西山満さんの追悼コンサート「これからもJAZZでいこう!」

馬鹿は死んでも馬鹿のまま by 西山 満

去年の8月31日に亡くなられたジャズベーシスト西山満さんの追悼コンサートが本町のヴィアーレ大阪で行われた。
開演30分前に着いたらすでにたくさんのひとが集まっていて、西山さんの影響力を感じた。知っているひともちらほら、SUBで知り合った若手ミュージシャンたちが受付や案内をしていた。

演奏は日野皓正クインテットからはじまった。日野さんの新しく激しい音が響いた。次に竹田一彦さんのギターで鈴木道子さんと札幌から来られた玉川健一郎さんのボーカル。次々と11のバンドが演奏し、演奏の前にはそれぞれのミュージシャンから西山さんにまつわる思い出が語られた。
若いときに西山さんといっしょに活動していたひとや、弟子や孫のように可愛がられたひともいて、最高年齢は80歳のベーシスト鈴木勳さん(女装のような髪型と衣装がステキだった)、最低年齢は16歳のドラマー鬼束大我さん。

これからのSUBについての報告もあった。
西山さんが亡くなったとき、半年後のことは未定だったわけだが、テナーサックスの長谷川朗さんが店を引き継ぐことになった。すでに4月の演奏日程が決まり昼間の営業もあり、メニューも増えている。
わたしはジャズが好きといってもSUB以外のところにまで聞きに行く元気もないので、お店の存続はありがたい。20分で行ける近場で好きな音が聞けてラッキー。

人間の料理

男の料理ってよく聞くけど女の料理とはいわない。当たり前のことはいわないのだな。うちだって共同生活を40年ほどしているが、つい数年前までわたしが家事を担当していた。まあ自営業で直接の仕事はあっちがするからしかたなかった。それになんやかやいうても、家事ぐらいしてやりたい気持ちがある。これってナンギなもんです(笑)。

自分が食べたいものをつくりたいと最近は2食のうちの1食である昼食は相方がつくっている。そうそう、昨日の送別会に相方がつくった豆のサラダを持って行った。パーティの会話に話題を提供したのがよかった。そのとき側にいた女子2人と男子2人との会話で、どうも女子は手抜きオーケーちゃっちゃとやったらええやん、なのであった。わたしの料理の早さは半端じゃないもんね。段取りがうまいのさ。

明日は昼過ぎに出かけるため早めに起きて洗濯して早い昼ご飯を食べることになった。それで相方は明日の昼用のパスタのソースをつくっている。もう男の料理ではなくて人間の料理(笑)。

今夜はDJ HANDAさんの送別会だった

このごろこの年齢でこんなに元気でいいのかなってふと考える(笑)。
ほとんど毎日気持ちよく目が覚めて食欲はいっぱいあり、肩凝りと膝の痛みはあるものの病気とまではいかない。とはいうものの、この冬は寒くてなかなか夜になって出かけにくかった。だからといってしょげているわけでなく、読書とネットを友にして夜長を楽しんでいたけど。でも暖かくなったからもう少し出かけようかと思う。
ここ数年、クラブというものを相方が知り熱中している。60歳を超えているから集まっているひとたちからは父親か祖父か(笑)。外国では男女ともにこの年齢層がいるのは当たり前のことらしい。

相方が行くところへたまーに出かけたときは若者たちとおしゃべりするのが好き。
おととしのことだが、カウンターにいたDJのHさんと話したとき、ドイツのパノラマってクラブがのっているサイトを教えてもらった。わたしのほうは例によってサラ・パレツキーとシカゴの女性探偵ヴィクのことを話した。Hさんはすぐにヴィクシリーズを読んで、音楽のシカゴハウスと共感するものがあるとメールをくれた。
それから311があった。Hさんはサウンドデモの中心になって動いた。わたしもデモがあるたびに参加した。

そのHさんが長野県へ生活の拠点を移すことになって、今夜が送別会だった。たくさんの友人たちが集まってとてもいい会だった。
DJのKさんが横に座って話しかけてくれたのが最高にうれしかった。頑張って話した(笑)。女子たちともいろいろ話ができてよかった。
Hさんは、わたしらが帰るとき、お別れを言い抱き合ったときに、わたしたちとの大阪での出会いが大きな出来事のひとつだったと言ってくれた。

金星と木星が最接近

今朝「今週の日没後、西の空を見てみよう。肉眼で見える最も明るい2つの惑星、木星と金星がとても接近しているのが見える」というネットニュース記事を目にした。すでに昨日の夕方見たのだが、今日14日夜が一番接近するという。
カーテンを閉めるときに窓を開けて空を見るくせがあるので、おとといは偶然見ることができたというわけ。こっちから見て二つの星は1メートルくらい離れた感じ(笑)。今日は夕暮れを待っていて窓を開けたら輝いていた。昨日よりもより接近して70センチくらい離れていたが(笑)、昨日は高さが揃っていたが、今日はちょっと高低差があった。昨日のほうが美しかったかな。

西の地平線に沈むまで4時間とあったが、うちは向かう側のマンションのうしろへ沈むまで30分の宇宙ショーであった。
天文学者ゲザ・ギュク氏によると「今回の合は、沈む太陽から離れていて、空の高い位置に見えるという点で少し特別だ。火星も反対側の東の空にある」そうである。うちのような街中のマンションの窓から見ることができるなんて、ほんまに特別だよね。次は2013年5月28日で今週の合よりも3倍接近して見えるそうである。

レジナルド・ヒル最後の作品『午前零時のフーガ』を再読

去年の1月に読んで感想を書いている。
〈レジナルド・ヒル「午前零時のフーガ」がおもしろくて〉と〈レジナルド・ヒル「午前零時のフーガ」〉

1月12日にお亡くなりになって、本書が最後のダルジール警視シリーズになった。追悼読書を何冊かしたが最後の作品だからと取り出して読んだ。去年読んだときとは気がつかなかったヒルが死を意識していたような部分がある。巨悪のほうの手下で、頭がちょっと足りないが暴力的な兄と頭の切れる妹が出てくるのだが、妹のほうが脳腫瘍で余命が短いとわかっている。彼女は自分の死後の兄をなんとかしてやりたいと体を鞭打って動く。カツラをつけ薬を飲みながら動くが、大事なときに倒れることもある。

最後の大詰めになるところで、ダルジールとパスコーが話し合い、ダルジールが「・・・きみは来るのか、残るのか?」と問う。パスコーは夢から醒めた男のように首を振り、苦い、悲しげでさえある笑みを浮かべて承諾する。部下のシーモア刑事はそのふたりをじっと見守っている。
【「それから」と、のちにシーモアは聴衆をとりこにして語った。「二人は廊下を走っていった。パーティーに向かう大きな子供って感じでな!」】
この一節がシリーズからのふたりの退場場面のように思えた。作品の中ではまだ事件の大詰めがあって、最後は警官それぞれが揃っての大団円になるのだが。

311御堂筋デモに参加

いままで参加したデモは去年の4月から12月まで8回。
2011/4/16 大阪 原発いらん! 関西行動 集まろう!中之島 歩こう!御堂筋
2011/5/7 脱原発!! サウンドデモ 楽器を持ってデモに行こう
2011/6/5 原発卒業式+サウンドデモ
2011/6/11 脱原発デモ全国展開 大阪
2011/7/31 ANTI NUKES サウンドデモ!!
2011/9/11 原発ハヨトメロ!!デモin大阪
2011/11/20 大阪サウンドデモ
2012/12/11 原発いらん!女子デモ!? だれデモ!@大阪

今回の311御堂筋デモ参加は9回目で今年最初。かなり間があいたので新鮮な気持ちで出かけた。去年ツイッターで知り合った「おかんとおとんの原発いらん宣言」のNさんと一度会いたいねと言っていたのが実現するのも楽しみ。Nさんは11時に中之島でビラまきをして3時に関電前に行くとのことだ。少しでも早いほうがいいなと、12時ごろに中之島へ。すでにひとでいっぱいだったがオレンジ色のパーカだから見つけやすかった。瓦礫受け入れ反対の署名を集めてはった手を止めてもらってしばしおしゃべりした。

だんだんひとが増えてきた。元気な中高年が多い。
階段脇に座って隣の女性となんとなく話しだしたら釜ヶ崎共闘のひとで、男と同じように仕事してるでと言ってた。また会いましょうと両手を握り合って別れた。
前を通って挨拶していったのは昔のVFC会員だ。元気そう。
メインステージではずっとライブをやっている。しゃべってばかりであんまり聞いていなかったが最後のほうのヒップホップがよかった。そのあとがリレートーク。短い時間の中に言いたいことを詰めて話す緊迫感がいい。
女子デモのときにDJをしたEちゃんが24日のデモのフライヤーを配っていた。
そばにFくんを発見。彼もツイッター&デモで知り合った。今日もいっしょに歩いた。
全体の司会をしたTさん。ほんまに大変な世話役を黙々と続けているのには頭が下がる。去年の5月に湊町の光合祭ではじめて会ったときにたしか最初のデモのフライヤーをもらったように記憶している。それから全部のデモに関わっているもんね。ほんまにお疲れさまです。

デモに出発するとき雨が降ってきたがたいしたことがなくてよかった。わたしはサウンドデモのドラム隊のうしろについた。歩き出す前からドラムのリズムを刻んでいたのが歩くとすごくいいテンポ。デモ隊の最後尾だったので、信号のところにくると早く渡れと後ろから警官にせかされる。「早くお願いします」と言葉は柔らかだったが。前を見るとサウンドカーグループと分断されていた。
御堂筋を難波へ出てなんば元町中公園というコースだが、わたしは心斎橋で離脱して帰ってきた。

ダルジール警視シリーズを揃えようと思う

レジナルド・ヒルさんがお亡くなりになってから以前に増してダルジール警視シリーズに惹かれている。最初は図書館で借りて読んでいたが、いつのまにか買うようになった。それでもそんなに熱心ではなく読んでしまえば人に貸してそのままになったりで、あまり持っていることに執心してなかった。それに途中から読み出しているから全作品を把握していない。ジュンク堂で見かけてまだ読んでなかったと喜んで買ったり、前後もばらばらだった。
ここにきて揃えようかなという気持ちになり、いまアマゾンの古本で「幻の森」「子供の悪戯」「死者との対話」を注文した。ポケミス1冊分のお金で3冊買えてうれしい。
とにかくなにを読んでいてなにを読んでないかわからないというありさまだ(笑)。在庫本を出してなにがないかよく調べねば。全部読んでいると思うのだが9割かもしれない。

竹田さんのギターのやさしい音

夕方になって突然SUBへ行く気になった。その前にツイッターでいまSUBをやっている長谷川さんのツイートにターキーサンドの写真があったのが潜在意識になっていたみたい(笑)。晩ご飯は[焼酎湯割り、数の子の松前漬け、厚揚げの焼いたん、玄米ご飯、薄揚げと葉つきたまねぎの炊いたん、おから、もずくの味噌汁、漬け物]とさっぱりしたフルコース。

8時半前にSUBについたが、当たり前ながらお腹が減ってなくて、サンドイッチは後からにしようと思っていたらTさんが注文して半分わけてくださった。おいしかった。ターキーサンドってアメリカの小説によく出てくるけど、こっちでは珍しいような気がする。以前、肉を食べているとき料理本にターキーとあったときはトリの胸肉を使ってた。今度はお腹を空かせて行こう。
食べる話ばかりでどうもすみません。

今日は竹田一彦さんのギターと財盛紘さんのベースにピアノの蓼沼ゆきさんが加わった。蓼沼さんのピアノははじめて聞いたが、こんなに優しい音のピアノははじめてだ。力強く弾いていても優しい。そこのところが竹田さんの優しいギターの音と合っているように思えた。竹田さんは蓼沼さんとやるのははじめてのようだったが、なんかとても合っていた。とりわけ今夜は竹田さんのギターの音が優しく聞こえた。そして聞くほうもみんな満足して気持ちよく終わってよかった。
暖かい気持ちになって帰宅。もうちょっと起きていて本を読んでから寝よう。

茨住吉神社の椿

今年も昨日無事に確定申告をすませた(無事とは去年一年病気せずに過ごせて税金の申告もちゃんとしたということです)。
国税局のサイトで申告書を作成したのをプリントアウトして持っていくのが年に一度の行事だ。今回は途中に用事があったので中央大通りに出て左折し木津川大橋をわたっていった。暖かくて川風が気持ちよい。長い信号をわたると西税務署がある。空いていてすぐに用事がすんだ。

帰りはいつものように年に一回の九条散歩。20数年前に相方が胃潰瘍で入院したえきさいかい病院の前を通ってどんどんいくと茨住吉神社がある。垣根にそって植えてある椿の花が咲きかけている。毎年同じ時期に来てもう少し満開のときに来たいと思う。
それから九条商店街をぶらついてもどってきて、昔からある喫茶店さくらに入ってコーヒーを飲んだ。隣のテーブルにいる女性2人のぼやきを聞きながら足を休めた。商店街を出て信号をわたりもうちよっと行くと千代崎橋がある。角のたこ焼き屋で足を止めてお土産にたこ焼きを2舟600円で買った。

トークショウ「クラブカルチャーと風営法」

昨夜は遅くなってから2月26日に大阪のGalaxy Galleryで行われたモブ・ノリオと若野桂によるトークショウ「クラブカルチャーと風営法」司会:半田暁士の録画を見た。
2時間をじっと座って見て聞いて理解しようとつとめていたのだからすごい。というのも半田さんとは親しくしてもらってるし、モブ・ノリオさんは作品を読んだことはないけど関西の作家でデモでお顔を見てたし、若野桂さんはツイッターでフォローしている。そのうえに今回知ったのだが、2000年頃だったかなー、わたしが憧れていたソニーのロボット小型犬aiboを生み出したのが若野さんだったのだ。

主に若野さんが話されモブさんが聞き役にまわっていた。
テーマの「クラブカルチャーと風営法」だが、風営法に則ってクラブに手入れが入り、大阪ではすでに廃業した店もある。東京では先日客全員に尿検査というえげつないことが行われた。今日の労働を終えた若者がクラブで踊る楽しみを強制的に押さえつけられている。この現実の重さを話す3人の表情が暗い。
日本に暮らしている普通の市民にとってそれはどういうことか。外国との違いを若野さんが話されて納得。ほんまに出口なしとしかいいようがない。

でもね、最後のほうで「踊りたきゃ家でパーティしたらいいんだよ」と若野さんが言われ、わたしはパソコンの前で「そやそや」と同意した。うちではいまもやってるし(笑)。
ほんまに有意義な2時間だった。