イアン・ランキン「他人の墓の中に立ち」(2)

リーバス元警部は墓地で在職中に同僚だった男の埋葬に立ち会っている。死者は制服組だったが話がしやすく役に立つ情報をもらったこともある。帰り道、車に乗ってジャッキー・レヴィンのCDをかける。リーバスには“他人の墓の中に立ち”と聞こえるが実は“他人の雨の中に立ち”と歌っている。

リーバスのいまの仕事は昔の殺人事件の被害者について調べることだ。重大犯罪事件再調査班の事件簿には11件の被害対象がある。そのうち墓がある場合はそこへ行ってみた。いくつかには家族や友人からの花が供えられていた。添えられたカードに名前があれば何の役に立つかわからないが手帳に控えファイルに入れる。
リーバスには最近まともな身分証すらない。定年退職した警察官で、民間人としてたまたま警察署で働いているだけだ。班の中では上司だけが警察官である。しかも、この班は近く新たに発足するはずの未解決事件特捜班が動き出すと不要になる。

リーバスが部屋にいるとき電話がなり、受付がマグラス警部に会いたいという女性ニーナ・ハズリットが来ていると告げる。同僚に聞くとマグラスは15年前に退職している。リーバスは彼女に会って話を聞く。ニーナの娘サリーは1999年の大晦日に行方不明になって以来連絡がない。18歳になったばかりだった。サリーの事件は未解決のままである。ニーナはその後に起こった未解決の若い女性の殺人事件を列挙して、みんなA9号線に関わっていてサリーの事件が発端だったという。しかも新しく同様の事件が起こったと告げる。
リーバスは元同僚のシボーン・クラーク警部をランチに誘い新しい事件について聞く。三日前にアネットが家を出たまま帰ってこず、風景写真だけが携帯電話で送られてきた。

そしてリーバスの命がけの捜査がはじまり長い長い物語がはじまる。
(延原泰子訳 ハヤカワミステリ 2200円+税)

イアン・ランキン「他人の墓の中に立ち」(1)

ジョン・リーバス警部はエジンバラ警察署を2006年に定年退職した。現役最後の事件「最後の音楽」では、深く関わり過ぎて上層部から睨まれつつ必死の捜査を続けて事件を解決する。
退職したリーバスに元部下のシボーン・クラーク部長刑事が醸造所めぐりツアーを退職祝いに贈ってくれた。そこで出くわした事件を解決するのが短編「最後の一滴」。

はじめてリーバスを知ったのがポケミスの「黒と青」で、読むなりとりこになり、それ以来翻訳が出ると買い続けている。スコットランドがなんとなく好きでエジンバラに憧れていたが、リーバス警部のエジンバラはえげつない暗部ばかり出てくる。
とにかく長い年月イアン・ランキンとジョン・リーバス警部のファンであったし、いまも彼以上に好きな警察官はいない。ダルグリッシュさえも。
2011年にシリーズ最後の「最後の音楽」を読んだのだから長い空白だった。それが今回、重大犯罪事件再調査班に所属して過去の迷宮入り事件の埃を払い落とすという仕事についている。

2014年に新しいシリーズ「監視対象」が出た。主人公マイケル・フォックス警部補はロジアン・ボーダーズ州警察職業倫理班(PSU)に所属する警官である。作品には納得したけどフォックスが好きとはまだ言えない。
そしたら今回「他人の墓の中に立ち」では、フォックスはリーバスに批判的な立場に立って出てくる。まだ全部読んでないから言えないけど、最後はリーバスのことを理解して握手するような気がするんだが・・・。
早くこれをアップしてしまってあと100ページほど残っているのをできたら今夜中に読んでしまおう。
(延原泰子訳 ハヤカワミステリ 2200円+税)

関西翻訳ミステリ読書会 エラリー・クイーン『災厄の町』

久しぶりの読書会、西梅田へ出るならジュンク堂へ寄ろうと思っていたが段取りがうまくできず、行けなかった。シャーロック・ホームズで晩ご飯としてタイカレーを食べてコーヒーとチョコレートでデザート、女主人としゃべっていたらちょうど開催時間になった。場所はとなりの駅前第二ビルである。

翻訳者の越前敏弥さんも来られて大盛況。熱心なファンの発言で活気のある会だった。
最初に全員の自己紹介。さきにメールで提出している自己紹介をまとめてプリントしたものが配られているので、それに補足しながらしゃべる。女性16人、男性4人だったかな。
わたしは昔読んだときに理解できなかった作品中の場所がわかってうれしいということを述べた。災厄の町ライツヴィルの場所がニューイングランドにあること、都会と田舎が接する場所であること。言葉足らずでうまく説明できず、だれもわからなかったと思うが。まあ、こどものときに理解できなかったことが大人になってわかっていま幸せな気分になっているということ。

最後まで間が空かずに話が続けられた。みんなよく読み込んでおられる。間が空いたらなにか言おうと思っているうちに終わってしまった。わたしはそのまま帰ったが、二次会があってほとんどの方が行かれたようだ。
(越前敏弥訳 ハヤカワ文庫 1200円+税)

うまいコーヒーとダルジールシリーズ『ベウラの頂』

おとといアマゾンに注文したコーヒードリップポットが早くも今朝届いた。よく洗って何度もお湯を沸かしてから乾かし、さっきはじめてコーヒーを淹れた。精神的にもうまいコーヒー(笑)。
このコーヒーを飲みながら読むのに合った本を見つけた。レジナルド・ヒル「ベウラの頂」。P・D・ジェイムズもいいが最近まとめて読み終わったところだから、それ以前に熱中したヒルにした。ジェイムズと同じように全作品をそれぞれ好きだが、いちばん好きなのはこれだと思う。いやいや「武器と女たち」だとも思うが、いま読みたいのは「ベウラの頂」だ。シリーズ外だけど「異人館」も読みたいが、いまは「亡き子を偲ぶ歌」を歌うところを。

〈第4日 亡き子を偲ぶ歌〉の章の最初にマーラーの歌曲の全訳が載っている。ソプラノ歌手エリザベス・ウルフスタン本人が訳したもの。歌っているCDのケースのイラストもあって、これが事件に関わってくる。ドイツ歌曲はふつうドイツ語で歌われるが、エリザベスは歌詞を重視してイギリス人に理解してもらおうと英語で歌うことにした。
夏季音楽祭の朝、ウルフスタン家の主人は朝早く出かけ、エリザベスが起きたときはピアニストのインガーがいた。二人の会話、それから義母のクローイとの会話、いっしょに舞台に出るアーナとの会話があり、エリザベス以外はプログラムを変えたほうがいいと意見だ。しかし、エリザベスは「亡き子を偲ぶ歌」にこだわる。
そして夕方、コンサートがはじまる。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)

アン・ペリー『偽証裁判 上下』

いま当ブログの〈アン・ペリー アーカイブ〉を開いて、アン・ペリーの翻訳されている本を全部読んでいるのを確認した。全部といっても彼女が書いたものの中の一部に過ぎないが。
トーマス・ビット警部と妻のシャーロット・ビットもの「十六歳の闇」と「娼婦殺し」。
ウィリアム・モンク(元警部の私立探偵)と看護婦へスター・ラターリィとオリヴァ・ラスボーン弁護士が活躍するシリーズ「見知らぬ顔」「災いの黒衣」「護りと裏切り 上下」、今回の「偽証裁判 上下」。
その他に「青い蠍」(アン・ベリー編著「ホロスコープは死を招く」)と「人質」(エド・マクベイン編「十の罪業 Black」)の短編2篇を読んでいる。

クリミヤ戦争でナイチンゲールとともに働いた独立心の強いへスターだが、平和な時代の病院に就職するとひどい男女差別や職業差別にあって落ち着かない。それで広告やつてで家のベッドにいる病人の世話を仕事にするようになった。今回世話をしていた病人が思ったより早く回復し、次の仕事にはまだ間があったので、新聞広告で日にちがあう仕事を見つけて応募した。まだ知らぬスコットランドにも行ってみたい。仕事はエディンバラの名家の女主人メアリ・ファラリンがロンドンへ行く往復の付き添いである。メアリは病気を持っていたので薬や体調の管理が必要だった。二人は気があって夜汽車で楽しく語り合った。そのあとロンドンに到着する前にメアリの体は冷たくなっていた。
ロンドンに着いて友人で後援者のレディ・キャランドラの家に行ったへスターの荷物にメアリの黒真珠のブローチが入っており驚く。そこへ警察が来てへスターは宝石を盗んだ罪で逮捕され、その上にメアリを殺したと殺人罪で起訴される。

ロンドンで逮捕されたのだが、裁判はスコットランドで行われることになり、弁護士のラスボーンは弁護できない。レディ・キャランドラはモンクに真犯人を見つけるよう捜査を頼み、そしてスコットランドの実力ある弁護士アーガイルを雇う。
「護りと裏切り」の裁判シーンでのラスボーンの弁護がすごかったが、今回はアーガイルの後ろに座って、いらついたり、指示したり。ラスボーンの父ヘンリーも駆けつけて裁判を見守る。
真犯人が見つかってさえいればとモンクは必死だが、知らない町で手がかりがつかめない。
アーガイル弁護士とラスボーンは法廷闘争でへスターの無罪を勝ち取るしかない。弁護士側の証人としてナイチンゲールが出てきてへスターの人柄と戦場における仕事ぶりを話す。またともに戦場にいた医師モンクリーフも証言する。そこでの検察官の問いへのへスター及び証人の答えが素晴らしい。
最後はもちろんモンクとへスターが真犯人を見つける。
(吉澤康子訳 創元推理文庫 上下とも1000円+税)

エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事 1』

エドワード・D・ホックの人気シリーズ、全仕事というタイトルの「1」だから続きがあると思うとうれしい。木村さんの訳した本はていねいな解説があって楽しい。今回も巻末に87篇のタイトルがずらりと並んで解説あり。「改訳」「新訳」「初訳」とあるんだけど、もちろんすべて順番に従って読んでいくつもり。

エドワード・D・ホックのシリーズは「怪盗ニック」「サム・ホーソーンの事件簿」「サイモン・アークの事件簿」と三つあって、それぞれがおもしろくて好きだ。ホックは生涯に950篇以上書いている短編小説の名手である。
当ブログに三つのシリーズの感想を書いています。

ニック・ヴェルベットは、イタリア系アメリカ人がグリニッジ・ヴィレッジでまだ優位を占めていた頃に生まれた。チーズの名前のような本名を縮めて、他の多くの高校中退者と一緒に朝鮮戦争に行った。40歳近い今はある分野での自他ともに認める専門家(特殊な泥棒)である。お金や宝石には手を出さない。自分のためにも盗まない。一度は、監督やコーチや野球用具一式を含めた大リーグのチームをそっくり盗んだことがある。
報酬は充分(一件2万ドル、動物なら3万ドル)で年に四・五回働くだけだし、一仕事するのに一週間もかからない。ガールフレンドのグロリアと仲良く静かに暮らしている。グロリアはニックが泥棒であることを知らない。旅行していろんな会社の新しい用地を見つける仕事だというのを信じている。
そういう説明のある最初の仕事(泥棒)は「斑(まだら)の虎を盗め」で、動物園で虎を盗む。次の依頼はプールの水で、その後は真鍮の文字、湖の怪獣、囚人のカレンダーといろいろ。
(木村二郎訳 創元推理文庫 1160円+税)

ディケンズ『大いなる遺産』とアン・ペリー『偽証裁判』

「偽証裁判」は読み終わっているのだが、もう一度ていねいに読んでから感想を書こうと思っているうちに、数日前からiPad miniで夏目漱石を3冊続けて読んでしまった。
ヴィクトリア時代のロンドンが薄れて、もう少し後の東京が姿を現している。この調子ではいつまで経っても漱石から抜けられぬ。
積ん読本が増え続けているのをどうしよう。Kindleにも入っているけど・・・。まあ1冊ずつ片付けていくしかない。
悩みつつも今年早々に買った岩波文庫のディケンズ「大いなる遺産」を読みかけている。ディケンズはかなり読んでいるけど本書ははじめて。映画はグウィネス・パルトロウが出ている1988年版を見たがよく覚えていない。あんまり後味のよくない映画だった。

いま「偽証裁判」と「大いなる遺産」は同時代でないかとふと気がついた。「偽証裁判」はクリミヤ戦争が終わってすぐのことで、解説を読んだら1857年のこととあった。「大いなる遺産」は1861年に発表されている。
ヴィクトリア時代のイギリスだが、同時代に書いているのと、後世になって時代小説として書いているのと違いはあるが、同じロンドンを馬車が走っていると思うとなんだか興奮してしまう(笑)。
「大いなる遺産」を読んでしまうか、「偽証裁判」再読を先にするかまだ悩んでいるが、ストーリーに引っ張られてディケンズだろうな。
(「大いなる遺産」岩波文庫 「偽証裁判」創元推理文庫)

エラリイ・クイーン『災厄の町』〔新訳版〕

4月に予定されている関西翻訳ミステリ読書会の課題本の告知を見てちょっとおどろいた。エラリイ・クイーン「災厄の町」は1942年の作品の新訳版である。なんでこんな古い本をやるの? そのわけは巻末にある訳者のあとがきでわかった。そして、本書はいま読んでもおもしろい。読み出したら手放せず二回読んだ。本の中のエラリーがステキ。

この本をわたしは半世紀以上前に読んでいる。こどものときに家にあったミステリ本の中にあった。本棚に並べてあった父親の本をずいぶん読んだものだ。戦災で焼き出されてすべてを失ってから古本屋や屑屋で買い集めた本である。狭い部屋にぎっしりと本が並べてあり、ほとんどが探偵小説なので暗くなってから本を見るのが怖かったものだ。その上に二番目の姉とその次の兄が買ってきて加えたから増えるいっぽうだった。
「災厄の町」(妹尾アキ夫訳 雑誌「宝石」掲載)は我が家のミステリファンの間では好評だった。それからかなり経ってから「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」「ドルリー・レーン最後の事件」の4冊が話題に上ったのだった。喧々諤々という言葉があたっていたと思う。エラリー・クイーン熱はここまでだった。
「オランダ靴の謎」その他を読んでもピンとこなかったのは、「災厄の町」で植えつけられた静かな中年にさしかかったエラリイ・クイーンのイメージのせいである。そして、もうええやんとエラリーの姿を消した。ハードボイルドが目の前にあった。

エラリーがライツヴィルに着いたときの描写ははっきりと覚えている。だけどライツヴィルの場所がニューイングランドだとはじめて知った。それで今回は舞台になる町がイメージできた。
町はいま景気が良くてホテルは満員だし泊まる場所を見つけられない。エラリーは不動産屋にまっすぐ入っていき、月極めで借りられる家具付きの家がないかと尋ねる。勧められたのは町一番の旧家で銀行頭取のライト家のものである一軒家だった。その家は曰くつきだという。
旧家であり資産家であり町民の指導者のような一家には娘が3人いる。長女のローラは巡業にきた役者と駆け落ちしたが一人で戻ってきてよそで一人住まいしている。次女のノーラはジムと結婚が決まり両親は喜んで家を建ててやった。結婚式の前日に二人は大げんかしジムは町を出て行ってしまった。結婚式は取りやめになり家は住む人がいなくなった。
三女のパトリシアは未婚だが、以前から郡検事のカーターと付き合っている。
その家に住むことにしたエラリーは作家エラリー・スミスと名乗って落ち着いて仕事をはじめる。
(越前敏弥訳 ハヤカワ文庫 1200円+税)

アン・ペリー『偽証裁判』を早く読みたい

積ん読になるほど本を買わないほうで、買った本はわりとすぐに読んでしまうのだが、P・D・ジェイムズにはまってから積ん読家になった。ダルグリッシュ警視長以外に目がいかなくなって何度も読んだから。
さっきツイッターを読んでいたら、アン・ペリー『偽証裁判 上・下』(創元推理文庫) についての書き込みが並んでいる。「迫真の歴史法廷ミステリ」なんて書いてあると煽られる。モンクとヘクターのシリーズが大好きなんで、いま読んでるのをおいて読もうかと思う。いま読んでいるのはエラリー・クイーン「災厄の町」で一度読み通したのをもう一度読んでいる。半世紀前に読んだ本だけどこんなにおもしろいとは思わなかった。読書会で取り上げなければ買わなかっただろうから儲けもの。読書会は4月なので日にちはあるのだが読み出してしまった。ダニエル・フリードマン「もう年はとれない」は、最初の5ページほど読んでみたが、これは積んどく。
ということで、今夜と明日は『災厄の町』で、あさってから『偽証裁判』かな。目下、ヴィク・ファン・クラブの会報づくりが終わりにかかっている。水・木で仕上げて金曜日に送りたい。その後がアン・ペリーと決めておこう。

サラ・パレツキー「セプテンバー・ラプソディ」(3)

後半455ページに出てきたエイダ・バイロンという名前にびっくりした。わたしは以前バイロン卿の娘エイダのことをコンピュータの歴史の本で読んで覚えていたから。2008年2月16日の日記だからきっちり7年前のこと。なんか因縁を感じてしまった。
本書はミステリなのでなぜかは明かせないが、読み進むにつれてなぜこの名前が使われたのかわかってくる。

「バイロンの頌歌」という章で、図書館にあった資料でエイダ・バイロンの名前を見つけたヴィクが検索すると、エイダはずっと前の時代の人だったとわかる。そしてヴィクは考える。マーティンはそれが誰かわかったのだと。ヴィクは独り言で文句を言う。「マーティン、どうしてわたしのためにパン屑を落としていってくれなかったの?」

本書はヴィクが調べて明らかにしていくロティとその幼年時代と成長の物語であるが、第二次大戦の前にヨーロッパで学び研究に励んだ女性科学者の物語でもある。その先駆者がエイダ・バイロンなんだなあとサラ・パレツキーにまた教えられた。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 1300円+税)