サラ・パレツキー『セプテンバー・ラプソディ』(2)

はじまりは1913年のウィーン、6歳の少女マルティナとゾフィーはイタリア人の音楽教師につくことになった。ゾフィーはブルジョワ階級のお嬢様でマルティナはお針子の娘である。ゾフィーの相手をしてあくびをしていた教師はマルティナのフルートを聞いて、きみはまだ小さいのに早くも音楽に恋をしている、という。のちのちマルティナはこんなことがあったのを忘れてしまうが、フルートだけは生涯にわたって彼女のこころを癒してくれるものとなる。

ロティの診療所の事務担当者コルトレーンさんからヴィクに連絡があった。ロティ宛にジュディという女性から助けを求める電話があったが、ロティは大手術があるのでヴィクに伝えたという。
ヴィクがジュディの住まいに行くと本人はおらず、農地に倒れた男性の死体がありカラスが群がっていた。ヴィクは犬を助けて病院へ連れていく。
仕事が終わったロティに聞くと、ジュディは子供時代からの知り合いであるキティの娘だという。オーストリアがナチスドイツに併合されたあと、ユダヤ人たちはフラットを追い出されみじめな生活を強いられたが、ロティの祖父は戦争の始まる前にロティだけでなくキティもロンドンへ送り出した。

キティの母であるマルティナは物理学に魅せられていて、子供を産んだものの子育てには無関心だった。マルティナの愛は学問だけに向かっていた。
ロティに頼まれてヴィクはキティに会いに行く。キティはずっとお嬢様であるロティを嫌ってきていまもなお反発している。それでも孫のマーティンの行方がわからないので探してほしいとヴィクに頼む。
マーティンはキティとジュディに続くマルティナのひ孫にあたる。彼の天才的頭脳はマルティナから受け継いだもののようだ。
ヴィクの物語であると同時にマルティナの物語でもある大作。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 1300円+税)

サラ・パレツキー『セプテンバー・ラプソディ』(1)

ヴィクシリーズ長編16冊目。
「VFC会員サイト」のために本の整理をしたのでここにも書名を入れておく。

サラ・パレツキーの長編小説 山本やよい訳
1 サマータイム・ブルース(ハヤカワミステリ文庫 1985年)
2 レイクサイド・ストーリー(ハヤカワミステリ文庫 1986年)
3 センチメンタル・シカゴ(ハヤカワミステリ文庫 1986年)
4 レディ・ハートブレイク(ハヤカワミステリ文庫 1988年)
5 ダウンタウン・シスター(ハヤカワミステリ文庫 1989年)
6 バーニング・シーズン(ハヤカワミステリ文庫 1991年)
7 ガーディアン・エンジェル(ハヤカワノヴェルズ 1992年)
※現在はハヤカワミステリ文庫から刊行
8 バースデイ・ブルー(ハヤカワノヴェルズ 1994年)
※現在はハヤカワミステリ文庫から刊行
9 ハード・タイム(ハヤカワノヴェルズ 2000年)
※現在はハヤカワミステリ文庫から刊行
10 ビター・メモリー(上下)(ハヤカワミステリ文庫 2002年)
11 ブラック・リスト(ハヤカワミステリ文庫 2004年)
12 ウィンディ・ストリート(ハヤカワミステリ文庫 2006年)
13 ミッドナイト・ララバイ(ハヤカワミステリ文庫 2010年)
14 ウィンター・ビート(ハヤカワミステリ文庫 2010年)
15 ナイト・ストーム(ハヤカワミステリ文庫 2012年)
16 セプテンバー・ラプソディ(ハヤカワミステリ文庫 2015年)

翻訳ミステリが低調なときに全作品が訳されていて読めることに感謝でいっぱい。
早川書房さまありがとうございます。素晴らしい翻訳をしてくださっている山本やよいさんありがとうございます。

わたしはもともとミステリファンで、そのころは特にハードボイルドミステリが好きだった。「サマータイム・ブルース」が出版されたときにすぐに買って読んでいるから30年にわたる読者である。

数冊読んだころ、ヴィクもわたしら読者も年を取ったのに気がついた。「バースデイ・ブルー」くらいからだったと思うが、ヴィクの言葉に疲れを感じるようになった。これからどうするんだろうと考えていたとき、若い女性警官が警察を辞めてヴィクを手伝うといってきた。そのときわたしは体力を使う仕事は彼女に任せてヴィクは頭を使ったらいいんじゃないかと真剣に思った。その彼女ものちに出てきた従姉妹のペトラもヴィクの行動力には追いつけなかった。
最近のヴィクは疲れたと言いながら活動していて昔と変わらず一直線だ。年を取ったとは言いながら作品では実年よりも年をとるのが遅いからいいよね。
わたしもそのくらいの遅さで年をとっていたらもうちょっと行動できるんだけど、実年齢に合わせて年をとっているので疲れるし遅れをとるしである(笑)。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 1300円+税)

P・D・ジェイムズ『殺人展示室』再読と「百合」

図書館で借りて最初に読んだのは2010年4月、今回約5年ぶりに自分の本で読んだ。
本書の翻訳発行は10年前なので、その間こんなおもしろい小説を読まなかったことを悔やむ。偏った読書をしていたものだ。イギリスの警察小説はレジナルド・ヒルのダルジール警視に夢中になったがずいぶん遅かった。翻訳されるのを最初から読んできたのはイアン・ランキンだ。ピーター・ラヴゼイもコリン・デクスターもジョセフィン・テイも読み出したのは遅かったが、夢中になって翻訳されたほとんどの作品を読んでいる。
まあ、大先輩のドロシー・L・セイヤーズはずっと昔から読んでいるからいいとするか。

お正月に川端康成の作品を何冊か読んで美しい日本語に魅了されたのだけれど、その後に本書を読んで今度は論理的な英語(翻訳されたものであっても)にほとほと感心した。
並行して雑誌「ユリイカ」の「百合」特集を読んで自分なりにわかった気がした。
百合:レズビアン=川端康成:P・D・ジェイムズ
吉屋信子や川端康成の作品は麗しい「百合」であって文句のつけようがない美しさ。だが、ダルグリッシュ警視長と特別捜査班の論理はレズビアンとしての堂々たる態度みたいなもの。
あくまでも勝手な想いである。
「殺人展示室」のアダム・ダルグリッシュ警視長、ケイト・ミスキン警部、ピアーズ・タラント警部、読み返して懐かしかった。シリーズ最後まで読んで結末わかっているから気分良い。
(青木久恵訳 ハヤカワポケットミステリ 2005年2月発行 1800円+税)

まだまだ、P・D・ジェイムズ

P・D・ジェイムズのアダム・ダルグリッシュ警視長シリーズは全部読んでいるんだけど、買っていなかった本2冊「ナイチンゲールの屍衣」(1971)と「灯台」(2005)を中古本で注文した。明日には届くだろう。
先日来「殺人展示室」を再読・三読してダルグリッシュの理詰めの推理と、部下たちの無駄のない動きにまた魅せられていた。ダルグリッシュはケンブリッジで教える若いエマに恋をして、彼女の心を推しはかって自信をぐらつかせたりもする。最後にイエスと言うエマと向き合って両手をとる。そして高らかに笑う。
お布団の中で最後のページを読み終わって自分を笑ってしまった。おいおい、ミステリを読んでいるのかロマンスを読んでいるのか。こんなんだから安眠確実(笑)。

他に積ん読本がいっぱいあるので、ジェイムズさんの本だって家にないと読まないから買うまいと思っていたのに、そこまで読んだらたまらずにアマゾンのページを開けていた。明日届いたらすぐに読みだすのだろうな。「灯台」ではケイト・ミスキン警部とピアーズ・タラント警部がいい仲になるけど一度壊れたんだっけ。えっ、これで終わりなの?と思ったら「秘密」ではピアーズからメールが届いて・・・この二人らしいいい解決でよかった。

P・D・ジェイムズ『原罪 上下 』(4)4年ぶりの再読

先日アマゾンの中古本で買ったP・D・ジェイムズ「原罪 上下」を、読みはじめたらおしまいやからあかんと気持ちを引き締めていたのに、つい忙しいとき手にしてしまった。ジェイムズ作品の中でも特に読み応えの作品である。当ブログ「P・D・ジェイムズ アーカイブ」には4年前に熱っぽく3回にわたって書いているが、いま読んでいてこんがらがる登場人物たちの立ち位置がわかって助かる(笑)。
アダム・ダルグリッシュ警視長、ケイト・ミスキン警部、そしてダニエル・アーロン警部のチームが捜査にあたる。アーロン警部がユダヤ人であることが今回の事件に厚みを与えている。ここまで話が遡るのか、ここまでの怨念を持って生きてきた人がいるのかと胸が痛む。

ダルグリッシュが選ぶ特捜班員は、貴族の肩書きを持っているマシンガム、女性のケイト・ミスキン、ユダヤ系のダニエル・アーロン、オクスフォード大学神学部出身のピアース・タラント、そしてインド系のフランシス・ベントン・スミスと多彩。彼らの生い立ちを知るのも、会話を読むのも、心理状態を知るのも楽しみ。

P・D・ジェイムズ『神学校の死』を購入して再読

P・D・ジェイムズの本を初めて読んだ「秘密」の最後にダルグリッシュとエマが結婚する。出会ったときのことを知りたくて「神学校の死」を読んだのが4年8カ月前のこと。そのときは図書館にあった本だけ読んで満足していた。
P・D・ジェイムズは先日お亡くなりになったので、新刊で買った唯一の本が「高慢と偏見、そして殺人」である。
(このあたり、同じようなことばかり書いているような気がする。)

今年の9月に「皮膚の下の頭蓋骨」を読んで再び熱が上がり、ダルグリッシュのシリーズを全部読もうと思った。そして読んでしまったのだが熱は下がらず、図書館で読んだ本を中古本で買って読んでいる。
いま「正義 上下」「原罪 上下」をアマゾン中古本で注文した。次のお楽しみに「灯台」を置いてある。

アダム・ダルグリッシュとエマ・ラヴェンナムが出会う「神学校の死」を再読した。
経済界の大物から依頼された彼の息子の死の真相を探るために、アダムが少年時代に三度の夏休みを過ごしたサフォークの神学校を訪ねる。物語に入る前に少年時代のアダムの姿が描かれる。健康な体と暖かい心と論理的な頭脳そして詩ごころが、美しい海と空の下で育ったのがわかる。

エマはケンブリッジ大学で文学の講師を務める28歳の才媛でケンブリッジに恋人が一応いるんだけど、結婚に踏み切れない。
エマとアダムは神学校の客として出会いおたがいに惹かれるものを感じる。

土地のことや少年時代のこと、神父たちの立場や考えの描写が長い。イギリスという国のこと、国教会など宗教のことなどについて知識が得られる。食事の説明とか日常生活のこともよくわかって、じたばたと過ごしている身としては羨ましい。

半分くらいいってから新たな殺人が起こり、ダルグリッシュ班の警官たちが招集される。
さて、これから「殺人展示室」をもう一度読む。
(青木久恵訳 ハヤカワポケットミステリ 2005年2月発行 1800円+税)

P・D・ジェイムズさんがお亡くなりになってさびしい

大好きな作家 P・D・ジェイムズが11月27日にオクスフォードで亡くなられた。94歳だった。
わたしがP・D・ジェイムズの本をはじめて読んだのは2010年の4月だから、まだ4年半しか経っていない。いま一番好きな作家を聞かれたらP・D・ジェイムズと言う。おっ、レジナルド・ヒルと同じくらいにと付け加えるか。ヒルを読み出すのが遅かったがジェイムズはもっと遅かった。

大阪と東京と離れているけど宅急便のおかげで本の貸し借りを頻繁にしているヴィク・ファン・クラブの会員Sさんに「秘密」をお借りしたのが最初だ。ダルグリッシュシリーズの最後の作品で、読むなりエマとダルグリッシュの間柄に魅了された。殺人事件よりも「高慢と偏見」を読んだときのような恋愛小説気分だった。最初の記事のタイトルが「下世話な興味 エマとダルグリッシュ」なんだから(笑)。

「秘密」を読んでから図書館で棚にあった本5冊を借りた。それを読んでひと休みしていたらずっと休んでしまい、それから2年は空白。
2012年に姪の本棚で亡姉の遺した「女には向かない職業」を見つけた。なつかしく読み出したら最後のほうにダルグリッシュ警視が出てきた。ずっと昔の女性探偵全盛時代に読んでいたのだが気にしてなかったのね。なぜか現代イギリスのミステリを頑なに読んでいなかったのが悔やまれる。P・D・ジェイムズとレジナルド・ヒルを読み出すのが遅かったのが恥ずかしい。

「女には向かない職業」でダルグリッシュ熱が再発して「ナイチンゲールの屍衣」と「死の味」を読んだ。そのあとに「高慢と偏見、そして殺人」が出たのだった。P・D・ジェイムズの新訳を初めて買ったのに、この本が最後の本になった。もう新訳が出ないと思うとさびしい。
今年の夏にコーデリア・グレイが主役のもう1冊「皮膚の下の頭蓋骨」(ここではダルグリッシュは会話の中に出てくるのみ)を読んで、さあ ダルグリッシュ!という感じで、第1作から読み出した。ダルグリッシュシリーズを全部読んだとようやく言えたばかり。
ここまできたら全作品を手元に持っていようと(再読もしたいし)、いまアマゾン中古本で「神学校の死」と「殺人展示室」を注文中。あと2冊頼めば全册揃う。

袋物好き そして P・D・ジェイムズ「秘密」

昨日ステップ・ファーベストに出店していたhoopで布バッグを眺めていたら、「袋が好きなんですね」と声をかけられた。そうなんです、持っているのも堀江のジョローナで買ったhoopの僧侶バッグ(お坊さんがかけているような感じ)だし。またまた目についたエコバッグを買っちゃった。

実はおとといP・D・ジェイムズの「秘密」を読んでいたところ、布製ショルダーバッグを肩にかけた保護観察官が登場した。
由緒ある荘園の一画を改造した形成外科医院に入院していた自費患者ローダが死んでいるのを発見される。アダム・ダルグリッシュ警視長率いる特捜チームは殺人現場に出張し泊まり込みで捜査に当っている。そこには過去に殺人を犯した少女シャロンが保護観察の身分で働いている。すべてに目を配っているダルグリッシュは保護観察官に来てもらうように連絡する、という話のところ。

ケイト・ミスキン警部は駅まで迎えに行く。列車から降りてきたのはケイトより背が低くずんぐりしていて、顔はきっぱりとして強さが感じられる。髪の毛はお金をかけたらしくスタイリッシュにカットしてある。役人の象徴であるブリーフケースを持たずに口紐のついた布製ショルダーバッグを肩にかけている。
ちょっとわたしみたいでしょ。わたしはお役人でなくてフリー人だけど。
イギリスの女性にもわたしのような袋物愛好者がいるのがわかってうれしい。そしてP・D・ジェイムズの登場人物描写の細かい配慮に感心すること、しきり。

ジェシカ・ベック『誘拐されたドーナツレシピ』(ドーナツ事件簿シリーズ 5)

2012年から読み出したドーナツ事件簿シリーズの5冊目。ブログ内でばらけていたのでこれからコージー・ミステリの項に整理する。
この順番で4冊読んでいる。
「午前二時のグレーズドーナツ」
「動かぬ証拠はレモンクリーム」
「雪のドーナツと時計台の謎」
「エクレアと死を呼ぶ噂話」

1冊目を読んだときにドーナツが食べたくなったが、近くにおいしいドーナツ屋さんがなかった。フロレスタのドーナツを食べて満足したのは1カ月後だった。
5冊目を読み終った今日は姉の家に行ってたのだが、ふと思い出して帰りに新大阪駅までタクシーで出た。駅構内にクリスピークリームドーナツの店があるのを発見してそのうち買おうと思っていたのだ。プレーンとチョコレートのを買って帰りさっき食べた。大甘〜い。スザンヌの作るドーナツはこれより素朴だろうな。

アメリカ、ノースカロライナ州にある人口5001人の町エイプリル・スプリングスで、スザンヌ・ハートは小さなドーナツの店〈ドーナツ・ハート〉を経営している。
恋人の警察官ジェイクは勤務地が離れていて滅多に会えない。父は亡くなっていて独り者の母ドロシーと地域の警察署長は目下ラブラブな関係。
知り合いの便利屋ティムが殺されて、しかもスザンヌが家の近くの森で遺体を発見した。
わりと単純なお話なんだけど、町の人たちとの会話とかこと細かく書いてあって、アメリカの田舎ってこんなのかと思う。どこかへ行ってもだれかとしゃべってもすぐ知れ渡るんだから大変だ。
今回もスザンヌが動き出すと噂が流れるし妨害がはじまる。おまけに、これ1冊しかない大切なレシピノートが盗まれる。

読み終って思ったのだが、スザンヌもお母さんも恋愛中なのにお泊まりしない。お相手はデートしておうちへ送ってお帰りになる。明日の朝が早いドーナツ屋さんだからって、せっかくジェイクが来てるのに。
(山本やよい訳 原書房コージーブックス 870円+税)

P・D・ジェイムズ『策謀と欲望 上下』(3)

上下2冊でページ数が多い(上341ページ、下337ページ)上に字が細かい。内容は重厚。連続殺人事件が最初から出てくる。わりとあっさりとこの事件は終るが、その後は原子力発電所総務部長代理ヒラリー・ロバーツが殺され、自殺者が出て、船で海へ出て死んだ者もいる。そして男女関係が複雑に絡み合っている。

登場人物はその岬近辺に昔から住んでいる人間たち、発電所の関係者、反原発運動関係者と多彩。事件に関わる靴を履いた浮浪者をダルグリッシュが見つけて質問し、犯人ではないと判断して事件の靴と自分の靴と交換するが、浮浪者がいちばんいい靴を選んだのでガッカリするところは笑えた。

アレックスとアリス姉弟の緊密な関係、メグとアリスの固い友情、アリスが弟に命一つ借りがあったとメグにいうが、なんのことを言っているかメグにはわからない(読者にはわかる)。
政府上層部からの内密の問い合わせもある。

アダム・ダルグリッシュは叔母からの遺産として受け取った水車小屋をどうするか悩み、最後にいい解決をする。
メグはアリスとの約束を守ってダルグリッシュにさえ打ち明けないが、きっと推察しているでしょうと言う。メグはダルグリッシュに淡い恋心を感じていることに気がつく。帰り道で岬の小高いところに来て振り返ると原子力発電所が見えた。
(青木久恵訳 ハヤカワ文庫 上下とも640円+税)