ドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』読み出したらおもしろくて

先週の土曜日にジュンク堂で買いそこねて、帰ってからアマゾンに注文したドン・ウィンズロウ「ストリート・キッズ」が月曜日の朝に届いた。金曜日に「関西翻訳ミステリー読書会」に誘われて出席するのだが、その日の課題書である。1993年初版でそのあと続けて作品は翻訳されているのだが、なぜか1冊も読んでいなかった。

とにかく当日までに読んでしまおうとしているのだが、最初のほうの印象があまりよくなくて、発刊されたとき手に取って合わないと思ったに違いないと思った。ところが強制的に読んでいくと、100ページを過ぎたあたりからだんだんおもしろくなった。主人公の少年ニールは不幸な環境に育つが、最初にぶつかった大人が彼の能力を伸ばして、自分の助手として使うようになる。ニールは頭が良くて読書好き。ディケンズを読んで、自分のまわりの大人を理解する。ここまでくるとどんどん読み通せそう。

教師に読まされた「オリヴァー・トゥイスト」をニールは2日間徹夜して読んだ。感想文を読んだ教師は「大いなる遺産」、つぎに「ディヴィット・コパフィールド」を渡してくれた。感想を口ごもるニールに「きみの言いたいことはわかる」「それでいいんだよ」。ここだけでも読んでよかったわ。いま評判の「サトリ」に無関心だったが読みたくなった。

ステラ・ダフィ『カレンダー・ガール』

タルト・ノワールの1冊。最初に読んだケイティ・マンガー「女探偵の条件」が2002年の発行で、発行年を入れているのを読むと2002年が多いようだ。つい10年前のことなのに、わたしは全然知らなかった。新潮文庫が女性向き(赤い紐のしおり)に出して、それは何冊くらい出ていつごろまで続いたんだろう。

本書は平成14年、2002年発行だから一連のタルト・ノワールの1冊と言っていいのかしら。だけど他の作品と違うのは探偵がレズビアンであり、犯罪に巻き込まれたのもレズビアンの女性というところだ。

最初のページに出てくるのは「彼女」の描写、スタンダップ・コメディアンのマギーによって「女優のケリー・マクギリスみたいなボディ」と形容されるが、ずっと彼女はその名称で語られる謎の女で、それには意味があった。マギーはケリー・マクギリスみたいな彼女に惹かれ、彼女もマギーに惹かれる。二人の愛の生活がはじまる。

私立探偵サズに仕事を頼みにきた男は、妻がいるが、ひとりの女性とつきあうようになった。話をするだけの間柄で名前も知らないまま、大金を貸したという。サズは話を調べてニューヨークへ飛び、謎の女セプテンバーの存在を突き止める。

サズの生活とマギーとケリー・マクギリスみたいな彼女の生活がかわりばんこに描かれて、結末が結びつく。この本、好みだった。
(柿沼瑛子訳 新潮文庫 590円+税)

ガルシア=アギレーラ『5万ドルの赤ちゃん』

4月にメールをくださったTさんがわたしが知らない女性探偵の本とお勧め本を貸してくださった。
女性探偵ものは、C・ガルシア=アギレーラ「5万ドルの赤ちゃん」、ステラ・ダフィ「カレンダー・ガール」、キャロル・リーア・ベンジャミン「バセンジーは哀しみの犬」、 ジェニー・サイラー「ハード・アイス」、カレン・キエフスキー「キャット・ウォーク」 の5冊。

C・ガルシア=アギレーラ「5万ドルの赤ちゃん」から読み出した。
1996年に書かれ、日本語の翻訳が出たのは1997年で女性探偵もの全盛時代だ。女性探偵がたくさんいすぎて気がつかなかったのか、ハヤカワ文庫と創元推理文庫でなかったからか。
マイアミの女性探偵ループ・ソラーノは28歳で探偵事務所をもっている。探偵になりたいと目標を決めてから、大学をちゃんと卒業し探偵事務所で修行してお嬢様らしからぬ準備をし、いまは父親に出資してもらったお金の返済を済ませている。

彼女の一家はマイアミに住んでいるキューバ系アメリカ人である。キューバ革命のときに一家はアメリカに亡命した。父親の願いはただ一つカストロの死である。わたしはいまごろになって本書で10数年前のマイアミに住むキューバ人のことを知ったわけだ。たくさんの反カストロ派のことや亡命した人たちがいることは知っていたが、本書で現実を生きている人の姿が具体的に見えた。

ソラーノ事務所ではいとこのレオナルドを助手に雇っているが、彼の気持ちは体を鍛えることに向いていて、自分の部屋にいろんな器具を持ち込んで肉体美の維持に励んでいる。
ある日、富裕な夫婦がやってきて自分たちの子どもの親を捜してほしいと頼む。子どもがいない夫婦がお金で養子を得たのだが、その子が病気で実の母親の骨髄を移植しないと死んでしまうという。子どもの母親を捜し出すまでのループの活躍が描かれている。
お酒と男が好き。結婚で縛られないで自由につきあっている男といい関係を保っている。
(加藤洋子訳 新潮文庫 590円+税)

「鬼平・剣客・梅安の舞台」(江戸古地図でみる池波正太郎の世界)

ずっと池波正太郎が好きだ。最初に好きになったのは「鬼平犯科帳」で、連載中の「オール読み物」を待ってて買ったものだ。亡くなられてからは文庫本で揃えていた。最後のほうは単行本で持っていたが、阪神大震災のあとに本を処分したときに処分本の中に入れた。いまは読みたいときに図書館で読んでいる。佐藤隆介さんの「池波正太郎・鬼平料理帳」は座右の本というか季節ごとに献立の参考にしている。章のはじめの引用文で鬼平さんを偲べる。
最初はあまり好きでなかった「剣客商売」を10年ほど前に再読してから夢中になり、文庫本を揃えていていまもときどき読む。「仕掛人・藤枝梅安」はかなり前に読んだがあんまり好きでない。そのうちに爆発的に好きになるかもしれないので楽しみ。

関東在住のYさんにとても素敵な地図を送っていただいた。「鬼平・剣客・梅安の舞台」(江戸古地図でみる池波正太郎の世界)である。「東京都台東区立中央図書館内 池波正太郎記念文庫」発行の大きな古地図。三つの作品の中に出てくる場所(三人の住居、道や橋、神社仏閣のほかに作品中の道場とか料理屋とか蕎麦屋)が入っている。番号入りの索引もついていて便利だ。これを開いたら時間がすぐに経つので気をつけなくては。

いつか池波正太郎記念文庫と弥生美術館にいきたひ。

特集 なぜハメットが今も愛されるのか(ミステリマガジン8月号)

ミステリを読み出したのは早かったが手当たり次第に読むだけだった。父の持っていた本をたくさん読んだが雑誌「宝石」で戦後に訳された、レイモンド・チャンドラー、クレイグ・ライス、ウイリアム・アイリッシュに目覚めた。ハメットはそのあとで古本屋で買った「デイン家の呪い」をまだ持っているのだが、よくわからなかったままになっている。そろそろ読まなくては。その後は「マルタの鷹」「赤い収穫」はまだまだで、次に読んだ「ガラスの鍵」がぴたっときて、好きな作家と言えるようになった。その後はリリアン・ヘルマンの伴侶だから好きになったような感じもある。
「マルタの鷹」は映画を見て、ジョー・ゴアズ「スペード&アーチャー探偵事務所」のあとに読んで、ようやくほんとのハメットファンになった。

ミステリマガジン8月号は没後50年ということで「なぜハメットが今も愛されるのか」という特集である。まだ全部読んでないのだが、カラー写真のハメットがいいオトコなので開いてはにやついている。翻訳されたハメット作品が4作あるのだがまだ読んでいない。ふたりの知らなかった書き手による〈評論〉諏訪部浩一〈成長する作家—「『マルタの鷹』講義」補講〉と相原直美〈リリアン・ヘルマンがみた文学者ハメット〉が勉強になった。
リリアン・ヘルマンについては、昔はミステリファンと話すといつも「いやな女」と言われて、いやな思いをしてきたので、ファンとしてうれしかった。
(ミステリマガジン8月号 920円)

宮本百合子「伸子」「道標」

最近ツイッターで「百合子、ダスヴィダーニヤ」という言葉をよく見かける。ダスヴィダーニヤというロシア語っぽい響きで、きっと百合子は宮本百合子だろうなと思った。よく読めば湯浅芳子の名前も出てきてどうやら同性愛のふたりを描いた映画らしい。
検索したら「百合子、ダスヴィダーニヤ―湯浅芳子の青春」 (沢部ひとみ著 女性文庫) という本があり、「往復書簡宮本百合子と湯浅芳子」(黒澤亜里子編さん  翰林書房) という本がある。すこし興味はあるが買ってまで読む気はない。

「伸子」なつかしいな。なんせ50年も前に読んだ本であるから当時は同性愛もなにもわからなかった。吉屋信子の「S」はわかってたけど、あれは麗しの世界のことで(笑)。
若くしてかなり年上の男性と恋愛結婚した伸子がついに離婚することになり、鳥かごから鳥を離した元夫が「鳥でももどってくるのに、君は・・・」というところを覚えている。先日、青空文庫で読み出したけど途中から飛ばして湯浅芳子が出てくるところを探して読んだ。なるほど愛の雰囲気が読み取れる。
次に「道標」を読んだ。物語の最初が列車でモスクワへ着いたところ。ふたりのモスクワ生活がはじまる。小説の中では伸子と素子で、素子は伸子のことを「ぶこちゃん」と呼んでいる。実際には「りこちゃん」と呼んでいたのかな。
【白い不二絹のブラウスの上に、紫の日本羽織をはおっている伸子が、太い縞ラシャの男仕立のガウンを着ている素子について、厨房のわきの「浴室」と瀬戸ものの札のうってある一つのドアをあけた。】なんか百合って感じがする。
こちらも途中まで読んでやめた。

宮本百合子はすごく読まれた作家だった。我が家は姉2人が買った本を受け継いでわたしと妹が読んでいる。いつごろからか翻訳小説ばかり読むようになった。ボーヴォワールとかサガンとかオースティンとかのほうがおもしろくなったのだ。

ミシェル・ティー『ヴァレンシア・ストリート』

デモ帰りに難波のジュンク堂をぶらぶらしていたとき目についた新刊書。表紙がこっちを向いていて、服部あさ美さん描く肩を抱いた女性二人の顔に惹きつけられた。この本買おうって即思った。
サンフランシスコに生きるレズビアン女性の愛と生活を描いた自伝的小説で、原作は2000年に発表され、ついさきほど5月に翻訳が出た。
読み出したらアンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を思い出した。あちらはゲイでこちらはダイク(レズビアン)の物語だが、どちらも愛の物語である。読み終わったら「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を読みたくなったが、貸し出し中なのでしかたなく自分の書いたブログを読んだ。自分の熱さに笑った。

「ヴァレンシア・ストリート」は「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」のような物語ではない。主人公のミシェルの昼と夜の愛と快楽と金を稼ぐための労働が淡々と綴られているだけである。淡々とではあるが、かなりえげつないセックスや第1市民なら眉をひそめるであろう行為(公道でおしっこしたり)が描かれている。その書き方に〈いま〉を感じた。もともと本書はミシェル・ティーがクラブやライブハウスなどでジン(ファンジン)に書いた詩を朗読していたものが主になっている。
書くことがネット主体になる前にはアメリカではさまざまなジンが発行され、ひとりで発行するのや共同作業でつくるジンがあった。いま、わたしがそういうことを理解しているかのように書いているのは、少しだけ大阪のクラブシーンを覗き見ているからだ。ミシェルのジンをクラブイベントのフライヤーから想像できる。

たくさんのレズビアンの女の子が描かれていて、それぞれ個性的で楽しい。死んでしまった子もいるしカナダへ帰った子もいる。セックスのやり方、タトゥーの絵柄、酒の飲み方、会話・・・いろんな女子たちの交流があり、物語が終わっても終わらない愛の生活が続いていくのが見える。
(西山敦子訳 太田出版 2850円+税)

シャンナ・スウェンドソン「スーパーヒーローの秘密」

これで「(株)魔法製作所」のシリーズ5作を読み終わった。山本やよいさんご推薦の本で、2册は自分で買い、3冊はSさんが買って貸してくださった。最後はSさんに5冊とも持っていてもらう。
このシリーズは「ニューヨークの魔法使い」「赤い靴の誘惑」「おせっかいなゴッドマザー 」「コブの怪しい魔法使い 」と続いて最後は本書「スーパーヒーローの秘密 」である。4作目まではアメリカで出版されたものの翻訳だが、5作目は「日本版オリジナルの書き下ろしで登場」とある。アメリカでは受けそうにないと読んでわかった。主人公ケイティとオーウェンはいつまで経っても抱き合ってキスするだけなんだもん。日本のロマンチック好みの女性にぴったりだ。うまい話の作り方なんだけど、破れたところがない上手さが古風で、いまのアメリカ人女性には受けないだろうと思った。

今回は魔法界を支配しようとするライバル会社との戦いである。悪の手に利用されるオーウェンの出生の秘密が明かされる。才気あふれるエキセントリックな若い魔法使いケイン・モーガンが妻ミナとともに黒魔術に手を染めるが、子どもを産んだ母は生まれて間もない子どもを悪の手から離して人手に託す。その子がオーウェンだったのをケイティが調べる。冷たい存在だった養母がどんなに自分を抑えてオーウェンを育ててきたかとか過去が明かされる。
ケイティの大活躍で最後に正義が勝つ。
細かいところの説明が行き届いていてうまい作品だと思う。こういうのってやっぱりプロ作家の仕事だよね。
(今泉敦子訳 創元推理文庫 1100円+税)

館山 緑『しあわせな恋のはなし』

青年と少女が抱き合っている甘い甘い表紙。うすむらさきとピンクとうすみどりを濃いヴァイオレットが引き立てている。
作者の館山さんとはかなり前にミクシィで知り合った。作家としてのお名前を知ったのはごく最近のことである。小説を書いているのはうすうすわかっていたが、どのような作品を書いているのかはあまり気にしていなかった。館山緑さんと知ってからツイッターでも付き合いがはじまり、日記以上にリアルに執筆時の苦しみを知った。わたしのRTや返信は常識の範囲で、きっともどかしく思われたことだろう。そのときに書いていた作品「しあわせな恋のはなし」が出版されるまでをリアルタイムで知って、ぜひ読みたいと思った。

サウンドデモの帰りに本を買ってから足を休めようと千日前のジュンク堂へ行ったが、ティアラ文庫の売り場がわからずうろうろ。店員さんに訊ねて売り場まで連れて行ってもらいようやく手に入れた。それからは3階のティーコーナーで読み出したらやめられないってやつ。甘い表紙を向かい側にいる客に見られたら恥ずかしいと思いながら読んでいた(笑)。

わたしは昔もいまも少女小説が大好きで、思い出の本、何度も読んだ本、いまだに読む本といろいろあるのだが、どれもセックスシーンがない。なんかもう清教徒的に育ったんだといまさら思う。性教育というものを受けたことがないから、やってからこういうもんかと(笑)。
「しあわせな恋のはなし」という静かな作品は、昔からある少女小説にセックスを取り入れただけではない。時代は表紙や挿絵にあるドレスからして18世紀ごろかしら。「高慢と偏見」よりも昔だよね。むかしむかしと語られる童話の世界と思ったらいいのか。

主人公セラフィーナは〈野の花〉を愛する少女である。そして相手は〈野の花〉を愛する少女と一度だけ散歩したことを忘れられない青年ユーシスである。清々しい恋である。そして青年は城主を継ぐ身で、あまたある縁談を退け初恋を貫く。まだ心身ともに少女であるセラフィーナが愛されて目覚めてしっかりした女性に育っていく。
これだけの単純な物語を一冊の本に書く力につくづく感心した。
(坂本あきら絵 ティアラ文庫 533円+税)

ジョージェット・ヘイヤー『紳士と月夜の晒し台』続き

弁護士でヴェレカー兄妹と仲が良い従兄弟のジャイルズと、担当になったスコットランドヤードのハナサイド警視は事件を調べるにつれ、話が合うようになる。検死審問が行われた日の夜、ジャイルズはハナサイドを家に招いてチェスに興じたあと話し合う。この事件にはまだなにか起こりそうな気がするとジャイルズは思う。
翌日のヴェレカー家では家政婦のマーガトロイドが大掃除をはじめるが、手伝っていたヴァイオレットがアントニアのビューローに拳銃を見つける。きちんとしまっておくようにいうヴァイオレットをアントニアはこともなげにあしらう。
部屋が片付きお茶にしようとしたとき新しい来客がある。死んだと思っていた次男のロジャーが7年ぶりに外国から帰ってきたのだ。これで遺産はロジャーのものになる。殺人のあった夜には彼はすでにイギリスに帰っていたことがわかる。彼は名も知れぬ女性とどこともわからぬ場所にいたというのだ。
やがてアパートでロジャーの死体が発見される。

巧妙に意図された殺人事件が賑やかな主人公たちの会話のうちに進行していく。貧乏であっても品のある兄と妹と幼なじみのレスリーに比べると、美人だが貧しい階級から這い上がったために卑しく描かれるヴァイオレットが可哀想。そしてアントニアが婚約を解消するルドルフも可哀想。なんだかなあって感じもする。

アントニアがジャイルズに言う。「ルドルフとヴァイオレットよ。あの人たちはお似合いの二人だわ。どうしてもっと早く気づかなかったのかしら。考え方がそっくりなの。」そして、アントニアとジャイルズは結ばれる。ロマンス好きにはたまらない。
(猪俣美江子訳 創元推理文庫 980円+税)