エリザベス・ストラウト『オリーヴ・キタリッジの生活』

若い友人がわたし向きの本だと貸してくれた。この本のことは単行本で出たときから気になっていたけど、すぐに読みたいというわけでもなく忘れていた。去年の秋に文庫本で出ていたのも気にせずにいたので、渡りに船という感じで読ませてもらった。

すごくおもしろい本だった。
最初の「薬局」を読んだ後にせからしくとばして、最後の「川」を読んでしまったところで「訳者あとがき」に目がいった。【・はじめから順にお読みください。順序を乱すと効き目が薄れることがあります。】とある。オリーヴの夫ヘンリーが薬局を経営しているからそれに則って書いた注意書き。あっ、すんませんとアタマを下げたが後の祭り。効き目が薄れてしもうたかもと思ったが、いやいや強烈なオリーヴ熱に10日も浮かされているくらいだから、効き目は薄れてなかった。

13編の短編小説のすべてに、ニューイングランドにある架空の町クロズビーに住むオリーヴ・キタリッジという女性が出てくる。主人公のときもあれば、他の人の思い出の中に名前がちょろっと出てくるだけのときもある。レベッカという女性が主人公の「犯人」を読み終ってだいぶしてから、オリーブが出てこなかったんとちゃう?と読み返したら、数学の先生のオリーヴに声をかけられたのを思い出すところがあった。

オリーヴは中学の数学の先生を長い間やってきて、薬局経営の夫ヘンリーとの間に息子のクリストファーがいる。背が高くて中年過ぎるとだんだん肉がついてきてごっつい体になっている。
悩める昔の教え子ケヴィンが海の近くに車を停めているのを見て、オリーヴは勝手に助手席に座り話し始める。なにかを察している。夫のこと、息子のこと、お互いの親のこと、なんぞを話しながらケヴィンの様子を見ている。

息子のクリストファーが結婚して離婚して、今度はニューヨークで2人の子連れの女性と結婚して子どもが生まれる。不器用な母と子はなかなか打ち解け合えないまま、オリーヴはつまらない理由で戻ってしまう。

いろんな〈なにか〉がある作品たちを読んできて、亡くなったひとあり、生まれてきた子がありに思いをはせる豊かな読後。
そして、最後の「川」を何度も読んだ。
いくつになっても出会いがある。年老いても新しい愛がある。ええ感じ。
(小川高義訳 ハヤカワ文庫 940円+税)

ニール・ブロムカンプ監督『第9地区』

イギリス映画それもお屋敷ものの映画ばかり見ていたような気がする。好きなんだけど、少々飽きてきたかなという感じ。さっき相方が借りてきたのはSFでエイリアンものだという。映画情報を全然気にしてないので「第9地区」というタイトルも知らなかった。アメリカ、南アフリカ、ニュージーランド製作の2009年(日本公開2010年)の映画。見る前にタイトルで興奮していた。

1982年、南アフリカ共和国ヨハネスブルグの上空に突然宇宙船が出現した。上空で静止したままの巨大な宇宙船を調査するための船内に調査隊が入るが、見つかったのは死亡した支配者たちの姿と大量の難民エイリアンたちだった。彼らを地上へ降ろして隔離した場所が「第9地区」と呼ばれる。超国家機関MNUの管理下にあるが、人間たちが〈エビ〉と呼ぶ彼らと小競り合いが絶えず、宇宙船出現後28年経ったいま離れた土地に「第10地区」を作りエビたちを移住させることにする。
ヴィカスはMNUの職員で会社幹部の娘と結婚している。責任者に任命され、移住計画を実現するための立ち退きに同意させるために「第9地区」を訪れる。小屋をまわっているうちにクリストファーの家に入り、隠し部屋で見つけた謎の液体を不注意で浴びてしまうが、その液体を入れた容器を持ち出す。
それから体調がおかしくなり、だんだんと片腕がエビ化していく。MNUはもどってきた彼を人体実験室の手術台にのせる。からだを解剖されるところを必死で逃れたヴィカスは、第9地区へ逃げる。そしてクリストファーにあの液があれば人間にもどれると聞いていっしょに取り戻しにいく。
ヴィカスと軍隊やギャングの乱闘が繰り広げられる。

ヴィカスは死んだのか、生きているのか。ある日、妻は玄関で一輪のゴミで作った花を見つける。エイリアンになったヴィカスが届けたものだ。クリストファーは3年待てと言ったがヴィカスは人間にもどれるだろうか。

上を向いたら宇宙船が天空に浮いている街ヨハネスブルグの景色がすごい。すごい風景にびびりつつ、映画の世界に入り込んでいった。
一カ所に押し込められているエイリアンたちの姿は、南アフリカのスラム街で暮らす人たちの姿とダブって見えた。
昔見た「エイリアン」に次いで衝撃的な映画だった。

ジェームズ・アイヴォリー監督『眺めのいい部屋』

はじめて見てから20年以上経ったいま見ても素敵な映画だった。E・M・フォースターの小説を映画化した1985年の作品。
映画のシーンよりもよく覚えているのは、VFC会員たちと空いた地下鉄車内での会話。わたしが「眺めのええ部屋」と大阪弁で言ったのが大受けしてみんな笑いが止まらなかった。いまも思い出し笑いしてしまう。そんな大笑いでもしなきゃ、行儀が良過ぎる(笑)。

そして次に思い出すのはダニエル・デイ=ルイスのイギリス紳士ぶり。すぐにファンになっていまに至る。まあ、リンカーンは見たくないけれども、いろいろと見てきた。
ヘレナ・ボナム=カーターは若くてきれいなのは当たり前だったけれど、「英国王のスピーチ」では相変わらず気品があって、最近のほうがファンになっている。

ストーリーは、イギリスの令嬢ルーシー(ヘレナ・ボナム=カーター)が親戚の老嬢シャーロット(マギー・スミス)をお目付役にイタリア・フィレンツェへ旅する。ペンションの部屋からの眺めが悪いと食堂で苦情を言うと、先客のエマソン氏が息子と自分の「眺めのいい部屋」と入れ替わってくれた。
ひとりで街に出たルーシーはエマソン氏に会って話をするが、愛について語る彼の言葉を理解できない。エマソン氏は息子ジョージ(ジュリアン・サンズ)がルーシーに惹かれているのを知ってなんとかしたいのだが。
広場で喧嘩があり、血だらけの若者を見て気を失ったルーシーをジョージが抱きとめる。礼は言ったもののルーシーはつんとして宿へ帰る。

宿泊客たちは馬車に乗って田舎へピクニックへ行く。だれもいないところで出会ったふたりは抱き合うが、シャーロットに見られてしまう。シャーロットは誰にも黙っていようと言いつつ、作家の友人にしゃべってしまうのが、のちにそのシーンが本の中に描かれているのをルーシーが知る。

英国に帰ったルーシーはセシル(ダニエル・デイ=ルイス)と婚約。彼は本だけを愛する紳士だった。
不思議な縁で隣家に越してきたのはエマソン父子で、ジョージはルーシーの弟フレディと気が合い、テニスをしたりつきあいがはじまる。
ジョージ、フレディ、牧師さんが池で遊ぶところはケッサク。
最後の場面は懐かしのフィレンツェで「眺めのいい部屋」の窓際にいるふたり。

昨日まで読んでいたロマンス小説、メアリ・バログの「麗しのワルツは夏の香り」で、主人公が結婚して田舎の領地に行くと、お屋敷があって花壇があってその先には野原や森があって、湖がある。そういう小説の場所が映像で見られて楽しかった。

メアリ・バログ『麗しのワルツは夏の香り』(3)

読んでいてふと気がついた一節。
キャサリンとジャスパーの会話。
【「あなたに恋はしてないし、これから先、微細な破片のそのまた破片ぐらいの恋心を抱くこともありえないわ、ジャスパー」キャサリンは言った。しかし、彼に軽く笑いかけていた。ジャスパーは自分の胸に片手をあてた。
「微細な破片のそのまた破片……」と言った。「どういう形をしてるのか、いま想像してみてるんだが、肉眼で観察できるものであればね。ひと粒の砂のようなもの? “ひと粒の砂に世界を見る”のかな?」
この人、ウィリアム・ブレイクを引用している。夢なんてぜんぜん持たない人に、どうしてあんな燦然たる神秘的な詩が理解できるの?】

長い引用をしたが、このあとの会話がとてもよい。
しかし、ロマンス小説にブレイクの詩が出てくるとは。
ウィリアム・ブレイクの生涯は1757年から1827年である。リージェンシー時代は1811年から20年にかけてだから、ブレイクと時代が重なる。ブレイクは不遇のうちに亡くなったとはいえ、読んでいるひとは読んでいたのね。そして、教養あるキャサリンは申すに及ばず、放蕩者のジャスパーもほんとは真面目なひとだったのね。なぜ放蕩な生活に走ったかの説明があって納得。
以上が今日の感慨です。
(山本やよい訳 原書房ライムブックス 933円+税)

メアリ・バログ『麗しのワルツは夏の香り』(2)

先に出た「うたかたの誓いと春の花嫁」のヒロインである次女ヴァネッサにはすでに男女の子どもが生まれ、夫婦仲は円満。
今回の主人公は三女キャサリン(ケイト)で、二十歳になったキャサリンは清純な美しさで輝いている。
ジャスパー・モントフォード男爵はシーダーハーストに広大な領地と屋敷と財産を持つものの、ロンドン社交界では悪名高い放蕩者。娘のいる上品な貴族は避けて通るほど。25歳になった誕生日に酔っぱらった悪友たちとのやりとりで、清純な乙女を誘惑するという賭けをやることになり、名前があがったのがキャサリンだった。
2週間で彼女をベッドに誘うというもので、それは賭け帳に記載された。もともとジャスパーはキャサリンの美しい瞳を意識していた。キャサリンもハンサムで傲慢なジャスパーを意識していたのだが、キャサリンのいとこのコンスタンティンが放蕩者故に紹介を故意に避けていたので言葉を交わすことはなかった。ジャスパーは絶対に誘惑してやると思う。

キャサリンがヴォクソールガーデンで開かれたパーティに行ったとき、ジャスパーは足首を挫いた知り合いの代わりにそのパーティに来た。
キャサリンのすぐそばに座って、苺を食べるキャサリンの口元をじっと見つめていたが、やがて声をかけた。
そして花火があがるまでのそぞろ歩きがはじまったときにジャスパーはキャサリンの腕をとる。近道だとひとのいない道へそれたふたりは向き合う。誘惑するジャスパーをキャサリンは拒否しなかった。反対に「人を判断するときは自分でします」とキャサリン。しかし、彼は言ってしまう。賭けをしたこと、賭けに負けることにしたことを。キャサリンの誇りを傷つけられた怒り。

それから3年後、その賭けの内容がジャスパーを陥れようとする身内の口からロンドン社交界を駆け巡る。ヴァネッサ夫婦やマーガレットやスティーブンにも大変なスキャンダルである。
これしか道がないと決めたのが結婚することで、キャサリンとジャスパーは結婚式をあげ、シーダーハーストの領地に住むべく馬車に乗る。
それからはいろいろあるが、ふたりは協力し合って幸福に暮らすようになる。そこまでの長い物語が楽しい。
(山本やよい訳 原書房ライムブックス 933円+税)

SUBは長谷川さんの誕生日で盛り上がった

おとといSUB店主の長谷川さんからツイッターで便りがあった。わたしが書いた「回想のマントヒヒ」サイトの中にある「人生の夏休み マントヒヒの日々」を読んだそうだ。阿部薫を検索していたら出てきたんだって。彼の言葉によると「読みやすい文章、内容からするとかなりの年齢らしい、そしてネットができる、しかも女性だ! と思ったらくみこさんだった」のだそうだ。

話はもっとあって、40年前のマントヒヒのマスターだったクマこと木村洋二さんが、関大ジャズ研の初代顧問だったという。彼やSUBに集まるミュージシャンには関大ジャズ研出身者が多いようだが、顧問の木村さんのことを聞いたのははじめてだ。
あさっては金曜日だから竹田さんの出演日。一仕事終ったし行こうかなとスケジュール表を見たら、竹田さんと長谷川さんその他とあったので、これは行こうと返信を出した。

夕方の大雨があがったし涼しいしと8時に家を出て、20分で到着。
わっ、竹田さんカッコいい、とまず思った。履き古したジーパン、赤いチェックのシャツ、グレイの野球帽型帽子、黒い靴。テニスで鍛えた足腰で後半ずっと立ちっぱなしでギターを抱えてはった。前半はギターソロ。
後半は長谷川さんのテナーサックス、側島万友美(そばじままゆみ)さんのアルトサックス、ドラムは中道みさきさんと弦牧潔さん、それにベースは4人入れ替わり、女性ボーカルも入っての熱演だった。

今日は長谷川さんの誕生日なので、カウンターに料理の皿が並べられみんなに振る舞われた。いろんな種類のサラダがうまかった。隣に座った男性がサミュエルアダムスを3本飲みはったので、おいしいでしょと言ったら、アメリカ旅行で覚えたとのこと。わたしはミステリで探偵が飲んでたから知ってると話した(笑)。でも今日は生ビール1杯とコーヒー。

メアリ・バログ『麗しのワルツは夏の香り』(1)

ハーレクインロマンスの宣伝用のを1册もらって読んてアホらしいと思ってから、ロマンス小説は書店では棚の前を素通りだし、図書館でも敬遠してきた。でも、わたしのもともとはロマンチック好みで「小公女」にはじまって、ドロシー・L・セイヤーズの「学寮祭の夜」なんか、ミステリとしてでなくロマンス小説として読んでいた。なんといっても「高慢と偏見」を20回くらい読んでいるし、映画はラブコメディが好きだし。
だからといってわざわざロマンス小説を買うことはしなかった。イギリス文学とミステリーの中にロマンチックはたくさんあるから。
それが、山本やよいさんが訳された本を頂いてからはすっかりはまった。といっても、メアリ・バログ「婚礼は別れのために」と同じメアリ・バログの〈ハクスタブル家のクインテット〉の一冊目「うたかたの誓いと春の花嫁」だけなんだけど。

今回3冊目の体験になる「麗しのワルツは夏の香り」をいただいて読んだ。18日火曜日の昼に届いたのを、今日20日木曜日午後に読了のメールを出している。めちゃくちゃ早い。534ページもあるのに。どれだけおもしろかったか、どれだけ夜更かししたか、どれだけ先へ先へと進みたかったかわかるでしょ。

ハクスタブル家のきょうだい4人(長女マーガレット、二女ヴァネッサ、三女キャサリン、長男スティーヴン)の成長と恋愛と結婚の物語。
村で貧しく暮らしていた一家が探し出され、スティーヴンがマートン伯爵を相続することになる。突然、豪華な邸宅に引っ越してロンドン社交界にも出入りするようになった4人は生活に適応していく。

最初のヒロインはヴァネッサで、肺病の夫と死に別れたが、さまざまな事情からスティーヴンの後見人エリオットに結婚を申し込む。最後には愛し愛されのハッピーエンドになるまでの細かい描写、二人の尽きぬ会話に引っ張られる。

今回はキャサリンの恋と結婚の話だが、また明日。
(山本やよい訳 原書房ライムブックス 933円+税)

ジェームズ・アイヴォリー監督『黄金の嘘』

ジェームズ・アイヴォリー監督の作品を続けて見ている。今夜はヘンリー・ジェイムズ晩年の長編小説の映画化「黄金の嘘」(2000)を見た。イギリスのお屋敷を舞台に濃密な人間関係を描く2時間を超える大作。

アメリカの労働者階級から身を起こし成功した億万長者ヴァーヴァー(ニック・ノルティ)の清純で無邪気な娘マギーはもうすぐ結婚する。相手は無一文のイタリア人アメリーゴ公爵だが、彼には以前貧しいアメリカ人の恋人シャーロット(ユマ・サーマン)がいて、しかもシャーロットとマギーは幼なじみだった。
アメリーゴとシャーロットの関係を知っているのは友人のファニー(アンジェリカ・ヒューストン)だけ。彼女はマギーに真実を知らせないほうがいいと判断した。
ヴァーヴァーはヨーロッパで美術品を買い集めていて、いずれニューヨークに美術館を建てたいと思っている。彼はシャーロットと結婚し毎夜彼女に夢を語る。
こうしてヴァーヴァーとシャーロット夫妻、アメリーゴとマギー夫妻は仲のよい家族であるが、娘は父に依存し過ぎ、シャーロットはアメリーゴに執着し〈夫の娘の夫=昔の恋人〉と不倫関係となる。

ロンドン社交界の花となったシャーロットだが、アメリーゴに執着し続ける。マギーは夫への猜疑心が大きくなっていく。
どうなるのかと心配したが、アメリーゴは妻と息子とともにローマで暮らすことにし、シャーロットはヴァーヴァー氏といっしょにアメリカに美術品とともに渡る。

ニック・ノルティ大好きなのだが、こんな役をしたのを見るのははじめてかな。ざっと出演映画を見たら「48時間」「3人の逃亡者」「48時間PART2/帰って来たふたり」「ロレンツォのオイル/命の詩」「狼たちの街」くらいだが、タイトルを忘れているのがあるからもっと見ているはず。

ネレ・ノイハウス『白雪姫には死んでもらう』(2)

ティースとラースはテアリンデン工業の社長クラウディウスの息子で双子だったが、父は兄のティースが自閉症なのでラースを自分の跡継ぎにしようとした。ラースはおとなしくて宗教に気持ちが向いていたが、強引な父親に逆らえなかった。11年前の二人の少女殺しのグループ犯行にはラースも加わっていたのだが、父親が彼を迅速にイギリスの友人宅へ逃亡させた。その後、投資銀行で働き豪邸に住むラースは、いまユーロの損失を出した責任があり疲れ切っていた。母の取りなしを邪険に断った彼は駐車場で高級車の中で自殺する。
11年前の事件のあと、クラウディウスはトビアスが逮捕されてから村の共同体を壊さないよう頑張ったというが、実はトビアスの両親から土地を奪い商売を奪っていた。

村の共同体を守るためにトビアスは犠牲にされたとオリヴァーとピアにはわかった。行方不明のトビアス、ティース、アメリーを探さなければならない。その上にこの事件に関わったものの様々な死と傷害の捜査にも向かい合う。

物語の底に流れているのは「白雪姫には死んでもらう、彼女はいった・・・でも、だれもひどいことはできない。ぼくが見守っているから」というティースの真実。
(酒寄進一訳 創元推理文庫 1300円+税)

久しぶりに絵本を出した。お気に入りの「白雪姫」で、いままでいろんな白雪姫の絵本を持っていたが最高に好きな1冊。
(ジョセフィン・プール文 アンジェラ・バレット絵 島 式子訳 ブックローン出版 1500円+税)

ネレ・ノイハウス『白雪姫には死んでもらう』(1)

去年の12月に前作の「深い疵」を読んだ。本書は「深い疵」に続くドイツのホーフハイム刑事警察署の主席警部オリヴァー・フォン・ボーデンシュタインと同警部ピア・キルヒホフのシリーズである。いまの署長ニコラ・エンゲルとオリヴァーとは若いころに少しの間つきあったことがある。
オリヴァーはテレビレポーターをしている妻コージマと大きな二人のこどもと最近生まれた子と穏やかに暮らしてきた。仕事中にコージマを見かけたので電話すると、そこで携帯電話をもって話しているのを見ているのに、彼女は遠くにいると嘘をついている。それがきっかけでオリヴァーの気持ちは離れていく。その苦悩のために仕事に打ち込めなくなったりするが、ピアの援護もあり、鋭さを取り戻す。
ピアは法医学者ヘニングと別れて、動物で結ばれた縁のクリストフと暮らしている。
事件の物語とともに、警察官たちの生活と思いが丁寧に描かれているところがいい。

刑務所の門から10年ぶりにトビアスが出てきたのを迎えたのは、この土地出身の人気女優ナージャだった。ナージャはこの10年間ずっと愛しているという手紙をトビアスに出してきた。わたしのところへ行こうという彼女を断ってトビアスはアルテンハイン村の父の家に帰った。
家の外も内も汚れて臭かった。家畜も手放し畑仕事もやめてしまった。そして生活のために牧草地も安く売り払ったという。その上に母は4年前に出て行っていない。

11年前に二人の少女が殺されトビアスが犯人とされ逮捕された。彼はずっとえん罪を訴えていた。トビアスが10年の刑期を終えて出てきたいま、空軍基地跡地の燃料貯蔵槽から人骨が発見され、11年前の連続少女殺人事件の被害者とわかる。

〈黒馬亭〉ではトビアスが戻ってきたという話が店中で囁かれている。ウェイトレスのアメリーはベルリン育ちで前科者で派手好みの17歳、顔には200グラムを超すピアスをつけ、服はいつも黒一色。ベルリンで母と暮らしていたが、父がいるこの村に来た。父がケチなのでアメリーはこのバイトで現金を稼げるのがありがたい。18歳になったらベルリンへもどるつもりだ。
アメリーが仲良くしているのが30歳になる自閉症のティースで、仕事が終わころに外で待って送ってくれるようになった。いつも黙っているティースが今夜はこう言った。「シュネーベルガーはここに住んでいた」アメリーがトビアスが殺した娘かと聞き返すとティースは「そうだよ、白雪姫はここに住んでいた」と答えた。
(酒寄進一訳 創元推理文庫 1300円+税)