クリストファー・ノーラン監督『バットマン ビギンズ』

昨夜は遅くまで「バットマン ビギンズ」(2005)を見た。今夜もさっきまで「ダークナイト」(2008)を見ていた。評判はネットで読んでいたのでいつかは借りてきて見ようとは思っていたんだけど、なかなか先の長い話なのであった(笑)。正直うれしくありがたい。

「バットマン ビギンズ」はバットマン(クリスチャン・ベール)になるブルース・ウェインの子ども時代からはじまる。ゴッサムの立派なお屋敷のぼっちゃんだが、自分が原因で両親が強盗に殺されたというトラウマに悩む。大人になって武者修行にヒマラヤのようなところまで行って体を鍛えあげる。ゴッサムにもどってきたブルースは屋敷の地下の大洞窟を秘密基地として、執事のペニーワース(マイケル・ケイン)を助手に、バットマンとしての自分をつくっていく。
父親の残した会社ではフォックス(モーガン・フリーマン)が閑職に追いやられていたが、彼が開発した布や金属を使って小道具ができあがっていく。神秘的とか魔法とか全然なくて合理的なのだ。
悪い奴らに支配されている市の警官の中でただ一人清廉なジム・ゴードン警部補が涼しい風を入れてくれる。

執事をやっているマイケル・ケインは息の長い俳優やな。「探偵スルース」(1972)「殺しのドレス」(1980)が忘れられない。イギリスの映画や小説に欠かせない〈執事〉だが、これこそ本当の執事やな。

コリン・デクスター『ウッドストック行最終バス』

2010年になって読んだ「森を抜ける道」(1992)の感想に「ウッドストック行最終バス」(1976)をアメリカのウッドストックと間違えて買って読んだと書いてある。ハードボイルドミステリを追いかけていて、イギリスの本格ものは受け付けていなかったころだ。知り合いの青年に言ったら「ぼくも音楽祭のウッドストックと思い込んで買った」と苦笑いしてた。あれから30数年か、どうしているかしら彼。

コリン・デクスターのモース警部シリーズ第1作である。
ジャーマン夫人はオクスフォードの中心へ向かう道路のバス停で自分の乗るバスを待っていた。若い娘につぎのバスはウッドストックへ行くかと聞かれて行かないと答えると、二人の娘はヒッチハイクしようと歩き出した。
夫人はバスで帰宅し食事をしてテレビのニュースを見て、10時30分にはぐっすり眠っていた。同じ時間にウッドストックのある中庭で若い娘が倒れているのが発見された。娘は惨殺されていた。

オクスフォードからウッドストックへ向かってあと半マイルほどのところに、むかし玉石の上に馬蹄がひびいた古い中庭がある〈ブラック・プリンス〉があり繁盛している。酔った若い客が中庭で車の横の死体を発見しはげしく嘔吐した。

ルイス巡査部長とモース主任警部の登場である。モースはルイスに新聞のクロスワードの解答を見せて自慢する。
【「ルイス、時間の浪費だと思っているのかね?」/ルイスは利口だし、かなり正直で誠実な男だった。/「はい」/人なつっこい微笑がモースの口元に浮かんだ。彼は二人はうまくやっていけそうだと思った。】
そしてモースはダブルのウィスキーをたのむが、ルイスには勤務中だよと飲まさない。そして店にいた全員から話を聞きはじめる。

殺されたシルヴイアの日記に「ライアンの娘」を見に行ったと書かれている。「ライアンの娘」よかった。大好きな映画だ。この映画のころの事件なのか。

ジャーマン夫人はモースの質問に必死で記憶を呼びさます。娘の一人の言葉、「大丈夫よ、明日の朝は笑い話になるわ」それで二人の娘は同じ職場で働いていると推定できる。
(大場忠男訳 ハヤカワポケットミステリ)

アントン・コービン監督『コントロール』

この映画の存在を全然知らなかった。わたしがイアン・カーティスのファンであることを知っているT氏がDVDを貸してくださったのだ。70年代、イアン・カーティスがボーカルをやってたマンチェスターのバンド「ジョイ・ディヴィジョン」は、「クラッシュ」とともにいまでも大好き。レコードの時代の最後のほうだったと思うのだが、輸入版レコードを買って毎日聞いていた。CDの時代になってからやっぱり持っていたいとCDを買ったのを持っている。好きなジャケットデザインがCDサイズになったのがちょっと違和感あったけど。

自殺の知らせを聞いたときはショックだった。だれから伝わったのか覚えてないけど、シーンとした気持ちになったことをいまでも思い出す。1980年5月だった。

「コントロール」は、2007年のイギリス、アメリカ、オーストラリア、日本の合作映画。写真家アントン・コービンの初監督作品である。解説を読んでいたら、俳優たちがほんとに演奏をしていて、イアン役のサム・ライリーはボーカルをほんまにやっているのだ。ビデオやレーザーディスクで見ていたイアン・カーティスそのままのような歌いっぷりだ。はじめからぐんぐん引き込まれてしまった。

イアンとデボラは10代で愛し合い結婚して子どもが生まれた。昼は公務員として障害者のための求職センターで真面目に働き、夜にはバンド活動で狂わんばかりのパフォーマンスを見せすごい人気を得る。レコーディングやバンド活動の幅が広がり仕事を辞め音楽で生きていくことに。ベルギーで行われたアートイベントに参加してイベントの興行主のアニックと知り合いつきあうようになる。それはすぐにデボラにわかり、彼はふたりの間で揺れ動く。

妻と愛人との間で苦悩し、癲癇の発作と鬱病にも悩まされ、死を選んだイアン・カーティス。残ったバンドのメンバーは3人で新しいバンド「ニュー・オーダー」を結成し、いまにいたる。

SUBの夜は更けて

7月は行事が多くて精神的にも忙しく反原発関連や読書会もあってSUBのライブにとうとう行けずじまいだった。SUBに行きだしてから月に2度は行ってたのに・・・。
金曜日は竹田さんの日、今日行かないと忘れられる(笑)。

竹田一彦さんのギター、奥村美里さんのピアノ、千北祐輔さんのベースに、最後の2曲を長谷川朗さんのサックスが加わった。竹田さんと千北(ちきた)さんは初対面なんだって。
3人が弾き始めるとすぐに、ああっとまずわたしの体が喜んだ。体がさきにスイングしてる。奥村さんのピアノは久しぶりだったが繊細でいい感じ。千北さんのベースは頭で体で弾いている。こんなに動くベーシストははじめてだ。
3人とも全身でジャズをやっている。竹田さんがすごく機嫌良くリードしてギターの音がはじけてる。
そして長谷川朗さんが加わる。わたしが彼を好きなのは、サックスを持つときのうれしそうな顔だ。あんなにうれしそうに楽器に触る人を他に知らない。

お客さんもすごく楽しんでいい感じだった。はじめてのお客さんも来週も来るといって帰っていった。終わってからの会話も楽しく久しぶりの地下鉄最終電車になった。間に合ってよかった〜

政治と文学 ジュリアン・シュナーベル監督『夜になる前に』(2)

昨日は映画「夜になる前に」を見てすっかり興奮してしまい寝付けなかった。カストロ政権には好意を持っていたから、見ているときはえっという場面が多々あった。でも考えるまでもなく、文学はやばいものだ。新しく革命政府を打ち立てるためには文学は邪魔である。文学的なものも邪魔である。
アレナスの才能を認めて育てようとした先生が、軍部や官僚たちに節を曲げさせられるつらいシーンがあった。そういうふうにしていかないとキューバという小国がアメリカの鼻先で生きていけなかったのだろう。
アメリカへ渡ってせっかく自由になったのに、エイズに罹るなんてなんてことだ。

ロバート・レッドフォード製作/監督/主演『モンタナの風に抱かれて』

レンタルDVDを見る日が続いている。昔からときたまこういう時期があって毎日ビデオやレーザーディスクを見ていたのがいまはDVDになった。
「モンタナの風に抱かれて」(1998)でブログ検索したら、「馬が出てこなくっちゃ」というのと、男前の話のときに出てきたから、映画を見たのはブログ以前のようだ。
わたしと相方の趣味の一致点である「恋愛もの」「馬が走る」の両方がそろった映画として覚えていた。

ニューヨークで雑誌の編集長をしているアニー(クリスティン・スコット・トーマス)は弁護士の夫と13歳の娘グレース(スカーレット・ヨハンソン)と暮らしている。娘は早朝に友だちと馬で出かけて事故にあい右足を失う。友だちは死に、馬のピルグリムはグレースをかばって怪我をし心にも傷を負った。
専門家たちに荒れる馬を処分するように言われるが、グレースがいやがるのでなんとかしたいとネットで探すと、モンタナで馬専門のクリニックをしているトム(ロバート・レッドフォード)が見つかる。電話では通じないのでアニーはグレースを横に、鎮痛剤を打ったピルグリムを乗せたトレーラーを引きずってモンタナに向かう。

トムの落ち着いた対応にピルグリムの心は徐々に開き傷も回復していく。美しいモンタナの風景とトムのきょうだい一家のもてなしで、絶え間ない電話で気ぜわしく働くアニーも根性の曲がったグレースも癒されていく。
昔は乗馬をしていたアニーはトムに勧められていっしょに出かける。ふたりはお互いに愛し合っているのを意識する。トムはシカゴの大学で知り合った音楽家の女性と結婚したことがあった。

グレースもトムに心を開くようになり事故のときの状態を話す。トムはピルグリムはグレースをかばって怪我をしたのだといって、最終的にはグレースが乗るようにいい、いうことを聞かない馬をおさえ、グレースに撫でさせる。ついにグレースはピルグリムの鞍にまたがる。

クリスティン・スコット・トーマスはイングリッシュ・ペイシェント(1996)がよかった。この作品も気の強い女性の役がカッコいい。ロバート・レッドフォードはいうに及ばすでものすごくよい。そしてまた、モンタナの風景の美しいこと!

ジュリアン・シュナーベル監督『夜になる前に』(1)

「バスキア」の監督がキューバの作家レイナルド・アレナスの生涯を描いた映画(2000年の作品)だと相方が借りてきたDVDをいっしょに見た。タイトルがいいと思ったら主人公が書いた小説のタイトルなのであった。
レイナルド・アレナスという作家の名前もはじめて知った。アレナスは1973年にキューバの貧しい家に生まれたが、文章を書く才能があるのを教師が見いだす。
映画紹介サイトの〈解説〉によると、アレナスは14歳でカストロ率いる暴動に参加、62年までハバナ大学に通い、同時に同性愛に目覚めた。1980年にアメリカへ亡命。1987年にエイズであることがわかり、1990年に睡眠薬を多量に摂取して自殺した。

レイナルド・アレナス(ハビエル・バルデム)の貧しい子ども時代からはじまるが、成長するにつれいい男になる。友人やとりまきの美しい青年たちが出てきて美しい海で戯れたりの文学青年時代。友人が華麗なオープンカーでやってくる。ええ車やなあと歓声をあげると「エロール・フリンが乗ってた」と答えが。エロール・フリンっていい男や華麗な車の表現に使う普通名詞なのか。

彼の作品を認めてくれた文学者は国立図書館で働くようにいい、プルーストやカフカなどの必読本を貸してくれる。そして革命政府にとっては文学者はいずれ敵になるだろうと話す。その言葉どおりに弾圧がはじまり、文学と同時にホモセクシュアルであることで逮捕される。その寸前に偶然知り合ったフランス人夫妻に原稿を渡したのが、フランスで出版されてフランスにおける外国文学賞を受賞する。
脱獄しまた逮捕され刑務所で服役。ひどい刑務所だったが作家ということが知られて、服役者の手紙の代筆をする。手紙や原稿を外へ出すにあたっての手段がすごい。ジョニー・デップが熱演している。
独房やものすごい屈辱を受けた後にようやく出所。その後の生活で生涯の友となるラサロと知り合う。
カストロ政権による革命政府に不用な人間はいらないという政策により、ホモセクシュアルとして登録しアメリカへ亡命する。

原作を読まなくちゃ。

ロジェ・ヴァディム監督『危険な関係(’59) 』

原作の「危険な関係」(ラクロ)を読んだのはずっと昔のことで、澁澤龍彦あたりが紹介していたから読んだのだと思う。メルトイユ侯爵夫人という名前をずっと覚えているくらいに影響を受けた。徹底した悪女ぶりがすごい。

映画「危険な関係(’59) 」は製作されてすぐに日本で上映されたのだろうか。見たような気がしていたが、見ていなかったようでもある。ヌーベル・バーグ以前のフランス映画をいっぱい見ていた時代だ。
ジェラール・フィリップの最後の作品だということはいまはじめて知った。いま主な出演作品を見たら「危険な関係」以外は全部封切りで見ていた。

見たとはっきりいえるのは90年代にレンタルビデオで見たときだ。そのときは一言でいえばつまらなかった。音楽がセロニアス・モンクとアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズでそのときはわかっていたろうが、忘れたままだった。ただ若きジャン=ルイ・トランティニャンをいいなと思ったのは覚えていた。

さっき見たらびっくりするくらいよく覚えていた。全然つまらなくない。音楽がよくて画面とぴったり合っているところに感動した。ジャンヌ・モローの悪女ぶり、ジェラール・フィリップのモテ男ぶり、アネット・ヴァディムの色気のある清純さ、ジャン=ルイ・トランティニャンのおたくっぽい青年・・・登場人物みんなところを得ている。
ジャズクラブのシーンが長くて楽しめた。成熟した大人の社会であることが羨ましい。

トム・マッカーシー監督『扉をたたく人』

数日前から映画を見る気が起きてきて毎日のように(気持ち的に笑)見るようになった。といってもレンタルDVDでだが。
見たい映画をメルマガなどから調べたりツタヤで探したりして借りている。
トム・マッカーシー監督「扉をたたく人」(2008)は最初4館のみで公開されていたのが、最終的に270館に拡大し6カ月間にわたってのロングランになったそうだ。それがうなづける内容の映画だった。

コネチカット州で大学教授をしているウォルターは妻を亡くしてから、仕事にも張りがなく気力のない生活をしている。ニューヨークで開かれる学会にやる気がないが行かざるを得なくて出かけいく。彼はニューヨークにアパートを持っている。
アパートに入ると、アフリカ系の若い女性ゼイナブ(セネガル人)がお風呂に入っていてびっくりする。アラブ系の男タレク(シリア人)がもどってきて、ふたりは知り合いの紹介でここを借りたという。彼らが静かに出て行くのをウォルターは追いかけて家が見つかるまで同居するようにいう。
タレクはジャンベ奏者で、彼の叩くジャンベの音にウォルターは惹かれていく。ライブにも行き、公園でたくさんの仲間で叩くときにはグループに入れてもらう。ゼイナブがアクセサリなど小物を作って売っているところにも行く。
すっかり明るくなったウォルターだが、地下鉄の改札口でもたついたときに、警察官たちに囲まれタレクは不法逮捕される。911以来、アラブ系の人間に厳しくなっており不法滞在であることがわかって拘置される。タレクの母が電話が通じないのを不安に思ってやってくる。ホテルへ行く彼女を引き止めて部屋を提供する。ふたりで拘置所に行くが母は面会できない。タレクの不安は増すばかり。拘置所の職員の対応がやりきれない。

初対面のゼイナブと3人で船でマンハッタン島をめぐるところもよかった。ふたりともおしゃれして「オペラ座の怪人」を見に行くところも、緊張が場面が続く中ちょっと気が休まった。静かに恋が進行していくところもよかった。
最後のシーン。タレクがあそこでジャンベを叩きたいと言っていた地下鉄のプラットホームのベンチに座ってウォルターがジャンベを取り出し叩き出す。

ケン・ローチ監督『やさしくキスをして』

ケン・ローチ監督の映画「やさしくキスをして」は題名ではわからない硬派な映画だった。(製作国イギリス/ベルギー/ドイツ/イタリア/スペイン)
スコットランドのグラスゴーにに住むパキスタン人一家の長男カシム(アッタ・ヤクブ)は妹の通うカソリック高校の音楽教師ロシーン(エヴァ・バーシッスル)と出会う。ロシーンは夫と別居中の進歩的な教師。
DJもするカシムはロシーンに積極的にアタックしてクラブに誘う。「仕事は何時から?」「9時から」「7時までに帰れるよ」てな具合。意気投合して彼女のアパートに行くが、つい家族のことを考えてしまう。
ロシーンがスペイン旅行に誘って楽しく遊ぶが、カシムは家のことや両親のことを考えて鬱々としている。
ロシーンは本雇いではないが上司は仕事ぶりを認めて正規の教師に推薦してくれる。でもそれにはカソリックの教区のえらいさんのサインが必要で、教区長はイスラム教徒の恋人がいるロシーンをなじる。上司はかばうが教育委員会の許可が得られず、宗教自由の学校に行かされることになる。
カシムは親の決めた婚約者がおり、親は庭に新しく彼らが住む家を建てている。カシムはロシーンにパキスタン人の悲劇を語りイギリスへ来ることを選んだ親たちの苦労を語る。ここでふたりは別れるのかと思ったが・・・
ケン・ローチの映画は恥ずかしながらはじめて見た。すごい監督だということがわかった。