から見てきた人によると、ここいらがいちばん賑やかとのこと。洋楽と太鼓、そしてなんだか音の出るものがいろいろ。
淀屋橋→本町→心斎橋はビジネス街だから人が少ない。心斎橋を過ぎるとクルマが多くなり、歩道には人が多くなった。

わたしは膝が悪いので途中で抜けようかと思っていたのだが、音楽と友だちと歩く快感に引っ張られて歩きとおしてしまった。難波から右へ曲がってけっこう行った公園で解散。主催者が解散した公園で数えた結果が3000人とか3500人とかだそうだが、千日前あたりで抜けた人が多いから合計4000人と書いている人もいる。帰り道で7時だったから6時半頃に解散だったかな。

帰り道で大きなビルにスーパーライフが入っているのを発見して出来合い食品を買って帰った。お酒を飲んだら疲れが出てきてぼーっとしていたが、遅くなってからツイッターを見た。なんと先日ツイッターで再会した30年前の知り合いが「お疲れさま」のあとに先日の高円寺のデモに行ったとあってびっくり。お嬢様やったあの子がと感慨にふけったりして・・・夜が更けてきた。

そうそう、もう一人フォロワーさんが参加されていて同じあたりにおられたとのこと。こちらは読書家の若い男性である。ツイッターの縁はすごいわ。

ピーター・トレメイン『死をもちて赦されん』(2)

当時のアイルランドのキリスト教聖職者の間では結婚や出産は“罪”とはされていない。多くの僧院では信仰に生きる修道士と修道女が共に暮らし信仰を広めていた。ローマ派のキリスト教も十二信徒の中の最高位にある聖ペテロでさえ結婚していたことを認めている。にもかかわらず一部の禁欲主義者のみが、あらゆる肉の誘惑を否定しようとしていた。本書に出てくるコルマーン司教もそういう人間である。会議が行われる修道院のヒルダ院長とコルマーンが話しているとき、扉が開いて若い尼僧がすっきりと立っていた。コルマーンはフィデルマの名声を知っており丁寧に挨拶するが、院長はどういうことかと聞く。そこで初めてフィデルマの地位について説明がある。(日本の読者は先に長編3册と短編2冊を読んでいるからよく知っている)院長は当地ではそういう地位は男性のみがついているというと、アングルやサクソンでは女性がかなり不利な立場に置かれていることを知っているという答え。

フィデルマが考え事をしながら歩いていると曲がり角でがっしりした僧にぶつかるが、強い手に支えられる。互いに見つめ合ってその刹那、不可思議な作用がふたりの間に生じる。ローマ式の剃髪をしているからサクソン人であろう。これがフィデルマとエイダルフの最初の出会い。
フィデルマが自分の部屋へ入ると美しい女性が手を差し伸べた。エイハーンは王家に連なる娘だったが夫と死に別れたあと宗門に入った。いまは教養と弁論の才でキルデアの修道院長になっている。エイハーンは愛する人ができたので一修道女にもどってその人と暮らすと決めたと話す。フィデルマはある意味で、羨望を覚えた。

教会会議シノドがはじまる。フィデルマはこれほどの聖職者たちが集まっているのを見たことがなかった。やがてノーサンブリアの王オズウィーが入ってきた。会議中に日蝕がはじまり動揺する人が多い。フィデルマにとって天文学は常識である。光がもどり会議が再開したとき慌ただしく修道女が入ってきた。そのあとでフィデルマは王と院長に呼ばれる。咽喉を切られたエイハーンの死体が発見されたのだ。
王オズウィーは事件を調べることをフィデルマに頼む。そして助手としてエイダルフの名前をあげる。二人が出て行くとコルマーンが「狼と狐を一緒にして野兎を狩り出させるようなものだな」と呟くと、ヒルダ院長は「どちらが狼で、どちらが狐と見ておいでなのか、お伺いしたいものですわ」と返す。
かくて二人の共同捜査がはじまるが、この事件は恐るべき連続殺人の幕開けであった。
(甲斐萬里江訳 創元推理文庫 1200円+税)

SUBの西山さんと竹田さん

15年前から毎週金曜日の夜は西山さんと竹田さんのデュオと決まっている。月に一度は行くつもりにしているが、今回は2カ月抜けてしまい「ひさしぶりやね」と言われてしまった。
そして今夜も息がぴったりとあった名人芸の演奏に心の底から幸せになった。生きていてこうして音楽を聴ける幸せ。
今夜のハイライトはハリウッド映画「ローラ殺人事件」(1944)のテーマ曲「ローラ」。デイヴィッド・ラクシンの名曲。こどものころに家にあった映画雑誌「スクリーン」にあでやかなジーン・ティアニーの写真が出ていた。フィルム・ノワール作品を集めた写真集にもあった気がする。あとで探そう。
女性客のリクエストで「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」。ヘレン・メレルと仕事をしたときの話をひとくさり話された。偏見も入っていそうな生き字引(笑)。

雑談も楽しかった。自分よりも年上の人に会うってほとんどないから、お二人と話すのは気がラクなのかもしれないな。なんか身を任せている感じでしゃべっている(笑)。

地震!

ピーター・トレメイン「死をもちて赦されん」の(2)を書くつもりだったが地震で動揺して書く気になれない。
12時前に片付けがすんでツイッターを読みだしたら新しい書き込みが地震。そのあとはどんどん地震のツイートが続く。テレビをつけていっしょに見ていた。新しい書き込みが積み重なっていく。大阪は揺れなかったけど、揺れたすごく揺れたという書き込みに動揺してしまった。

「女川原発、外部電源三系統のうち二系統を喪失」「六カ所再処理工場も外部電源アウト。非常用ディーゼル発電で冷却」(NHKニュース)。

津波警報は1時前に解除されたが。
えーっ、こんなツイートが・・・「同時刻にメキシコにて マグニチュード 6.5が発生」(Herald Sun)。地球が怒っているのか。

ピーター・トレメイン『死をもちて赦されん』(1)

長編小説(1)「蜘蛛の巣 上下」(2)「幼き子らよ、我がもとへ」(3)「蛇、もっとも禍し 上下」を読んで感想を書いているが、(3)の感想をまだ書いてなかった。もう一度読んで書かなければ・・・。短編集(1)「修道女フィデルマの叡智」は感想を書いているが、(2)「修道女フィデルマの洞察」はまだ買っていない。ということは読み直して書かねばならぬのが1冊手元にあり、これから買って読まねばならぬのが1冊あるということだ。

今回読んだのは最新刊の「死をもちて赦されん」で、〈訳者あとがき〉で説明しているけど、本書はフィデルマシリーズ最初の作品である。7世紀アイルランドという特殊な舞台を描いたこのシリーズを訳するにあたって、日本人読者にわかりやすいと思われるものから訳したそうである。だから「蜘蛛の巣」を読んだとき、フィデルマとエイダルフは旧知の間柄であった。

シリーズ第1作の本書で登場するドーリィー(法廷弁護士)のフィデルマは、男性4人ともう1人の女性との旅の途中で木に吊るされた修道士の遺体を見つける。そこで会った修道士と修道女にこの国の状態を聞く。この国を治めているのはオズウィー王だが、息子は新しい妻を迎えた王に向かって敵意を抱いているようだ。フィデルマはアイルランドでは身内の中でもっとも優れた者が後継者になるが、サクソンでは長男が相続するのが理解できないとため息をつく。
突然目の前に海が現れ水平線が彼方に広がる。旅の終わりだ。ストロンシャル修道院の黒い建物が見える。

サクソン人のエイダルフ修道士は船でやってきた。彼は世襲の代官の地位を継ぐべきところを20歳のときに背を向け、古の神々への信仰を捨ててアイルランドから伝えられた新しい神に帰依した。アイルランドのダロウの学問所で学び、医術と薬学に興味をもった。アイルランドともブリテン島のものとも違うローマのキリスト教が違うのに気がつき、ローマへの巡礼に出かける。その結果、ローマ教会のキリスト教原理に献身しようと決意した。
いまエイダルフがやってきたのは、国内外から聖職者がウィトピアへと集まって来つつあるストロンシャル修道院である。帆船は聳え立つ断崖に次第に近づいていく。

【アイルランド・カトリック教会の信徒とローマ派の聖職者の間では、両者の教義をめぐり、長年にわたって論争が戦わされていた。その軋轢が今、ブリテン島において解決されようとしているのだ。】
(甲斐萬里江訳 創元推理文庫 1200円+税)

ユースト生中継「東日本大震災について」孫さんと後藤さんと田中さん

この2・3日は朝方(おそい朝だが)になるとヘンな夢を見る。寝言を言うし(その声で目が覚める)、手を振り回していたりして目が覚める。だいぶ神経が疲れているようだ。こういう不安なときでも年の功で乗り越えられると思ったら大間違いだな。どこかでぱぁっと豪遊して気晴らししたいと思っても先立つものがなし(笑)。それよりもきっぱりと現実に向かい合ったほうがいい。

そこでネットというのはなんやけど(笑)、今夜9時から12時までのユースト生中継「田原総一郎×孫 正義 対談 〜東日本大震災について〜」はよかった。本番がはじまる前にソフトバンク社員からの被災地の報告などがあったが、その席でソフトバンクからの寄付が10億円、孫さん個人の寄付が100億円と発表があった。ツイッターで孫さんは寄付をしないのかと質問があったが、その答えを今日出されたわけだ。
「田原総一郎×孫 正義 対談」となぜか2人の名前になっているが、元原発設計者の後藤政志氏と田中三彦氏と4人の出演、途中で田原さん退席で孫さんと後藤さんと田中さんの鼎談となり話が深まった。
後藤さんと田中さんのお話は何度かユーストや雑誌で伺っているが、今回も真摯な態度での事故の危険を話されていた。ところが田原さんが話を遮ってアサッテの方向へもっていこうとする。知ったかぶりがまるわかりの発言をする。孫さんの受け方がまともだからよけいにいやらしい。途中で退場されたあとは孫さんが席を移され3人でぐっと親密な感じで話が進んだ。ほんとに真面目な話が続き3時間を長く感じなかった。

パソコン専用メガネを買った

わたしは老眼になるのが早かった。最初に保谷の広告で知った遠近両用メガネを買おうと決めて、それからずっと遠近両用メガネをかけている。きちんと目に合って長く使ったのは心斎橋そごうと白山眼鏡店のものだったが高かったから次は違うところ。そのときの経済状態に左右されている(笑)。お金と性能が正比例するのがメガネだ。

おととしの末に読書用にはじめて老眼鏡を買った。ほんまに本を読むのに調子いい。去年のはじめに遠近両用メガネを買ったのが、パソコン画面を見るのが少々しんどくなった。考えてみれば(考えなくとも)パソコンの前にいる時間がいちばん長い。遠近両用は外出時とテレビを見るときとか家事をするときにかけると役に立つ。
それでパソコン専用メガネを買うことにして、老眼鏡だから今回は近所のお店にした。この店が開店したときから見かけていた店主は若いおにいちゃんからおっちゃんになっていたが、親切丁寧でお互いに言いたいことを言いあって買うことにした。
いまそのメガネをかけて書いているが快適である。ミクシィの細かい文字も〈拡大〉しなくても、きちんと見えている。ますますネット生活に拍車がかかる。

マイケル・コックス『夜の真義を』のお屋敷

「夜の真義を」の主人公エドワード・グラブソンは幼年時に大きな屋敷に連れて行かれたことがあった。そのときの印象を大人になっても覚えている。
いま好意をもって遇してくれているタンザー卿の秘書に伴われて訪れたのは、タンザー卿の大きな屋敷である。エドワードはこここそ子どものときに行った場所だと確信する。すばらしく美しい敷地に建つ屋敷である。〈訳者あとがき〉によると、マイケル・コックスは本書を書くにあたってイギリスの三つの実在の場所を参考にしたとある。
そのひとつが〈ストップフォード-サックヴィル家の私邸〉とあるのに気がついた。サックヴィルだったら覚えている。ヴァージニア・ウルフの「オーランドー」だ。ウルフの親友で恋人だったヴィタ・サックヴィル・ウェストの屋敷。ヴィタの息子ナイジェル・ニコルソンが書いた「ある結婚の肖像」にも出てきたわと思って本を2冊出してきた。写真がある。このお屋敷が〈ストップフォード-サックヴィル家の私邸〉であるかどうかはわからないけど、とりあえず素晴らしく大きな屋敷なので、ここと思って屋敷を訪れるシーンをまた読むことにする。
今夜はせっかく出してきたことだし、「オーランドー」を広げてヴィタとヴァージニア・ウルフのことを偲ぶか。
(越前敏弥訳 文芸春秋 2619円+税)

マイケル・コックス『夜の真義を』

主人公エドワードが語る長い物語のはじまりは1854年秋のロンドン。エドワードは標的に選んだ見知らぬ赤毛の男をナイフで刺し殺す。この殺人は本当に殺したい男を殺すために試しただけだ。エドワードには本当に殺したい男がいる。いままでの人生のすべてを邪魔をした男、恋した女まで奪った男を生かしておけない。
イートン校からの親友ル・グライスとは心を開いてつきあっている。彼といっしょに酒を飲みうまいものを食べているとくつろげる。最近の様子を心配するのでこれまでのすべてを話したが、最後の決心は明かせない。

エドワードはドーセットで作家の母親と貧しい二人暮らしの生活をしていた。12歳の誕生日に母は木箱を持って「これは貴男のものよ」と言った。その箱には革袋に入った金貨が2袋入っていた。エドワードはこの贈り物は一回だけ会った悲しげな目をしたミス・ラムからのものだと思う。その上に母の親友がイートン校で学ぶように手続きもしてあるという。こうしてイートン校へ入学して成績もよく楽しい学生生活を送っていた。

彼の一生が狂ったのは学友のフィーバス・ドーントの奸計によって無実の罪をきせられ放校されたときからはじまった。
ドーントは貧しい牧師の息子だが、母が亡くなったあとに継母に寵愛される。父のドーント師はタンザー卿の領地の教会の仕事や屋敷の図書室の仕事をするようになる。継母とフィーバスは子どものいないタンザー卿に取り入る。その上にフィーバスは文才があり文筆家として人気が出る。

こうして明暗を分けた二人の人生だが、フィーバスの野心はエドワードがこの世にいることが邪魔で、あらゆる手段でエドワードの人生を踏みにじろうとする。

ディケンズの「荒涼館」を思い出した。イギリスの貴族の奥方はすごい。またバイアットの「抱擁」も思い出した。やっぱり芯の強い女性だ。エドワードの母も「抱擁」のレズビアンの詩人も自分が産んだ子どもを他人に託す。
(越前敏弥訳 文芸春秋 2619円+税)